「酒を楽しんでいるところすまないがいいか?」
「ん?」「なんだい?」
酒をかっ喰らっていたフェリアの2王アイネとザンザはソンシン王リョウヤに声をかけられた。
「ああ。あんたたちが東の大陸の北部に住んでいた部族の長だっていうのは本当か?」
「ああっ! 氷の部族の王アイネとは私の事だよ」
「砂の部族の長のザンザだ」
リョウヤに聞かれてアイネとザンザは名乗りを上げる。
「そうか。ザンザと言ったな。不躾ですまないがあんたの属する砂の部族の名は元々は「風」ではないか?」
いきなりのリョウヤの問いにザンザは首をひねる。
「悪い。マーモトードの砂漠で生きていくのに精いっぱいで記録を残す風習がなかった。大昔のことなどわからん」
「そうか。では「炎の部族」に心当たりはないか?」
「炎……火の部族の事か?」
「炎つったらあいつらしかいないだろう」
アイネとザンザは二人とも火の部族で間違いないと結論付ける。
「そいつらは来ていないのか? 今も東大陸の北部に住んでいるのか?」
食い下がるリョウヤに二人はバツを悪くする。
「21年も前に滅んじまったよ。フレイムバレルって火山の噴火に飲みこまれてね」
「なんだと!」
アイネの宣告にリョウヤは愕然とする。
「おいおい。なんであんたが落ち込むんだ? 私たちはとっくに国を作っている文明人とやらから見て野蛮な蛮族。それもヴァルム大陸に住んでるあんたが気に掛ける連中じゃないだろう」
思わず労わるアイネにリョウヤは首を横に振る。
「いや、俺たちソンシンいや白夜王国の末裔は炎の部族に返しきれない恩義があるのだ。それに力を借りたということでは風や氷の部族にも借りがある」
「私たちはあんたらに何もしたことは無いぞ? ……そもそもヴァルム大陸なんぞ行ったのは今回が初めてだ」
それぞれの部族の末裔らしいザンザとアイネは自分たちは何もしたことは無いと戸惑う。
「そうだな。あんたたちの世代は何も知らないかもしれないが。白夜はかつて暗夜王国と戦争していた時代に炎の部族に協力をしてもらっていた。そして次第に風、氷も白夜に味方してくれたんだ。……暗夜を背後から操る透魔王国の神祖竜にして偽王ハイドラを倒すまで」
「はあ?」
「そんな戦いに俺たちの先祖が?」
突然告げられた歴史に蛮族の二人は仰天する。
「ああ! もっとも長い年月の間に白夜は衰退して故郷を手放し、暗夜に至っては盗賊に滅ぼされその盗賊に3つの部族は最北部へ追いやられたという。文明も持たないまま千年以上も過ごしてきたんだ。記録が残っていないのも無理はない」
「……とても信じられないね」
「だなあ。俺たちはつい最近までどこの国からも蛮族として排斥すべきだと追いやられていたんだぞ」
アイネとザンザは顔を見合わせて当惑する。
ザンザが追想する歴史を繰り返してきた二人にはとても信じられない。一国の王がそんなことをするとは思えないが自分たちを担いでから何か騙し取ろうとでもいうのだろうか。
「……まあ信じてもらえるとは思っていないが白夜の末裔はあんたたちに感謝しているんだ。フェリアはバレンシア大陸との交易で東大陸の復興を担おうとしているらしいな。俺たちにも協力させてくれ。ユーリも今回の件でできたアカネイアへの借りを早く返したいだろう。奴にも協力させる。食料、薬、木石材何でも言ってくれ」
「まあそれは助かるけど」
ギムレーにはアカネイアこと東大陸を散々荒らされた。物資の提供や売買は助かる。
「ああ。ぜひあてにしてほしい。ところで…」
胸を張って頼ってほしいとまで言ったところでリョウヤは話を変える。
「あんたたちは自分たちの部族が神祖竜の血を引いていたことも知らないのか?」
「いや……」
「まったく知らねえな」
アイネとザンザはそろってこのことにも首を横に振る。
「そうか。各部族は竜脈の力を解き放つ力こそ古の大戦の時点で失われていたがそれぞれの自然を操る力は残っていたと言う。心当たりもないか?」
「うーん」
「氷の部族……氷……竜……まさか」
ザンザは考え込むがアイネは一つ思い当たることがあった。
「竜だ! 私たちの先祖は竜を従えるすべを自然に身に着けていたといってたな」
「おう! そうだ。「砂」は飛竜、「火」は火竜、「氷」は氷竜を家畜代わりにしていた」
ザンザもようやく得心が行く。
「やはりそうか。あんたらの先祖が竜を従えられたのは神祖竜の力がごくわずかでも残っていたからに違いない」
「なるほどね。あんたの話と私たちのごくわずかな伝承にようやくつながりが見えてきた感じだよ」
「そうだな。南の国々から忌み嫌われてきた俺たちの部族にそんな誇らしい活躍をした時代があったなんてな。ようやく自分の生まれに自信が持てた気がするぜ」
三人は古代の歴史を共有してようやく意気投合した。アイネがグラスをリョウヤに押し付ける。
「さあ飲みな。今日は数千年ぶりの再会を祝って飲もうじゃないか」
「ああ! ありがたくいただこう」
三人は酒がこぼれるほど盛大な乾杯を交わす。
「巫女様ー! 神竜チキ様はいずこにー!」
「えっ……」
珍しくキットがチキの側を離れている間にアンナがチキの下へ駆け寄る。
「チキは私ですけど……」
「あっこれはこれは。わたくしアンナというしがない商人でございますー」
アンナの迫力に戸惑うチキにアンナは名乗り出る。
「商人さん? ええと私、自分ではお金は使えなくて、キットが許さないと……ですから売り込みなら他の人のところへ行った方が」
「そんなことはいいの!」
「ええ?」
何か押し売りされると思って断ろうとするチキにアンナからそれはいいと言われる。
「私あなたの神々しさに当てられてバレンシア教に改宗しようかと迷ってるんですー」
「あ、はぁ……それは商人さんがそうしたいと思うならそうすればいいんじゃないでしょうか」
自分を神だと思っているわけでもなし、ましてや崇められたいとも思ってない。むしろ今ここで自分に向かってお祈りするような真似だけはやめてほしい。恥ずかしい。
そんなわけでチキにとってはアンナがラーマン教に帰依し続けようがバレンシア教に改宗しようがどうでもいいことだった。
「そんなわけでチキ様! ぜひあなたのお名前をこの色紙にできるだけ大きく! ……できればなるべく多く! 旅先でバレンシア教を勧める際に一緒に配る予定ですから」
「ええ? そんなに書いたら手が疲れるよ」
背嚢から何十枚も色紙を取り出すアンナにチキは嘆く。
「もう、やめなさいアンナ。チキちゃん困ってるでしょう」
やっと誰か助けが来てくれた。そう思ってチキが新たに現れた声の方を見ると。
「さあチキちゃん。女の子の手をペンで汚そうとする酷いお姉さんからは離れて私と前の方に行きましょう。そこで皆さんに神竜の巫女としてありがたいお話を聞かせてあげましょう」
「えっ!?」
新たに現れた女性はたちまちチキの手を引っ張ってチキを会場を見渡せるステージへ連れて行こうとする。
「こらーララベル! チキちゃん様を横取りするんじゃなーい。……ありがたいお話か。その手もあったわね」
その方が手っ取り早くかつ大きく儲けられたかもしれないとアンナは悔やむ。
(キットー、カイルー。どっちでもいいから助けに来てー! マルスのお兄ちゃーん!)
ただでさえ注目を集めているので声には出せなかったがチキはこの二人、あるいは死んだと思っていたマルスが奇跡を起こして助けに来てくれないかと心の中で助けを求めた。
結局戻ってきたキットにララベルはチキから引き離されてチキはありがたいお話をさせられるということは無かった。
(……? 何だろう。今誰かが僕の助けを呼んだような)
カイルはふと立ち止まり辺りを窺う。
「やあカイル殿。カーシャ君でも探しているのかな?」
そんなカイルにグラスを掲げてペレジアで未だ王位に就かず執政として国を仕切っているジェルドが声をかける。
「ジェルド殿、この度は我が軍が危ないところに駆けつけていただきありがとうございます。」
さっきまでの気がかりを忘れてカイルはジェルドに頭を下げる。ジェルドの指摘通りカーシャのことははずれでもないので答えずに置いておく。
「なんの。むしろもう少し早く来られなかったかと申し訳ないくらいだよ」
「いえ……正直に言うとアカネイア大陸から救援が来るとは思いませんでした。フェリアとペレジアには何の利益もない戦いでしたから。アカネイアにしても僕を切り捨てて新しい国を建てればいいという観点では救援が来なくても不思議ではありませんでしたし」
カイルの言葉にジェルドは首を振る。
「いやいや利益はあるよ。今の情勢の中フェリアにもペレジアにもイストリアという貿易相手を失うわけにはいかない。アカネイアにしてもそうだ。王の血というものは君が考えているよりずっと大きい。唯一王族の血を引く君を放っておくわけにはいかないとワーレンの人々は考えたんだ。いい臣下に恵まれている。大切にしなさい」
「はい!」
ジェルドの提言にカイルは力強くうなずく。
「ところでペレジアはいかがですか? ……その、アリティアからはその後のことは」
カイルはペレジアに加えてアリティアに生き残りはいなかったかと聞く。
「うむ。少なからず生き残った者と仕事で他の地方に行って難を逃れた者のことは聞いている。だがかなり少ないな。……それにアリティア島は荒れていて住める状態じゃない。特に東のグラ島は森林がなくなって砂漠状態だ」
「そうですか」
覚悟していたとはいえ第二の故郷の悲報にカイルは顔を伏せる。ジェルドはカイルの肩を叩いて励ます。
「気持ちはわかる。マケドニアもかなり悲惨だったからな。無事だったグルニアに帰りたい気持ちがないと言えば嘘になるが一度統治者を名乗った以上マケドニアにもアリティアにも責任を果たさんとな。……アリティアからの生き残りは我が国が責任を持って衣食住と職を提供しよう」
「どうかよろしくお願いします」
誠実な姿勢を見せるジェルドにカイルは頭を下げる。
「ユミス王女とユミル王女はお元気ですか? ユベル王子も」
「ああ、ユミスは王妃になる身として国民を励ましたり、公務に出たりよくやってくれている。ユベル王子も立派になられて、私が王位に就くまでには養子にとってあの子を正当な王位継承者にするつもりだ。……ただユミルの方はな」
娘のことになってジェルドは顔を曇らせる。
「ユミル様は? どこかお悪くされたんですか?」
思わぬ悲報にカイルは慌てて聞く。ジェルドは誤解をさせたと気づいて首を振った。
「ああいや、ユミルは元気だ。病気などしておらん。……ただな」
ジェルドは声を落とす。
「ただ?」
「この数か月習い事をサボって遊びまわっているようだ」
「ええ!?」
カイルは仰天する。前に会った時は最初は自分を亡国の王子だと見下していたところもあったがすぐに態度を直した礼儀正しい姫君だと思っていた。ゆくゆくはユミスのような淑女になるとばかり。
「どうもジャンが悪い遊びを教えているようだ。頼りになるからと奴をつけていたが少々後悔している……そのせいで予定していた嫁ぎ先にユミルとの見合いを拒否されてしまった。他を探しているがどうしたものやら」
そこまで行ってジェルドは娘の将来を思って途方に暮れうなだれる。
「……」
あの男か。国を正そうとしたユミスに心打たれて改心したと言っていたが性根は自分たちと敵対したときに感じた印象そのままだったらしい。
「その……良いご縁をお祈りしております。」
自国のイシュタルス家のエルスを紹介しましょうかと言おうとしたが、ジェルドの言うところによるとユミルの荒れようは相当なものらしい。あの好青年を不良少女と結婚させていいものか戸惑う。イシュタルス家は財政的に圧迫している向きがあるとはいえアカネイアの名門。関係をこじれさせればアカネイアの復興……いや新国家の建国に支障をきたす危険が大きい。自分が想像しているよりユミルがそこまで荒れていないことを願って、それが事実だったら話を持ち掛けよう。そう決めてカイルはジェルドと別れた。
宴はまだまだ続く。