アイクと別れたセネリオはテリウス大陸の魔道士として二人の女性に呼ばれた。
二人とも魔道士でそれぞれアカネイアとイストリアの魔道士だ。
「バレンシア大陸の魔法は魔道書を介する必要がない。でもその代わりに一時的にとは言え生命力を奪われる。反動で死ぬことも多い。だからバレンシアでは魔法は献身的なシスターが使う回復以外廃れ、ヴァルムとの戦いに備えてアカネイア大陸から魔導書と杖を輸入するようになった。というのが今のバレンシアの魔法事情ね。バレンシアでしか使えない魔法もあるし、アカネイア兵相手だと魔法が使えないと油断させることもできるからってファルス様は生命力をなげうって魔法を使うけど」
緑色の髪をたなびかせバレンシア魔法について語っているのはイストリアから来た魔道士、ガール。
「……使える回数に制限があっても魔道書や杖を使う方が安全というわけですね。宮廷魔道士がユリナ王妃から聞いた話ではユグドラル大陸でも魔道書と杖を使うとのこと」
赤髪と一緒に頭を揺り動かし相槌を打っているのはアカネイアから来た眼鏡をかけた魔道士、サリエル。
残ったセネリオが彼女たちの言葉を継ぐ。
「テリウス大陸でも魔道書と杖が使われています。……つまり魔法の媒介はこれらがもっとも合理的……ではなかったんですよね」
そう言ってセネリオは肩をすくめる。
「ラーズ教団は書も杖も使っていませんでした。オーブでしたか」
サリエルは新たな媒介に感嘆している。
「そうね。オーブなら書物みたいに燃え尽きたり破かれる危険もないし、杖は硬さなら同じようなものだけど持ち歩くのに不便ね。でもオーブはどちらの短所も軽減できている」
魔道書や杖よりオーブの方が媒介として携帯できて耐久性にも優れている。ガールも同意見のようだ。
「そしてこのオーブは錬金術という技術で作られている。ラズベリア大陸……ユグドラルほどではないにせよアカネイアより高度な文明を持っているのは間違いないようですね」
サリエルは畏敬の念をこめてラズベリアの名を口にする。
「行きたいという顔ですね。ですがラーズ教団の出身地でもあります。そこには「本物のラーズ教団」がいる。先々代の教皇と袂を分かったとはいえ無害な連中だと思うのは禁物です」
ラズベリアへの好奇心に支配されつつあるサリエルをセネリオが諌める。
「わかっていますよセネリオさん。捕虜から聞いただけでは大陸の大きさも正確な場所もわかりませんしね。方角さえ彼らの嘘や勘違いでそれらしい大地も見つけ出せず遭難して行方不明なんて御免です。私にはまだまだ解き明かしたいことが星の数ほどありますので」
サリエルは首を振ってすでに諦めたとこぼす。
「へぇあんた学者だったの。まあでも頭脳労働の魔道士ってそういうの多いわよね。司祭とかは盲目的だし」
ガールは身を乗り出す。
「学者などと恐れ多い。中等教育から先は独学です。ただほとんどの人が気に留めないことに興味がわいてくるたちなだけです。……例えば太陽や月は浮いたままなのに、なぜこのグラスなど手から離した途端に落下してしまうのかとか……鳥などに関してはあの翼が関係あるのだと確信していますが」
「「……はぁ……」」
ガールとセネリオは呆然とする。そんなこと太陽などが浮くようにできているからとしか考えたことがなかった。
「それで次の興味が錬金術ですか」
若干早く戸惑いから立ち直ったセネリオは尋ねた。
「ええ、何かと何かを組み合わせて新しい何かを作る。そういったものは薬学や色の組み合わせなどもありますが魔道具まで作れるとは、興味を持つなという方が無理です」
「ふむ……しかしそれだけですか? オーブは媒介としては書などより効率的で僕たちもそれを作るすべがあれば便利になると思いますが、海を渡る危険を冒してまで習得したいとは思いません」
「だよねえ。サリエルの熱意はそれとは別にあるっぽいっていうか」
得体のしれない異界から伝わった技術に執着するサリエルの様子にガールとセネリオは怪訝に思う。
「……ふむ、そうですね。あなたたちならいいでしょう。……これはアカネイア大陸の学者の中でもごく一部で議論されていることなのですが……あの大陸では昔錬金術が行われていたそうなんです」
「「ええっ?」」
サリエルが唱えた仮説にガールとセネリオは仰天する。
「それは……そのアカネイアの錬金術がラズベリアに伝わってオーブや秘薬を作る技術になったと」
セネリオの推測にサリエルは首を振る。
「いいえ。錬金術が実在しても我々の知ったラズベリアの錬金術よりはかなり原始的です。錬金術が行われていたのはテーベという古代に存在していた国で、大陸内でもあまり版図を広げる前に滅びたらしくかの国が存在した痕跡はあまりに少ない。向こうでも同じ技術が作られてそれが発展した可能性の方が大きいですね。」
「アカネイアでも錬金術があったって事でしょ。なら頑張って復活させたら?」
ガールの言葉にサリエルは首を横に振る。
「いえおそらく不可能でしょう。テーベがあったとされる場所は砂漠に埋もれていて残っているのは北西の塔だけです。その塔もガーネフという魔道士に荒らされました。ただ気になることがあります…セネリオさん。教団はテーベの地下遺跡からギムレーを解き放ったのですよね?」
「ええ、捕虜はそう言っていましたね。確証はありませんが」
サリエルの問いにセネリオはうなずく。
「そのテーベでは錬金術で生物を創ろうとしていたとしたら? 実際に私たちは生物としてあまりに枠外な存在を知っています」
「……ギムレーですか?」
セネリオの回答にサリエルはうなずく。
「あの竜は飛竜・火竜・氷竜・魔竜そして伝承に聞く地竜、どの竜にも当てはまりません。暗黒竜でもあそこまで巨大ではないでしょう。…そもそもあの竜が自然に生まれ出たものなら両親となる竜のつがいもいるはずですよね。その2体の竜は死んでいるのでしょうか? だとしたら死骸はどこにあるのでしょう? あれば知らない人などいないくらいの名所になるはずですが。それにギムレーが存在する以上そんな竜は他にもいるはずですよね? 暗黒竜さえ地竜が変態したものに過ぎないのですから」
「いやあの……暗黒竜って私全然知らないんだけど」
話が進むにつれ思わずバレンシアではほとんど知られていない知識を前提に話すサリエルにガールは引いていた。
一方セネリオも地竜だのはさっぱりだが話の一部にはうなずける部分もあった。
「確かに自然に進化し生まれた竜にしてはあの竜に同種が全くいないと言うのは気になりますね……サリエルさん。あなたはギムレーがテーベの錬金術で造られたものかもしれないと?」
セネリオの推察を聞いてから、熱が冷めたのか言い出した当人であるサリエルもこの仮説に自信がないようで気まずそうな表情をしている。
「まあ……そういう考えもできなくはないと思います……突拍子なさすぎですよね?」
そこまで言ってサリエルはうつむいた。
「うーん私は竜なんて飛竜さえ見たことないけど」
「仮説としてありではないですか。確かにギムレーの親竜の姿がどこにもいないのは引っかかりますし。現在ギムレーの正体につながりそうな話は他にありません」
自分の話を否定しない二人の姿にサリエルは顔を上げる。
「馬鹿にしないんですか? ……実は私はよく周りから当たり前のことに変に思うおかしな奴とか荒唐無稽で突拍子もないことを言い出すとかあまり人からよく思われていませんので」
「いやまあ呆気にとられはしたけどサリエルみたいな奴が私たちが知らなかった法則を解明したり、新しい物を作ったりするんじゃない」
「少なくとも何も考えていないくせに意味なく他人をバカにするような人間よりははるかに好感が持てるのではないかと」
「ガールさん……セネリオさん……」
自分の考えを受け入れる二人の言葉を聞いてサリエルは顔を伏せる。隠しているのは涙目だろうか照れ笑いだろうか?
「! ……あの!」
「ん?」
突然少女に呼ばれたアイクは振り向く。
「……ん?」
だが視界には少女らしき人物はいない――と思ったら
「あの!」
「……おっとここか」
少し目線を下げると緑髪の少女がいた。周りにいる人物の中には密かに少女に祈りを捧げる者がいるため彼女が巷で聞く神竜の巫女なのだろう。
「俺に用か? それとも食いもんでも取ってほしいのか?」
「あっ、いえ」
アイクを見てチキは考えこむ。
(うーん……この人もものすごく強そうだけどあの人はこんなにムキムキしてなかったし髪も長かったし、よく見たら同じなのは髪が青いだけかな)
「ごめんなさい。ちょっと人違いしちゃって、もう生きてるはずないのに」
「そうか。俺が誰かと間違われるなんて滅多にないんだが……ああ気を悪くしたわけじゃないぞ。体格だけなら親父と間違える奴も出てくるんだろうが、俺は髪の色だけは母親譲りでな。誰かと間違えられたことなんてなかったから珍しいことに驚いただけだ」
アイクは手を振って気にしてないと伝える。
「それならよかったです。……失礼しました。私はチキって言います」
「アイクだ。イストリアに雇われて傭兵をしている」
二人が自己紹介しているとそこへ
「珍しい組み合わせだね。アイクとチキか」
会場を回っていたカイルがやってきた。
「ようカイル! また会ったな」
「あっ! カイルちょうどいいところに」
二人は新たに加わったカイルを迎える。
「んっ何だいチキ? ちょうどいいって…」
「カイルのご先祖様にものすごく強い人って知らない? たぶんおにい…マルスより前のご先祖様で……あとマルスよりアイクの方に似てると思うんだけど」
「え? いきなりだね。どうしてまた……もしかしてその人とチキはあったことがあるのかな?」
「うん!」
カイルの推測にチキはうなずく。だがチキを人間だと思っているアイクはチキとカイルの先祖が知り合いだといっても訳が分からない。
「おいカイル、お前は何を言っているんだ。お前の親父さんや爺さんのような近い先祖ならわかるが話を聞く限り結構遠い祖先のことを言ってるように聞こえる。この子と知り合いのはずないだろう」
「ああ彼女は――」
カイルはアイクにチキが数千年生きる竜で自身の遠い先祖たちに会ったことがあるらしいことを話す。
カイルの予想に反してアイクはあっさり納得した。
「ほお、この大陸にもいるもんだな」
「「えっ?」」
アイクの反応にカイルとチキが首を傾ける。
「俺の住んでたテリウス大陸にも何百年も何千年も生きる奴がいる。800年くらい生きてる奴なら二人知っている。一人は死んじまったがもう一人は職を引退して故郷に帰ったが今も元気だ」
「やっぱりラグズなのか?」
カイルの問いにアイクはうなずく。
「ああ! 片方は竜麟族。竜に変身できるところはチキと同じだ。ベースは人間の形態なんだが」
死んだほうが竜麟族の方だとまでは口にしなかった。
「テリウスでも人間より長く生きる種族はいるものだな。……それでチキ、その人とはいつ、どこで会ったんだい?」
カイルは話を戻し先祖の中から対象を絞ろうとチキに会った場所を聞く。
「うーん……いつだったかはマルスと会った時より前としかわからないな……場所は不本意ながら覚えているよ。氷竜神殿! バヌトゥっていうおじいさま代わりだった人に連れ出されるまで私はそこから出られなかったから」
「! ……」
回答に混じる穏やかでない過去にカイルとアイクは目をみはる。だが今のチキはノーヴァのシスターを同行させる条件が付いているのはいえ比較的自由に外出できる。今となっては安易に触れていい話とは思えずカイルはチキが探している目的の人物について考える。
「氷竜神殿で会ったのか。……だとしたらもしかして「アンリ」かな? 一人で竜や蛮族が巣食う過酷な砂漠、火山、氷山を踏破したっていうアリティア王国の建国者だよ。言われてみれば一人であの過酷な道を制覇しそうなところはアイクに似ているかもしれないな」
氷竜神殿はアカネイア最北部にある最果ての地にある遺跡だ。そこへたどり着くにはマーモトード砂漠、フレイムバレルを通りそして極寒の氷山を登らねばならない。
凄腕の戦士でも生きて帰れるかわからない。アリティア王家でそんな道を行ったのはアンリとマルスの二人だけだった。
ただしマルスは歴戦の勇士を引き連れ彼らの助けを借りて進んだため、一人で登ったのはアンリただ一人だ。実力はアイクより上をいくだろう。
「ほう! 話に聞いただけでも強そうだな」
「へえ。アンリってマルスのお兄さん? それともお父さんかな?」
目を輝かせるアイクとは裏腹にチキは何でもない風を装って尋ねる。
「いいやマルスよりずっと前の……いや僕とマルスに比べたらかなり近いかな。百年位前だ」
アイクは肩をすくめ手合わせできなくて残念だとつぶやいたが。
「え? …そんな…」
チキにはかなりの衝撃だったらしい。目には涙を浮かべている。
チキの反応はアイクにとってもカイルにとっても予想外だった。てっきりマルス以外の王族に興味があるのだとばかり。
「おいおい。あんたの方からカイルのご先祖様っていうくらいだからとっくに死んでるくらいわかってることだろう」
アイクは駆け寄ってチキをなだめる。
「…ぐす、そうだね。頭ではもうあの人はいないんだろうなって思ってても感情を抑えることはできないみたい。マルスと近い親戚かと思ってたし……そうかあれから百年経ってお兄ちゃんと会ってたのか」
チキは涙を拭いてカイルたちに向き直り言う。
「……カイル、アイク。あなたたちは長生きしてね。私の背が伸びるくらいまでは」
「あはは! 頑張るよ」
「ああ! そうやすやすと逝くつもりはない」
冗談半分のように装ったチキの心からの頼みをカイルとアイクは彼らなりに受け止めた。
宴はもう少し続く。
ガール クラス:魔道士
「外伝」のボーイとメイの子孫。未熟だがそれゆえに固定観念にとらわれず一般常識から外れた考えでも受け入れられる器を持つ。
サリエル クラス:賢者
「覚醒」のミリエルの先祖。アカネイア王国の魔道士兼学者見習い。人々が気に留めないことまで疑問を持ち探求しようとする。テーベ同様の錬金術を違う形で発展させたラズベリア大陸に興味を持つが、手掛かりがラーズ教団の捕虜しかいないのでかなわないだろうと諦めている。