「はあ!」
ブォン!
宴に出された肉を食いつくして満腹になったアイクは修練場で素振りをしていた。ヴァルム皇宮前にも帝都市街同様ヴァルム兵だけでなく各国の軍が見回っている。謀殺は困難だ。
「食後の運動? 精が出るわね」
「ララベル。商談は終わったのか?」
アイクは素振りを止めるが声の方を向かずに話しかけた。振り向かずとも声と足取りで歩み寄ってくる者はわかった。
「ええ……」
そこでララベルは周りを見回す。
「セネリオなら連れて来ていないし来る様子もないな。二大陸の魔道士たちと盛り上がっているようだ」
「そう、珍しいわね。それとも……」
ララベルは少し考えてから雑談から始めることにする。
「アカネイア大陸から軍に紛れてかなりのラグズがヴァルムに来ちゃったけど今度はここで暮らすつもり? それとも別の大陸に行くの?」
「ラグズたちは差別が始まりだしたアカネイアを見限って別の地を目指すらしい」
「あら! じゃああなたたちが戦っている間に私は旅の準備をしないとね。ここに残れとか今更テリウスに戻れとか言わないわよね?」
アイクは相変わらずの無表情のまま問いかける。
「俺は行かないと言ってもあんたもあいつらと旅立つのか?」
「え?」
ララベルは驚く。アイクは新天地を求めてテリウス大陸から出たラグズたちの用心棒で彼らの中でも少なくない傭兵団員たちの団長という名の引率ではなかったのか。
「アカネイアやヴァルムとテリウス……各大陸の位置を掴んでいる今ならテリウスに引き返すこともできる。でもこれ以上目的地も決めてない航海を続けると位置と方角も不確かとなり帰りたくなっても帰れないことになる可能性が出てくる。それにあいつらのもっとも理想とするところはベオクのいない地だ。そこが本当に見つかったらベオクは俺とあんた。そしてセネリオの3人だけになる。」
アイクはセネリオがベオクからは印付きと呼ばれている混血だと知っているがベオクに近いのであえてベオクに入れる。
「そうだったわね。……あの子数年前からラグズと行動を共にしてきたといってもわだかまりはそう簡単に消えないわよね。ラグズから結婚相手を探せなんて酷か。……でも私にはアイクさんがいるし」
自分はアイクと結ばれると決まっているようだ。相変わらずなので置いておく。それに否定すると後で後悔するかもしれない。
「……だからもう俺たちは連れていけないそうだ。団員たちもそろそろアイク傭兵団から独立するってさ」
「じゃあテリウスに帰るの?」
アイクは首を横に振る。
「いいや。テリウスにはゼルギウスや凶王以上に強そうなやつが出て来そうにないしな。だがここならジーンと奴に影響されて強くなろうとする奴らがいる」
「あら。もうヴァルムと再戦する気まんまん?」
アイクは今度は首を縦の方に振る。
「アルバレアって国の王子が言うにはヴァルムの皇帝はこれぐらいで覇道を畳むタマじゃないそうだ。各国の隙が見せたら侵攻してくるに違いない……との事でアルバレアやイストリアから仕官、それが叶わなければ傭兵として雇用したいって話が出てきている。……それらの国にはばれないようにヴァルムからもな」
「あらあら! 引く手あまたね。さすがアイクさんだわ!」
「まあどこを受けるかも傭兵団を作り直すかも決めていないが傭兵は続けていくつもりだ。……でも俺もそろそろ旅を止めて定住する場所を決めておかないとと思っている。セネリオももうしばらくは俺とともにいる気でいる。でだ……」
アイクはようやくララベルの方を見た。
「ララベル。あんたはどうする? 俺がヴァルム大陸に残ると決めたらあんたはテリウスに帰るのか? テリウスに未練がないわけでもないだろう」
アイクの問いにララベルは少しだけ考える。
「……あそこに心残りがないと言えば嘘になるわ。あの子以外男ばかりになった行商隊でイレース上手くやってるかしら? ……看板娘の私が抜けて売り上げが減った今あの子の食費を捻出できているのかしら?」
「そっちの心配なのか…」
男多数の中で女一人の状態に対し普通は女の貞操を心配するものだがララベルはかつての行商仲間に絶対の信頼を置いているらしい。
「それは大丈夫よイレースの強さを知ってるでしょう。あの子の力なら食事中で魔道書を持っていなくてもフォークとナイフが武器になるし、それにイレースを娘のように思ってるムストンの怖さはみんな知っているし」
「ああ、古傷だらけだからやはりと思ったが元は戦士だったのか」
ムストンの体に残った傷を思い出しアイクは納得する。
「あの子が行商隊についてきたばかりの頃はジョージが彼女を口説こうとしたけど、お財布がすっからかんになるまでおごらされてすぐに諦めたわね」
「あいつもおごったことがあるのか」
イレースの食事の量を知るアイクはジョージに同情する。
「そんなわけで仲間のことは信じているわ。……ただイレースはまだ心配なところがあるのよ……あの子を食べさせていけるだけの甲斐性のある男を捕まえられるかとか、いてもあの子の食事量を見て逃げ出さないかとか」
「また食べ物がらみなのか……まあそれ以外ならもう一流の賢者だし心配もないか……で、心配の種もあるからやっぱりテリウスに戻るのか?」
話を戻してララベルがどうするのかをアイクは聞く。
ララベルは頭を振りかぶって強く言った。
「いいえ! イレースも私がついていなくてもやっていけるでしょう。行商隊を離れる時とか恋愛ごととかはかえって邪魔をしかねない。私は私の勇者様を追いかけるわ!」
「そうか。……じゃあ」
アイクは剣を鞘にしまい右手を差し出す。
「え……?」
「あんたの勇者様とやらは目の前にいるぞ。追いかけた後はどうするんだ?」
「えっと……」
「それとも俺の思い上がりだったか。ではその勇者様を探しに行くとしよう。そいつはどこにいる?」
ララベルが戸惑っているとアイクは意地悪気にそんなことを言い出す。だが右手は差し出したままで顔はほんのり赤くなっている。
「いえいえ! あなたよアイクさん。私の勇者様と言ったらアイクさんしかいないわ。」
「じゃあ俺をどうするのか言ってくれ。いつもはララベルの方から隙を見て俺の手を握ってくるだろうが」
そこまで言われてもララベルはアイクの手を取らずに聞く。
「……私でいいの? 女王様は結婚しちゃったけどティアマトさんやレテさんならまだ独身だろうし、ジーンと戦っても物足りなくなってテリウスに帰った時その2人と付き合えるかもしれないわよ。それに私ってあなたより年上だしいつまで見た目で引きつけられるか」
「大陸を離れてまで俺を追いかけてきたのはあんただけだ。そのぐらいしつこくなければ風来坊を続ける俺に相手の方が愛想をつかしている。……だから俺が所帯を持つとしたら……俺にとってこの軍の中で一番綺麗なララベルだけだ。」
軍の中でララベルが一番綺麗。それはラグズ連合とベグニオン帝国との戦いのさなかで再会したとき商品を無料にすることを餌にララベルがアイクに言わせようとした言葉だ。
「それって……」
「これを言ったら「アイクは道具売りララベルに夢中」と大陸中に触れ回るんだったか。……まあこの際構わん」
「覚えていたの……」
ララベルはいつもと違って恐る恐るとそして十数えるほどの時間ををかけて両手でアイクの右手を握る。
「……もう気の迷いだったとか、酔ったはずみで言っただけなんて言い訳は聞かないわよ。その時はマリアンヌさんに言いつけてアカネイアを巻き込んで慰謝料を取り立ててやるんだから」
「そんなつもりはないし、酒は飲んでいない」
空いた左手で頭をかきながらアイクは言う。
「そう。ねえアイクさん。あなたは明日あのギムレーという巨大な竜と戦うのよね?」
ララベルの確認にアイクは答える。
「そうだ! 連れ合いを持つからと言って逃げるわけにはいかん。むしろお前と暮らすためにもあの巨竜は倒しておかねばならん」
「わかってるわ。……ただあの巨竜が相手だとアイクさんでも万が一ってことはあるわよね?」
「それはそうだ。俺も不死身ではないしな」
「だから……その……万が一のことになる前にどうかしら?」
ララベルは言いづらそうに言葉を選びアイクを誘う。
「どうって? ……何をだ?」
要領を得ないララベルの誘いにアイクは戸惑う。ララベルの言いたいことを察してそこまでは踏み込めないのか。
「……さすがアイクさん。ここまで来ても鈍さは変わらないわね。こんなことを女から切り出すのもなんだと思うけど……」
ララベルはアイクの手を離すと同時に両腕で彼の腕にしがみつく。
「アイク! 今から宮殿の客室を借りるわ。今夜はずっと付き合ってもらうわよ」
「お、おい? まさかそういう意味だったのか。もう少し段階を踏むものじゃないのか?」
ララベルに引っ張られるままのアイクの抗弁をララベルは聞かない。
「明日アイクが死んじゃうかもしれないのにせっかく告白までこぎつけても経験もないままだったじゃ悲恋もいいところよ。セネリオ君もまだまだテリウスに帰る気はないでしょうし、デートだの段階だの言ってたら邪魔が入って何にもできなくなっちゃうわ……むしろ子供が出来た後の方がセネリオ君の気がそっちに引けてデートができるようになるかもしれない」
ララベルがぶつぶつ言ってる間にアイクはララベルに引っ張られすでに皇宮の内部まで戻っていく。アイクも期待してないわけなく、彼の抵抗は口ばかりでララベルを引きはがそうとせずいつの間にか自らすすんでララベルとともに客室に向かい、この晩彼は初めての経験を果たす。
この頃には宴は終わっていたがその頃皇宮の別の場所では……。