ファイアーエムブレム 聖痕の覚醒   作:ヒアデス

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決戦前夜9 カイルとカーシャ

 アイクとララベルが話をしている頃と同時刻の皇宮庭園東側。

 そこはカーシャが救出に来たチェイニーと彼女を部屋まで連れ戻そうとしカーシャの説得を受けて彼女についたフェイスと一緒に外へ脱出した場所だ。

 外に通じる壁は人が入れる隙間が空いたまま放置されている。

「……」

 宴の最初の乾杯が始まって一杯の果実水を飲んでからカーシャはすぐに抜け出し、時間を忘れてずっとここにいる。

(私、もう戦えないのかな? 明日からは屍と竜との戦いだけど屍が生き返った人間かもしれないと思うととどめなんてさせるのかな?)

 あの屍は意志のない遺体を教団やギムレーが操っているだけ。それはこれまでの戦いで明らかになっている。

 だが理屈通りにいかないのが無意識と言うものだ。今カーシャは無意識によって敵の命を奪う攻撃ができないでいる。

 ザッ。

 背後の足音にカーシャは振り返る。

 だが気配を隠そうともしなかったので敵だとは思わず槍を構えることはしない。

「カーシャ、ここにいたのか。チェイニーからここにいるんじゃないかと言われなかったら見つけ出せないところだったよ」

「カイル様……」

 カイルを真っ直ぐ見ようとせずカーシャはうつむく。

「まだ水一杯しか飲んでないだろう。ここは寒いし、客室……は駄目か。宿か食堂へ行ってそこで食事をとろう。もちろん僕のおごりだ」

 カーシャに軟禁されたことのある宮殿の客室を勧めることはできずカイルはそんな提案をする。

 だがカーシャは首を横に振る。

「食欲ないんです……それにカイル様が宴を抜けちゃっていいんですか?」

「主だった方々への挨拶は済ませたからね。皇帝も僕の顔なんて見たくもないだろうし。そろそろ自由にさせてもらうさ」

 カイルはそう言って笑いかける。が不意に表情を硬くする。

「捕まっている間あの皇帝に何かされたのか?」

 カイルはティーナに扮したチェイニーからの報告を受けたキットから、カーシャはヴァルム軍から無体なことはされてないと聞いていたのだが前とは違うカーシャの様子でまさかとは思う。

「いいえ! 何もされてません。何かされそうになったら皇帝を絞め殺すかそれが出来なければせめて一生残らない歯形をつけてやるところです」

 カーシャは勢いよく首を横に振りながらそう豪語しカイルの不安を打ち消す。

 ならばカイルはおそらくそうではないかという心当たりを言う。

「では……戦えなくなったのが理由か?」

「…………はい」

 カーシャはそう言ってまたうつむく。

「心当たりはあるのか?」

「えっと……敵に捕まって……それで戦いが怖くなったんでしょうね。……多分」

 ぽつりぽつりとカーシャは嘘をついた。

 今更敵の命を奪うことに罪悪感がわいてきたと言えばカイルはその理由を聞いてくる。あの皇帝の言葉をカイルに聞かせるわけにはいかなかった。

「そうか」

 カイルは疑わずにカーシャの言い分を鵜呑みにした。嘘だと気づいているが本当の理由を聞くつもりはないのかもしれない。

「わかった。カーシャは明日からはギムレーを倒すまでドルマ港で待機していてくれ。それも重要な役目だ」

「え? でも……」

 ギムレーは無人島で息をひそめている。だが敵である各国軍が迫ってきたら浮遊して逃れようとするだろう。ギムレーが飛べる空域にはシューターの矢も届かない。ギムレーが飛び立つ前にギムレーにつかまって背中に飛び乗ることは不可能ではないが、天馬騎士や竜騎士の助けを借りて空中から兵士たちを降下させたほうがうまくいく確率は上がる。どちらにしろ捨て身の方法だが。

「アカネイア大陸からの援軍にもヴァルム大陸にも天馬騎士や竜騎士がいる。無論肝心の飛行手段の天馬も飛竜も、天馬騎士だからってカーシャが無理を押して出る必要はない」

「……!」

 カーシャは気遣われているのがわかって自分のふがいなさに歯噛みする。カイルはそんなカーシャの左の肩を叩き慰める。

「いいんだ。君は今までよく頑張った。誰にも文句は言わせない。カーシャは後方で僕たちの帰りを待っていてくれ」

「うぅ……ごめんなさいカイル様……ぅぅ」

 カーシャはこらえきれず涙を流す。カイルはカーシャが泣き止むまで肩に手を置き続けた。

 カーシャ以外にも空を移動できる天馬騎士や竜騎士はいる。それは本当だし実はカーシャとは関係なく別の問題があった。

 それはギムレーがラーズ教団に操られているわけではなく人類に仇成す自我を自ら持っていること。

 前はギムレーは教団に操られていると思われ意志というものがない可能性にかけてギムレーの背中に飛び乗ってそこからギムレーの急所を狙う方法をとった。あの時はそれしか手がなかったというのが最大の理由だが。

 だがギムレーが自らの意思で人類や世界を滅ぼそうとしているなら話は別だ。カイルを油断させるためにあえて効き目のないファルシオンを自分に刺させ、安心しきっているカイルを振り落としファルシオンと封印の盾を破壊することが目的だった以前と違い、今のギムレーは自分の背中に外敵がいると知った途端に身をよじり敵を眼下の大地や海に落とそうとするだろう。それに対してセネリオをはじめとする各国の軍師が頭をひねっているが未だ解決策は出ない。

 不安を顔に出さずカイルは黙ってカーシャを慰めながら自分も心の準備を整えた。

 まだカーシャの涙は乾いていないがしゃくり声が止まったのを見てカイルは切り出す。

「ええと……カーシャ、そんなに自分を責めなくていい。実はこれからの話次第ではカーシャに騎士を辞めてもらうかもしれない」

「……はい」

 カーシャは実際は騎士見習い。戦えない者は騎士に叙任することができない。そういう意味だとカーシャは思った。

 そう思いうなだれるカーシャを見てカイルは彼女の思い違いをすぐにでも否定したいと思っても続きの言葉がなかなか出てこない。

 十数えるくらいの時間が過ぎてようやくカイルは意を決する。

「カーシャ……僕の父と母によって僕らが引き合わせられてから今まで君にはいろいろ助けられた。君にとって今まで僕は世話の焼ける弟のようなもの…いや今でもそう思っているかもしれないな」

「それは……」

 弟のようなものと卑下するカイルの言葉をカーシャは否定したいと思っている。

 ファルスに迫られたこともあって今はもうカーシャはカイルへの好意を自覚している。

 だが相思相愛だとしても二人を阻むものは多くそして大きい。だから言葉が出てこない。

「でも君を失いあまつさえ敵の手の中に落ちたと聞いた時、僕は自分が許せなくなった。どうして縄につないででも君を繋ぎ止めておかなかったのだろうと……ああすまない、縄というのは言葉の綾だ。そんなことをするつもりはない」

 思わず言った比喩を手を振って否定する。一度捕らわれの身となったカーシャに使っていい表現ではなかった。

「わかってます。それで?」

 言葉の先が読めてもカーシャは聞く。それなら戦えようが戦えまいが騎士を辞めてほしいという言葉の意味も分かる。

 これからかけられる言葉に対してカーシャはもうすでに返事を決めている。

「だから君を取り戻した今僕は君に言いたい。カーシャ! 僕には君が必要だ。僕と生涯を共に歩もう。結婚してくれ!」

「ごめんなさい! お断りします」

 カイルの求婚をカーシャは即答で断った。

「……僕じゃやっぱり頼りないかな?」

 カイルは肩を落としながら聞く。カーシャは慌ててフォローを入れようとする。

「ああいやそうじゃなくて……その、カイル様は今はすっかり頼りがいのある人になったと思いますよ。旅を始める前と比べればはるかに!」

「それまでの僕はどれだけ頼りなく思われてたのさ」

 振られたカイルは強がって苦笑して見せる。

「あ、すみません……でも本当にたくましくなりました。特にガルダ跡でナーガ様にギムレー打倒を誓った時は……あの時私はカイル様に好意を持ったんです」

「本当に? ……でもそれならどうして?」

 好意を持たれていたと言われカイルは喜ぶがならばどうして求婚を断るのか聞いた。

「……簡単でどうしようもないことです。私は平民で騎士にもなれずに一線を退こうとしている。いえなれても王妃なんてとても無理でしょうねカイル王子」

「身分の差か……」

 カイルも重々しくつぶやく。カイルも解決しなければならない問題として考えていた。

「……でも一つだけ方法はあるんです。身分関係なくカイル様と一緒に暮らせる方法が……」

 カーシャは感情を殺しながら言う。

「……」

今のアカネイアの体制でカイルとカーシャが結ばれる唯一の方法、それはカーシャをカイルの愛妾にすること。

 国のため、外交のため、時には周辺諸国……それらの安寧のため王侯貴族は自らは望んでいなくても国や領地に有益な貴族の女性を妻に迎えなければならない。現にアカネイアとグルニアの関係を保つためにクロスはグルニア王女ユミスと結婚するべきだったという声は今も多い。

 その代わりに王侯貴族の多くは妾を抱えている。それを不貞だと軽蔑することはできない。

 そのうえ今のアカネイアはパレスが壊滅し、王に近しい多くの有力な貴族が亡くなってしまった。正妃との間に子供が出来なければ王家の直系の断絶を防ぐために妾の子に王位継承を認める可能性もある。世継ぎを確保する意味でも妾は悪い手ではない。

 しかしそこまで考えたうえでカーシャは暗い表情で続ける。

「でも私は嫌です! 夫が別の女性とも愛し合うなんてましてやその女性が本当の奥さんなんて私には耐えられません。本当に好きだからこそ好きな人は独占したいものなんです。……貴族様や王子様にはわからないかもしれませんけど」

 カイルはかぶりを振る。

「いやわかるよ。カーシャが皇帝の妻になったらと思うと僕も耐えきれそうにない。だから決めた。僕にはカーシャだけだ。カーシャを妃として迎えたい。他に妾をとる気もない」

 カイルの気持ちにカーシャは幾分か表情をほころばせる。だが

「カイル様、そこまで私のことを……お気持ちは嬉しいです。でも大丈夫なんでしょうか?」

 カーシャの言う通り、カイルとカーシャの結婚は誰からも認められないだろう。

 平民の女性を妃にしたい。それ以外の妻は取りたくない。一国の王子としては身勝手にもほどがある。クロスとユリナの婚約も反対する者がいた。とはいえ相手が公爵の妹だったクロスの時とはわけが違う。

「このままでは無理だろうな。……だからカーシャが次期国王の妃として諸侯から認めてもらえるように色々考えてみて、まず思いついたのが爵位を与えることなんだけど…」

「……無理ですよね」

 カーシャは嘆息する。マリアンヌによれば獅子奮迅の活躍をしたヴァルムでの功績を評価しても一代限りで男爵位を叙勲するのがやっとということだった。

 男爵位を得れば軍内で小隊の指揮官を任され退役しても過度な贅沢をしなければ年金で生涯働かずに生活できるが、代々爵位を継承している貴族ましてや王族との結婚は至難だ。

「うん……だから僕はアカネイア王国を一度解体しようと思っている」

「そうか。国を解体するって手が……ってはいっ!?」

 カイルの提案に一瞬感心しそうになって言葉の意味に気付いたカーシャは耳を疑う。

 平民を王妃にするのが困難だからと言って国を解体するなどあまりに大それて無茶な行為だ。この王子様は自分たちに立ちはだかるあまりの難題に混乱してしまったのだろうか?

「心配そうな目で見ないでくれ。これはカーシャと結婚するためだけのものじゃない。以前から考えていたことだ」

 カイルはそう前置きして続ける。

「大陸の北部と南西部はどちらもフェリア、ペレジアとして独立し、僕たちに残されたのはアカネイア本国のみ、もうアカネイア連合王国は存在しない」

「それは…そうですね……」

 フェリアもペレジアも他国との同盟には乗り気でもかつてのグルニアのように属国としてアカネイアに従うつもりはない。アカネイア連合王国が解体しているのはカーシャにもわかる。

「1600年前にアカネイア聖王国が成立してこの国は大陸全土を統べながらも2度も暗黒竜に滅ぼされその後暴君によって他国を蹂躙する国家となり、暴君は廃されたものの当時の王妃は姿を消しマルスが後を引き継いだ」

「……」

 アカネイアの歩みは輝かしいものばかりではない。カイルが言いたいのはそれだけではないのだろう。リョウヤやチキからアカネイア聖王国成立の歴史の真実を聞かされたカーシャにはわかる。

「でもそんなアカネイアの歴史は初めから歪んでいたものなんだ。アドラという盗賊が当時存在していた国を滅ぼし、部族を最北部へ追いやって、自分の欲を満たすために国を作り王を名乗り神を騙ってそれを正当化した。アカネイアはそんな悪徳のために作られた国だったんだ……だから今回の3度目の滅亡でアカネイアの歴史は幕を下ろすべき時が来たのかもしれない」

「ではまさか!」

 カーシャはカイルに近づき耳をそばだてる。

「ギムレーを倒し、故郷に帰ったら僕はその地に新しい国を建てる! 故郷を復興し、人々が平和に笑って過ごせる生活を取り戻すために国を作る。もちろん僕だけでは無理だ。他国の助力も必要だろう。何よりルッツ、エルス、マリアンヌと言ったアカネイアの人々の協力も……カーシャ。君にも僕を助けてほしい。どうか頼む!」

 カイルはカーシャに深く頭を下げて頼む。

「それは当然の話です。……でもそれと私と結婚することとどう関係が?」

 新しい国作りへの協力を了承しながらもカーシャは自分との結婚のことに話を戻す。

「うん……新しい国を作るとなったら建国に貢献した者を新たな貴族に迎えた方がいい。カーシャ! 君のヴァルムでの活躍がなければ僕は敗戦の将の汚名をかぶり新しい国を建てようなんて考えを浮かべることも許されなかっただろう。新たな国の重鎮には君が相応しい」

「え……そんな……私なんかが」

 新たな国の重鎮。そんな肩書にカーシャは戸惑う。

 だがそれを辞退すればもう二度と貴族に名を連ねることが出来ず王妃になることはかなわなくなる。

「もちろん昔からのアカネイアの貴族をなおざりもするわけじゃない。今も爵位に就いているエルスやマリアンヌの協力は不可欠だしね。彼らもこの話には協力的だ。だから頼む!」

 カイルだけでなくここにいないエルスとマリアンヌの後押しにカーシャは意を決する。

「…………わかりました。今の貴族たちに後輩として認めてもらえるように頑張ります!」

 カーシャは自ら貴族になる決意をする。それが王妃としてカイルと結ばれるただ一つの道だ。

「……ところで僕たちこれで婚約したってことでいいよね?」

「……まあ私とカイル様の間ではそう思ってもいいですよね……えっと?」

 カーシャの返事を聞いてカイルは彼女と距離を詰める。

 カーシャは思わず体をかばう。

「じゃあその証拠に……口づけぐらいは……」

 カーシャは戸惑いながらも拒否できない。カーシャは体をかばう態勢を解いて。

「え、えっと……わかりました。で、でも口づけ、口づけまでです! それ以上は公に認められてから……いいですね!」

 カイルはうなずきしばらく時間をおいて、

「カーシャ。愛している……」

「カイル様……んっ!」

 カーシャと唇を合わせる。

 

 

 

 

 

 宴は終わり明日いよいよギムレーとの決戦が始まる。

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