ドルマ港やイストリア港からギムレーの住み着く無人島――以後ギムレーの島と仮称――の間の海には天馬・飛竜・グリフォンに乗った屍が浮遊していた。屍が乗っている動物も蘇った屍だ。各国軍の船の進行を防ぐのが狙いなのか港に上陸しようとする動きはない。
各国軍はすでに多数の船に分かれて乗り込み島へと進もうとしていたが屍たちに阻まれて身動きが取れなかった。
各船にはシューターを組み立てる部品があるが作戦の都合上まだ多くのシューターは組み立てずにそのままにされていた。
「全軍、屍たちの襲撃に備えろ! 1船でも沈められたらギムレーは倒せないと思え!」
アカネイア軍の指揮官カイルをはじめ各船の指揮官は全軍に船を守るように命じる。船を沈められればその船に乗っている兵士は海上に投げ出される。避難用の小舟は当然あったが全員助かるとは思えないし、物資、ギムレー征伐の作戦に必要なシューターの部品も失い、地上への帰還を余儀なくされ戦力は激減する。
そんな中、屍の襲撃を待たず自ら屍に戦闘を仕掛ける者もいた。
アカネイア船周囲。
「はあ!」
ザン!
「……」
天馬騎士ティアの最後の一撃で断末魔も上げず屍天馬もろとも屍は落下し海に落ちる。
自分から屍に突撃しているのは敵と同様浮遊することのできる動物に載っている天馬騎士と竜騎士だ。
アカネイアでは経験を積んだ天馬騎士は天馬を操った経験を活かしより強い飛竜に乗り換える騎士もいるが、飛竜は天馬とは逆に鱗で剣や槍をはじくが魔法には弱く、魔道士と戦う時に備えて天馬に乗ったままの騎士も多い。
対してヴァルム大陸は大陸がバレンシアという名だった頃は飛竜が生息しておらず代わりにミラのしもべによって天馬を額から優れた感覚器として角をはやさせた「ファルコン」として能力を引き出すすべで天馬騎士の能力を十二分に発揮できた。
アカネイア側はそのミラのしもべに代わるマスタープルフをヴァルム大陸から輸入するようになってからそれを使って天馬の力を底上げして戦う騎士が激増した。
またヴァルム側もアカネイア大陸から飛竜を買い取って竜騎士を育成した。だが飛竜の弱点を懸念して天馬騎士が飛竜に乗り換える例はほとんどなく、ほとんどの竜騎士が最初から飛竜に乗るべく訓練を受けたものである。
船上の兵たちも天馬・竜騎士に頼りきりにしている者ばかりではない。
「包囲420……放て!」
ドシュ! ザシュ!
少なからず組み立てて船上に配備したシューターから放たれる矢が屍天馬や屍飛竜たちを貫く。
イストリア船。
『ふきあれよ! ふぶきのごとく! ブリザード』
ビュオオオオオオ!
セネリオの唱える遠距離魔法ブリザードが屍天馬の羽を凍てつかせ飛ぶ力を失った屍天馬は主人もろとも海へ落ちていく。
アルバレア船。
『ミラよ! ふじょうなるたましいをじょうかしうけいれたまえ ディル』
船室内から状況を見たキットはチキから離れずいくばくかの生命力と引き換えに浄化魔法ディルを唱える。
途端に2万体以上の屍は光につつまれ最初からいなかったかのように痕跡を残さず消滅した。
「消えた……そうか! こいつらは幻覚だ。ギムレーが見せた……いや実はギムレーもどこかの魔道士が見せた幻覚で……」
ディルを知らないペレジアの竜騎士は屍たちを幻覚だと決めつけ警戒を解く。
「おい! 左だ!」
そんな竜騎士を同期の竜騎士が注意する。
「え……ぎゃあ!」
戦友の注意もむなしく油断した竜騎士は屍の槍に貫かれ絶命し、飛竜の上から海へ落ちていく。
「馬鹿野郎! こいつらが幻なら戦争なんて起きてねえよ……この骸骨どもがああああ!」
同期の竜騎士は戦友の恐怖を紛らわすための現実逃避から油断した親友の心の弱さを嘆きそれにつけ込んで友を殺した屍に挑みかかる。
そんな頃ディルを唱えたキットのいる船室内では。
「キット! 大丈夫?」
チキは荒く息を吐くキットに駆け寄る。
「大丈夫です。バレンシア魔法を乱用して自滅する真似はしませんよ。生命力を補う天使の指輪もちゃんとはめています」
そう言ってキットはチキに指輪をはめた指を見せる。
「本当に無理しないで。約束だよ。公爵さんもキットを引き抜くこと諦めてないんだから」
「あの方は関係ないでしょう! チキ様を守るために私が死ぬわけにはいかないからです」
イストリア船。
『ひとときのみじったいをもっててきをほろぼせ! イリュージョン』
ガールはある魔法を発動させるための詠唱を唱えた。その代りに
「はぁ…はぁ…」
何らかの魔法を唱えた反動でガールは生命力を消耗しつんのめる。
ヒュゥゥゥン!
そこへ屍たちが弱ったガールを仕留めるべく襲い掛かる。
ザシュ!
だが屍たちの繰り出す槍がガールに届く前にガールの前から魔法陣とともに現れた天馬騎士が屍を倒した。
船上だけでなく空中からも次々と魔法陣が浮かびそこから天馬騎士が現れる。5000体はくだらない。
「ふぅ……できるだけ多くの屍を倒してきて。……行け!」
魔道の指輪の力でいくらか持ち直したガールは召喚した天馬騎士たちに命令する。
ビュオオ!
さきほど屍を倒した隊長格らしき天馬騎士はうなずいた後ガールの命令に従って他の天馬騎士とともに屍を倒しに向かう。
この天馬騎士たちは人間ではない。この戦いの間、あるいは敵に倒されるまでの間だけ魔道の力で実体を与えられる幻の兵士だ。
そんなことを可能にするのもバレンシア特有の白魔法イリュージョンだ。
そうして健闘している騎士たちや魔道士たちだったが一番屍を討っているのは、
アルバレア船周囲。
「……そこだ!」
ヒュン!
ドシュ! ボチャン!
金鵄に乗り鳶から弓を射るソンシンの金鵄武者である。
天馬・飛竜に乗る者しかいない空の戦場では空中を飛び弓を扱える彼らの独壇場だった。
ヴァルム船。
「屍が来たぞ!」
船を強襲しようとする屍を見つけた指揮官の号令に全兵士が獲物を構える。
「はあああ!」
パカラパカラパカラ!
真っ先に飛び出したの黒騎士は船から転落するのを恐れず船体中央から舳先まで猛速度で馬を走らせる。
「はっ!」
ザン! ザン! ザン!
そして舳先の端で瞬時に馬を止めると同時に浮遊している屍に向けて槍を振り回し
チャキ!
槍を止めた時には3体もの屍が海に落ちていた。
「皆すすめ! こんな屍ども、怖るるに足らん!」
オオオオオ!
黒騎士ジーンの激励を受けたヴァルム兵たちは我先にと船の端々に陣取り屍たちを威圧する。
シュ!
「ぎゃああああ!」
そんなヴァルム兵に向かって屍は槍を投げてきた。銀で作られた恐るべき威力で兵は胴を貫かれあおむけに倒れる。
「くそ……弓さえあれば」
倒れた戦友の仇を討ちたくても剣や槍では屍が浮遊している場所まで届かず兵たちは屍を恨めしい目で睨むのみだった。
パカラパカラ!
そこに
「やああああああ!」
ヒュン! ザシュ!
勇ましい掛け声と同時に何者かが屍に槍を投げつけ、屍は落ちて行った。
「フェイス殿!」
槍を投げ屍を打ち落としたのはフェイスだった。
「何をぼうっとしている! 獲物など敵から奪うなり味方から借りるなりして補充すればいい! 斧でも槍でも投げれば届きそうな位置にいる屍にはどんどん投げつけてやれ!」
「はっ、はい!」
フェイスに叱咤された兵たちは予備にさしていた槍や斧を投げつけて屍を倒していく。
各国軍が屍と交戦している頃アカネイア船内ではカーシャが船内で待機している後詰の中にいた。
カーシャはカイルからドルマ港町で待機するよう命じられていたが無理を言って船内まで同行した。
カーシャも昨晩まではカイルの言葉に甘えるつもりだったが、カイルと婚約の契りを交わしてから自分にできる限りのことで奮闘することにした。
王子であるカイルの正妻になるということは王妃に名乗りを上げるということだ。エルスやマリアンヌのような味方もいるとはいえ諸侯たちに自分を認めさせるにはカイルを支える振る舞いをする必要があり、それはドルマ港町でカイルを待っているだけをさすことではないだろう。
カイルや仲間たちが命を張っている間自分だけ隠れることへの負い目もあった。
とはいえカーシャは戦闘に出ず船内で待機を命じられていた。そしてカーシャもそれに異論はない。
もしカーシャが戦闘に出たいと言っても敵を倒すことができるか疑わしい今のカーシャに出陣の許可は出ない。彼女が倒せないでもたついている間に屍がカーシャを攻撃するか、それをかばおうとして別の兵が屍の手にかかる恐れがある。
そのため戦力に数えられていないカーシャは武器・薬の補給などや負傷兵の手当てなどの雑用をすすんで行なったがそれでいいのかとカーシャは思う。
(みんなが命を張っている間に……私はこんなことをしていていいの? ……こんなことで王妃様になりたいと言っても受け入れられるの?)
カーシャのそんな迷いと焦りが頂点に達する頃、戦場でも動きがあった。
「ぐあ・・・」
奮戦していた金鵄武者が屍の槍に貫かれたのだ。そして屍は絶命した主人を振り落として逃げようとする金鵄も突き殺し道連れにする。
武者は金鵄とともに海へと落ちていく。
かに思われた。
だが死んだはずの金鵄は主の死骸を背に受け止め浮遊する。
見れば主の武者も起き上がり弓を構えた。
自軍の天馬武者に対して、
ヒュ!
ヒィィィン!
「お、おい! 暴れるな。頼む、耐えてくれ…うああああ!」
主人の懇願むなしく天馬は主人を捨てどこかへ飛び去って行く。あの傷を放っておいたら逃げた天馬もほどなく主人の後を追うだろう。
屍たちは他の兵に目もくれず敵に撃破され数を減らしながらも金鵄武者だけを仕留めていき、その金鵄武者は生ける屍としてかつての自分や友軍を攻撃していく。
戦死した友軍の兵が屍として次々と敵に加わる。そんな光景をアルバレア船の近くに停泊していたアカネイア船の兵たちが見ていた。
「馬鹿な……今死んだ味方が敵になるのかよ」「じゃあ俺たちが死ねば死ぬほど敵も増えていくのか?」「そんな……こんなことを起こす化け物、ギムレーに俺たちは勝てるのかよ」
兵たちが動揺し、絶望するものまで現れる中、サリエルは彼らが見逃していたある出来事に心の片隅を預けていた。
(ソンシンの天馬弓兵を討った屍たちは皆懐から何か落としてますね。確認できただけですが彼らの下の海面にもしぶきが上がりましたし)
サリエルの目は正しい。
この場にいる者は知る由もないが屍たちの懐にあった物は屍蟲を入れた瓶でありあらかじめ傷を入れたそれを通して金鵄と武者の死体に屍蟲が入り込み彼らを生ける屍に変えたのだ。
ヒュ!
ヒイイイン!
「うわああああ!」
蘇生した金鵄武者にソンシン軍とその近くの友軍が翻弄されている頃かの軍とは別の海上で戦っていたペレジア船の上で戦っている竜騎士が射落とされる。
弓を放ったのはソンシン軍を襲っているのとは別の金鵄武者の屍だった。
「あの風変りの鎧はヴァルム南東の異国の兵?」「屍とはいえ味方まで操るなんて」
「そんな……ひょっとしたらナーガ様じゃなくギムレー……ギムレー様こそ神なのでは?」
最後の言葉を言ったペレジア兵は、
「馬鹿者! 何を言っておる。それより船に近づこうとする屍に意識をむけろ。返り討ちにするぞ!」
兵は上官から叱責を受けたがその上官も薄々そんな気がしてきた。
そうして空中では金鵄武者の屍が猛威を振るっていき次第に敵の屍たちが各国軍の天馬・竜騎士を撃破するようになり、空中を制し始めた屍は本格的に船の破壊するべく船上に攻撃をしていく。
アカネイア船内。
「後詰を出せ! 敵が船に攻撃しているぞ」
船内に入ってくるや隊長はそう叫び援軍を催促する。
(さっきまで余裕があったのに。形勢が逆転した?)
そう怒鳴る隊長が開けたままにしていた扉のあった場所からは空中で屍が自軍の兵を射落とそうとしているところが見えた。赤髪の天馬騎士だ。
カーシャは思わず駆けだす。
「あっ! 君は待機だ。カイル殿下からそう言われていただろう!」
そんな隊長の命令は最初の方しか聞こえていなかった。
カーシャは愛馬ケリーのいる船内厩舎へ向かいケリーを開放する。
「ケリーごめん! もう一度……仲間が安全に暮らせるようになるまで私と戦場に出てもらうよ」
ヒィン!
ケリーは当然だとあるいは待ちくたびれたぞというように鳴いて応えて見せた。
ヒュゥン!
グサ!
ヒィン!
「どう!」
矢が刺さりいななく自分の天馬をティアは巧みな手綱さばきで抑えて見せる。
「やあ!」
ザン!
ティアはすぐに反撃に移り屍を槍で倒す。
敵の屍となった金鵄武者と相対してからティアは敵の矢を懸命にかわしながら屍を倒していったが、そろそろそれも限界となったらしい。
(あの方がいてくだされば空飛ぶ弓兵ぐらいで……それともただの尾ひれのついた噂だったのかしら……!)
そこへ自分か天馬に狙いを定める金鵄武者が……。
躱しきれない。
屍が弓弦から離しかけた指を見てそう悟りティアはあきらめて恐怖のあまり目をつぶる。
グサ!
ボチャン!
だが自身には何も起きず敵の方から何者かが敵を槍で突く音と敵が海に落ちる音がした。
カーシャは目をみはる。
「大丈夫ですか?」
そこには先ほどまでいなかった自分とは別の赤髪の天馬騎士が!
その天馬騎士に金鵄武者が弓をむけている。
「危ない!」
咄嗟にティアは叫ぶ。
「はっ!」
シュン!
天馬騎士は屍の方を見る前にわずかな手綱にかけた指の引き一つで天馬を操り矢を躱させる。
「おかえし!」
ザン!
矢を躱しそのまま止まることなく天馬騎士は屍に向かって槍を繰り出し屍を倒す。
彼女の槍はティアより早く鋭く、天馬の操縦に関してははるかに上、いや彼女以上の技量を見たことがない。
天馬騎士はティアの方を振り向き。
「あなたたちが命がけで戦っている中、今まで出てこられなくてごめんなさい。でも今から私も戦います。……敵対するものの命を奪うことの正当性は置いて、理不尽に命を奪われようとしている仲間や市井の人々を守るために」
それだけ言って天馬騎士は目に見える敵を倒すべく、天馬とともに駆けていく。一番厄介な金鵄武者を重点的にヴァルムの滝以来の勇猛さで容赦なく倒していく。どれほどの武者に囲まれようと彼女に弓矢はかすりもしなかった。
「……弓を恐れず……早すぎて翼が生えているような槍さばき……あの方が…」
ティアの憧れる天馬騎士……カーシャが復活した時だった。
同じ頃、サリエルから金鵄武者を襲おうとする屍を重点的に攻撃するよう提言があった。
それ以外の屍は自軍の死体を蘇生させる術を使うことはできないと。
指揮官はとりあおうとせずサリエルを恐怖のあまり錯乱したとみて後退を命じたがそこにカイルが駆けつけ、それ以外の手が今のところない。戦況を打開できるならわずかな可能性にかけよう。と言われサリエルの言う通り金鵄武者を狙おうとする屍を重点的に倒すことにし、その屍を掃討するとこれ以降死んだ金鵄武者が蘇生することもなくキットが定期的にディルの魔法をかけて屍の数を大きく減らし、戦の主導権を取り戻していった。
兵数的には大きな犠牲を払いながらもぎりぎり1船も沈められずに、ギムレーの島までの海上戦に辛くも勝利した。