ギムレーの島に上陸し、夜が明けてから各国軍は天馬騎士、竜騎士を偵察隊として島の見回りに当たらせギムレーの居場所を特定させていた。
その中にはカーシャと彼女をおって志願したティアもいる。
彼女たちを含む偵察隊は屍やギムレーに襲われることなくそれぞれの国の本軍のもとへ戻ってきた。
彼らはそれぞれの国軍の総司令官に報告しに行く。アカネイア軍も同様だ。
「偵察隊戻りました。カイル殿下! ギムレーは島の中央にそびえる山の火口にいます。溶岩の中でも平気で浸かっています」
まるで湯浴みのように溶岩に浸かるギムレーの姿を見間違いではないかと思い直しながらも、カーシャはカイルに自ら目撃したことをあますところなく報告する。
「ご苦労だった。各国の司令官と打ち合わせて出陣は日が十分昇ってからということになった。それまで君たちは休むといい」
カイルは偵察を終えたアカネイアの天馬騎士団をそう労うがその中の一人を呼び止める。
「カーシャ、大丈夫だったかい?」
「ええ。ギムレーを発見した時は即座に屍が現れるかもしれないと警戒したぐらいですが、この通りすんなり帰ってこられました」
心配するカイルにカーシャは傷一つない自分を指して大丈夫だと言い聞かせる。
「ああ、無事に帰って来てくれて何よりだ。それもなんだけど……」
カイルは続きを話すのをためらう。が三つほど数える時間をおいて続ける。
「もう戦いに出て大丈夫なのか? 海上では無我夢中で飛び出したとはいえまだ無理をしているんじゃないのか?」
そんなカイルに対しカーシャは胸を張りながら、
「もう平気です。たとえ他者の命を奪う結果になっても私が戦う理由をやっと思い出しましたから」
「どういうことだ? ……まさかそれが君が戦えなかった理由!」
カイルはカーシャが戦えなくなった理由は戦っていたヴァルム軍に捕らえられた恐怖によるものだけではなさそうだと察してはいたが、それでも一番の理由は負けた際に戦っていた敵から受ける報復への恐怖が一番の理由だと思っていた。
「後で話します。ギムレーを倒した後に……それからカイル様が私の話を聞いて今後の国の外交と軍事の政策に活かすか考えてください」
神妙に話すカーシャにカイルはそれ以上の追及をやめた。
「……わかった。その時を待っているよ。ただ……」
「はい?」
聞き返すカーシャにカイルは厳しく告げる。
「これで軍からの評価が上がったと思うのは大間違いだ。上官や指揮官の僕への断りなく飛び出すなんて、せめて上官や僕のどちらかの許可をとってからにしてくれないか。また勝手な行動をとったら今度こそカーシャには外れてもらうよ!」
「申し訳ありません。……以後気を付けます」
カイルからの叱責にカーシャは力なく謝る。
そこへカイルたちの横から思わぬ人物が話しかけてくる。
「今から評価や手柄の話とはずいぶん余裕だな。竜が空中に逃げられた場合の対処について軍師どもはまだ頭を抱えているというのに、アカネイア王子殿にはあの竜、ギムレーを倒す算段はもうついているらしい」
カイルたちは声の方へ振り向く。そこには馬上からカイルたちに声を浴びせてきたヴァルム皇帝ファルスが側近数騎を従えて来ていた。
カイルへの会見を取り次ぐべきカイルの側近はすぐに詫びる。
「殿下、申し訳ありません。私が殿下に取り次ぐまで待つように言ったのですが、ファルス皇帝が勝手に…」
「いい。……ファルス殿、私に何か御用でしょうか?」
カイルは謝る側近を許し、カーシャをかばうように前に立ち彼女の姿を隠す。
カイルの様子を気にせずファルスは相手の問いに応じた。
「先ほどまでユーリと打ち合わせていたのだがな、これ以上続けるとヴァルムの歴史についてまたこじれそうだからこれから共闘する他国との連携を密にするためアカネイアの王子殿に挨拶しに行くと言って抜け出してきたのだ。……そう警戒してくれるな我らは今は友軍だ。猜疑心が過ぎると戦いに障りが出るぞ」
ファルスはカーシャの方を見る。カーシャをかばうカイルとは対照的にカーシャはカイルに隠れるそぶりは見せず真正面からファルスをねめつけていた。
「我はもうカーシャ殿に未練はない。戯れに口説いた娘に執着し続けて我がアカネイアと再び事を交えると思うか? ギムレーを片付けたらうぬらにはさっさと出て行ってもらいたいぐらいだというのに……だがこれ以上我が大陸に居座るようなら別だ。うぬらを侵略者とみなし戦うぞ。それならアルバレアもイストリアも我につかざるをえまい」
「まさか! 我が国も荒廃して他国を侵す気も力もありません。一刻も早く復興に着手したいですしギムレーを倒したら喜んで引き上げさせてもらいます」
ファルスの皮肉にカイルはそう返す。歴史問題も解決していないのに不遜にもあの大陸を我が大陸と呼ぶことは捨て置く。こんなファルスの相手はユーリの方が慣れている。
「そうかそうか。アカネイアの復興…いや新国家の建国か、うまくいくように我も祈っているぞ。荒廃したアカネイアの民が野盗と化してフェリアやペレジアを荒らしたら我が大陸とそれらの国との交易にも支障が出るのでな」
「新しい国を建てること。知っていたのですか?」
後半の嫌味は聞き流しファルスが新国家の建国を知っていたことに食いつく。
「我の宮殿で堂々と話しておいて何をいまさら、我が国の間者が聞き飽きた演奏に夢中になって情報の収集を怠るたわけだと思うか。そんな無能なら我がそうそうに切り捨てておるわ」
「……それはそうでしたね」
カイルはうかつだったと少々後悔したがファルスは邪魔するつもりはないらしい。これからの目論見にアカネイアからの干渉を恐れる彼がカイルの邪魔をしても利点はない。
「うむそうだ。それから……カーシャ殿」
カイルに言いたいことは言い終えたファルスはふとカーシャに話をむける。
カイルはカーシャの方を見て心の中でこいつは自分が何とかするからカーシャは下がってくれと目くばせしたがカーシャはカイルの目線での訴えに気付いているのかいないのか返事を返す。
「何でしょう?」
「うぬがまた戦に復帰するとはな……我との話忘れたのではあるまいな?」
ファルスは意地悪な笑みで聞いてくる。
「いいえしっかり覚えてます。でも海上での惨状を見て思い出しました。無辜の民、市井の人々、そして人々を守るために戦う仲間に刃が振り下ろされるのを騎士を名乗る者が見過ごしていいはずがない。私はそんな彼らを守るために騎士になったんだって思い出しました!」
吐き出すようにそう言ってカーシャはなお険しい表情でファルスを睨み続ける。
ファルスはいつしか笑みを消し根負けしたように吐き捨てる。
「そうか。せめてギムレーを倒すまで折れてくれるなよ。今はうぬでもあてにしているのでな。それと……」
ファルスは馬首を翻し表情が見えないようにしてから言った。
「うぬとカイルの事。我もうまくいくよう願っているでな。……カイル! その時は婚礼ぐらいには我も呼べよ」
それだけ言ってファルスは馬を走らせそそくさとその場を後にする。ファルスの連れてきた側近たちは急いで主君の後を追った。
ファルスからの思わぬ激励にカイルとカーシャは顔を見合わせしばらく呆然としていた。
解散の指示が出ても戻らずカーシャと話がしたいと彼女がカイルと話を終えるのを今か今かと待っていたティアは一連の出来事を目撃し、呆気に取られていた。
(カイル王子や異国の偉そうな人と話をしているなんて……カーシャ様って本当に一体何者なの?)
その後各国軍は偵察隊の休息と朝霧に邪魔されるのを防ぐため日が昇りきるまで待ってから進軍を開始する。
輸送隊を含む小隊に大量のシューターの部品を運ばせながらの行軍だったため、その速度はかなり緩い。ギムレーに気付かれ逃げられたら一巻の終わりなのだがやみくもにギムレーに乗っかっても彼の頭部を攻撃する前に振り払われて溶岩に落とされるのがいい落ちだ。ファルシオンを一撃頭部に刺したら終わりなんてそんな楽観視は誰もできなかった。
チキは軍が出立する前自分も行きたいとごねたがキットや周囲から当然猛反対され渋々折れた。その後チキはキットや護衛隊とともにアルバレア軍の船に残っている。……はずだった。
船内で昼食をとったきり本を読みたいからとキットを追い出して部屋にこもり夕食にも現れてこないチキにキットはしびれを切らし、チキを呼びに行った。
コンコン!
「巫女様! 夕食の時間です。食堂に来てください」
………………。
だが呼びかけても船室からは返事どころか何の反応もない。
「巫女様。開けますよ」
グッ!
扉を開けようとしたが鍵がかかっている。だがこんな時のためにキットは合い鍵を渡されている。
ガチャ!
扉を開けるとチキは本を読むと言っていたのに夕暮れになっても船室には明かりがともっておらず真っ暗だ。
となれば本に飽きて退屈になったチキがとる行動はただ一つ。
そう思ってベッドに視線を向けると案の定毛布は膨らんでいた。
「やっぱり……夕食の時間です! さあもう十分寝たでしょう? これ以上寝ると夜眠れなくなってしまいますよ」
声を大きくして呼びかけるが毛布は身じろぎ一つしない。
「巫女様! 早く起きて! 私も空腹なんですから食堂に行きますよ!」
キットはいつものチキらしくないわがままな態度に苛立ち毛布に歩み寄りはぎとろうとする。嫌な予感を覚えたというのもあるかもしれない。
「チキ様。いい加減になさい! お留守番になって不機嫌なのはわかりますが……ほら早く食堂に…!?」
怒りながら毛布をまくり上げたキットが目にしたのは。
夕暮れ。
各国軍は途中襲い掛かる屍を倒しながら四方から島の中央にそびえたつ山を登っていった。そしてあらかじめ打ち合わせていた中腹に差し掛かった軍は逐次停止し、天幕を張るなどの真似はせず、篝火をたき輸送隊などが今まで引きずっていた馬車から部品の山を取り出し見張りと指揮を除く総勢がシューターの組み立てを急いだ。
その途中アカネイア軍の陣地で、
「な、何だお前は?」
一刻も早くシューターを組み立てるべく物資を取り出そうと馬車に入った兵士が驚きの声をあげる。
「わ、わぁ! 私は怪しい者じゃありません」
馬車に潜んでいた少女に兵士は槍をむける。
「この上ないほど怪しいわ! 両手を頭の後ろに置け!」
兵の剣幕に驚いて少女は両手を上げるがまだ頭の後ろに置くまではしていない。
「どうした? ……あっ!」
兵士の怒声を聞いて別の兵士が馬車に入ってくる。
「いいところに来た。この女馬車に潜り込んでいたんだ。縄を取って来てくれ。すぐに連行するぞ。尋問はカイル様に任せるとして……」
別の兵は少女を見て慌てて同僚を止める。
「ま、待て! このお方はカイル様のお知り合いだ。一緒に話しているのを見たことがある」
「何!?」
止められた兵士は慌てて槍を上に向ける。
「も、申し訳ありません。戦で神経をとがらせて……」
謝る兵にチキは両手を振ってなだめる。
「い、いえいえ。私こそお忙しいところを邪魔しちゃって……あの…縄で縛られたくはないですけど兵士さんの言う通りカイル…王子のところには行きたいです。連れて行ってもらえますか?」
「も、もちろん……さあこちらへ」
兵に案内され潜り込んでいた少女はカイルのもとへ案内される。
現在カイルは陣地の片隅で指揮をしている。天幕は張らず馬車から持ってこられた椅子を置いただけだ。
シューターの組み立てを手伝うべく、カーシャもルッツもベルモットもいない。
タグエルのベルモットは人間の使う機器を全く知らないが物資を運ぶなどやることはあった。
仲間と別れ指揮に専念するカイルを兵2人に連れられた客人が尋ねてくる。
「チキ! 船の中で待っているように言ったのに」
チキを見てカイルは仰天する。
「部屋にこもるふりをして抜け出してきちゃった」
「駄目だよ。今日はもう遅いが明日何人か人手を貸すから君は船に――」
カイルの前に右手を突き出しチキは彼の言葉を遮る。
その表情は真剣そのものだった。
「戻らない。まだ神竜石はある。神竜の力は暗黒竜をも退けるからギムレーにも通用するかもしれない。……それにそろそろ――」
「カイル殿下!」
チキが言い終わる前に別の兵がカイルのもとへとやってきた。
「屍です! 夜闇に紛れて屍が……」
「なっ? ……くっ、シューターを破壊する気か! ……戦えるものは戦いに出せ。シューターを防衛する! 輸送隊などの人員は急いでシューターの組み立てを終えるんだ!」
空へ逃げられる前のギムレーを弱らせるわずかな可能性をかけた唯一の策を妨害すべく屍たちがアカネイア軍の陣だけでなく各軍を襲っていた。
(…………)
戦いとそれを起こす邪気の胎動を感じ彼女は目覚める。
自身の血を使って造られた者を止めるべく、バーハラの公女とアカネイアの王子そして我が娘に呼びかけてこの時が来るよう仕向けたがそれだけでは無理のようだ。
かつて人間が竜にとって代わることを認めず南東の大陸の司祭を操りかの地を支配し暴虐の限りを尽くしたロプトウスの思念を払うべく、11の従者とともに南東の大陸へ赴き、自分たちの血を与えることでかの地の人間を助けたが、その後その大陸では帝国の縁者とその末裔の迫害が行われ、王となった戦士の末裔は竜の血が与える力を支配のために利用した。
そのことを反省し、同胞にはそれまで以上に人間への関与を禁じた。
だが現在、死後とはいえ自身の血を奪われ「造られしもの」を生み出されかの者が招くだろう滅びに責任を覚え、精神のみでだが二千年ぶりに人の前に姿を現した。
バーハラの公女は同胞たる人間が犯した過ちを己の罪のように詫びた。
アカネイアの王子は苦難を遂げても千年後には無に帰すかもしれないのを厭わず「造られしもの」から逃げずに立ち向かっている。
娘はそんな王子に己に残された力をかけて協力している。
フォルセティは人間への関与を禁じる命令に納得できずにいたが今なら彼の気持ちもわかる。
(…………………………………………)
かなりの時間をかけて彼女は結論を出す。この精神だけで構築された空間に時間があればの例えだが。
もう一度人の子を信じてみよう。
彼らに語り掛けるだけでなく自身も「造られしもの」を封じるために力を振るう。
神竜王ナーガはそう決意した。