東の大陸最大の版図を持つ国となったフェリア連合王国は東を氷の部族が、西を砂の部族それぞれの指導者が東の王・西の王として治め、数年ごとに闘技大会を開き王もしくはその代理(のちに団体戦となる)同士が闘って勝った王が統一王として国全体の方針を決める体制が取られた。
東フェリアの王都は旧オレルアンに、西フェリアの王都はカダインのあった場所から北のオアシスの街に作られた。
ペレジア王国ではジェルドが義兄ユルゲンが残した息子ユベルを養子に迎えた後旧ドルーアに王都を築き直し王に即位した。ユベルが成人すれば彼に王位をゆずり退位する予定だ。
だがペレジアではギムレーとの戦いにいた兵から、かの邪竜ギムレーを神竜として崇める風習が広まり、裏ではすでにギムレー教団なる組織も立ち上がっているという。
ヴァルム大陸ではヴァルム帝国は侵略を仕掛ける行動を見せず、各国は大戦前通り均衡状態を保っている。その中でヴァルム帝国とアルバレア王国を仲裁し独自の戦力を持つソンシン王国の発言力は年々増していき、数十年後には二国に並ぶヴァルムの代表国となった。
そしてアカネイア王国元王子カイルは故郷へ戻り祖国の復興を成し遂げた後アカネイア王国の解体とイーリス王国の建国を宣言する。
これに反対する者は多くいたが有力貴族がほとんどいなくなり多くの民は自らの新たな一歩を示す出来事が欲しいと考え、新たな英雄となったカイルの幾度にもわたる呼びかけでほとんどの民が新たな国の建国に賛同するようになり、反対していた貴族もついに折れた。
そして国王カイルはイーリス王国の貴族に旧アカネイア王国の貴族たちに加え復興に功績のある者を加える。
その中には伯爵位を授かった天馬騎士カーシャもいた。
その数年後建国以上に沸き起こった反対意見を抑えカイルはカーシャと結婚し、彼女を王妃とした。
ここまでに至るまでイシュタルス侯爵エルスとテミス伯爵令嬢マリアンヌが陰で相当骨を折ったと言われる。
そして存命している間からイーリス中の人々から呼ばれたカイル王の尊称「聖王」は彼の死後に跡継ぎの女王に与えられ、以後は正式なイーリス国王の肩書となりそれに倣ってこの国の名もイーリス聖王国となる。更に時がたち「初代聖王」カイルの功績に感銘を受けたフェリア・ペレジア両王国の推挙により、アカネイア大陸と呼ばれていた大陸の名もイーリス聖王国から取ってイーリス大陸となる。
これはカイルがまだ存命中で王に就いていた頃。
ギムレーとの戦いから25年後 イーリス王宮。
王宮の回廊を三人の女子が歩いていた。
「うーん疲れたー! ルッツ団長厳しすぎー!」
一番背の低い赤髪の少女が手を頭の後ろに組みながらぼやく。
「団長はシャニーのためを思って言ってくださっているのよ。注意されるのが嫌ならもっとしっかりなさい!」
愚痴る妹を水色の髪の少女が厳しく叱責する。
「まあまあティト、シャニーも十分頑張ってるじゃない。団長はシャニーに期待しているから言い過ぎちゃうのよ。あの人叩いて伸ばそうとするから」
真ん中の妹を青髪の女性がなだめる。
「ねえさ……姉上は甘いんだから。だからシャニーが甘えん坊になるのよ」
ティトはフィオーラを姉さんと呼ぼうとしたところでここが王宮だと思い出し姉上と言い直す。だがひとけがないからとシャニーは口調を変えずティトに言い返す。
「いーや、フィオーラお姉ちゃんの言う通り私はちゃんと頑張ってるわ。団長とティトお姉ちゃんが厳しすぎるんだよ」
「シャ、シャニー、ここは王宮よ! そんな言葉づかいしてるとまた侍従長に大目玉を喰らってしまうわ」
ティトは慌ててシャニーにくぎを刺す。侍従長の名前を出されてシャニーもたちまち口を閉ざした。
この3人は皆イーリス王国の王女。国王カイルと王妃カーシャの娘たちだ。
王女たちは15歳になった者から順に父王から言い渡された成人するまでの5年間イーリス自警団に所属して民のために尽くせという言いつけを果たすべく日々自警団で訓練と任務に、王宮では王族としての勉学に励んでいる。
シャニー15歳、ティト17歳、フィオーラ19歳
今は3人とも15歳を過ぎ自警団に所属している。
「これは王女方! お帰りなさいませ」
そんなやり取りをする3人をその侍従長が呼び止める。シャニーは慌てて手を腰あたりの位置に戻し衣住まいをただした。すぐさま侍従長はシャニーに目を止める。
「シャニー様? どうかなされましたか?」
「いいえ、王族とはいえ王宮を歩くのだからちゃんとしないとって思って」
侍従長はシャニーのたどたどしい言葉づかいに目を細めながらも、
「それはよろしい! シャニー様も王族としての自覚が出て来たようですな。……ところで陛下が王女方が帰還なされたらすぐにお会いしたいとおっしゃられています。私はすぐに陛下にお知らせいたしますので王女方は謁見の間へ赴くご用意を――」
「「「えっ!?」」」
三人は一様にぎょっとする。
相手が父とはいえ謁見の間で王に会うということは王に対してひざまずくということだ。
だが今の王女たちは自警団での任務で動きやすい格好として、上は軽い鎧で問題ないが下は短いスカートでひざまずけば正面にいる相手からは見られたくない部分が見えてしまうかもしれない。
王女たちは父を信じているがそれと恥ずかしいから見られたくないという気持ちは別の問題だった。
私たちがドレスに着替えるまで待ってもらおうかな。三人ともそんなことを考え出す。
動揺する王女たちに呆れながら侍従長は続きを話す。
「……私はそのようにしたいと思ったのですが王妃様が執務室でも構わないのではとおっしゃられまして、陛下もそれで構わないとの事です。……ですので王女方、直ちに執務室へ」
「「「はい! ただいますぐに」」」
打って変わって喜んで執務室に向かう王女たちを侍従長は頭を抱えながら見送る。
「王族が自警団などと……やはりお止めするべきだったのだろうな。特にシャニー様を見る限り……王妃様は平民だったとは信じられないくらい気品を身につけられたというのに」
国王カイルの執務室。
「遅いな……執務室で構わないと言伝たはずだが」
国王カイルは椅子に座りながらもそわそわしながら娘たちを待っていた。
「あなた、自警団の勤務が終わる頃からまだ半刻も経ってませんわ。もう少し落ち着いてください」
隣に立つ王妃カーシャはそんな夫に呆れた視線をむけながらなだめる。
コンコン!
「お父様、フィオーラです。ティトとシャニーも連れて来ています」
扉を叩いた直後に愛娘の一人フィオーラの声が伝わってくる。
「おお……ゴホン……入りなさい!」
喜びの声を上げそうになりながらも妻の視線を受けてカイルは咳払いの後に入るように促す。
すぐさま三人の愛娘が執務室に入ってくる。
「お父様ただいまもど…」
「ただいまー! お父さん! お母さん!」
フィオーラを遮ってシャニーが元気よく帰りの挨拶をする。
「シャニー! ここは王宮だと何度言えば!」
ティトは注意するがカイルは手で制してよいと言う。
「構わん、臣下の目もないのだ。ティトもフィオーラも普通に話してくれ。謁見の間なんかではそうもいかないからな」
「ええ!? よろしいのでしょうか? ちちう……とう…さん」
父に言われティトは今度は父上を父さんと言い換えようとするもためらいはある。
ティトを後押しするためにフィオーラの方が先陣を切ることにする。
「ティト、ここはお父さんの言葉に甘えましょう。ただいまお父さん、お母さん」
「姉さん……わかりました。父さん、母さんただいま戻りました」
フィオーラの後押しを受けティトは改めて帰りの挨拶をする。シャニー同様形式にとらわれない話し方で。
「お帰りなさい三人とも。今日もお仕事お疲れ様でした」
まずはカーシャの方から娘たちに笑顔を浮かべ挨拶を返す。
「お帰り娘たちよ。怪我はなかったか? 自警団の中でお前たちに言い寄ってくる男はいない…」
「ゴホン!」
心配のあまり問いをまくしたてるカイルをカーシャが咳払いで遮る。
「い、いや……三人とも無事務めを果たして何よりだ。王としてそれ以上に父として誇りに思うぞ」
「は……はい」
母に気おされる父の姿に娘たちは戸惑いながらも返事を返す。
「時にフィオーラよ!」
「は、はい!」
ふいにカイルは表情を引き締め長女フィオーラを呼んだ。
「おまえに貸し与えたファルシオン。調子はどうだ?」
フィオーラは腰に剣を帯刀していた。
彼女は王族のたしなみとして幼いころから剣の修練を義務付けられ、自警団に入ることになってからこの剣を父から貸与された。
イーリス王国の国宝の1つ「封剣ファルシオン」だ。柄にある大きな空洞が目立って宝剣と呼ぶには格好が悪い。
その宝剣は今は普通の剣で傷がつかないこと以外は特別なところはないが伝承によれば封剣という名前が示す通りこの剣の力のほとんどは現在封印されており、大陸の最東端にある虹の降る山で覚醒の儀を行えば真の力が解放されると言うがにわかには信じられない。
父も母もこの伝承に関しては肯定も否定もしていない。ただ――
「ええ。問題なく使えます。……ただ妹たちは使えないようですが」
そう、この剣はフィオーラしか使えない。妹たちどころか他の人間にも使えないようだ。父はこれを振るってかの邪竜ギムレーを封印したらしいが、三人とも父がファルシオンを振るってるところを見たことがない。
「そうらしいな。……聖痕が三人全員に顕れていると知った時はもしや三人ともこの剣を使えるのではと思ったが使えるのはフィオーラだけのようだ」
「聖痕……」
フィオーラは自身にある聖痕を見る。
フィオーラの半袖からあらわになっている右の二の腕には神竜ナーガから血とともに授かった聖痕と呼ばれる文様のような痣があった。父の右目にもフィオーラの聖痕と同じ文様があった。
そして父の言う通りフィオーラの妹たちティトとシャニーにも聖痕があった。
ティトは背中、シャニーは胸元にあり、当然二人の聖痕は今は衣服に覆われて見えない。
「うむ! フィオーラよ……おまえは第1王女で私以外に唯一ファルシオンを振るえる者だ。だからはっきり言おう……このイーリス王国の次の王はフィオーラになる。お前は女王となるのだ!」
「あのお父さん。そのことですが…」
今まで幾度か示唆され覚悟はしていたがこの大陸の歴史を学んだフィオーラは父に意見する。
「どうした?」
父カイルはこの成り行きを予想していたように表情一つ変えず聞き返した。
「今のイーリスでは王子はおらず私たち王女しかいない、だから私たちの誰かが王位を引き継ぐしかない。それはわかってますし、王位を引き継ぐ可能性が高い第1王女として心構えもしてきたつもりです。ですが……」
「なんだ?」
カイルは再度聞き返す。気分を悪くしたのではなく意見を引っ込めぬよう先を促すための問いかけだった。
「この大陸では長らくどの国も王女しかいない場合ほとんどは王女の婿が王になってその方に政治を任せ王女は妃としての役目に専念する。それに対して女王を立てたのは数えるほどしかないって教わりました。フェリアの前の東の王は女王でしたけどあの国は武芸で王を決める他国とは違う制度ですし」
「だからフィオーラ自身ではなくお前の夫を王にするべきだと?」
「情けないのですが私には自信がありません。せめて前例があればそこから学び取れるのですが……知りうる限りの前例が宗主国の傀儡となって短期間で王位を放棄したグラの女王だけとあっては」
フィオーラの弱音にカイルはふむとうなる。
「確かにその女王から学べと言うのは無理があるな……だが逆に王女の夫が王になって失敗した例なら知ってるぞ。我が国の前身アカネイアの前王朝最後の王女の夫ハーディンを知っているな」
フィオーラは強くうなずく。ハーディンの次の王が次の王朝の開祖で自身らの誇り高き高祖マルスなのだ。王族なら当然知っている。先ほど上がったグラ女王シーマを即位させ操ったのも件のハーディンだった。
「はい。臣下や高官に軽視されガーネフという司祭にそそのかされて暴君となったのですよね」
フィオーラの言う通りでカイルはうなずく。
「そうだ。そして父さんの母方の祖先にもハーディンと同じく王女の夫だったために皇帝となった方がいる。彼も国王の血を引いていないため一部の重臣の協力が得られず、正当な皇位継承者だった自身の息子を止められず息子の傀儡となってしまった。ここからは一部で広まっているセリスの伝記を読んだ方が早いな」
「あっ! 知ってる。おばあさまと同じ大陸から来た人からはお父さんもそのセリスと同じ聖王なんて呼ばれてるんだっけ」
セリスの名前が出てシャニーが口をはさみ、カイルは照れくさそうに咳払いでごまかした。
「シャニー! 今は父さんとフィオーラ姉さんがお話してる最中なのよ!」
いつものごとくシャニーの不注意をティトが注意する。
「ま、まあ女王には政務に出られない時があるとはいえ王権のすべてを婿に任せたらとんでもないことになることもあると言うことだ。……それにこれは異大陸の話だから歴史学者も知らないことだが父さんの友人の出身だったテリウスという大陸では半分以上の国は女王が治めているらしい」
「それは! ……その国々はうまくいっているのでしょうか?」
フィオーラは身を乗り出してカイルに尋ねる。
「うむ。中でもベグニオン帝国という国は600年以上代々女性の皇帝を立てて来たそうだ。その皇帝自身が問題を起こしたことは友人の知ってる限りないそうだ」
「そうですか……その皇帝は無理でもお父さんのご友人という方からお話を聞きたいですね」
「はは! もし彼に会う機会があったとしてもあまり込んだ話はしてやるなよ。彼は政治の話は苦手なんだ。戦争中に各国の王に会う機会があっただけらしい……ただ私も久々に彼には会ってみたいな。まだ傭兵を続けているんだろうか」
カイルが友人アイクのことを思い返している間もフィオーラは思案している。
「お父さん……いえお父様。私が女王になるという話もう少し考えてみたいと思います。今は自警団に身を置いて住民の皆さんを守って、王宮で勉学を積む。それらを十分にこなせて自分の力量に自信がついたらいいお返事ができると思います」
「ああ期待しているぞ。……そうだな。その時までは私のことはお父さんのままでいいぞ。いやそれまでに一度だけでもパパ――」
「あなた!」
カーシャに一喝されカイルは続きの言葉を引っ込める。
「大丈夫だよお姉ちゃん。フィオーラお姉ちゃんはしっかり者だもの。そこいらの男に王様を任せるよりお姉ちゃんが女王様になった方がいいくらいよ」
そこへシャニーがフィオーラを後押ししようとする。
「珍しくシャニーに同感ね。それに私も立派な騎士になって姉さんを助けるわ。だから姉さんは胸を張って女王になってやるっていえばいいのよ」
「シャニー、ティト、二人ともありがとう」
フィオーラはそんな妹たちの頭を撫でて感謝する。
そんな風に最後まで仲睦まじい娘たちがこの部屋から退出するのを見送ってカーシャはカイルにこぼした。
「王女だと言うのに騒がしい子たちに育っちゃって……やっぱり私のせいかしら」
王妃になるにあたって必死で貴族としての作法、教養、文化を学んだカーシャは最初は王族らしく娘を育てようとしたが、自分をお母様と呼ばせようとするなど堅苦しい言葉づかいをどうしても強要できず、臣下の目のないところではお母さんと呼ばれても黙認することなどを繰り返すうちに家族だけの時はあんな話し方になってしまった。
だが夫カイルは首を横に振って妻の言葉を否定する。
「いいんだ。あの子たちはあれで。私たちの子を自警団という民に近い場所で過ごさせることを考えた時からこうなる予感はしていた。それを後悔していないよ」
「私もあなたも子供に甘いですね……フィオーラ、本当に大丈夫かしら?」
カーシャは女王になるかもしれない長女を案じる。
「大丈夫だ。シャニーも言ってただろう。フィオーラの方が並みの男より優秀だって、生真面目なティトもいる。安心して次代を任せられる王になるさ」
カイルの言葉にカーシャは笑う。
明るい未来が待っているかのような展望を予期しているからこそついカイルはこぼす。
「あとはギムレーの未来での復活が間違いであってくれたらな。そうなってくれれば言うことはないんだが」
「……そうですね。でもそうなるかもしれないからこそあの子たちには強くなってもらわないと、だから私も娘たちを自警団に預けることに賛同したんです!」
二人は祈る。ナーガの言葉は間違いでギムレーはもう永遠の眠りについたんだと、あるいは娘たちの国を守ろうとする意志と強さは千年後の末裔にまで受け継がれその末裔がギムレーを完全に倒してくれることを。
結局、前者の願いは叶わず、後者の願いの方が叶うのだがそれは別の話。