第46話 消滅
→過去に行くために今は待つ
ギムレーを確実に倒すにはこれしかない。
「ナーガ様、僕以外をここから地上へ戻してください!」
「カイル様?」
突然そんなことを言ったカイルにカーシャは戸惑いの声をあげる。
「…いいのですね?」
「早く!」
問い返すナーガに答えずカイルは急かす。
「カイル……まさかお前」
ルッツはカイルの意図に気付いたようだ。
「ルッツこれを頼む」
察しのいい親友にカイルは封印の盾を放る。盾には今も5つのオーブがはまったままだ。ギムレーがいなくなっても地竜は地の底で眠っている。これらをこの世界から消失させるわけにはいかない。
その瞬間ギムレーの背にいるカイル以外の者たちが淡い光に包まれ姿を消す。
「貴様……まさか我を過去で葬るためにともに行く気か?」
問いかけるギムレーにカイルは答えずファルシオンを抱え、手元の鱗に抱き付く。カイルの思惑に気付いたギムレーが取る行動は一つだ。
グルン!
ギムレーはすぐに巨体をひっくり返す。
「ぐぉぉぉぉ」
カイルは鱗にしがみつき今度は落とされないように必死で耐える。
ズブ!
「おぉぉぉぉ」
鞘に納める間も惜しく刃をむき出したまま抱えているためカイルの上腕部にファルシオンの刃が食い込み転落への恐怖に匹敵する激痛が走る。
ファルシオンを手放したい気持ちでいっぱいだ。
(ファルスはこんな激痛に耐えながらガルバザンと戦っていたのか)
改めてファルスの闘気に感心する。そしてふと思う。自分は右腕でファルシオンを抱えている。下手したら右腕が斬り取られてしまうのではないか?
カイルは今まで両手と利き手である右手で剣を握っていた。利き手の反対ではろくに剣を振るえない。
盾は手放したんだ。咄嗟のこととはいえ左腕にしておけばよかった。
だがもう遅い。腕が斬れないように祈りながらむき出しの剣を抱えしがみ続ける。
カイルがすぐに落ちるか途中で決心が折れてナーガに助けを求めると思っているのかあるいは時空の門を出現させる時間に限りがあるのか、ギムレーはカイルを振り落とそうとしながらも時空の門に向かって一直線に進んでいる。
時空の門はすぐ目の前だ。
「ごめんなカーシャ。どうか幸せに」
「ここは?」
一瞬光に包まれたと思ったらすぐに地上のアカネイア軍の陣に景色が変わったことにカーシャは動揺した。だがすぐに先ほどのカイルの言葉を思い出す。
(ナーガ様、僕以外をここから地上へ戻してください)
「まさか……!」
カイルの言葉の意味と自分が地上に戻ったことに気付いたカーシャは上を見上げる。
空中ではギムレーが逆さになりながら突然出現した青い円状の何かへ向かって飛んでいる。
こんな光景を一度目撃した。その時カイルはギムレーから落ちたのだ。自分が受け止めなければ地面に叩きつけられて無残な姿を見せながら命を絶っただろう。
だが今回は何かが落ちてくるようなことはない。
カイルもギムレーの行動を呼んでいたらしくどこかにしがみついたりして何とか耐えているようだ。
カーシャは首を左右に振って辺りを見回す。愛馬ケリーは自分のすぐ右にいた。
ヒィィィン!
カーシャは天馬に飛び乗る。
「おいカーシャ! お前何をする気だ?」
すぐ近くにいたらしいルッツが呼び止めてくる。ルッツはカイルから預かったあるいは託された封印の盾を左手に持っている。
「私たちを置いて行こうとするバカ王子を呼び戻しに行くに決まってるじゃない!」
「いや、あいつはきっと倒す方法がわからないギムレーをこの世界から消し去るために……」
「だったら私たちも連れていけばいいんだわ。本当に勝手なんだからあのバカ!」
カーシャはルッツを言い負かしそれでも気がおさまらずにカイルを罵る。
「ギムレーだろうがカイル様だろうが絶対に逃がさないんだから……はっ!」
ヒィィィン!
カーシャが手綱を引くと天馬は翼を羽ばたかせ浮遊する。
「おいカーシャ!」
ルッツは叫ぶ。
「何を言っても聞く気はないわよ」
カーシャは呼び止めても無駄だと告げる。だがルッツの言いたいことは違った。
「カイルのこと頼んだぜ。見かけによらず誰より無謀なことをする奴だからな」
ルッツの激励にカーシャは胸をそらす。
「任せなさい。……その盾はキットさんに預けなさい。ノーヴァなら神竜の巫女様の宝物だって言えば悪いようにはしないはずから」
封印の盾についてそう言い残してカーシャは猛速度で天馬を飛ばす。
目指すはもちろんギムレーが出現させたらしいあの青い何かだ!
「うわあ!」
ドスン!
時空の門に飛び込んだ途端カイルはどこかに真っ逆さまに落ちた。
口の中がザラザラする。
「うぇ……」
思わず地面に唾を吐いた。その地面は砂だらけ。
(砂漠!?)
カイルが落ちて来たのはどこかの砂漠らしいところだった。砂漠に転がり落ちたせいでカイルは全身砂塗れだ。おかげで転落した時の傷はないが。
激痛に耐え必死に抱えて来ただけあって砂漠に落ちたくらいじゃ剣も手放していない。
「ちっ……まさかすべてを捨ててまで僕を滅ぼすためについてくるなんてね」
風に舞い散る砂ぼこりの向こうから声がしてくる。よく見ると何者かがいた。
「お前を滅ぼす? ……まさかお前ギムレーか!?」
砂ぼこりで見えないが向こうにいるのはどう見ても人型だ。竜に見えない。しかし人型の姿をとる竜は2人知っている。あっちはどちらも神竜だが。
「ふん……だとしたら? 僕が巨竜になる前に逃げ出すなり命乞いでもすれば。土下座してみせたらしもべにしてあげなくもないよ」
ギムレーを名乗る男は高慢な態度で嘘をついた。逃げ出せば背中ががら空きに、そして万が一土下座の態勢をとれば剣を手放してすぐには動けない姿勢になる。そこを狙い撃ちにする気だ。
だがカイルはそのどちらの行動もとらず男に剣向けた。
やはり騙されないか。いやカイルは男が巨竜の姿になろうとも屈するつもりは最初からないのだ。
「ならばお前が竜になる前に倒さないとな……今こそこの世界の運命を変える!」
「勇敢な王子様で結構だけど一人だけで僕を倒せるものか『やみよ ぬりつぶせ!! ゲーティア』」
ブォン!
「う……ぐあ!」
カイルは襲い掛かる黒い瘴気を避けようとしたが砂に足をとられて上手くいかず瘴気に直撃する。
「砂漠は魔道士の領域だ。大層なブーツを履いているロードが勝てるものか!『ゲーティア』」
勝ち誇ると同時に男は詠唱し、瘴気を繰り出してくる。
「カイル様!」
「え? ……うわ!」
瘴気が迫る前に背後の声に振り返る間もなくカイルは何者かに襟首をつかまれ乱暴に何かに乗せられる。
瘴気はカイルを外れあさっての方角に飛んでいく。
ヒィィィン!
カイルが乗せられたのは羽の生えた馬…天馬だった。
「カーシャ!?」
そしてカイルを天馬に乗せ今ともに天馬に乗っているのは地上に置いてきたはずの臣下にして恋人だったカーシャだ。カーシャは前を向いたままで表情は見えない。
「どうしてここに?」
カイルは思わず聞くがカーシャは答えずに下を見る。
「あの男……私たちの敵のようですね。もしかしてあいつがギムレーの正体?」
カーシャの声に眼下を覗くと白髪の男が頭上のカイルたちを睨んでいた。声のとおり若い男だ。自分たちとあまり変わらない年に見える。あんな男がギムレーの正体だったのか?
「ああ! そうらしい。チキやチェイニーみたいに普段は人の姿をしているのかな?」
しかし竜人にしてはチキとは違い耳の形が人間のものと変わらない
そのことからカイルは疑問を思うがカーシャの反応は皆無だ。
「どうでしょうね? ただ魔道士では天馬の行動範囲を捉えきれません。なのに奴は巨竜に変身しようとしない。そうすれば私たちなんて踏み潰すなり焼き払うなり好きに出来るのに」
いつもより低い声色のカーシャの説明でカイルは彼女の言いたいことがわかった。
「あいつは今竜に変身できない?」
カーシャは後ろを振り向かないままうなずきもせず返す。
「ええ。だから今のうちに奴を倒してしまいましょう。……カイル様。あの白髪男を片付けたら……あなたにお話があります」
カーシャは一瞬カイルの方に振り向く。
「ぅ……」
その表情は能面のような無表情。だが額の青筋はぴくぴくと立っている。
自分はこの後ギムレーより恐ろしいものに立ち向かわなければならないのでは?
この時カイルはカーシャの本当の恐ろしさを思い知った。
天馬の眼下にいるギムレーは思案していた。
(天馬騎士とは厄介な奴がついてきたものだ。今は竜の姿になれないというのに……あの塔の地下にいるこの世界のギムレーと融合できればあんな奴ら……あいつらが来るのはいつだ?)
ギムレーは太陽の傾き具合を見る。だが前の世界でラーズ教団がギムレーの封印をとくのにかなりの手間と時間がかかったため教団がテーベの塔に向かうためここを通る時間は全く見当がつかない。
(あてにできないな……やはり今ここで僕がこいつらを始末するか)
ブォン!
グッ。
フォン!
カーシャは掛け声一つ上げず天馬を動かし瘴気を避けさせる。
ビュォォォ!
そして槍を構えそのままギムレーらしき男に向かって急降下する。
ギィン!
カーシャの槍が男に刺さる。
だが話に聞いた教皇同様竜のうろこのように男の皮膚は硬く槍をはじく。
カーシャの手はしびれる。だが口から出るのは苦悶ではなく、
「この……この後も予定があるんだからさっさとやられてなさいよ!」
ガン! ガン! ガン!
続けざまに突きを三撃くわえる。
「この女! ……『ゲーティア』」
フォン!
瘴気が繰り出される直前にカーシャは天馬の高度を上げかわす。
瘴気はまたもやカーシャたちよりはるかに低いところを進んで霧散する。
「やはり普通の武器では無理だ。僕を降ろせ。僕があいつを倒す」
カーシャの背にカイルは叫ぶ。
カーシャは振り向かず低く言った。
「……そのようですね。ではカイル様を降ろすついでにあいつに大きなダメージも与えてしまいましょう」
「え?」
「カイル様剣を構えて」
またもや空中に逃げた敵をギムレーは憎々しげに睨む。
「すばしこい女と馬め!『』」
ギムレーはゲーティアの詠唱を唱えようとする。
そこへ――
「うおおおおお!」
天馬からカイルが降りて…いや落ちてくる。
「なっ?」
「おおおおおお!」
ズバン!
「ぐああああ!」
カイルはギムレーの方へ落ちて来てぶつかる直前に剣を斬りつける。
ファルシオンはギムレーの竜の鱗並みの硬い皮膚をやすやすと斬り裂いた。
ボフン!
またもやカイルは砂浜に落ちる。高度から落ちたので今度はかなり痛い。
「この野郎おおおお!」
頭に血が上ったギムレーは剣を取り出しカイルに斬りかかる。
ギィン!
カイルもすかさず剣で受け止め鍔迫り合いの様相になる。
「く……剣も使えたのかよ。ファルスみたいな真似を」
「あんな虫けらと一緒にするなあああ!」
ギィン!カキィン!
二人が鍔迫り合いをしている中、ギムレーの後ろから。
ズギィン!
ギムレーの背中に槍が突き立てられる。
「女……また貴様か」
「この白髪……まだ倒れないの」
ズバァン!
「ぐあぁぁ!」
背中の衝撃にうめく一瞬のすきを見てカイルが再びギムレーの腹を斬る。
「おのれ……『やみよ』」
ギムレーがゲーティアの詠唱を緩やかに唱える。
範囲を広げてカイルとカーシャを二人まとめて攻撃する気だ。
「カイル様、私の後ろに!」
「で、でもそれじゃカーシャに」
「早くなさい!」
カーシャは有無も言わさずカイルを自分の後ろに隠れさせる。
『ぬりつぶせ!! ゲーティア』
ブォォォォ!
ギムレーの周り一体を瘴気が覆う。
「おおおおおお」
カーシャと天馬は必死でこらえる。
「ぐぉぉぉぉ」
カーシャと天馬の後ろにいるため被害は抑えられているが完全には防げずカイルも瘴気に襲われる。
「おおおおおお」
瘴気が消えるころカーシャと天馬とカイルは――
「はぁ……はぁ……」
三者とも五体満足で立っている。魔法に強い抵抗力を持つ天馬が主人とその主人を守ったのだ。
「なっ?」
「あああああああ」
すかさずカーシャは突進し、
ズバシュゥゥ!
槍をギムレーに突き立てる。カイルに斬られた傷が入ってる箇所へ。
「ぎぁぁぁぁぁぁ!」
「カイル! 今よ!」
「ああ!」
カーシャの声を投げかけカイルはギムレーのもとへ飛び込む。敬称が抜けてることなど気にする暇もなかった。
「あああああ!」
ズバシャァ!
ファルシオンから繰り出される天空の一撃目がギムレーの胴体を斬り裂く。さっきの傷のある個所を巻き込んで。
「ぐあああああ!」
「これで……とどめだあああ!」
ズバシュゥゥゥ!
「がああああああ!」
天空の二撃目がとうとうギムレーの体を引きちぎる。
「僕が…我が…こんな虫けらどもに……あぁぁぁぁ!」
引き裂かれたギムレーからは汚らわしい液体と枯れ果てたハーブが零れ落ちその体はたちまちボロボロの布きれをまとった骨となった。今まで戦った屍たちと違い霧散もしない。
「……一体ギムレーとは何だったんだ?」
巨竜の姿の時からは予想だにしないギムレーの姿と顛末にカイルは呆然とする。だが新たな敵はカイルにそんないとまも与えない。
「さて……これで邪魔者はいなくなりましたね」
カイルは後ろを振り返る。
そいつはゲーティアの瘴気をまともに喰らった傷を残しながらなんでもないかのような素振りで天馬から降りカイルの方へ歩み寄ってくる。
天馬は主人が離れても逃げるどころか微動だにしない。ただじっと主人とその敵を眺めている。
「満身創痍のところ申し訳ありませんが先ほど言ったようにお話があります。カイル様!」
憤怒の表情でカイルを見据えるカーシャが迫ってくる。
ギムレー(フォルネウス形態) クラス:錬金術師
竜の姿でいられなくなり幼体の頃に取り込んだフォルネウスの姿になったギムレー。口調も生前のフォルネウスのものになっている。フォルネウスの能力をすべて使えるうえ体も竜の鱗並みに硬い。だが時空転移した反動で蘇生する能力がなく一度死んだら完全に滅びてしまう。