「カイル様……なぜ私たちを遠ざけて自分だけで過去なんかへ?」
開口一番低い声色でカーシャは問いただしてくる。
カーシャの剣幕にカイルはどぎまぎしながらもなんとか答える。
「そ、それは……ギムレーを完全に倒すためだ。奴をあそこで倒しても千年間封印されるだけだ。記録を残したところで信じる者がどれだけ残るものか。ましてや千年もたてば王の箔をつけるための伝承だと思われるのは必至だろう。何の備えもされていない中であんな巨竜が復活すれば今度こそ世界は滅ぶ。備えをしていたとしても千年ちょうどに復活するとは限らないし必ず犠牲は出る。君もパレスが滅びた日のことは覚えてるだろう。だから例えあの世界に戻れなくなっても僕がこの過去の世界に来てここで力を失ったギムレーを倒すしか…」
「新しい国を作るんじゃないんですか……私を王妃としてめとってくれるんじゃなかったんですか!」
カイルの言い訳をカーシャは悲痛な訴えで一刀両断に切り捨てる。
「それはすまない。……でもアカネイアにはまだ貴族も残っている。彼らの誰かが王になればいい。……アイクから聞いたんだ。テリウス大陸のデイン王国という国は元の王家が断絶した後暁の巫女と呼ばれる女性が王になったって、その国のようにアカネイアの王族がいなくなっても優れた人間が王になればうまくいくかもしれない」
カイルが言ってることは王族としては無責任なことだ。だが――
「そうかもしれませんね。私には王家の血の重みなんてわかりません。誰が王になっても何代も続けば案外みんなそれが当たり前のことだって受け入れるものなのかもしれません。……アカネイアの最初の王なんて盗賊でしたしね」
カーシャはカイルの言い分を否定するどころか肯定して見せる。
しかしその直後にカーシャはカイルを睨む。
「国のことはそれでもいいです。でも私のことは? 私を妃として迎えたいんじゃなかったんですか?」
「ああそうしたかった。でも君を巻き込むわけには……」
「巻き込むわけには? ……」
カーシャはカイルの言葉を反芻してわななき拳を握りしめ…、
ドゴッ! ガスッ! ボゴッ!
カイルの顔を思いきり何発もぶん殴った。
「もう巻き込まれてるわよ! 人の唇を奪っておいて。このケダモノ! 好色家! 色魔! 君が必要だとか王妃にするとか言っておいて都合が悪くなればあっさり捨てるんじゃない。何が王妃よそれこそ妾と変わらないわ。私の気持ちを弄んだのね。これならさらうくらい私に執着してくれる皇帝の方がましだわ」
カーシャにぼこぼこに殴られたカイルはよろめきながらも抗弁する。
「本当に申し訳なかったと思っている。でも君には家族が」
家族の名を出されてもカーシャは動じない。
「あの人たちなら心配ないわ! 父さんはまだまだ元気だしもう少しすればライトも稼げるようになるでしょうし、私なんて運よく騎士見習いになって仕送りでお金を入れてくれる娘としか思われてないわ。そうでなければとっくに近所の家の息子のところあたりに嫁がされてるわ……だから」
カーシャは一息ついた後カイルの首根っこを掴んで言いたかったことを吐き出す。
「私だけでも連れていきなさいよ! 過去だろうが! 帰れなかろうが! あんた私を縄につないででも繋ぎ止めておきたいんでしょう?」
「カーシャ……本当にいいのか? この世界ではガルダは健在で例の地層はない。ナーガがどこにいるのかわからないし、ナーガでさえ僕たちを現代に戻せるかわからない…いや現に僕だけがギムレーの背に残ると決めたあの時ナーガから本当にいいのかと念押しされたんだ。……もう僕たちは現代に戻れずこの過去の世界で生きていくしかないのかもしれない」
カーシャはカイルの首から手を放して胸を張って言う。
「構わないわよ。あなたと結ばれるためにどんなことでも頑張るって決めたし……それにここにはアカネイアで王子として過ごしているこの世界のカイル様もいる。王子でなくなったあなたとなら王妃にならなくても一緒になれるでしょう」
カーシャの言葉にカイルはハッとする。確かにこの世界のアカネイアにはすでにこの世界のカイルがいる。彼こそが正真正銘のアカネイアの王子だ。偽物がいるとしたらそれは自分の方だ。
「……そうだな。ここではもう僕は王子でも何でもない。カイルによく似た誰かだ」
そしてそれはカーシャもだ。この世界ではこの二人は身分どころか家族も故郷もない異郷の旅人だ。旅人同士一緒になっても咎める者はいない。
「ええ!それに……」
カーシャは空中のある一点に目を向ける。
カーシャの視線につられてカイルも同じところを見る。
そこにはもう何もなかった。
「もう過去と現代を繋ぐ例のあれもとっくに消えてしまったわ。あれこれ言い合ってももうあそこには戻れないわよ。なら一緒にこの世界で助け合って生きていきましょう。宮廷育ちのあんた一人じゃあ不安で置いて行けないしね」
カーシャの憎まれ口にカイルは苦笑して言い返す。
「なんの。僕だってあれから長旅で経験を積んだんだ。カーシャを養うくらいやって見せるさ」
「できるかしらねー」
お互い減らず口を叩き合い異世界で暮らす覚悟も決まったところでカイルは真剣な表情になってから切り出す。
「……さてじゃあどこかの街に入る前に……奴らを倒さないとな」
カーシャも表情を引き締めて応じる。
「ラーズ教団ね」
ギムレーは倒したがまだ教団が「この世界のギムレー」を解放しようとここを通りかかるはずだ。彼らを放置したらこの世界もギムレーに荒らされてしまう。
「ただ……今の僕たちはボロボロだ。特に君にぼこぼこに殴られた僕はね」
恨めしそうにカイルはカーシャを見る。
「自業自得でしょ! なにも告げず婚約者を捨てようとしたんだからまだ優しい方よ。……でも確かにこのまま教団と戦うのは厳しいわね。ただでさえ二人だけだし」
幸いここから見えるテーベの塔のおかげで方角はわかってるし一番近いカダインに戻って傷を癒したり傭兵を雇ったりして体勢を立て直すか。
その間に教団が塔へ侵入してギムレーを復活させてしまう危険、教団と鉢合わせる危険はあるがこのまま教団と戦っても犬死するだけだろう。
そんなことを考える二人に声が降りかかる。
「だったら僕たちが手を貸そう」
「「え……?」」
二人は声の方を向く。言葉の意味を考える余裕はなかったのでこんな時に教団が来てしまったのかと身構える。
「ナーガ様が言うにはあなたたちと僕たち3人が協力すれば何とかなるそうなんだけど……」
銀髪の傭兵風の男が言う。
「その前に怪我の手当てが先ね。怪我だらけだわ敵がいつやってくるかわからないわ。そんな状況で痴話喧嘩とか馬鹿なの? あんたたちが喧嘩している間敵が来ないかあたしたちが周囲を見張っていたんだから感謝しなさいよね! ……ああもう砂まみれ! 早く体を拭きたいわ」
赤髪の傭兵風の女が文句を言った。
「待っていろ。漆黒のオーディンとしての闇の力は失われてしまったがあの戦いで余った特効薬がある。えーと…あった。さあ! このソーマの雫――剣士が勝手につけた名前――を傷口に塗るんだ」
金髪の剣士風の男が荷物袋をあさり特効薬を取り出してカイルたちに差し出す。
「あの……あなた方は?」
「敵ではないようですけど」
カイルたちは呆然と聞き返す。言葉や素振りから敵ではないとわかったが。