グルニア王国。
かの国はアカネイア連合王国で唯一アカネイア王が直接統治していない国である。
千年前の英雄戦争で王位継承者ユベロが王位につかずアリティアに留学し他国同様一度グルニアもマルスが統治していた。だが留学を終えたユベロにマルスはすぐにでも王位についてほしいと要請したことでグルニアはアカネイア連合王国に入りながらアカネイア王が統治しない国となった。ただし形としてユベロにアカネイアの公爵位を与え藩国ということになったが。
マルスは自らが完全に大陸を支配することでハーディンのように歪んだ暴君となることを恐れ自分以外の王を求めていたのだ。そして子にグルニアが善政を敷いている限り、干渉ましてや強要するようなことをしてはならないと戒めた。代々の王がそれを守った。だがこの数百年アカネイア王はグルニア王に対して兄弟というより保護者めいた振る舞いだったのは否めない。そして20年前アカネイアのクロス王子は王女ユミスとの婚約を破棄し、異大陸の公女と結婚した。
それがグルニア現国王ユベンの矜持を傷つけグルニアの拡大を求める動機となったのかもしれない。
グルニア王国王宮。
グルニア王ユベンは自分に傅く男に恐怖していた。
男はそんな王を見て笑みを浮かべる。愛想笑いではない。
(ラーズ皇帝と謁見していたウルバヌス様はこんな気分だったのか)「ハハッ!」
思わず笑い声が漏れる。物心ついていたころはすでに寝たきりだった二代前の教皇を思うとますます愉快になった。そんな異界の教皇を名乗る男にユベン王はひるんだ。
「ひっ、な、なにがおかしいのだ?」
男・クラウディウスは取り直し、けれど慇懃無礼に笑みを浮かべたまま。
「これは失礼いたしましたグルニア国王陛下」
ユベンも玉座に座りなおし、クラウディウスに問う。
「そ、それでアカネイアを滅ぼしたあの巨竜はそなたたちの仕業なのか?」
クラウディウスはうなずく。
「左様、あの竜こそこの世界を統べる我らが神なのです」
「か、神? あの竜が?」
「無理に信じろとは申しません。ですがあの神と神が操る屍は我々が乞い願うままに動く。様子を見に行った貴国の兵が襲われず無事に戻ってきたのがその証拠」
言う通りにすればグルニアは襲わない。暗にそう言っているも同然のクラウディウスの物言いにユベンは恐怖より憤りの方を覚え始めた。
「そ、それで何が望みだ? 聞いてやろう」
「この大陸での布教活動をお認めいただきたい。その代り、神の力をもってあなたをこの大陸の王にして見せよう」
ユベンは男が異大陸の教団を名乗ることからやはりと思いながらも、
「いいだろう。だがこのアカネイア大陸ではほとんどの民が守護神ナーガを奉じている。私も含めてな。強引な勧誘や国教を名乗ることは控えてもらおう」
許可と同時に注意を促したがその途端に巨竜が降って来やしないかと恐れながらもユベンは生まれながらに崇めた神を捨てることはできなかった。
「いいでしょう。私個人は大陸をまたいでの改宗など無理だとあきらめています。ですが弟子たちは布教に熱心でしてな。彼らの要求を伝えなければ罷免させられてしまいます。私は陛下のような王ではありませんからな」
竜を操る今のお前に逆らえる者などいるのか? 王はそう思ったが口には出せなかった。
クラウディウスは謁見の間の前の通路で立ち止まり考えにふけっていた。
(あの竜、まだ完全に制御できていないようだな)
王にはああいったが実は巨竜にパレスを滅ぼさせる気はなかった。屍で城下町を滅ぼしアカネイア王を引きずり出しグルニアを疑わせ戦争を誘発し、また屍を使って各都市を疲弊させ戦力を均衡にし、隙を見て共に滅ぼす。それがクラウディウスの思い描いた構想だった。
しかしアカネイア本土に入った途端、巨竜は突然クラウディウスの思い通りに動かなくなり、勝手にパレス王宮に突進したのだ。あの都市に何かがあったのか? そう疑問に思ったが、
《抑える必要はない。竜を利用して全てを滅ぼすのだ》
「わかっている。だが段取りというものがあるのだ」
頭の中に邪念がこだまし、クラウディウスは思わず怒鳴り返した。
「教皇様?」
いつの間にかそこにいたクライネが不審に思いクラウディウスに駆け寄る。
「クライネか、なんでもない。今後のことを考えていただけだ」
クラウディウスはクライネに手を振り、彼女を止める。
「私が転移でパレスの様子を見てまいりましょうか?」
「うむ、いややめておけ。お前には役目があるからな。危険を冒すまでもない」
魔女はかなりの距離を転移という術で一瞬で移動することができる。偵察や監視にはうってつけだったがクラウディウスはクライネの提案を断った。
「ひとまず竜と屍は温存し様子を見よう。覇権を持った国が滅びたことで我々が何もせずとも混乱が起きるはずだ」
「はい。それでは何かご用命があれば」
クライネはそう言い主人のもう用はないという意図を察して転移でこの場を離れた。
「カーシャ…カーシャ! しっかりしろ」
崩落した城と両親の死のショックも冷め、カーシャの方を見てみると彼女は崩落の衝撃で足を負傷し気を失っていた。
「く……、お前まで死なせるもんか」
服の裾を破りカーシャの傷ついた足を覆ってカイルはカーシャを抱きかかえ屍がうろついているかもしれないことも忘れ医師を求め街をさまよった。だがすでにひとけもない。屍もいない。
「誰か、誰かいませんか?」
カイルは大声で助けを求める。そこへ、
「お前、まだいたのか?」
いたのはさきほど屍が人を襲う状況の中口論していたカイルたちを怒鳴った自警団の人間だった。
「薬を持っていませんか? お願いします。カーシャが大怪我を負って」
「なんだって? わかった。傭兵団の参謀に診てもらおう」
そこへ、
「まだ逃げ遅れてる市民がいたのか? ん、怪我人か」
分厚い筋肉質の男がやってきた。彼の後ろには性別がわかりにくいローブの少年(?)もいる。彼の額には赤い痣があった。
「セネリオ治してやってくれ」
「わかりました。彼女をおろしてください。できるかぎりそっと」
少年に言われてカイルはカーシャを地面におろす。
『かのものにおおいなるじひを リカバー』
少年が詠唱を唱えると杖が発光し、カーシャの傷がふさがる。
「……! ここは?」
途端、カーシャは目を覚ます。
「カーシャ、良かった」
カイルはカーシャを抱擁した。
「ちょっカイル様! ここ外ですよ」
カーシャは慌ててカイルを引き離そうとするが、
「あまり動かないでください! 魔法なしだと二度と歩けなくなるような重症だったんですからリカバーをかけた後でもしばらく動かない方がいい」
少年がカーシャに強く注意する。
「はっ、はい」
カーシャが少年の忠告にうなずくのを聞いてからカイルは彼らに礼を述べる。
「ありがとうございます。あなたたちがいなければカーシャはどうなっていたことか」
「ふん、女一人守れないでその剣は飾りか? これからは危険なことに首つっこまずにするこった」
自警団の男がカイルに乱暴に吐き捨てた。
カイルは何も言い返せずうなだれる。
「そう言ってやるな。相手が骨で空にはバカでかい竜だ。冷静に対処しろという方が無理がある」
筋肉質の傭兵は自警団にそう言ってカイルを擁護し、
「むしろ非があるのは俺だ。死人相手でもすぐに順応して反撃できたのに今まで街まで助けにこれなかった」
傭兵は頭を下げた。
「団長に非はありません。あれだけの巨竜相手では団長や僕、ラグズたちでもどうにもできなかったでしょう。それに兵が常駐している街よりノルダや村々の方が被害が大きくなる。そう僕が助言しましたから。責めるなら僕にしてください。間違っていたとは思いませんが」
傭兵の謝罪を少年は理屈で否定し、一応自らが悪いと軽く頭を下げた。
「ラグズ?」
ラグズという言葉にカイルは一瞬頭をひねったが人の名前ではなかった気がする。確か異大陸からの移住者が集団でそう名乗ってたっけ?
「あっ、いえ、誰も悪くありません。むしろ村の住民まで助けていただいてありがとうございます。申し遅れました僕はカイル。この国の王子です」
「えっ……王子? お前が?」
自警団の男は信じられないような目でカイルを見る。
「俺の親が前の王子、今の王様と知り合いだったって聞いてよ。親父たちほどじゃないけど結構強かったって話だ。けど子供のお前は事件の最中に喧嘩するわ、女の子守れないわ、よわっちい王子様とはな」
「ちょっと君!」
カイルを貶めるばかりか父親のことまで蒸し返す男にカーシャは強く言おうとした。
「カーシャ、いい……本当のことだ」
だがカイルはカーシャを制止し男の言われるままでいることにした。
「罵り合いはそこまでにしてもらおうか。そんな場合じゃないし、その王子は名乗って俺たちは名乗らないのは礼に反する。俺はアイク。アイク傭兵団の団長だ」
「僕はセネリオ。傭兵団の参謀で団長の副官です」
男を止め傭兵とその参謀が名乗る。すると自警団の男も、
「ちっ、俺はルッツ。自警団の団員だ」
「私はカーシャ。カイル王子の副官です」
互いに自己紹介するとアイクが話を進め始めた。
「それでカイル王子、あんたの親父さん、国王は? 保護されたとは聞かないがまさか……?」
「はい、母や城で働いている人たちと一緒に」
「あっ、……」
途端、ルッツがばつの悪そうな顔になった。
「悪い。俺てっきり王様は避難したと思って」
「いいよ。ルッツの両親は大丈夫だったのか?」
「ああ、自警団を引退してペラティで暮らしている。だからパレスにはいなかった」
カイルとルッツが会話を交わしていると。
「団長、街にはもう誰もいない」
狼たちがやって来て人型になりリーダー格の方がそう声を発した。
「キャ!」
カーシャは思わず悲鳴を上げる。
「悪い。驚かせたな。だがこいつら「ラグズ」はそういう奴らだ。危険な人じゃない」
「ひと? 獣に変身するのに人ですか?」
アイクの説明にカイルが疑問を持った瞬間。ラグズたちからカイルが睨まれた。
「ひっ!」
「よせ! こいつは何も知らずに言っただけなんだ」
アイクがなだめてラグズたちは渋々矛を収める。
「すまない。と言いたいがこいつらも人の中のラグズという種族に誇りを持っている。二度と彼らを獣というな。今度は俺もかばわん」
それでもカイルは反芻する。
「人の中のラグズという種族?」
それをアイクは責めず強く肯定する。
「そうだ。耳が生えていようと翼を持っていようと爪が鋭かろうとラグズは人だ。あんたたちと変わらない。あんたたちだって大陸の端まで行けば肌や目の色、顔つきが違ってくるだろう。あんたも俺もラグズたちもみんなおんなじなんだ」
「みんな同じ?」
カイルはアイクの話を聞きながら昔を思い出していた。
カイルが幼いころ母ユリナはカイルと一緒にアカネイアの絵本を呼んでいた。
「ぼくもマルスのようになる。竜をやっつけるかっこいいえいゆうに」
そんなカイルの頭をユリナは撫で、
「カイル、偉いご先祖様を尊敬するのは立派なことです。でもね」
ユリナはカイルの頭に置いた手を止める。決して目をそらさせぬように頭をやんわりと押さえ込んだ。
「マルスは竜をやっつけたから偉いのではありません。争いを止め国を救ったから偉いのです」
「そうなの?」
「そうです。竜も私たちと変わらない。考え、痛み、行動する。私たちと同じように」
そう言ってからユリナは再びカイルの頭を撫でた。
カイルはそんな昔を思い出した後ラグズに向き直り、
「すみませんでした。あなたたちラグズを侮辱するようなことを言って」
そう言って頭を下げた。
「……いいよ。俺たちも正体を隠しながらこの地で暮らしてた。初めて見るお前たちが驚くのも無理はない」
ラグズたちもカイルを許し、引き下がりリーダー格の男が歩み寄ってきた。よく見れば人型になっても獣耳と尾が残っている。
「俺はオルン。アイク傭兵団狼の民部隊の隊長だ」
そう言ってオルンはカイルと握手を交わした。
「私もさっきは悲鳴を上げてごめんなさい。主共々深くお詫びします」
それからカーシャもまたオルン達に謝罪する。アイクはそこまで見届けた後話を切り出した。
「王子たちはこれからどうする気だ? 屍や巨竜が他の町に現れないとも限らん、ここの安全を確認したら俺たちは旅立ちたいんだが」
「それなんですがオレルアンまでは一本道です。そこまででも一緒について行ってくれませんか? 僕たちも他の町の安全を確認したい。それに……」
カイルはそこで言いよどむ。
「それに?」
「グルニア王国。そこも確認したいのですね。それにもしその国が無事でなおかつ他の町を攻める動きがあればグルニアかその国の関係者が怪しい」
疑問に思ったアイクにセネリオが助言する。
「ユベン王は祖父の親友です。疑いたくはない。それに彼の協力が得られればこれ以上強力な味方はいないと思います」
そう言うカイルの声は震えていた。
逆に敵だったらこれ以上やっかいな者はいないと口から出かかった。
「じゃあ俺もついて行ってやるよ。王子がアイクと離れた後でもな」
「ルッツ! ……でも君はご両親のところには」
そう言ってカイルはルッツを止めようとするが、
「いやいや、親父もおふくろも引退したとはいえ自警団の元団長と副長だぜ。今頃ペラティを守ろうと立ち上がっているさ。パレスの生き残りはもうあちこちの村に疎開したし俺もできることをやらなくちゃ。骨共の親玉退治なんて親父たちも羨ましがる大仕事さ」
そう言ってルッツは譲らなかった。そんな彼らにセネリオは、
「いいんじゃないですか。カイル王子カーシャさんルッツ3人寄せ集まれば僕たちが守る必要もなくなるでしょう。ただし相手は無数の屍です。屍が突然現れて犠牲になっても僕たちが守れなかったからって恨まないでくださいよ」
そう憎まれ口をたたきながらもカイルたちの同行を認めた。そこへカイルが言った、
「そうだ。僕はもうアカネイアの比護は受けられない。その王子っていうのはやめてくれませんか」
「そうか。身分をしのぶ必要もあるかもしれん、いいだろう、カイル。ならお前も口調も崩してくれ。敬語だと堅苦しくて苦手だ」
アイクがそういうとルッツもセネリオも応じた。
「おう、よろしくなカイル」
「僕は普段この話し方ですから気にしないでください」
そんな中カーシャは、
「じゃあ、私はカイル様で」
カイルはジト目で突っ込む。
「カーシャ、城では僕をカイルと呼んだ上にひっぱたたかなかったか?」
「あ、あの時は申し訳ありませんでした。以後気をつけますから」
「いや……もういいや」
そうして彼らはパレスを旅立つ用意を始め、カーシャの天馬が無事か厩舎にも寄ったが竜に潰されたかその前に屍に殺されたかどのみちすでに息絶えてカーシャも徒歩で旅立ちが決まった。
目的地のオレルアンにはすでに竜でも屍でもないある勢力が迫って来ていた。
ルッツ クラス:傭兵
ハロルドとエルフィの息子。アカネイア自警団の団員だった。
オルン クラス:獣牙族・狼
アイク傭兵団の部隊長の一人。
アイク クラス:勇者
アイク傭兵団の団長。ユンヌの加護がなくなったため神将ではなくなったが剛力無双の力は増す一方。アカネイアにない奥義「天空」を使う。
ユベン クラス:ジェネラル
グルニア王国国王。ヴァルムとの交易を武器にアカネイアに強く出ようとし、果てはラーズ教団と手を組むがどちらもグルニアの繁栄と安全のためである。
アイクは神将ではなく勇者に戻ったためこの欄に入れておきました。セネリオは賢者のままなので省きます。