レフカンディ港町。
「団長お帰りなさい。あら? 坊やたちも団長と一緒だったのね」
町には行商人ララベルと彼女を守っているように立つ大男が待っていた。
「ララベル、無事だったか」
「まあ、彼女は殺しても死にそうにないと思っていましたけどね」
アイクとセネリオが再会するなりそう口にした。
「ララベルさん、ご無事でなりよりです。本当に傭兵団と知り合いだったんですね」
カーシャはララベルたちの様子を見るなり彼女にそう言った。
「これで信用してもらえたようね。まあ買い物どころじゃないようだけど」
ララベルは残念そうに言うがそこへセネリオが割り込んでくる。
「ララベルさん、もう王子に売り込みをしていたんですか」
「ええ、お金持ちとカップルを見つけたらすぐに売りつける。それが商売の鉄則よ。……あんなことが起こらなければ絶対にいくつか買わせていたのに」
「……まあ街があんな状態では嗜好品を買う余裕もないでしょう。……ですが安心してください。彼らも今はうちの団の一員みたいなものです。彼らに支給する分の傷薬も買わせていただきますよ。適正な価格でね」
「今度はシルバーカードは貸さないわよセネリオ君」
火花を散らす二人にあっけにとられていたカイルたちに獣耳がある大男が声をかけてきた。オルンと違い猫科の耳に似ている。
「この二人はいつもこんな風だ。慣れてくれ」
「はい。今日からお世話になるカイルです。よろしくお願いします」
「カーシャです」「ルッツだ」
大男にカイルたちは自己紹介する。
「オルンから聞いた。ラグズを理解してくれたそうだな。獅子の民部隊長のウーゼルだ。途中まででも団に入ったからにはあてにさせてもらうぜ新人共」
ウーゼルは鷹揚にカイルたちを歓迎してくれた。
それから夜も更けたころ。
「セネリオ、ちょっといいか?」
「カイルですか。あまり夜更かししないでくださいよ。明日は戦闘になるかもしれません」
夜も更け、皆が就寝準備をしている中、カイルは書類をまとめていたセネリオに声をかけた。
「戦闘?」
カイルの相槌にセネリオはうなずく。
「蛮族が混乱に乗じてオレルアンに侵入したそうです。西のカダインもいつ知らせが入ってもおかしくないでしょう」
「……! じゃあ今オレルアンやカダインの人々は?」
「見るも無残な目に遭ってるのは間違いないでしょうね」
「じゃあ早く助けないと」
カイルの訴えにセネリオは無情に首を振る。
「軍も同行していた時と違い、一傭兵団では荷が重すぎます。蛮族も総出で侵攻してきてるでしょうしね。旅を邪魔する火の粉を払うにとどめておくのが賢明でしょう。僕らの目的は屍や巨竜を操っている首魁を捕まえることなんですから」
「そんな……」
うなだれるカイルにセネリオはでもと言って、
「団長のことです。見捨ててはおけないでしょうね。僕もこの人数で奴らを追い払う策を考えておかなくては」
その言葉にカイルは顔をあげてほころばせるがセネリオは話題を変える。
「それであなたの用件は何です? 遠慮するだけ寝る時間が削られます。さっさと言ってください」
そこでカイルはセネリオの額を見て、
「その額は、ひょっとしてセネリオにも聖痕が?」
「聖痕? そんな御大層なものじゃありません。先祖の誰かがラグズと子をなしたためにできた呪いのようなものですよ」
「ラグズと? あ、いや……」
カイルは昼間のオルンとのやり取りを思い出し謝ろうとする。
「いいですよ。差別意識がどうとか言うつもりはありません。獣姦に嫌悪感を持つのは人として当たり前のことでしょう」
「いや、彼らは人だ。獣じゃない。やっぱりごめん。謝らせてもらうよ」
そう言ってカイルはセネリオに頭を下げる。
「……まあ僕のことはここまでにして、カイルのは聖痕と呼ばれているのですか。興味はありませんが隠している気にさせるのも今後に悪い影響がありますし、話したいなら聞きますよ」
「ああ、僕の母の家系にも額にセネリオみたいな痣が出るらしいんだ。母はこの大陸に来てからも家訓でサークレットで聖痕を隠していたんだけど、僕の目に聖痕が出ているとわかってからは人前でも聖痕のある額をあらわにするようになった」
「なるほど、子供が堂々と聖痕を見せられるように自分からというわけですか。見えている右目を隠して生活させるわけにはいきませんからね」
「僕の聖痕はご先祖様が竜の血を受け入れて顕れたものらしいんだ。だからセネリオのものと違いはないのかもしれない」
それからセネリオはしばらく考え込んでいたがかぶりを振り、
「気休めですか。受け取ってはおきますよ。用が済んだらそろそろ寝てください。寝不足で戦死するのは構いませんが食費分は働いてもらわなければ」
「はいはい。おやすみセネリオ」
すでにセネリオの憎まれ口に慣れたカイルは手を振り床へ戻っていった。
その後ほどなくセネリオも書類を片付け就寝する。自らの額をさすりながら。
日が明けてオレルアンの光景に傭兵団は閉口した。
町は平穏無事でむしろ屍に備えて弓や斧を持った兵士が巡回していた。
「……」
「ま、まあまあセネリオさんも神様ではないですし。偵察もせずに油断しながら町に入るよりいいですよ」
予想外の平穏に絶句するセネリオをカーシャは懸命に励ました。
「ま、屍が出るかもしれないのは変わらないしな。とにかく町に入ろうぜ」
肩をすくめながらそういうルッツをアイクが制した。
「いや、蛮族が入って来ているのは本当のようだ。あの斧兵、俺たちと戦った蛮族の集団にいたやつだ」
アイクの視線を追って兵を見てみると確かに斧を持っている兵士のほとんどはオレルアンの服を着ているが気慣れていないらしく向きが逆だったり、上の服や履物の裾をまくって手足をあらわにしているものも多い。
「とにかく町に入るぞ。武器はしまっていいがいざというときは逃げられるように心がけておけ」
アイクのそんな命令を受け傭兵団の中からアイク、セネリオ、カイル、ルッツ、カーシャが町に入りオルンとウーゼルが他の団員の監督をするために待機することになった。
町に入って散策していると弓兵がアイクたちに声をかけた。
「あなたは……アカネイアのカイル王子ですね?」
「え、ええ、そうです。あなたは?」
突然話しかけた弓兵にカイルは身分を伏せる事にこだわるあまり自分を知っている者相手に身分を隠すのもどうかと判断しすぐに打ち明けた。
「私はオレルアンの兵士だったもの。パレスが滅びた報を受け今は氷の部族とともに町を守っています」
「氷の部族?」
氷の部族とはオレルアンの北にある氷竜神殿のある氷山に点在する集落を拠点にしていた北の蛮族の一角だ。度々オレルアンへの侵入を試みオレルアン軍やアイク傭兵団に撃退された。
「あなたはもしや草原の民? まさか蛮族と手を組んで町を占拠――」
カイルの疑問に弓兵は首を振り、
「いいえ、それなら町には火の手が上がっているでしょう。先も言いましたが我々は町を守っているのです。王子、一度オレルアン宮殿にお越しください。我らが主と「氷の王」にお会い願いたい」
「……?」
一同は首をひねった後考える時間をもらいセネリオとカーシャが町を見回った後彼らの長に会ってみることにした。アイクに加え市街で待機しているオルンやウーゼルも護衛につけたうえで。
オレルアン宮殿。アカネイア連合元首がこの国を訪れた時は王宮として、パレスや他の国にいる間は総督府として町を運営している場所である。
「カイル王子、ご無事でなりより」
「おっ、この間の傭兵さんも一緒か」
宮殿ではターバンを巻いた中年の男と若い女剣士がカイルたちを出迎えた。
「あんたは、蛮族たちの中にいた――」
アイクの問いに女剣士がうなずく。
「アイネだ。氷の部族ってところから来た。あの戦いのことは気にしちゃいない。むしろそのおかげで前の王を倒せたからね」
アイネの言葉にまだ首をひねるアイクを横目に男はカイルに向き直る。
「草原の民をまとめ宮殿では顧問として働いていたザガットです。ああ、ご安心ください。アイネは味方です。彼女が部族を取りまとめて町を警護を請け負ってくれています」
「そんな……アカネイアの許可も取らず、これは反乱ですよ」
そう詰め寄るカイルをザガットは手で制す。
「王子、いやカイル様。もうアカネイアは滅びました。オレルアン総督も引きこもってしまった。もう我々だけで屍や巨竜に対処するしかない。そう決意しているところへアイネが我々と先の取引を持ち掛けてきたのです」
「でも……くっ」
アカネイアは滅び総督にオレルアンを守る力はない。そう言われカイルは何も言い返すことができなかった。そこへアイネが灰色の髪をたなびかせ話に入ってくる。
「私は元々力ずくで住民を殺し町を奪うやり方に反対だった。だけど今までは前の王に逆らえる奴がいなくてね。そこへアカネイアが派遣した傭兵が「氷」の軍を追い払い、前の王に深い傷をつけてくれたんだ。そして私が王に決闘を申し込み倒した。それからは私が氷の王だ。逆らう奴も倒した」
「まるでラグズの様な王の決め方ですね」
アイネの説明にセネリオがアイクにひっそり囁いた。
「それから屍が暴れまわる騒ぎが草原で起こっていることを聞いて用心棒をする代わりに町に住まわせてくれないか頼んだのさ」
「兵士も民も多数の犠牲が出た中で蛮族とはいえ屈強な戦士を迎えられるのは私たちにとってこの上ない吉報でした。以来氷の部族と草原の民で力を合わせて町を守っているのです」
カイルは歯噛みし、カーシャとルッツも口をぽかんと開けている。だがアイク傭兵団の団員たちは受け入れたようだ。
「まあこんな時に民族の違いで争っている暇はないだろうな」
アイクが首肯している横でセネリオはふと考え、アイネに尋ねる。
「オレルアンの治安が保たれているのはわかりました。ただお隣の「砂の部族」はあまりいい噂を聞かないのですが。昔からカダインの町を狙い襲われた村では虐殺や略奪が横行しているとか」
「ああ、ポールは砂の部族内でも無法者で有名だからね。件のカダインに入ったって話も聞く。相当ひどいことになってるだろうよ」
話をしているセネリオたちの間にカイルは割り込んだ。
「そんな、すぐに助けに行かないと!」
だがセネリオの表情は硬い。
「昨日一傭兵団では荷が重いと言ったはずですが」
そこへアイクが。
「セネリオ、確かに傭兵団だけでは数に違いが多すぎる。だが氷の部族に協力してもらえばどうだ。アイネ、あんたら「氷」とやつら「砂」の間で戦いが起こっていたって聞いたことがある。ケリをつけるには絶好の機会だと思うが?」
「ふむなるほど、だが私たちは極寒の地を離れて安住の地を手に入れたばかりだ。「砂」とやり合う利点はない」
そこでアイネはふとザガットとカイルを見て続けた。
「だが、アカネイアが滅びアカネイアからの貴族が役に立たない以上オレルアン人はいずれ国を作る必要があるだろうね。しかし屍がはびこっている中草原の民が「草の部族」として私たちと戦うわけにもいくまい」
「む……」
アイネの言葉にザガットはうなった。
「どうだいアカネイアの王子様。「氷」も「草」もともに共存する新国家を認めてくれ。カダインもその領地に入れていいっていうなら私たちの国の領土を荒らす「砂」どもを追い払ってやるよ」
その言葉にカイルはうなり聞き返した。
「カダインは砂漠だ。オアシスとはいえそこを併合してあなたたちに得はあるのか?」
「カダインをはじめ西の町はヴァルム大陸と交易しているだろう。今この大陸では資源や食料を採る余裕がない。それらを交易で補う必要がある。あんたらがお国を復興させて必要になった分も口利きしてやるよ」
「……むむ」
蛮族は追い払うべき外敵。そう教え込まれてきたカイルはうなるがザガットと同じく彼女の言葉は理に適っている。なによりオレルアンの民が安心して暮らしていくためには草原の民と氷の部族が守ってくれる環境が必要だ。もうアカネイアによる統治にこだわっている理由はない。そしてカダインを救うための戦力を増やすためにも。だがそこへザガットが待ったをかけてきた。
「待てアイネ。新しい国を作ってカダインを併合して交易をおこなうのはいいが王はどうやって決める? まさかお前が王になって私たちを支配する気じゃないだろうな?」
そこでアイネは肩をすくめて聞き返す。
「お前たち草原の民はどうやって王を決めるんだ?」
「……むぅ」
ザガットは答えられない。草原の民はオレルアン王国建国以来奴隷にされ、ハーディンに開放され重用されてからも臣下としての身分を保証される代わりに自分たちが治める国や王というものがなかった。ザガットのような交渉事が得意で自然とまとめ役を務めるものが出てくるのみだ。
「ふむ、解らないか。ならば力で決めるといい。私たちは強いものが王になる。お前たちが私たちのやり方に不満が持った時はお前たちの誰かが氷の王を倒し、国の王になるといい」
「……部族のものと話し合う時間が欲しい」
そう言ってザガットは引き下がった。そしてアイネはカイルに話を戻す。
「で? どうだい。新国家承認とカダイン割譲は? あんまりぐずぐずしているとカダインは「砂」の町になっちまうぞ」
「わかりました。亡国中の身ですがアカネイア王子としてオレルアンとカダインを治める新国家を承認します。ですからどうかカダインを救うためにあなたたち氷の部族のお力をお貸しください」
ウーゼル クラス:獣牙族・獅子
アイク傭兵団 獅子の民部隊の部隊長。
ザガット クラス:ホースメン
オレルアンの先住民族「草原の民」のまとめ役
アイネ クラス:ソードマスター
前の王を倒した現在の「氷の部族」の王。豪胆な性格だが蛮族の中では穏健派。