俺の子供の頃の話をしようと思う。
俺は子供の頃から両親の影響で天体観測によく行っていた。父が昔天文学者になりたかったらしく、惑星や星座等に関しての知識力はめっぽう強かった。
いつも両親に連れられた先で見る紺碧の夜空に無数の輝きを添える星々は、一つ一つがその生命を使って光を見せてくれている。
そんな儚くも美しい星が大好きだった。
俺だって自分の生命を削ってでも周りに光を見せたいなぁ。そんな風に生きたいと思っていた。ちびっ子がよく抱く夢だろう。『ヒーローになりたい』とか、そんなのに近いと思う。
しかし今は違う。
大好き「だった」のだ。
そう思って「いた」のだ。
全ては過去形だった。夢など、未来など、希望など、全部過去に置いてきてしまった。星の彼方へと、「自ら捨てた」のだ。自ら捨てた夢や希望は、あの星たちのように輝いてはくれなかった。
☾☾☾☾☾☾☾☾☾☾
「ちゃんとお小遣いもらってきましたか~?」
「あっ、あの…えっと…その…」
「早く出せっつってんだろ!!!」
今時の小学生というのはカツアゲが当たり前なのだろうか。高学年にもなってこれなんて聞いて呆れる。
僕は思い切り蹴られて教室の壁に鈍い音を出してぶつかる。態と人がいない時間帯にやるなんて、なんて狡猾で醜いんだろうか。
「おっ、やっぱあんじゃねぇか」
「最初からこーやってれば痛い目になんてあわなくていいのにな!」
「「はははははっ!」」
ぶつかった反動でせっかくもらったお小遣いはチャリンチャリンと音を立てて落ち、全てあのいじめっ子に盗られていった。あーあ、せっかくのお小遣いだったのに。
お小遣いが取られたことは確かに悔しい。けどそれ以上にやり返せない自分にも嫌気がさしていた
…………それでも、強く生きていける源があった。
「天翔くん!大丈夫ですか!?」
「……紗夜。僕のことはいいって」
笑顔で僕は答える。…がしかしそんな誤魔化し、この「幼馴染」には通用しない。
「またそうやって笑顔でやり過ごそうとして…何回それやったとおもってるんですか?」
「あはは…全部お見通しって訳か」
僕がいじめを受けても強く生きていける理由、源。
それが彼女。幼馴染の「氷川紗夜」だった。
彼女はいつも僕に対して異様なまでに優しかった。…いや、過保護に近かったのかもしれない。
まだ幼かった僕達は、クラスメイトが「お似合いだぜー」なんて揃いも揃って騒ぐその言葉の意味があまり分からないでいた。そんな平和なクラスの筈だった。何人かの腐ったいじめっ子を除けば…ね?
けれどそんな平和な日常なんていとも簡単に、壊れてしまう。
友情なんていとも簡単に、破けてしまう。
人生なんて所詮、
───その出来事は突然だった。
「おい氷川!」
「…何ですか弐笠くん」
放課後の人気の少ない物静かな空間が、バンと大きく音を響かせて開かれたドアといじめっ子たちの乱入により喧騒に変わった。
弐笠。ちょうど昨日僕からお小遣いをむしり取ったいじめっ子集団のリーダー格だ。
今は放課後、居残りや仕事のある人しかこの教室にはいない。なんとも不幸なことに、この教室には僕と紗夜、弐笠とその取り巻きしかいないのだ。完全に詰み。ゲームオーバーというやつである。
いや、どうせこれも弐笠の悪知恵の仕業だ。確実に狙っている。
…しかしそんな中でも考えているのは紗夜のことだった。
紗夜に気安く話しかけるなクズどもが。
もし紗夜に暴力を振るうものなら僕が命をかけて護ってやる。
僕が紗夜の星になる。
そうだ、そういつも星空を見上げながら想っていたじゃないか。
『ヒーロー』になる絶好のチャンスなのだ。どんなにかっこ悪いヒーローだっていい。
………標的は、僕だけでいい。
そんなことを考えていた束の間、弐笠から衝撃的な言葉が発せられた。
「お前確かよく星川と話してるよな?そんな仲良しが目の前でこうなったら…どうするんだよぉっ!!」
弐笠が掃除をしていた僕の腹を殴る。それに続いてわちゃわちゃと取り巻きが集まり、「いつもの時間」が訪れた。
唯一違うのは……紗夜がいることだった。
「天翔く…ッ!!」
非力な自分をいつもの数千倍恨む。
正直苦痛でしかなかった。いつも受けているいじめも苦痛なのは当たり前なのだが、紗夜がいることが相乗効果となり、紗夜にこんな姿を見られたくないという気持ちが限界をとうに振り切っていた。
紗夜は昔からこのいじめのことを知っているが、紗夜自身が肝心の現場にいなかったりしたことで止めることはできなかったのだ。
そもそも紗夜をこれに介入させるというのも嫌だったのだが。
……ふと、思った。
僕は紗夜がこの状況を打破してくれるんじゃないか。
僕を救ってくれるんじゃないか。と
いやいや、これがさっきまで星になるだのなんだのほざいていた人間の考えることか。
しかし無力な僕はこの状況から逆転することはおろか、抵抗さえできない状態にあることに何ら変わりはない。そんな愚考今すぐにでも捨て去るんだ。やめろ。やめろ。やめろ。過度な期待をするな。そんなのじぶんが報われないだけだ。
やめろ
やめろ
──幼馴染の紗夜ならきっと…僕を救ってくれる。
そんな淡い期待は、一瞬で無に還った。
「どうした?あぁ!?所詮友情ってのはそんなもんなんですかねぇー!なぁ氷川!!」
「ッッ……!」
「怖すぎて言葉も出ないってか!?しょうがないよなぁ…女だもんなぁ…そこらへんの紙切れみたいな友情だもんなァ!!!」
「やめてッ…下さい……!」
「ん?なんだってェ?聞こえねぇなぁ…イライラすんだよ!」
そう言って弐笠は倒れた僕の顔を蹴る。
……紗夜。助けてよ。頼むから。苦しいんだ。もう生きていけない。どうして僕がこんなこと。ねぇ紗夜。
「たすっ…けてっ………!!」
僕はどんな顔をしていたんだろうか。苦しみに満ちた顔だろうか。希望を望んだ顔だろうか。絶望した顔だろうか。
それとも
憎しみに満ちた顔だっただろうか。
誰に対しての憎しみなんだ…?もちろん弐笠やいじめっ子たちに向けてだろう。
……違う、この状況を打破してくれない紗夜に腹が立っているんだ。憎悪に満ち溢れているんだ。
……違う、そんなことない。僕が大切な幼馴染に向かって憎悪を抱くなんて。
もう、分からない。痛み、苦しみで思考が狂い始めている。紗夜を護るなんて最初に考えていた思考はとうに頭の隅からも消えていた。否、本能が自分の力では無理だと判断したのか。
訳の分からない状況の中、僕は必死に「助けて」と目で訴える。
──しかし
──現実は非情だった。
──紗夜はそのまま…
「ッ………!!」
教室を出ていってしまった。駆け出す紗夜が廊下を走る音が自分の耳に嫌というほど入ってきた。
何もない虚無の感情に襲われる。あぁ、神様。僕は何をしたのでしょうか。イエス様、僕の勝手に抱いた希望でも、救いの道を切り離した
氷川紗夜でしょう。
何故、僕だけがこんな目に合わなければいけないのですか?
「ぎゃはははは!氷川のやつ逃げてったぞ!学校の生徒の中心があれなんじゃあ、俺らもやり放題だよなぁ!?おい星川!サンドバッグだこらァ!!」
殴られる。蹴られる。もう何も感じない。
僕の心に残ったのはただ一つ。
──氷川紗夜への憎悪だった。
☾☾☾☾☾☾☾☾☾☾
高校生活が始まる前に考えてみると、とても哀れな事である。
自分で勝手に助けてくれると望んでいただけなのに、別に紗夜は必ず護るなんて言ってないのに、憎悪を抱くなんてただの自己中じゃないか。
……その通りだ。それで結構。それを踏まえてでも憎悪が消えることはなかった。
ふと思い出す、逃げ出す前の紗夜の顔。
あの苦虫を噛み潰したような顔。
きっと紗夜も苦痛は感じていたはずだ。
けれど、自己中なクズ人間の俺には「あの顔をもう一度見たい」という感情があった。
あの時俺だけしか感じなかった物理的な痛みとは違う、感情的な痛みを今度は俺が引き出してやるんだ。
端から見ればただの変人。いや、端から見なくても変人だろうか。
しかし、「大切なモノを失う」悲しみを紗夜にも味わせるためには紗夜の「大切なモノを壊す」他ない。
そして…あの顔を、あの時の俺の気持ちを、全て味わせてやる。
痛みを、苦しみを、そして『憎悪』を。
…その後俺がどうなろうと知ったこっちゃない。度が過ぎたせいで刑務所に入るかもしれないな。いや、教えこんでやった憎悪で紗夜に殺される可能性もあるのか。
こんなひねくれた憎悪を叶える下準備を兼ね備えた俺の高校生活が、
「おはようございます。入学生代表の氷川紗夜です。新たな地であるこの花咲川高校で入学式を迎えられることを…」
今、始まる。
すいませぇぇぇええええええええん!!
日にち間違えてて遅れました……
こいついっつも遅れてんな