「おねーちゃんね、
「…は?冗談なら程々にしておけ」
「冗談なんかじゃないよ。しっかり根拠だってあるもんねーだ」
「今すぐに教えろ。どこで知ったのか、いつ知ったのか、どんな内容か、一つ残らずだ」
「やっぱりそのあーくんの方がズッ!ガガガーン!って感じでカッコよくて好きだよ。あたし」
「カッコよさもお前に好かれることもこっちは求めてねぇんだよ。さっさと話せ」
「ちぇー、釣れないなぁ」
紗夜が記憶喪失…?そんな事絶対にあってはならない。まだ計画さえ始まったばかりなのにこの有様か?これじゃあ紗夜を…
…違う。俺が紗夜を助けたいだなんて思っている筈が無い。
紗夜が記憶喪失ならそもそも復讐が、あの顔が見れないと思ってるだけで。
違う。俺はどうしたい…?
分からない。日菜、お前なら分かるか?この答えが。天才なら…分からないか。そもそもこいつに頼るのはお門違いだし負けた感じがする。
まさか、ここまで来て
……"俺らしさ"って、なんだっけな。その答えも、どれもこれも、お前が教えてくれるのか?お前が全部俺の記憶を払って忘れさせてくれるのか?なぁ…教えろよ、紗夜。
「…ふっ、ははは…あはははは!」
「あーくん急に笑い出して怖いよ?」
「あぁ…すまねぇ」
実に滑稽だ。何が復讐だよ。今もこうやって結局紗夜の事を考えている。もう来るとこまで来ちまったみたいだな。
「日菜、お前の知ってる事を俺に教えて欲しい」
「なになに!?日菜ちゃんのお陰で考え変わっちゃった?!」
「なわけねぇだろ。あくまで復讐の為だよ。相手が記憶喪失じゃ元も子もねぇだろうが」
「…そっ、か」
俺も俺自身が今何を考えているか分からない。俺が今操作しているこの体は、本当に俺なのか?
その答えを探してくれるなら、見つかるなら何度でも
…まずは記憶を取り戻す。それが
「記憶取り戻す!って意気込んだまま仲が戻ってくれればあたし的にはるんってくるんだけどなー」
「そんなことあるわけ…まぁ、未来は分からないか」
「おっと、これはフラグってやつなんじゃないの?」
「やっぱナシだ。絶対に紗夜を苦しませる」
「あたしも諦めないからねー。そこんとこ、忘れないでよ」
「嫌でも忘れねぇわバカ」
覚悟しとけよ、紗夜。
「で、早く話せよ」
「あ、忘れてた」
☾☾☾☾☾☾☾☾☾☾
日菜は教卓にぴょんと乗り座り込み、足をパタパタとさせながら語り始める。外ももう日が暮れて綺麗に橙色の夕焼けが照らしている…って風景なんてどうでもいいか。
「おねーちゃんがあーくんを見捨てて逃げちゃった日、あるでしょ?まぁ、忘れてる訳ないよね」
「当たり前だろ」
「あの日さ、おねーちゃん帰ってきた時に凄い顔しててね。ずっとごめんなさい、ごめんなさいって言ってるの。どうしたの?って聞いたらあーくんを避けちゃったってすごい悔やんでて」
「おい待て、その話をすることで俺を改心させようって魂胆じゃないよな?」
悔やんでて、って所を強調している辺り、俺に罪悪感でも抱かせる気か?心ももうカラッポなんだよ。そんなんも抱けねぇ躰なんだよ。星川天翔って人間は。
「まー四割くらいはあるかなー?けど全部事実だから。全部話してって言ったのはあーくんでしょ?」
「…分かったから話せ」
もうダメだ。こいつのペースに持ってかれている。ここまで来たらノるしかないだろう?
「でさ、ごめんなさいってずっと呟いてたんだけど、急に息が詰まったみたいに苦しみだしてさ」
「は?」
「あたしが一番よく分かんないんだけどね」
意味が分からない。謎の病気か何かか?
「そしたらおねーちゃん、
「いや待て、嘘は言ってないだろうな?」
「今更嘘なんて言わないよ。言ったところで意味ないのはあーくんが一番良く分かってるでしょ?」
どういうことだ。謎すぎる。新手のウイルスか?逃げた後に謝るのはまだ分かるとして、何故急に苦しみだす?過呼吸か何かか?訳が分からない…
「訳が分からない、って思ってるでしょ?」
「…これだから天才は」
「ぶー!悪かったね天才で!
…話戻すけど、その後おねーちゃんを病院に運んで、急いで診察を受けたんだけど…」
「…結果は?」
「外見的な変化や異常はなし。けど…
ショック性の記憶喪失になってたんだ」
「…いやいやいや」
幾ら何でも話が飛躍しすぎだろう。そんなに簡単に記憶喪失って起こるものなのか?そんな簡単にヒトの記憶が無くなって良いのか?
そもそもショック性の記憶喪失なんて本当にあったのか。
いやしかしあまりにも惨すぎる。弍笠という男の、俺から全てを貪り取る「いじめ」という行為だけで、氷川紗夜という女の人生は一瞬にして脆く砕け散ってしまった。
こんなことがあっていいものか?ふと唐突に、ほんの一瞬だった気もするが紗夜への憎悪よりも弍笠への憎悪の方が上回ってしまった。
一瞬だけ、な。
「今も昔も、俺の邪魔ばかりするのは変わらねぇのかよ…あの野郎」
「あーくんを虐めてた子?」
「…まぁな」
「その子、この学校にいる感じするよね?」
「何で知ってんだよ」
日菜のことだし事前調査とかはないだろう。どうせ勘とかその辺りだと思い、俺も日菜もそれ以上は何も詮索はしなかった。
それにしても、こんなに憎悪云々と考えていると、芥川龍之介の羅生門を思い出す。
俺とあの下人は似て非なるものか。それとも同一なのか。…まぁ、俺は最初から堕ちるとこまで堕ちてんだ。いつでも悪になる覚悟なんて、とっくに出来てるさ。
「まあ…ショック性の記憶喪失で失くした記憶は、概ね俺に関しての事だけっぽいな」
「そうなるね。お医者さんも何で断片的に消えたのか分からないーって言ってたし、ほんとに偶然なんだと思う」
偶然で俺に関しての記憶が消えるなんて飛んだ皮肉だな。
なぁ、神様ってのはそんなに人を弄り散らかすのが趣味なのか?何とも悪趣味だから今すぐに刷新して欲しいものだが。
「紗夜が俺に関しての記憶を失ってるって気づいたのはいつだ?」
「記憶喪失って分かってからそんなに経ってなかったと思うなー。記憶を失くす前はあんなにあーくんの事で苦しんでたのに、何も言わなくなったから変だなーって思って、思い切ってあーくんについて聞いたら、『私はその人を知らないのだけれど…何かあるのかしら?』
なんて言い出してさ。その時はほんとにびっくりしちゃったよ!頭に雷どーーん!!って落ちてきた感じ!!!」
「いや知らねぇよ」
さらっと紗夜の物真似を挟みつつ当時の状況を只淡々と語る日菜。
ふむ、紗夜のショック性の記憶喪失は俺がさっき紗夜に言われた言葉も合わせて信用するしか無さそうだな。まだ俄に信じ難いがここは俺が潔く認めなければ話が進まない。
「そっから俺の事は話してない感じか」
「うん。まぁあーくんのことを全部忘れてる訳じゃないみたいだね。さっきおねーちゃん、その人の名前が思い出せないって言ってたし、事件自体は覚えてるみたい」
「事件は覚えてんのに記憶失う前よりかは冷静っぽいな」
「んー、あーくんとの関係さえ忘れてたらそうなるんじゃないかな。だっておねーちゃん、あーくんが大事な人だったからこそ悔しがってたんじゃないの?」
「…さぁな。本人に聞け」
この天才は如何にもな発言を弾丸の様に飛ばしてくる。…そんなの本人に直接聞いた方が早いだろう。まぁ当の本人が記憶喪失なんだがな。失笑、とでも言うべきか…いや、全くと言っていいほど笑えないんだがな。
「それで、今に至るってわけか」
「まぁそうだねー。特に大きな事件もなかったし」
「…まぁ信じるしかないし、今のところは日菜を信用してやるよ」
「やった〜!あーくんとおねーちゃんが仲直りだー!」
「何故そうなる」
とりあえずは紗夜の記憶をどうにかして取り戻すしかなさそうだな…と言っても打開策も何も思い付かないどころか、恐らくというか絶対全知全能のGの形をしたアイコンで有名な先生に聞いても記憶喪失の改善方法だとか、修復法なんて載っているわけないだろう。
むしろ載ってたらそれこそG先生様様である。誰が載せたんだそんなの。
「何も思い付かねぇ…」
「あたしも、そんな簡単に思い付いたらこんな年月経ってないよ」
「そりゃそうか」
しかし、やはりと言うべきか復讐劇なぞそう簡単に復讐できて紗夜の苦しむ顔が見れましたはい終わりって感じでは終わらなさそうだな。
この復讐劇の原因であり、今回も狙ってやっているのかは定かではないが、俺に煩わしく遠回りをさせようとしている弐笠にはそろそろ罰を下さなければいけないな。
いや、俺が下さなければ気が済まないという方が正しいか。俺もイライラしてんだよ。八つ当たりでもしてやろうか?
今までのツケはきっちり払ってもらうからな。かといってそう簡単に折れられても面白くないか。
─まずはお前からだ、弐笠。
「で、バッグ漁って何しようとしてるの?…まさか日菜ちゃんをここで襲っちゃうなんてことないよね?」
「誰がお前なんかとっ捕まえて襲うかってんだよ」
そう言って俺は徐ろにキムチの入った箱を取り出して蓋を開ける。
「あ、匂い平気な方か?」
「いや、そこじゃないでしょ」
「なんか可笑しいかよ」
「あーくんキムチ好きなの?」
「まぁ…そうだな」
「容器ごと学校に持ってきちゃうくらい?」
「じっとしてらんねぇんだよ。これねぇと」
「中毒ってやつじゃない?それ」
「うっせぇ黙れ」
「ぶーぶー!!」
匂いが嫌いって人もいるから一応聞いたが、どうやら聞かなくても良い愚問だったようだ。…まぁ俺がキムチ好きってのは置いといてだ。
「…辛い」
「じゃあ何で食べるの?」
「この辛さがいいんだよ。何もかも、忘れられる気がする」
「ふ〜ん。あたしにはよく分かんないや!」
「別に理解を強要してる訳じゃねぇし構わんが」
「おねーちゃんのこと、助けてあげてね」
急に話題が変わったのもそうだが、日菜らしからぬ声色に驚き顔を上げる。
俺の瞳に映った日菜は、どこか物悲しい、幻想的な、そんな感じがした。
…まぁ夕方だし、きっと夕陽の所為だろう。
「…さぁな」
「誤魔化してるってことは助ける可能性もあるってことでいいんだよね?」
「今は決めねぇよ。まず
「いいねーいいねー!このまま仲直りだーー!」
「だから何でそうなる」
☀☀☀☀☀︎☀︎
帰り道。一人黄昏れながら帰路を辿っている。日菜とは学校で別れたし、帰る友達も先に行ってしまっただろうと思ってそのまま家に帰ろうとしている。
ふと、その丁度いいタイミングでスマホのバイブレーションが「ピロリン♪」という音と共に震える。
某メッセージアプリの通知だったが、その通知の正体は俺の友達からだった。
K5『先帰ってたぞー!』
天翔『言うの遅すぎだボケ』
K5『んな辛辣なこと言うまでもねーだろーがよ!』
天翔『悪かったって』
K5『今日なんか用事でもあったのか?』
ここで紗夜のことを言うのも面倒だし…あいつらの事だからどうせ俺をどうにかしようとしてくるだろうし。
天翔『いや、特に何も。ただ校舎を見てただけだ』
K5『やっぱ昔っから変なやつだな!』
しゅー『それ多分みんながお前にだけは言われたくなかった言葉ダントツの一位だぞ、慧呉』
K5『うるせー!』
咲実『お前らこれグルチャなんだけど』
「あはは…ほんと変わらねぇな」
分かってる。きっとまだみんな、それぞれの悩みを抱えてる。俺みたいな感じできっと、並大抵のものじゃない何かを抱えてる。
それを隠して俺の事を心配してくれるあいつらには本当に頭が上がらない。
…まぁ向こうは隠し通せてるつもりなんだろうけどな。生憎こっちは嫌でも長い間仮面被って良い人のふりしてると相手の気持ちもなんとなく分かってくるもんなんだよ。
けど、これは
俺がやるってんだから…結末くらい、止めずに見ててくれよ。
☾☀☾☀☾☀☾☀☾☀
「何なのかしら…」
どうにも星川さんと話してから何故かモヤモヤする。
得体の知れない沸々としたこの靄をどう払拭するべきか否か。
こう…喉の奥でつっかえているような感じ。
「本当に…何なのかしら」
とりあえず記憶喪失大好き太郎ですはい