たからさがしのずるやすみ   作:kodai

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第2話

 赤蛮奇は夢を見た。定食屋の店主が腰をいわして死ぬ夢だった。夢の中で、咆哮する。それは、悲しみと、後悔の発露だった。

「……ぁあああ!」

 うとわを夢の中に置き去りにして、赤蛮奇は目を覚ます。布団は既に蹴っ飛ばされて、赤蛮奇の、足元の方で、卑屈に丸まっている。目覚めと同時に起き上がった赤蛮奇は、とりあえず、足元の布団を手繰り寄せ、そのまま仰向けに、横たえた。

 天井はずっしりと、低くなったのではないかと思えるほどに、赤蛮奇にのしかかる。寝ぼけ眼と涙目を拭えば、天井を、憎らしげに睨みつけた。瞬間、眉間のシワの、種類が変わる。

 天井の木目が、あからさまに、昨日と違う。

 わかりやすく、湖。湖のわきに、明瞭な、洞窟。洞窟の南西、克明に、枯れ木の二本。木と木の間に、判然と、バツ印。

 赤蛮奇は、そのまま数十分、硬直した。目覚めと同時に、遅刻は確定している。無表情な熟考。思考は、裏手から薄らぐせせらぎの、しじまを縫っている。

「婆さんにも、半分あげよう。あー。三分の一になっちゃうなぁ。ハハ」

 赤蛮奇は身支度をして家を出た。後ろ髪は跳ねていた。側頭もすこし跳ねていた。赤蛮奇は気づかない。世界はもっぱら昼だった。

 

 奇妙なことに、そんな日々がしばらく続いた。宝は見つからない。家に帰り、寝る。目を覚ます。木目が変わる。

 三日目あたり、赤蛮奇は或る事に気がついた。木目の変わるタイミングは、寝て起きた朝ではなく、昼、宝探しをしている最中であると、気がついた。実際、毎日、家に帰れば木目は変わった。

 五日目、赤蛮奇はまた気付く。木目の変化が、だんだんとおざなりになっていること。もはや木目は変わらずに、マジックペンで塗りつぶされ、消された洞窟等の横に『こんどは館。赤い館ね。こんどってのは、明日探す場所っていみ』など、書かれている。

 六日目、またまた気がつく。初日、大樹から洞窟へと変化した木目は、変化したのではなく、実際に、新しい木板が打ち付けられていた。赤蛮奇はようやっと人為的ななにかを感じ、すぐさまノートに推理をまとめた。『これは何者かのしわざ。最初は木板を打ち付けるとか、手が込んでたのに、次の日からマジックペン。おまけに、こんどってのは〜、なんて、やぼったい注釈。犯人はたぶん、金がなくて、横着なやつ。だれだ!』

 七日目、最後の気付きとなるだろう。赤蛮奇は布団の下に、物音と、空洞の気配を察知した。

「こ、こわすぎるよ。なんなんだ」

 怖いのは、なにかをサボることに罪悪感を覚えなくなることではなかろうか。赤蛮奇は震える手で、布団をひっくり返した。赤蛮奇はすぐに悲鳴をあげる。しかし、声を上げるのも恐ろしいのか、悲鳴を短く切って、口を両手で抑えつける。

 赤蛮奇は、信じられないものを見るような目で、天井と、床とを交互した。天井には、マジックペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶされた、今までの文字と、新しい文字。

『もうネタ切れです。とりあえず昼はどっかいって』

 床には、あからさまに空洞を想起させる切れ込みと、微かに響く、奇妙な物音。赤蛮奇は意味不明の恐怖に涙を噛み締めながら、床の切れ込みに手を伸ばす。床は、動いた。正方形の切れ込みから、正方形の床板が、綺麗に抜けた。

「あ、あわわ……」

 そこには穴があった。丸く、狭い穴だった。もぐら? でかもぐら? 否。梯子が在った。梯子はどうやら、相当に長い。深い闇に、途中で呑まれている。底から微かに響くのは、なにか、硬いものを硬いもので叩くような、高い音だった。

 赤蛮奇の体は無意識に、金槌を手にしていた。それは、赤蛮奇が窓に木板を打ち付ける際に使ったものだ。唇を噛み咽び泣きつつ、体は無意識に、穴の上、金槌を構える。まさか、落とそうというのだろうか。もし仮に、穴の奥に犯人が潜んでいたとしても、犯人が生き物である限り、落下してきた金槌の衝撃を喰らえば死んでしまう。赤蛮奇は涙で顔を歪めながらもハッとして、金槌を間違いのない場所へと置き直した。

 しかし、どうすればいいのだろう。底から響く高音は以前、赤蛮奇を泣かせ続ける。かぶりを振って助けを求めども、不安を照らしてくれるのは、打ち付けた窓から微かに漏れる、頼りない月明りのみだった。

 赤蛮奇は涙目を腕で擦りながら、流し台へ向かった。水は止められている。バケツに溜めておいた水で、涙に濡れた顔を洗った。患部はやはり、冷やすに限る。赤蛮奇はその顔に不確かな決意を宿し、バケツを掴んだ。

 ドタドタと鳴らし、穴の前。赤蛮奇は意を決して、バケツをひっくり返した。五秒の間。打ち破ったのは叩きつけられた水の音と、けたたましい悲鳴だった。音を聞いた途端に、赤蛮奇の顔から恐怖が消えた。代わりに、そこはかとない怒りが浮かび上がる。眉を潜め、唇をすこし尖らせて、赤蛮奇は梯子を滑り降りた。

(×ボタン+方向キー下)

 

 降りるなり、赤蛮奇は空になったバケツで、犯人の頭を引っ叩いた。空洞に、犬めいた短い悲鳴と、空っぽの音が響く。

「お前は、なんだ。なんだ、お前は!」

「う、うう。なにも、叩かなくてもいいじゃない。いたいわー、あたまいたい」

 赤蛮奇は犯人を詰問した。七日の間に作られていた空間は、なにやら坑道らしかった。証拠に、ボロボロになったツルハシや、予備と思しき数本、それとなにやらが、あちらこちらと有った。詰問は続いている。それは、弁解にもならぬ誤魔化しが続いているということでもある。

 遥か高い地上、夜明けの虫が蠢き始めた頃、犯人はようやく口を割った。これを、と渡された湿った紙を、赤蛮奇はまじまじと見る。

 わかりやすく、川。川のわきに、明瞭な、柳。柳のなか、克明に、ボロ家の一軒。ボロ家の地下、判然と、バツ印。

 バツ印の横には大きく『油田!』の文字が踊った。赤蛮奇は全てが気掛かりだったが、とりわけて、湿った紙が気になった。入手の経緯を訪ねども、犯人はまた誤魔化しを始める。赤蛮奇が空のバケツを構えれば、今度はすぐに口を割った。

「わたしの、大事な人よ。その人からね、もらったの。たぶん、プロポーズがわりだと思うの。だって、そうでしょ? 油田なんて私有財産を、わたしに開け渡そうっていうんだもの」

「私の土地の地下だぞ。私の財産だよ」

 赤蛮奇は言い終わるが早いかツルハシを握り、掘削を始めた。まずこの地下は決して赤蛮奇の土地ではない。家主の土地だ。ともかくとして、ツルハシを打ちつけながら、赤蛮奇は口を動かす。赤蛮奇の口から揚々と語られる宝の内訳についてを、犯人は不服そうにツルハシを振って、黙って聞いた。

「まず、四等分だ。私に一、河童に一、職場の、婆ちゃんに一。そのあとで、お前に一だ。お前はその取り分を、その、なんだ。大切な人やらと分け合えばいい。わかったな?」

 

   †††

 

 定食屋の朝は早い。婆ちゃんは起きるなり身支度をした。

「ああ、忌々しいね。来ないまま、もう八日だよ。見つけ次第首切りにしてやろう」

 年の功より亀の甲とは、一体どういった意味の言葉だったか。婆ちゃんは類稀なる嗅覚的追跡センスを最大限に発揮し、とうとう河童の棲家まで辿り着いた。皺だらけの手、しわがれた声で、河童の棲家の戸を叩く。

 河童は笑顔で戸口に向かった。概ね、数日前に出来た友人と交わした約束が、果たされる予感がしたのだろう。廊下をとてとてと駆け、手には、二本のきゅうりを握っていた。

「ちょいと、ごめんだけどね。赤いの来なかったかい」

 予想を遥かに上回る老齢の来客に、河童は思わず、後ろ手に、きゅうりを隠した。

「し、しらないよ。わたしは、なんにも」

 人見知りの河童を連れて、婆ちゃんは赤蛮奇の家へ赴いた。河童も婆ちゃんも家の所在を知ることはなかったが、婆ちゃんには嗅覚と、きゅうりがあった。

 

   †††

 

 暗い坑道で、今朝から昼にかけての間、犯人は赤蛮奇と語らいながら、岩を砕いていた。一匹ではいざ知らず、二匹の力が合わされば、昼までには随分と掘り進んだ。問題は、犯人の精神状態だった。

「それにしても、お前にプロポーズなんて。いったい誰なんだろうな。なあ、そろそろ教えてくれよ。いいじゃないか、私の知り合いなんだろう? そこまで言ったんだ、最後まで言えよ。だって、私の知り合いなんて、そんなに多くもない。職場の、婆ちゃんと、婆ちゃんの娘。それと、先日知り合った河童ぐらいなもんだ。え? わかさぎ姫? いや、知り合いだけどもね。姫は有り得ないだろう。だってさ、姫だよ。姫がまさかお前なんかと。うん、だからね。そろそろ教えてくれよ。私の知り合いでもあるんだろう? いや、姫は有り得ないんだって! だから、可能性としては婆ちゃん、婆ちゃんの娘、河童。その中の誰かだ。え? いやいやだからさ、姫は違うだろ。あ! 婆ちゃんも違うか。そりゃそうだよな、婆ちゃんはもう、婆ちゃんだもんな。え? 姫? お前もしつこいなあ。いい加減に本当を教えないと、刺し殺すぞ」

 恐怖と怒りが在った。それは、犯人と赤蛮奇を包む空間に、渦巻くオーラを持って、顕現している。ツルハシを振るう力も、一層増すというものである。

 そのうちに、犯人と赤蛮奇が岩を穿つと、同時に、岩から液体が溢れでた。二匹は瞬時に、大きく口を開く。あ、という間に、液体の溢れでる勢いが増す。そして、二匹は確かにツルハシを握り、我先にと振り下ろした。

 瞬間、液体が溢れ出した! 噴き出した、と形容してもいいだろう。二匹は悲鳴のような歓声をあげ、噴き出す液体のその勢い、激流に身をまかせる。歓喜の無抵抗、恍惚の現場災害だ!

 そのまま、二人は押し流される。液体はどんどんと噴き出して、物凄い勢いで坑道に飽和する。とすれば、二匹が狭い穴を昇る水に押し流され、そのうちに穴から飛び出すのは時間の問題。すなわち道理だった。

 実際、二匹が穴から飛び出すまでにそう時間はかからなかった。しかし、二匹にとっては長い時間だ。油田発見の陶酔と溺死の恐怖を存分に味わった。赤蛮奇の部屋の中、穴から間欠泉のように液体が噴き出す。二匹は同時に穴から射出され、敷きっぱなしの布団に転がされた。

「ああ、ああ。やったぞ。ついに、家賃を払える」

「やった、やったわ! 結婚、結婚よ。姫と、わたしが、ついに!」

 息も絶え絶えに、二匹は達成の感を吐き出す。そんな二匹を俯瞰するのは、婆ちゃんと、婆ちゃんに拉致されてきた河童だった。河童は噴き出した液体に目を丸くさせていたが、婆ちゃんは然程動じることもなく、後ろ手を組み、自身のターンが回ってくるのを待っている様子だ。

 犯人は婆ちゃんと河童の存在に気付き、寝転がった姿勢を正し、表情に膨大な疑問符を讃えながらも、挨拶をした。しかし赤蛮奇は気がつかない。一人、そろそろ勢いの淀んできた液体の正体を確かめる。

 手を伸ばし、液体に触れ、口まで運ぶ。味を確かめんとする赤蛮奇に気がつき、犯人も、河童も、赤蛮奇を注視した。

「あれ。なんか、ただの水みたいな……うわあ!」

 一同驚愕。一度使ってみたい言葉番付トップの言葉、使いどころはまさにここだ。婆ちゃんを除く全員が、目を丸くした。それは、赤蛮奇も同様だった。湧き出した液体がただの水、これも問題ではあるが、ただの水から、もう一つ、なにか得体の知れない生物が飛び出したのだ。生物は飛び出すや否や赤蛮奇に抱きつき、腹のあたり、目を瞑り、幸せそうに頬擦りをした。

 事態をいち早く飲み込んだのは犯人だった。犯人は死刑を宣告された罪人のような面持ちで、わなわなと、何か言いたげに震えている。爆発寸前だ。何かものものしい気配を察した河童はその場を逃げ出そうと、やおら身体を操作する。河童の襟を掴んだのは婆ちゃんだった。襟を掴む速度と力は、河童に確かな恐怖を与える。河童は怯えて、恐る恐るに婆ちゃんの方を見やるが、婆ちゃんは年相応に細んだ目で、沙汰を見守るのみだった。

 そのあたりで、犯人が堪え切れなくなった。生物に抱きつかれ、きょとんと後頭部を掻く赤蛮奇に、口を開きかけた。しかし、悲しいかな、犯人の咆哮は未遂に終わり、遮ったのは、赤蛮奇の腹に抱きつく生物の声だった。

「ありがとう影狼ちゃん! 影狼ちゃんのおかげで、ばんきちゃんのお家にいつでも行けるようになっちゃった! でも、ごめんね。油田なんて、騙すようなことして。だって、こうでもしないと、バレちゃうから。その、バレちゃうっていうのは、そのう。……わたしが、ばんきちゃんを好きだって、こと、が……ばんきちゃん、好き!」

 言い切ると、生物はまた強く、赤蛮奇の腹を抱き寄せ、幸せそうに、頬擦りをする。皆の視線を一身に受ける赤蛮奇は、しばしの沈黙のあと、おもむろに口を開いた。

「いやあ、でも、困ったな」

 誰もが、不穏さを感じた。河童は殊に、固唾を飲んだ。しかし、赤蛮奇はいつも通りに後頭部を掻きながら、言い放つ。

 

「この幸せを、如何して四等分したものか」

 

 婆ちゃんは溜めに溜めた一撃を見舞った。

 赤蛮奇の首は飛んだ。

 

   完!




完!
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