鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第11話 後からついてくる

 琵琶の音を最後に、俺は元いた森に落とされた。

 足元に突然現れた襖が開き、そのまま重力に引かれて腐葉土の香り漂う地面に着地した。

 空を見上げれば、俺のいた時代には考えられない、冗談のような大きさの月はさしてその位置を変えていなかった。上司様との濃密かつ甘美なあの時は、時計で言えば長針一周分にも満たなかったようだ。

 改めて周りを見渡す。

 耳と鼻を研ぎ澄ませ、自分の知覚できる範囲に上司様の、凝縮されたいい匂い成分の香りがないことを確かめる。二百十二本のクリムゾンロードの触手をばら撒いて半径20メートルの結界を張り、羽虫以外存在しないことを触覚でも再確認。まるで花京院みたい、と思ったけどそれだと俺吸血鬼の腹パンで死ぬじゃん。

 ……上司様の腹パンで死ぬ未来が見えたんですけど。

 入念に、入念に確認を終えて、ようやく社畜としてのペルソナパーソナリティを解除する。

 ふう。

 久々に本気の社畜モードを実行したわ。

 鬼の体になっても全力社畜ムーヴは辛いんだな。知らなくていいこと知っちゃったよくそがぁ。

 前も何人かいたんだよな、表情とかから相手の感情に超聡い人。その内の一人は愛想笑いとか一瞬で見破ってわざわざ指摘してくるから業界では偏屈で通ってたけど、おれの社畜モードなら余裕だった。精神改造の域までいくからね。今回はクリムゾンロードの触手で脳神経をクチュクチュ弄ったのもあるし。精神改造(上)、みたいな。

 まあ、それもあの上司様には通じていたかどうか不明だけど。

 心読むって反則だわ。上司様まじパネっす!

 よくあの家来どもはあんなパワハラ上司に頭下げられるな、逆に尊敬するわ。

 まあ、逆らったら即首を切られていただろうしな、物理的に。

 ペナルティ重すぎっしょ。そういう恐怖政治ででかい顔するワンマン社長取引先にいたわ。社員はきっちり締め付けて躾けないとな、とかほざいてた。さすがうちの社長の飲み友だわ。係長以下社員一同の集団退職で一瞬で潰れたけど。

 でもこっちのパワハラ上司はその辺警戒して鬼同士に敵対心持たせてる、とかだったっけ注射さん曰く。しかも普段は隠れて絶対姿を現さないとか、ディオよりむしろディアボロか?究極生物を目指すあたりはカーズ様だけど。あの上司ジョジョ好きすぎじゃね。今度貸してあげよう。あと百年もしたら出版されるでしょ。いや、もしかしたらこの時代にも荒木はすでに生まれてる? 幕末から生きてるっぽいし。というかもしかして、荒木も鬼である可能性……?

 

「おい」

 

 足元に転がってる下肆さんが声をあげた。

 なにかな? いま俺、教科書が書き換わるレベルの歴史的発見に気づいて忙しいんだけど。

 

「意味わからんこと言ってないでさっさと私を解放しろ」

 

 俺の触手で簀巻きにされてるくせに随分と偉そうである。襖から落ちて受け身も取れずに顔面から落ちたくせに。ぐぇって。顔面土まみれだぞ。

 

「声真似するなウザったい! 微妙に似てるのが腹たつ。というか受け身なんか取れるわけないだろう簀巻きだぞ! 見ろ!」

 

 見なくたってわかるよ俺がやったんだから。

 つーか、口のきき方がなってない。やり直し。

 

「何が口のきき方だ、むしろ貴様が私を敬え、先達がどうのと言っていただろうが。後になって後悔しても知らんぞ、私はいつか必ず十二鬼月に返り咲く。その時貴様を絶対に簀巻きにして山道を引き回してから日炙りにしてやる」

 

 でも今の時点では鬼社会ではすでに俺が上じゃん。新人に下剋上食らったくせに。いるんだよなー、取引先怒らせて降格食らったのに、前の後輩にいつまでも先輩風吹かせるやつ。降格して、もう出世が見込めない窓際配属されて、もう維持する見栄なんか爆散してんのに無駄なプライド誇示してな。昼になると飯に誘ってくるのやめてくれねーかな、あんたと違って昼休みとかねーからこっちは、つったら涙目で戻ってったけど。

 

「それは、可愛そうだろう、もっと優しくしてやれよ」

 

 そうなんだけどさ、なんか気を使われたり同情されるのは嫌だ、みたいな人でさ。食事の誘いに頷いても、表情の硬さとか声の調子からあ、こいついやいや来てるな、てのがわかるんだって。その点君は心から僕を慕ってくれてるのがわかるよ、とか言って俺に懐くようになってさ。いや俺だってヤだよこんな無駄な時間。なんで年上の中年と面向かって飯食わなきゃなんねーの。

 

「めんどくさいなその男」

 

 いつかまた元の部署に返り咲いてやる、とか飯食うたびに言っててな。でもそんなことできるはずねーんだわ、役員連中まで怒らせちゃったから。そのことに気づいてないの会社の中でそいつだけでな。毎日企画書や予算申請やらの書類書いて提出して、まあ当然全部ボツにされてな。読みもせずに不採用の判子押されてるって知らないで何が悪かったのかって本気で悩んで俺に相談に来たりな。

 

「……哀れだな」

 

 なに他人事みたいに心配してんの、これほとんど下肆さんの話だぞ。

 

「……は!? な、何を言うか、私が、え!?」

 

 眼球にばつ印までくらって再起なんかできるわけないじゃないですかやだー。

 そもそも下肆さんの中にあったいい匂い成分なんかもうほとんど残ってないんだし。鬼になって3日目あたりの雑魚と変わんないよ?

 

「ま、待て」

 

 哀れ(笑)

 

「貴様ああああああ!」

 

 うわキレた。涙目でキレた。赤黒い触手でぐるぐる巻きにされてるのにビッタンビッタン跳ねながらだ。頭の二本の角が昆虫の触角みたいですね。

 

「誰が昆虫だ! 十二鬼月の私を、よくも! 返せ! 私の力を、鬼舞辻様に頂いた力を貴様、よくもぉおお!」

 

 叫びながら下肆さんはビタビタグネグネと暴れまわるが、ちょっと怖かったので3メートルほど離れた木の陰に隠れて様子を見てると、次第に暴れる勢いが失われていって、ついにはうつ伏せになって止まった。

 あの、下肆さん?

 

「う、うぅ……うぇぇ」

 

 ガチ泣きである。

 簀巻きのままうつ伏せになって、ちょっと震えながら泣いている。

 やっちゃった感がある。けど、なんだろう。面白いからもう少し見てよう。

 

「なんで、なんでぇ……頑張ってたのに……いっぱい人間食べてきたのに……殺してきたのにぃ」

 

 縛られ、地べたに転がされて涙を流す女性、という憐れみを誘う光景なのに言ってることが畜生のそれである。

 

「うぅぅ、うぇぇ……ゲホッえほ」

 

 噎せた。

 

「い、いちいち解説するな! ひっ、だいたい、ひっく、なんで貴様、私を殺さなかったんだ。こんな生き恥を晒すくらいなら、むしろ」

 

 死んだ方がマシ?

 

「……いや、死ぬのはダメだな」

 

 あ、そう。そのへん下肆さんドライね。女性だからかな。

 

「どらい? というかさっきから私を呼ぶ『げしさん』てなんだ」

 

 え、左目に書いてるじゃん。

 というかうつ伏せのまま会話するの辛くない?

 

「じゃあこの縄を外せと。この目は下弦の肆という意味だ、げし、と読むななんの効果音だ」

 

『弦』と『の』が書いてないけど。

 

「片方の瞳孔だけでは間が足りないから、このように略号とするしかないのだ。両目に号を刻むのは上弦だけだしな」

 

 んん? 上司さん直属の部下は十二鬼月と呼ばれていて? 上弦と下弦に六匹ずつ分けられていて。両目に刻んでる方が偉くて、片目だけとかクソダセーと上弦がマウント取ってくるんだ。もう言ってる意味わかんね。なにそれオシャレのつもりなの? 眼球にタトゥー彫るとか前衛的すぎるでしょ俺には真似できんわ。

 

「は? 何を言っている、貴様の目にも刻まれているぞ。血戦で私を倒したのだから」

 

 え、なにそれやだカッコ悪。

 

「なんだと貴様ぁ!」

 

 さて、そろそろ移動しようか、いつまでもここにいてもしょうがないしね。まれちーを探す拠点を手に入れないといけないし、何か考えないと。

 

「稀血を? ふむ、なるほど貴様も鬼舞辻様のために尽力する心構えはあるのだな」

 

 は? そんなのあるわけねーじゃんせっかく社畜生活から脱出できたのに、なんだってまたあんな鬼畜上司にへーこら媚売らないといけないの。

 

「は? はこちらのセリフだ! 貴様なにを、鬼としてあるまじき、てコラ、引きずるな、自分の足で歩くからこれ解け! おい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜあなたは、そんなに怯えているのですか。

 なぜあなたは周囲を警戒し続けるのですか。

 なぜあなたは、世界に恐怖するのですか。

 

 

 何があなたを怖がらせるのですか。

 何があなたを脅かすのですか。

 何があなたを狙うのですか。

 

 

 怯えないでください、私があなたのそばにいます。

 警戒しないでください、私はあなたを傷つけません。

 怖がらないでください、私があなたを守りますから。

 

 

 だからどうか、私があなたのそばにいることを許してください。

 どうか、どうか、私のことを信じてください。

 あなたを信じる、私の『目』を信じてください。

 

 

 私は知っています。

 あなたの目が常に左右に振れていること。

 あなたの瞳が常に大きく開いていること。

 あなたの隈が肌に染みるほどに濃いこと。

 

 

 私は見ています。

 あなたの心臓が常に目まぐるしく動いていること。

 あなたの筋肉が誰よりも研ぎ澄まされていること。

 あなたの手指がタコと出血で石のように硬いこと。

 

 

 私は気づいています。

 あなたが誰よりも刀を振ってきたこと。

 あなたが誰よりも努力家であること。

 あなたが誰よりも臆病で、優しいこと。

 

 

 そんなあなたのために刀を振るうことを許してください。

 この身に刻んだ剣技の全てを、あなたを守るために使わせてください。

 臆病さを理由に私から逃げないでください。

 優しさを理由に私を拒絶しないでください。

 どうか私をあなたの盾にしてください。世界を作る森羅万象すべてからあなたを守る盾に。

 誰かを守りたい、誰も傷つけたくない。それはとっても立派で優しい考えだと思います。

 でも、その有象無象の『誰か』の中に、私を含めないでください。

 それが私を傷つけるのだとどうか理解してください。

 だから、どうか、私を怖がらないで。

 私を傷つけることを。

 私に傷つけられることを。

 どうか、どうか。

 

 

 

「いやだからね」

 

 私の横を歩く少年が言う。

 

「俺はそんなに強くもないし、優しくもないわけ。まれちーに評価してもらえるのは嬉しいけどさ、その過大評価は行き過ぎだと思うのよ俺は」

 

 横目でもちらちらと視界に入る黄色い髪が風に揺れている。情けなく垂れた目で私を隠し見る彼、善逸の情けない言葉に私はついため息を漏らしてしまった。

 

「そんなことはありません。善逸は強い。善逸は優しい。見ればわかりますそんなこと。善逸もいい加減それを認めなさい」

 

 私の言葉に善逸もまたため息を漏らした。

 強情なやつ、とでも言いたいのだろうが、それはこちらのセリフだ。

 善逸は、藤の山での修行以来、刀を握るだけで意識を集中させることができるようになった。

 その時の彼は意識を世界から切り離し、自身の持つ居合の技術を最大限に活用するべく体を運用する。

 私が水の呼吸で鬼を足止めし、善逸が斬りふせる。

 今まで二度ほど鬼を退治する任務が回されたが、その任務を達成できたのは善逸に依るところが大きい。

 にも関わらず、彼はその功績を認めようとしない。

 刀を握っている間の意識がないのだから当然と言えば当然なのだが。

 彼の中では、自分の気づかないうちに私が鬼を切り終えている、という認識なのだ。

 だから私がどれだけ彼に彼自身の功を説明しても、彼の目には全て私が無能な自分に気を使っている、あるいは強引に持ち上げているようにしか映っていないようなのだ。

 善逸の手柄を奪うわけにいかない以上、この話題では絶対に折れるわけにはいかないのだけれど、記憶のない彼とは常に平行線だ。

 出来損ないの自分に惚れる女なんているはずがない。

 だからこの女も何か目的があるはずだ。

 あるいは同情しているだけだ。

 だから勘違いするな。

 そんなことを考えているのだ、この男は。

 

 なんとなく空を見上げた。

 陽気が暖かく、風も心地良い。

 彼は、あの鬼の人は、こんな時私にどんな言葉を語ってくれるだろうか。また南蛮語混じりの解読不能なものをだらだらと並べ立てるだろうか。でもあの意味のわからない羅列の中にも、たまにであるがためになる言葉が紛れ込んでいたりするのだ。

 早く彼と合流したい。

 善逸と、私と、彼と。また三人で鬼退治ができればいいなと私は思うのだ。

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