鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第13話 二本

 その後、気絶した猪頭を寝かせて、私たちは被害者の方々を埋葬した。どなたも生きたまま体を雑に食いちぎられており、誰もが表情を恐怖と苦痛と絶望に歪めていた。即死できたものは一人もいなかったに違いない、彼らの末期を思うだけで怒りが湧いてくる。それを鎮めるためひたすら私は穴を掘った。

 途中で猪が目覚め、私に勝負を挑んできた。埋葬の邪魔になるので、おじさんに教えてもらったふらんけんすたいなーという技で脳天から首まで地面に突き刺してやった。生け花みたいになった。

 

「ちょ、まれちーさんやり過ぎだ」

「何を言うんですか竈門少年。善逸を一方的にボコって血塗れにしたんですよこの女顔は。隣の大岩で頭骨を砕かなかっただけ優しいではないですか」

「それ優しさじゃなくて、御法度に触れるとめんどくさいからっていう理性的な理由だろ」

 

 どうか、私を信じてください。

 どうか、どうか。

 

「いやそこでポエムとかいらないから」

 

 最近善逸が冷たい。

 

 

 埋葬を終え、猪頭も目覚め。今度は警戒して一定の距離を開けて私を中心に円を描く彼を無視して下山することとなった際、善逸がおかしなことを言い出した。善逸、よく見なさい。いえ、あなたの場合はよく聴きなさい、ですか。その正一という少年の心臓も、四肢も、肺も呼吸も、強者足り得るところはどこにもありません。

 

「い、いやでも、確かに正一君は鬼を倒したんだ! 俺を守ってもらうんだ!」

「え、倒してないです」

「倒したじゃん、なんで嘘つくの⁉︎俺の気づかないうちに頭切り落としてたじゃない!」

「善逸、あなたは耳が良くても頭が悪い」

「なんで罵倒から会話が始まるの⁉」

「日輪刀も持たない齢一桁の少年がどうやって鬼を殺すというのですか。馬鹿なことやってないで行きますよ。彼らは鬼に誘拐されたりなんだりで疲れているんです、迷惑かけて生き恥を晒すのは辞めなさい、妻である私も恥ずかしくなります」

「ちょ、まって腕、痛、なにそれ俺の肘今どうなってんの?」

 

 おじさんに教わったいのがしらあーむろっくという技で善逸の腕を極め、強制的に下山させた。

 

 

 

 

「善逸、あなたは思い込みが激しい。聞いたことを自分の先入観で曲解する。自分の都合で捻じ曲げる。一番度し難いのは、都合の良いようにではなく、都合の悪いように捻じ曲げることです」

「まれちーさん、都合の悪いようにってどういうことだ?」

「自分が無能である、役立たずである、弱者である、という思い込みを肯定するべく認識を曲げるのです」

「……弱者? 善逸がか?」

「そうだよ! 俺は弱いの、ものすごくな! ナメクジの方がまだ役に立つ自信があるぜ!」

 

 自信満々になにを馬鹿なことを。

 

「では多数決で決めましょう。善逸が弱いと思う人挙手しなさい」

「はいはいはいはいはい!」

「一票」

「異議あり! 俺今五回手を挙げたんだから五票のはずだ!」

「善逸って本当に馬鹿なんだな」

「炭治郎までそれを言うの⁉」

「そうなんですよ、妻として恥ずかしい限りで」

「まれちー⁉」

 

 あ、と炭治郎が声をあげた。

 

「さっきから気になっていたんだけど、妻ってなんだ? 二人は結婚しているのか」

「そうですよ」

「いや、えっと」

「は?」

「ひぇ」

 

 善逸は何を言い淀んでいるのか。

 

「なにか、事情があるのか? 善逸怯えてるけど。というか威圧しちゃだめだ」

「いえ事情なんて特には。善逸が私に求婚して、私がそれを受け入れた、という当たり前のことがあっただけです。仲人としておじさんも同席していました。私に戸籍がなくて入籍こそできませんでしたが、まああんなの形式的なものに過ぎませんし些細なことです」

「そっか、善逸はいい嫁さんを貰ったな」

 

 竈門少年はまるで我が事のように嬉しそうに笑った。

 

「待って、ほんと待って。違うんだ、あの時のは勢いというか、俺もまさか受け入れて貰えるなんて思ってなくて」

「でも求婚したんだろう? じゃあ責任とらなきゃダメだ」

「炭治郎は正論が時に人を傷つけることを知るべきだ」

「その時は今じゃありませんけどね。善逸、気づいてますか? あなたが否定するたびに私が傷ついていること」

 

 両目の端から、一筋の雫が流れ落ちた。それを見た二人はギョッと体を竦ませた。

 

「善逸!」

「え、ちょ、まれちーごめん、まさかそんなに傷ついてるなんて、いや炭治郎もそんな顔怖いって! 謝るから! 土下座まで視野に入れるから!」

「おお、ここまで態度が変わるなんて、さすがおじさんの言うことに間違いはあんまりないですね」

 

 ん? と二人は首を捻った。

 

「まれちー?」

「おじさんに教わったんです、女の涙に勝てる男はいないって。どんなに形勢的不利でも女が泣けばその瞬間形勢は逆転し男を有罪にすることができると。涙は呼吸の応用ですね。全身の水分の流れを把握して、少しずつ絞って涙腺から溢れさせるんです。簡単でしょ?」

「あのおっさんまれちーにいろいろ吹き込み過ぎじゃない⁉︎俺が不利になることばっかりなんだけど! 人の関節ほいほい極めたりとかさぁ!」

 

 ほんとあの、人? には頭が上がらない。

 

「結婚生活は妻が夫を尻に敷くくらいでちょうどいいんですよ。とくに善逸のような普段はやる気を見せない夫の場合は特にです」

「それもあの人? からか?」

「はい」

「おっさあああああん!」

 

 まあ、やる気を他人に見せないだけで、影で努力していることは知っていますけどね。

 

 

 

 猪頭の名前は嘴平伊之助というらしい。

 ご両親に貰った名前のようだ。褌に書いてあったとかなんとか。

 ただ育ての親は猪であると。雌の猪に育てられ、山で野獣と力比べをしながら過ごし、山の主として君臨してきたとか。

 頭の猪や脚を覆う熊の毛皮は自分で狩った動物のものであるとか。

 結局彼がなにを言いたいのかというと、まあ自分は強い、ということ。そして、

 

「いつかお前に勝つ、絶対だ!」

「今じゃないんですね」

「言ってやるなよ、二回も一瞬で気絶させられたんだから」

「なんだとテメェ弱味噌が!」

 

 猛る伊之助の剣幕にひぇ、と善逸は私の影に隠れようとしたが、私は竈門少年と一緒に善逸を伊之助の方へと押し出した。

 

「おぉぉおおおい⁉」

「今のは善逸が悪い」

「妻の陰に隠れるとは何事ですか、恥を知りなさい」

「まれちー自分を盾にしてって言ったじゃない! 言ったじゃない!」

 

 誰かを守りたい、誰も傷つけたくない。それはとっても立派で優しい考えだと思います。

 

「だからポエムはもういいって! それ前聞いた!」

「くらえおらぁ!」

 

 伊之助は全身のバネを使って跳ね、宙返りしながら善逸の首を両足で捉え、背筋を反らしながら逆立ちし、全身の膂力をもって善逸を林の中へとぶん投げた。

 あれはさっき私が伊之助に使った、おじさん直伝の投げ技ふらんけんすたいなー。

 まさか、一度受けただけで覚えたのか。私はおじさんが鬼に対して使っているのを客観的に三度観察したから覚えられたというのに。

 善逸が飛んで行った方を見る。谷や川があるわけでなし、まあ大丈夫だろう。

 おじさん曰く投げの基本は投げずに落とす。なるべく受け身を取らせないよう腕の関節を極めた状態で地面に叩きつけるのが理想、らしい。今回善逸は地面にほぼ水平に投げられた。水平にあんな距離を飛んでいくあたり伊之助の膂力は大したものだと思うが、それでは人は殺せない。案の定ケロっとした態度で戻ってきた善逸に、再び襲いかかろうとした伊之助をおじさん直伝のじゃいあんとすいんぐで優しく水平にぶん投げて、上下関係を教えてから改めて伊之助の話を聞いた。

 

「育手? なんだそりゃ」

 

 なんと、伊之助は育手を介さずに最終選別に参加したらしい。

 

「じゃあ、伊之助が使っている呼吸はなんだ? 誰かに教わったんじゃないのか?」

「腹にガッと力入れて肺臓をグッと広げて心臓をギュッギュッて締めるんだよ。お前らもやってんだろ」

「いや、え? なんの呼吸なんだ? 俺とまれちーさんは水の呼吸だけど」

「は? なんのってなんだよ。適当に獣の呼吸って呼んでるけどよ、我流だっつの」

「へー」

 

 善逸、へーじゃない。

 おじさんも私や善逸が見せた呼吸を真似て社畜の呼吸とかいいながら地味な技能を見せびらかしてキャッキャ喜んでいたけど、伊之助のこれはそんな程度の低い話ではない。

 新しい呼吸が生まれることはある。しかしそれはあくまで基本となる五つの呼吸から派生しているのであって、その根っこは似通っている部分が多い。基本の呼吸のどれかを習得してから、自分に合った形を探し、自分なりに改良を重ねて最善を目指し、才ある剣士が派生させるに至るのだ。

 それをこの野生児はあろうことか、呼吸という概念を誰にも教わらないまま、基本の呼吸の習得という段階をすっ飛ばして全く新しい呼吸を編み出したのだ。

 おじさんが言っていた。天才とは零から壱を作る者のことを言うのだと。新たな道を切り開く先駆者のことなのだと。

 もう一度、横を歩く伊之助を見る。

 上半身裸で、猪の顔を被り、基本声がでかい。常識が通じず、会話も基本成り立たない。

 おじさん曰く、天才とは常人が持つ何かを失った代わりにある能力が秀でるものである。

 なるほど。

 なんか、自分が天才じゃなくてよかったと思った。

 

 

 

 烏が私たちを案内した先は、藤の家紋の家だった。

 背の低い老婆が私たちを歓待してくれて、三人のために医者まで呼んでくれた。私は怪我をしなかったので医師の診断を受けなかった。いくら鬼殺隊を無料で世話してくれると言っても、無駄な費用を掛けさせるわけにはいかない。

 善逸は正一君を助けた時に後頭部を打ち、右肋骨の低い所、十一番と十二番を骨折していた。

 負傷が明らかとなった三人は同じ大部屋で並んで横になっていた。それを見届け、私は屋敷の中庭に出た。

 簡素な作りの庭である。京にあるような侘び寂びを意識するような作りではない。わずかばかりの木々と申し訳程度の岩がコケとともに置かれているくらいだ。雑草の手入れがされているあたり大切にされてはいるのだろう、風と虫の声が相まって居心地は良いものだと感じた。鬼殺隊員の療養としては申し分のない環境である。

 縁側に正座し、脇腹に手を当て、呼吸を整える。

 

 善逸のあれは、名誉の負傷と言える。

 善逸がいなければ間違いなく正一君は二階から落ちて、よくて大怪我、受け身も取れない彼では死んでいてもおかしくなかった。

 妻としては大変喜ばしいことである。誇ってもいい。私が見初めた夫は、子供のために命を賭けられる男なのだと。

 だが、だがだ。

 善逸の盾となると誓った身としては、到底許されることではない。

 あの時分断されたのは私の油断だ。

 私がもっと警戒し、片時も離れずにいれば防げた事態だった。

 腑抜けている。藤の山で鬼を切りすぎたからか、その後善逸と受けた任務が想像以上にうまくいったからか、あの時私は緊張感が足りなかった。

 自戒せよ。自制せよ。自省せよ。

 痛みを以って教訓と為せ。

 おじさんも言っていた。痛みがなければ覚えませぬ、と。

 

 

 パキッ

 

 

 思ったよりも乾いた音だった。

 

「ぐ、ぅうう……」

 

 それは私の肋骨の音だった。

 右手が添えられた脇腹を抉る指。右の十二番。善逸が折ったのと同じ場所だ。

 次は、十一番。

 

「が、うぁ」

 

 痛みで息がつまる。額に汗が滲む。普段なら呼吸を集中させて痛みを抑えるところだが、今はあえてそれをしない。

 これは、善逸が得たものと同じ痛みだから。それを誤魔化してどうする。痛みから逃げるな。

 これは言ってみるなら躾なのだから。

 痛みをもって覚えるのだ。

 この身は善逸の盾なのだと。

 善逸のために生きるのだと。

 

「は、はは」

 

 思わず笑みが漏れた、が、それくらいはご寛恕願いたい。なぜ笑いがでたのか、自分でもわからないのだから。

 

 よし。

 これでいい。

 この痛みがある限り、私はきっと忘れない。




おじいさんに百人一首を読み聞かせられた、という幼少期言語教育を受けた少年のセリフ

「今この刹那の愉悦に勝るもの無し‼︎」
どんな頭してんだ、脳みそ木原か(褒め言葉

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