鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第14話 蜘蛛

 超美人なんですけど。

 

 

 竈門少年の妹の話である。

 自分への躾を終え私に割り当てられた部屋に行く道すがら善逸たちに挨拶しようと彼らの部屋に立ち寄ると、いたのだ。とんでもない美少女が。

 赤く裂けた瞳とか口に咥えた竹とか、そんな負の要素をものともしない圧倒的美少女だ。

 まじか、竈門少年まじか。あなたの家系はどうなっているんだ。

 というか、明らかに竈門少年が背負う箱に収まる大きさではないのだけれど。

 え、背丈を自由に変えられる?

 布団から出て善逸とわいわいやってる竈門少年に声をかける。

 

「もしかしてご両親は孤児を拾って育てたとかですか? あなたのご両親はお優しい方だったのですね。よかったですね竈門少年」

「確かに俺の両親は優しかったけど! 禰豆子は実の妹だし俺は父親似だ!」

「そう、ですか……良いご両親だったのですね」

「あ……ご、ごめん。まれちーさんは両親との思い出が」

 

 竈門少年が眉を下げて謝ってきた。ちょっと素直すぎるのではなかろうか。

 

「炭治郎、誤魔化されるなよ。まれちー今炭治郎を遠回しに醜男と言ったことから話そらそうとしてるだけだぞ」

「それは邪推というものです。いるんですよね、そうやって疑心暗鬼になって自分から人間関係にヒビを入れる人間って。周りからすれば勝手に思い悩んで勝手に攻撃的になったり、いきなりこっちを無視するようになるから正直意味がわからなくて混乱するんですよね。いいですか、あなたが思うほど世の中はあなたに興味はありません、好き嫌いの感情をいちいちあなたに持っていたりしないんです。大体はあなたに対して無関心なんですから、普通にしてりゃいいんですよ普通に」

「まれちー、喋り方までおっさんに似てきたぞ。なんなの? お前とおっさんて生き別れの親子なの?」

「あんな胡散臭い喋り方に似てるとか……失礼すぎます。謝罪してください」

「まれちーの方がよっぽど失礼だよ、そっちこそおっさんに謝っとけよ」

 

 というか善逸。さっきからちらちらと妹さんを見ているのはどういうことだ。

 ねえ善逸?

 善逸?

 

「ひぇ」

 

 怯えたふりをしてもダメです。ねえ善逸。私の目を見なさい。私の目のことは知っているでしょう? あなたや竈門少年がその鋭い五感で相手の嘘を看破することができるように、私は相手の瞳孔や眼球の動きを観察することで嘘を言っているかどうかがわかります。

 善逸。

 ほら善逸。

 私を見なさい。

 私の目を見なさい。

 ほら。

 

 

 

 

 まあ、私に善逸の行動や感情を束縛する権利はない。

 いくら求婚され、それを受け入れた相思相愛の関係とはいえだ。

 そも浮気や不倫が問題とされるのは、まずその男女の関係が結婚という公的な書類によって定められた関係である場合と、もう一つは不倫相手との間に子供ができた時に親権など面倒くさい問題が沸き起こるからだ。つまりこれらの問題は私と善逸の関係には全く当てはまらない。婚姻届は提出できないし、まだ清い関係である私たちの間に子供なんてできるはずもない。つまりあなたが別の女と子供を作った場合、そこにはなんの違法性もなく、ただ私が身を引く以外にない。

 それに、まあ、わかっているのだ。

 善逸からの求婚の言葉は、単にあの山で追い詰められていたが故に出た、中身の伴わない言葉であることなんて。

 愚かな善逸が、何も考えずに口を滑らせただけだということも。

 そんな言葉にすがりつく、私が最も愚かだということも。

 

 

 

 

 

 藤の家紋の家を出立し、伊之助が竈門少年を質問ぜめにして、竈門少年が脚を早めて返答から逃げたりと、そんな賑やかに向かった先は、那田蜘蛛山という鬱蒼とした木々に覆われた山だった。

 到着したのが夜であったこともあって、麓から見える山道も先が全く見通せない。

 はっきり言って不気味だ。

 鬼殺隊員である私たち四人を同時に送り込むあたり、厄介な鬼が巣食っているに違いない。

 それを察知したのか、いざ入ろう、としたところで善逸がごね出した。

 

「待ってくれ! ちょっと待ってくれないか!」

 

 キリっとした顔で何を言い出すかと思ったら、山が怖くて入りたくない、だと。膝を抱え込んで座る不動の構えで不安を主張している。

 

「なんだお前、気持ち悪いな」

「お前が言うなよ猪頭!」

「善逸、生き恥を晒すのは辞めなさい」

「まれちーが言うの⁉ ん? おいあれ」

 

 善逸が指差したのは、山から這い出てきた鬼殺隊員だった。負傷し消耗しているようで、満足に立つこともできないようだ。竈門少年と伊之助がいち早く駆け寄っていくも、その隊員は背中に張り付いていた糸に引っ張られ、山の中へと釣り上げられた。

 悲鳴ごと山に呑み込まれ、山の騒めきだけが余韻のように残った。

 あっという間の出来事だった。

 ここまで人の恐怖を演出する展開もそうはないだろう。善逸の顔色などすでに土気色で過呼吸まで起こしている。

 そんな有様を前に、竈門少年と伊之助は言うのだ。

 

「……俺は、行く」

「俺が先だ! 腹が減るぜ!」

 

 まじか、二人ともまじか。

 今のを見て即断できるのか。何があるかもわからないのに。

 もう少し情報を集めてから行くべきか、とも思うが、しかし烏が何も言わない以上、恐らくこの山に鬼がいる、以上の情報を上層部も得られていないということだろう。

 それは言い換えれば、この山に入った諜報を主任務とする鬼殺隊員が誰一人生きて帰っていない、という絶望的な状況ということだ。先の宙を舞った隊員のことを鑑みるに、逃げ出そうとした隊員すらああして連れ戻される、牢獄のような状況になっているのだろう。

 

「……まれちーさんは?」

 

 竈門少年がこちらに振り返り問うた。その目には怯えが見える。彼だって、山に入ることが恐ろしくてたまらないのだろう。それでも行く。なぜなら、ここにいる鬼が恐ろしければ恐ろしいほど、強ければ強いほど、妹さんを人間に戻す手がかりとなりうるから。

 しかし私や善逸にはそんな事情はない。中の状況がわからない以上、情報を集めることも任務の一つであるわけで、今目にした光景を伝えに戻ったとしても任務違反とはなるまい。だからここで戻ったとしても竈門少年はこちらを責めないだろう。どころか、きけんだから入らないほうがいい、とすら思っているかもしれない。

 

「私は善逸について行きます」

 

 善逸は、未だに地面に座り込んだままだ。それを見て竈門少年は、ただ一言「わかった」とだけ言って、伊之助の背中に従って山に入っていった。

 

「……」

「……」

 

 しばらく私たちは無言だった。

 善逸は帰るのでもなく、しかし山に向かうでもなく、座り込んだまま動かなかった。

 思いつめた表情で、膝を抱えたまま地面を見つめている。その隣でちゅんちゅん鳴く雀も無視して。

 

「……軽蔑しただろ」

「何をですか?」

 

 突然どうした。

 

「何をって、俺をだよ。あいつらが山に入るのを黙って見てるだけでさ」

「そうですね」

「俺嫌われてんのかな。説得されたら俺だって行くからね? なのに俺を置いてさっさと行っちゃってさ」

「つまり行きたいんですね」

 

 私の言葉に、善逸は顔をあげた。

 

「私は知っています。あなたが誰よりも臆病で、優しいこと」

「……だから、それは前聞いたって」

 

 はは、と善逸は笑った。

 

「怖いんだ。鬼が怖いし、怪我するのも死ぬのも怖いんだ」

 

 でも、と善逸は言う。

 

「期待されないのは辛いんだ。諦められるのが嫌なんだ」

 

 そして、彼は立ち上がった。

 

「俺は、期待に応えたいんだ」

 

 善逸は私に振り返った。

 

「俺の師匠とか、おっさんとか……まれちーとか、俺にいろんなことを教えてくれた。それが、それが無意味なんかじゃないって、そのおかげでいろんな人を守れるようになったって、証明したいんだ」

 

 震える足で立ち、震える声で語られる思い。恐怖に開ききった瞳孔と、引き攣る喉と頬の筋肉を見て、思う。

 誰よりも臆病で。そんなあなたにとって、ただ立つだけのことにどれだけの勇気を振り絞っているのか、私には見ればわかる。

 たかがそれだけのこと、と人は言うかもしれない。

 でも、だからこそ、私はあなたが愛おしい。

 物心ついた頃から孤児で、怒りも悲しみも、全て他人からの受け売りでしかない私の中には、どこを探しても存在しないあなたの感情が、とてもとても愛おしい。

 だから私は、もっともっと、あなたの感情を見ていたい。

 

「証明しましょう。あなたがどれだけ強くなったか、見せつけてやりましょう。私があなたの前を守ります。あなたの横で支えます。あなたの背中を押してあげます」

 

 説得してほしいならしてあげよう。

 私にはあなたを束縛する権利なんてないし、何かを強制できる立場でもない。あなたの意に添わぬことはしないしできない。でも、あなたが本当に望んでいることなら、ほんの少しだけ、背中を押してあげよう。それだけであなたには十分なはずだから。

 

「ほら、善逸。だだこねて生き恥晒してないでさっさと行きますよ」

「……もう少し言い方あるだろ」

 

 おじさんが言っていた。

 こういう男は、妻の尻に敷かれるくらいでちょうどいいのだと。

 

 

 

 

 

 

 一言で言えば、気持ち悪い。

 那田蜘蛛山という名前に肖っているのか、無闇矢鱈と蜘蛛が多い。

 小さな蜘蛛があちらこちらからかさかさとこちらを狙って忍び寄ってくる。善逸に集ろうとするやつはペシペシとはたき落としてやっているが、先ほど私は善逸の手首にいた蜘蛛に気を取られ、自分の踵を噛まれてしまった。

 すごい痛い。

 なんなんだろう、少し腫れてきたし、絶対なにか毒を持っていたに違いない。

 

「なんなんだこいつら、もーカサカサうるさいし。いや蜘蛛も一生懸命生きてんだろうけどさ」

「この数ですと、善逸の聴覚では大層耳障りでしょう」

「あと、すごい臭くない? 炭治郎大丈夫かな、臭すぎて気絶してないかな」

「伊之助がまともに介抱できるとも思えませんしね。早く合流しなくては」

 

 がさ、と一際大きな音が背後かで響いた。ビク、と背中を震わせた善逸はその驚きを誤魔化すように大声で、

 

「もーーー! いい加減うっさい! じっとして!」

 

 そこにいたのは、人面蜘蛛だった。

 

「こんなことある⁉」

 

 叫び、雷の呼吸まで使って善逸は駆け出した。気持ちはわかる。だって人面蜘蛛だ。しかも舌?を伸ばして針をこっちに打ち込んでこようとする。スパっと首を落としたが、こんな意味のわからない鬼が存在するのか。蜘蛛というだけですでにギリギリであるが、それに人の頭が合体して悍ましいにもほどがある。ここまで人間の形を失った鬼は、藤の山で鱗滝と叫んでいたあいつくらいだ。

 逃げた善逸を追うと、森の木々が切り開かれて広場となっている空間に出た。山に入って以来見ていなかった星空が覗き、その真ん中には何本もの細い糸で宙吊りにされた小屋と、吊るされた人が何人もいた。彼らは鬼殺隊の隊員もいれば、一般人もいた。おかしなことに、その手足が徐々に縮み、異形の形へと変貌しているようだった。鬼殺隊の人間はまだ変化が少ないが、一般人の方は、頭髪も抜け落ち、さっき私が殺した者とほとんど同じ形になってしまっている。

 

「え、ええ? 人が蜘蛛になってんの?」

「その、ようですね」

「お前もすぐこうなるぜ」

 

 声が、空中に吊るされた小屋から聞こえた。

 中から出てきたのは、先ほど見た人面蜘蛛の十倍はある、成人男性より一回りは大きい蜘蛛型の鬼だった。全身に毛が生えた、悍ましさも十倍のどぎつい鬼だった。

 

「うわ話しかけられた、俺あんなのと会話したくないんだけど」

「何を好き好んであんな体型を選んだんでしょう」

「禰豆子ちゃん見る感じ、体格とか融通が利くみたいだしな。趣味であれを選んでんならなおさら近づきたくない」

「多分人間だったころから友人もいなかったでしょうね」

 

 あ、蜘蛛鬼が明らかに苛立った顔をした。

 

「お前、蜘蛛に噛まれただろう」

 

 善逸が首を傾げた。

 私の体が強張った。

 

「痛みがあったろう? 毒さ。毒を打ち込まれた痛みだ。なんの毒だと思う? くふふ」

 

 ニタニタと、いかにも陰湿そうないやらしい笑みを浮かべながら、蜘蛛は言う。

 

 

 

 

「蜘蛛になる毒さ」




社畜の呼吸については、参ノ型『堅白』、漆ノ型『阿り』、玖ノ型『排人』が今のところ決まっています。

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