鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第19話 拉致

「我妻隊士」

 

 緊急事態だ。

 私の屋敷は、鬼に効果のある毒や鬼の毒に対する治療薬の研究所でもある。あそこの資料は隠してはいるし、カナヲもいるから滅多なことはないだろうが。

 それ以上にまずいのは我妻隊士だ。

 皆が報告に来た隠に注目している間に少年に語りかける。

 

「今、お館様と柱の前で誓いなさい。自分を人質にし脱走したまれちー隊士を必ず捕獲し、自決させると」

 

 鬼殺隊の隊士の質が落ちていることは私も感じていた。そんな中でこの少年の才能は実に惜しい。呼吸の常中も既にこなせているようだし、その才の片鱗が伺える。耳がよく、かつ雷の呼吸の使い手であるから、宇髄さんあたりに継子として推薦しようか。

 そんなあれそれも、結局はこの局面を乗り切れるかにかかっている。

 我妻隊士は目を閉じ、俯いたまま答えた。

 

「人質になんかされてない、です」

「誓うだけです。とにかく今は周りを納得させられればいいのです。捕獲したら私に引き渡しなさい。眷属化を治療し、鬼殺隊として復帰させてみせます」

「……俺に、まれちーを殺すと、口にしろと?」

「そうでなければあなたは切腹ですよ、彼女がそんなことを望んでいると思いますか」

 

 少年が歯を食いしばる。苦痛に耐えるように。ただ言葉にするだけのことがそこまで苦しいことなのか。

 

「対面した柱である私と当事者であるあなたの証言があれば、隊律に反したのではなく単なる癸の失態として皆に主張できます」

「代わりにまれちーを悪者にして、ですか」

「悪者にする、というより既に裁判では彼女の死は決定しています。あとは鬼として滅殺するか人として自決させるか程度です。それも、このように逃亡させてしまった時点で滅殺対象となりましたが」

「まれちーは、逃げてなんかない!」

「ええ、わかります。彼女は逃げない、恐らく攫われたのでしょう。あなたとまれちー隊士の会話は隠から報告を受けています。彼女なら、あなたを置いて逃げるくらいなら共に死んで同じ墓に入ることを選ぶでしょう」

 

 身を呈して、我妻隊士だけでも、と懇願した彼女だ。我妻隊士が裁判に出廷していることを知りながら置いて逃げる、なんてのは不自然にすぎる。

 

「彼女を救いたいなら、誰よりも先にあなたが彼女を捕獲しなければなりません。あなたが死ねば、鬼殺隊はいつか必ず彼女を斬る。わかっているでしょう?」

 

 我妻隊士は固く目を閉じ、息を大きく吐いた。肩を落とし、全身を脱力させて、

 

「……なにやってんだよおっさん」

「? 何か言いましたか」

「いえ、どちらが鬼だ、と思いまして」

「?」

「あなたは言いました。鬼は保身のために嘘ばかり吐くと。それは、俺がこれから吐く言葉と何が違うんだ」

 

 長く逡巡した後に、我妻隊士はお館様や柱たちに聞こえるよう、大声で誓いの言葉を口にしてくれた。

 自分の愛しい相手を売る、保身に塗れた言葉であった。

 そんな言葉を言わせてしまったことに、申し訳なさを覚えた。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 いつのまにか寝ていたようだった。

 大きな揺れと腹部の圧迫感がなんとも不快で、そのせいで目が覚めた。目を開けると景色がものすごい勢いで後ろに飛んでいく。風が強くて目を開け続けることも難しい。

 

「お、目が覚めたか」

 

 知らない声だ。

 声の感じからすると女性か。どうやら私はこの女に荷物のように腰を右腕で抱えられているようだ。腹を絞り上げる腕力がとんでもない。揺れも相まってはきそうだ。

 

「な、なんですかあなたは。ここは」

 

 抵抗しようにも体に力が入らない。胡蝶しのぶから受けた毒の効果とは違う、全身が石のように硬直して、どれだけ力を入れてもまるで四肢が動かないのだ。

 体を見下ろせば、全身が赤い糸で……赤い糸? 

 

「これは⁉」

「体が動かんだろう、これは私の上司から分け与えられた異能だ。といってもまだまだ上司の方が扱い方が上なのだが」

 

 上司から? そんなことができるのか。なんだそれは。しかもそれで手に入れた能力がこれって。その上司ってもしかして。

 

「そんなことより、私を元の場所に戻してください! 善逸が」

「ん、隷属が解けているか。伍の奴は鬼舞辻様から眷属を作る異能を与えられていたからな。まったく、ちょっと可愛らしい見た目だからって贔屓されて調子に乗っていてな。山に引きこもって家族ごっこやってるだけのガキのくせに、死んでせいせいしたわ」

 

 私に話しかけるでもない、ほとんど一人言のようにぐちぐちと文句を垂れ流す女。なんだろうこの感じ、すごい久々なんだけど。

 目的はただ一つ、と私を抱える女性は言う。

 

「私の上司がな、眷属化の能力が欲しいというのだ。無能でいいから忠実な、命令だけを遂行する『無能な怠け者』な部下が欲しいとかなんとか。だから、私が知ってる眷属化の異能持ちを捕まえてだな、上司に献上するのだ。あの上司は他の鬼から異能や体質を継承する異能を得てな。吸収を得意とするあの上司にはうってつけだった。それを与えられて、最初に選ぶ異能が眷属化とは」

 

 社畜の鏡だ、と女性の鬼は笑った。聞き覚えのある単語だ。

 

「ところが私が山に着いた時には、那田蜘蛛山の鬼は伍のをはじめほぼ全滅していてな。どうしたものかと思っていたら貴様が残っていたんだ。貴様、眷属化の異能は継承しているだろう?」

「継承、ですか?」

「眷属化についてなぜか知っていたり、使い方がわかってたり」

「え、えぇ、まぁ」

「やはりか! そうかそうか、それは重畳。日頃の行いだな、朝昼晩と鬼を食べてきてよかった。上司が言うには、1日の生活周期を毎日一定にしろ、そのために食事は三回決まった時間に、などと個人的な部分にまで小言を言ってくるのだ。どう思う?」

 

 どう思うってなんだよ。なんだその抽象的かつ答えにくい質問は。否定したらこの女の不興を買うし、肯定すれば私の言葉としてその上司さんに伝えられるかもしれない。

 

「食料をそんな定期的にとれるはずがないだろう? そういった現場の事情や苦労を知ろうともせずに理想論だけを押し付けてくるのだ。まったく困ったものだ」

「あ、あの」

「いや、もちろん上司から吸収用の異能を分けてもらったのだがな? その赤い糸がそうなのだが、あの上司は鬼になった直後からこれが使えたから、食事に困ったことがないのだ。そのせいで食事一つにも苦労する我々の事情に理解がないのだ」

 

 一言でいうとあれだ、この鬼すごい面倒くさい。もう相槌打つのも疲れてきたんだけど。

 なんでこの鬼、人の話を聞いてくれないんだ。

 私は善逸の許に帰らなくてはならないのに。

 私を待つと言ってくれた。私を信じて、いつか私の罪を償い終える時まで待ってくれると。

 牢から抜け出してしまえばその信頼を裏切ることになりかねないし、というか、裁判の結果に影響が出るのではないだろうか。

 裁判はどうなったのだろう。

 その結果を聞けずになぜかこんな、どことも知れない場所にいる。

 というか本当ここどこ。

 裁判からどれくらいの時間が経ったのか。

 

「いい加減私を解放してくれませんか」

 

 とにもかくにもまずはそれだ。

 

「そこで私は上司にこう言ったんだ、あなたの同期にはいいとこに就職して……なんだって?」

「だから、私を解放」

「するわけないだろう」

 

 女は、いかにもこちらを小馬鹿にした口調で言った。

 

「先ほども言ったぞ、貴様の異能を上司に献上すると」

「だから、それはどのように?」

「血を呑み干して、だ。鬼の異能は血に宿るからな。これが体質のようなものであれば肉まで食らう必要が出るが。さ、着いたぞ」

 

 急激に減速する。

 やってきたのは、森の奥深くに佇む一軒家だった。

 洋風で、窓一つ一つにデザイン的工夫が凝らされている。

 そのうちの一つ、開いている二階の窓から鬼女は私を持ったまま飛び込んだ。窓の桟に両足を乗せ、私を床に転がしてから頭を下げた。

 

「依頼されていた品、探してまいりました」

 

 赤い糸で縛られたまま仰向けになって床に転がる私は、部屋の奥、机に座って何か書き物をしている男の顔を見上げた。

 端的に言えば、胡散臭い顔だった。

 まずその笑みが胡散臭い。似合いもしない笑顔で素顔を隠して、ずっとこちらとの間に線を引いた態度をとっていた。

 次にその喋り方が胡散臭い。下手くそな敬語と、営業とーくなる謎の南蛮語の組み合わせは誰が聞いてもこいつは自分に敵意があるのだと誤解させるようなものだ。

 

「ん、うん」

 

 生返事とともに万年筆が走る音が途絶え、男がようやく私に目を向けた。

 一度私の顔を見て、書類に戻り、そしてまた私の顔を見て目を見開いた。

 

「まれちー?」

「お久しぶりですねおじさんこの野郎」

 

 実に半年ぶりの、おじさんとの再会だった。




短いですが今回はここまで。
テストが近づいてきたので次の日曜日まで更新をお休みします。

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