鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第2話 少女に出会った

 俺の超能力は普段、というかこの殺伐とした山の中では全くと言っていいほど役に立たない。触手が伸びるだけだし。脆いし。

 しかしその利用法を一つ思いついた。

 血の選別である。

 新種猫どもの血の中には良い匂いがする血が混ざっている。

 あれ、猫の血全てが芳しいというわけではないっぽい。

 この間、襲いかかってきた猫を一匹ボコボコにしてやったわけだが、そいつの血をぎゅっと搾り取っていろいろ調べてみたのだ。

 やつらの血は、実は基本的には臭い。ガソリンのような、腐った油の匂いがする。しかしその中にごく僅かに混ざっているのだ、芳醇な香りが。恐ろしく淡い香り、俺でなきゃ見逃しちゃうね。見逃すというか、嗅ぎ逃す?

 ただやっぱり、その香りを嗅ごうとしてもその周りの腐った血が邪魔をする。気分良く香りを吸い込めないのがすごいいらいらする。おえってなる。もちろん飲もうものならガソリンの風味が舌を支配してひどいことになる。よくあの新種猫どもはこんなくっさい血を奪いあえるものだ。

 というわけで、それをどうにか分離してやろうと考えた。

 良い香りの強い部分を俺の血の触手でより分けるのだ。

 おれの触手は力こそ弱いし脆いしで、サバイバルではまったく役に立たないが、こういった精密さを求められる作業では結構使えるようだ。破壊力E、スピードE、精密動作性A、みたいな。ピストルズみたい。ただし射程距離はCくらい。

 

 

 

 

 

 しばらくの試行錯誤の末、血液中だけでなく、新種猫の体細胞中に含まれる良い匂い成分まで抽出することに成功した。

 やり方は結構簡単だった。

 まず俺の血の触手を相手の体の中に伸ばす。相手が急に動くとそれだけで触手はちぎれちゃうので、予めガチガチに固定しておくか、切り落とした四肢なんかを使うといい。

 体内に入った触手から細かい枝をたくさん生やす。その枝に使うのは相手の血だ。俺の血は、他者の血と混ざることでその支配圏を広げることができるっぽい。これは、実験のかなり後期になって気づいたことだ。

 で、その支配圏が血液のみならず、細胞内液やらリンパ液やら、あらゆる体液に及んだところで選別を行う。いい匂い成分は伸ばされた俺の血の枝の内側を通って俺の下まで運ばれる。

 で、集めたいい匂い成分を竹で作ったコップに注いで、ワインを嗜むようにして香りを嗅いだり飲んだりする。

 一匹の新種猫を固定してからいい匂い成分を抽出し終えるまで大体1時間と言ったところか。しかも取り出せるのは一匹につきせいぜい数滴といったところ。練習すればもうちょい短い時間で効率よく回収できそうだけど、どうかな。まあ練習台はいっぱいいるしね。

 というか、いい匂い成分を搾り取ると猫の体がボロボロと崩れて死ぬんだけど、これなんぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 一匹ボコボコにしては隠れ家にしている洞窟に連れ込み、いい匂い成分を抽出する血抜き作業に精を出す。そんなことを繰り返していたある日、外が随分騒がしいことに気づいた。

 せっかくいい匂い成分の抽出に集中していたのに、なんだってんだ。

 木に登ってあたりを見渡すと、なんか知らない子供が大量に山に入ってきた。

 この山の麓には有毒ガスが充満しているのに、平気なのだろうか。みんなすげえ元気に駆け回ってる。

 でもそんな派手な音立ててると、あー食われた。

 この山は新種の肉食猫が大量繁殖しているのだ。俺がどれだけ実験に利用してもまるで減る気配がない。多分どっか人目のつかないところで盛ってるんだろう。

 こいつら、一回の出産で何匹くらい産むんだろうか。

 結構なペースで俺も消費しているのだが。

 まあいいや。足りないわけでもないし。

 

 で、だ。

 山に入ってきた子供の群れである。

 難民かなんかか? この時代にそんなもんがあるのか、とは思うけど。

 つうかこいつら刀で武装してやがる。まじか。どこの武装集団だ。ヤクザの討ち入りかなんかか。ヤクザが拾ったり拉致ったりした子供を武装させて鉄砲玉にしてんのか。

 確かに子供相手だと兵士は殺すことに躊躇を覚える、とかなんかの本で読んだことある、が、そんな人間の理屈は新種猫どもには通じない。どころか喜び勇んで子供を食らっている。

 まじか。人間とか何がうまいのか。

 少なくとも俺は、お前らがこっそり持ってるいい匂い成分の入った血の方が美味しく感じる。俺はグルメなんだ。

 

 そんな、自称グルメで毎日のように一番搾りの血をワインがわりに嗜む俺の鼻に、超いい匂いが漂ってきた。

 いつも味わってるいい匂い成分とは似ているようでまた違う香り。

 すげえ興奮するな。

 ちょっと行ってみるか。

 

 

 

 木から跳ぶ。木から木へと飛び移りながら宙を一気に駆ける。

 いい匂い成分を飲むようになってから、俺の身体能力はどんどん上がっていった。血の触手の精密動作性も上がって、新種猫の血中からいい匂い成分を選り分ける効率もガンガン上がっていった。いずれは日が沈むまでに一万の新種猫から血抜きできるようになるかもしれない。1日一万回、感謝の血抜きである。いずれは音を置き去りに……。

 

 

 

 件の匂いの下までたどり着くと、そこには一人の少女がいた。小学校の高学年くらいか? 痩せてて小さいからもしかしたらもっと年上かもしれない。

 半泣きで刀を振り回している。黒髪に和装であることはこの山に来た他の少年少女と変わりないが、動くたびにその濃厚かつ芳醇な香りが撒き散らされている点が他とは大きく違う。

 まじか。少女まじか。

 やべえな。ティーンエイジャー相手に興奮してきた。

 で、その少女が刀を向けているのは、まあもちろん新種猫である。しかも複数。こいつらもなんか、いつになく興奮している。まれちーまれちーとみんなおかしな鳴き声をあげている。それともあの少女の名前がまれちーというのか。愛称かなんかだろうか。しげちー、みたいな。大人気だな少女。

 とにかく、すげえうまそうな血の匂いがする少女を雑に食い散らかされるのは我慢ならん。俺はグルメなんだ。美味しいものはちゃんと美味しくいただかなければ食材に失礼である。

 というわけで、少女に集ろうとする新種猫どもを後ろから血抜きしてやった。

 こいつら新種猫は、体の中にあるいい匂い成分を全て抜かれると体がカサカサのボロボロになって消滅するのだ。バイオハザードのゾンビも気づいたら死体が消えてるしな。

 颯爽と駆けつけ、自分を付け狙う猫どもを片付けた俺に少女の目は釘付けである。やだ気持ちいい。そうそう、もっと感謝して崇め奉って。俺ってば褒められると伸びるタイプだから。会社にいた頃無能扱いされてたのはあれだ、周りが悪い。怒鳴るだけで教育になると勘違いしてる自己満足野郎ばっかだったから。

 

「あ、あなたは……?」

 

 おっと、申し遅れてしまった。促されるまで名乗らないとは営業マンとして情けなし。私こういう者です、と名刺を渡す。もうどのくらい前かも覚えていないけれど、一度染み付いた動作はなかなか忘れないものだ。

 

「何、これ。読めません」

 

 何って、名刺だよ。知らない? 知らないか。そっか。まじか。

 ああ、そういえば俺ってタイムスリップしてたんだった。文明と離れて暮らしてたから忘れてたわ。

 とりあえずかがんで視線を合わせ、名前を名乗った。オレ、オマエ、キズツケナイ。久しぶりの営業トークでがっつり少女の信頼を得た。さすが俺である。

 どした? なんでそんな青い顔してんの。食ったりしねーて。ちょっと血をもらうだけだからね。先っちょだけ。先っちょだけだから。

 

 

 

 泣かれてしまった。

 解せぬ。

 

 

 

 なんとか落ち着かせて事情を聞いてみると、この山に入ってきた子供達は皆『鬼殺隊』なる武装組織に入るための選別試験を受けるんだと。

 勝手に山に入って来てサバイバル試験とかやめてほしいんですけど。

 超近所迷惑。

 あんまり子供とか好きじゃないんだよなあ。うるさいし。今も山のいたるところからでやーだのぎゃーだのチョトツモーシンだの、親御さんは何をしてるんだか。躾がなってないよね。新種猫も激おこである。そら喰われるわ。

 そもそも、その、鬼殺隊? なんだってそんな危ない組織に入りたいの。まだ十五かそこらの子供に刀持たせてこんなところに放り込んで、どう考えても普通じゃないでしょ。山には50人くらい入って来たけど、もう半分くらい死んでるよ? それを1週間? 全滅するに決まってんじゃん。

 ただの口減らしの姥捨山疑惑が浮上したんですが。

 つうかご両親は? と聞くと、なんでも鬼とやらに喰われてしまったのだと。

 だからその復讐のために鬼殺隊に入りたい、と。

 へー。

 つまり君は孤児なわけか。

 孤児が、育手というおじいさんに? 鬼殺隊に入るための修行をつけてもらって。で、ある程度育ったらみんなこうしてサバイバル試験を受けさせられて、七日間生き残ったら鬼殺隊に入って鬼と殺しあう任務に就く、と。

 まじか。大正時代まじか。

 さすが、まだ人権だのがとりざたされていない時代だ、命の価値が軽い軽い。孤児とかまじで一山いくらの世界だ。

 この時代に来て一番カルチャーショック感じてるわ。

 まあ、いいんだけどね。郷に入っては郷に従え。我らエアリーディング民族日本人。ここがそういう時代だっていうならまあ、それに阿るだけですわ。

 

 しっかし、どうすっかな。

 最初はさっさと血を少しいただいてさよならしようかと思っていたけど、ここでさよならしたらこの子死んじゃう。絶対死ぬ。

 つうか今も周りから視線感じる。新種猫どもがこの子の匂いに惹かれてギラギラした目で見つめてる。それに気づいたんだろう、少女も顔を真っ青にしてキョロキョロしてる。うん、ちょっと気づくの遅いかな。

 

「あ、あの、鬼に囲まれてます!」

 

 鬼? それってこの猫どものこと?

 

「猫!? いやこんな猫いるわけないでしょ! 鬼ですよ鬼! なんで鬼殺隊の選別で猫と戦うんですか!」

 

 あー、言われてみれば角生えてるし、牙も、まあ……そっか。猫じゃないんだ。そっかぁ……。俺が猫耳だと思ってたあれ、角なんだぁ。

 あれ、なんかショックだ。この山の生活も、猫に囲まれてると思ってたから耐えてこれたけど、え、これ猫じゃないの? じゃあ俺の今までの猫と触れ合っていた時間て全部、嘘?

 まじかぁ。

 腹が立ったので、足元にこっそり這わせたクリムゾンロードで、近くにいた新種猫改め鬼どもをまとめて血抜きしてやったわ。1日一万回(誇張表現)感謝の血抜きを続けた俺の血抜き速度はすでに音を置き去りにするから。日が沈むどころか余裕で南中だから。

 はーあ。

 騙しやがって、くそう。

 

 

 

 

 

 

 良いこと思いついた。

 最近、どうにも新種猫改め鬼どもを探す手間がタルいな、と思っていたんだよ。

 

「あの、なんで木に縛り付けるんですか。というかこの赤い縄なんですか」

 

 クリムゾンロードだよ言わせんな恥ずかしい。

 

 縛った少女から距離を置いてこっそり観察すると、まず一匹の鬼がやってきた。ぎゃーぎゃー騒ぐ良い匂いのする少女に惹かれてうへへへと気持ち悪い笑みを浮かべながらだ。

 

「なんだってこんなところに稀血がいるんだぁ?」

 

 まじか。

 鬼って喋れたのか。

 俺が相手してたのって獣みたいに暴れるかうろこだきーとかまれちーとか、そんな鳴き声あげる奴しか知らんぞ。

 んー、まあいいや。

 まれちーちゃん曰く、この山にいるのはみんな人食い鬼らしいし。殺しとけば世のため人のためじゃん。

 まれちーちゃんに集中してる鬼の背後に近づき、いけ、クリムゾンロード!

 

 

 

 

 助けてあげたのにめっちゃ怒られた。

 ガチ泣きで刀をぶんぶん振り回してきた。泣いてる顔も可愛いけど、ちょ、待てお前、刃物はやばいって、やば、

 

 ア”ーーーーーーッ!!

 

 

「な、なんですか今の汚い高音」

 

 これ、俺の声じゃないから。

 

「それはわかりますけど。右の方からですよね」

 

 そうね。行ってみる? どっからこんな声を出せるのか興味あるわ。

 

「おじさんって意外と鬼畜ですよね」

 

 はー? 鬼畜じゃないし社畜だし。そもそもおじさんじゃないしギリ二十代だし。

 

 

 

 

 

 

 二人で行ってみると、すげえパンクな髪した少年がこっちに走ってきた。

 

「来ないでぇ! 死ぬ死ぬ絶対死ぬイヤーーーーーーーッ!!」

 

 ひでえ声だ。なんでこんな汚い声で高音が出せるのだろう。

 つうかすげえ髪だ。黄色だよ黄色。なのに顔は日本人だから違和感すげえ。髪染めるにしてもなんだって黄色を選んだんだ。

 パンク君はこちらに気づいたものの足をまったく止めずに、

 

「お前ら逃げ、逃げろぉ! デカいの来るから! すげえデカいの来るから!」

 

 デカいのってなんだよ。

 

「うろこだきぃぃぃぃいいいい!」

 

 少年の背後から本当にでかいのが来た。

 聞いたことある鳴き声だ。

 でっか。

 腕とかたくさんあるくせに伸びるし。しかも硬いんだよな、こいつ。俺のクリムゾンロードだと刺さんない可能性が高い。

 めんどくさいなあ。まれちーどうする? 戦う? 無理? いやそんな必死に首振らんでも。よし、逃げるか。

 

 

 

 

 

 

 まれちーと、あとなんとなくパンク君と一緒に駆けた。あのデカいのはどうやら足はそれほど速くない。しかもこの山の中、木がわんさかと生えている。まともに移動もできまい。狭い道を選んでしばらく走って、無事に撒くことができた。

 で、パンク君であるが。

 

「ああああああ死ぬかと思ったつかもう死ぬ俺死ぬ絶対死ぬこんなの無理だって助けてじーちゃんああだめだじーちゃんにここに放り込まれたんだった俺嫌われてんのかなうあああ」

 

 独り言うるせえ。

 さっきからぶつぶつずっと弱音吐いてる。

 相手にするのもなんだか億劫なので、再びまれちーを木に縛りつけようとするも、俺の気配を察したのか警戒心むき出しで刀に手をかけた。

 オレ、シバル。オマエ、ネル。オニ、アツマル。オレツヨクナル。

 営業スキルを駆使した説得を試みるも無駄に終わった。

 解せぬ。

 

 

 まれちーが腹減ったとのたまうので、まれちーの後ろから近づいてきた鬼から搾りたての血を分けてやった。おれの一番好きな部分だ。

 なのにまれちーの野郎、断りやがった。

 すげえ首を横に振るのな。頭千切れてもしらんぞ。

 なんでそんな嫌がるのよ。血のなかでも特にいい匂いのする部分だぞ? 力も湧くし。

 

「いや、それ絶対鬼舞辻の……」

 

 きぶ、なんて?

 

「ま、待って! 言ったらダメ! えっと、血よりも肉! お肉が食べたい、です」

 

 肉がほしい? うさぎとか?

 あー、確かにその辺にいるな。鬼って飯食う必要ないみたいだから、実はこの辺てうさぎとか猪とか食用の動物の宝庫だったりする。人間に対して全く警戒心がない。

 飯食わないと言えば、前に鬼を縛ったまま一ヶ月くらい忘れて放置していたんだけど、余裕で生きてたし。鬼ってすげえよな、最期まで元気たっぷりだもの。

 ともあれ、確かに初心者に血はきついか。

 というわけで狩ってきました、イノシシ。これをクリムゾンロードで完璧に血抜きして、まれちーが持ってた日本刀でいい感じに肉を切る。7割ほどは干し肉にして、残りはまれちーが持ってきていた火打ち石で火を起こしてバーベキューである。

 もちろん野菜なんて軟弱な輩は存在しない、肉オンリーだ。

 毛皮はどうすっかな。いる? いるんだ。毛布がわり? へー、そういや俺も時空を越えて数日してから寒さとか感じなくなってたな。……あの顔面傷男、今どこにいるんだろ。いつか官憲のもとにしょっぴいてやるぜ。

 というかもしかして、あいつもまれちーの言う鬼なのかもしれない。顔怖かったし、髪もツンツンしてたから、あの中に角を隠してたのかもしれない。

 だとすれば官憲に渡すわけにはいかんな、おれを可哀想な人扱いしたおっさんみたいに殺されるかもしれない。

 よし、見つけたら血抜きしよ。

 

 

 つうか別にまれちーを縛らなくても、ただそこにいるだけでまれちーは鬼を引き寄せることに気づいた。

 だからこれからはそのままの君でいてくれ、必ず俺が守るから。

 イケメンフェイスで言ってみたら、まれちーてば顔を真っ赤にして切りかかってきた。

 ははは、おいおいそんなに照れるなよ。暴力系ヒロインは今時流行らんぞ? あ、でも今大正か。てことはかなり時代を先取りしてんな。すげぇ、最先端じゃん。

 

「縛る必要無かったじゃないですか! もう、もう、もう!」

 

 それな。

 

「なあ、ちょっといいか?」

 

 誰? と思ったらパンクヘアーの少年だった。汚い高音かこもった独り言しか聞いてなかったから普通の声が逆に違和感あるわ。なに?

 

「えっと、鬼殺隊の選別で鬼と一緒にいるのってどういうことなんだ?」

 

 鬼? 誰が?

 聞けば、二人して俺を指差してきた。

 

 

 

 

 

 え、俺?


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