まだ寝てないので気分的には日曜日です。
なんでまれちーすぐ簀巻きになるん?
実は簀巻きが気に入ってたのかな。古巣に帰ってくるシャケ的な本能でまた簀巻きになるために戻ってきたと。
「勝手なこと言ってないで解いてくれませんかねおじさん」
「おい貴様、上司殿に向かっておじさんとか言うな。実は本人気にしてるんだぞ」
は? 気になんてしてねーし。夏至ちゃん勝手なこと言わないでくれる?
「あなた夏至というのですか」
「上司殿に新たに名付けてもらったのだ」
あだ名で呼びあった方が親密さが増すというか、アットホームな感じでしょ。他にも冬至とか立春立秋と揃えていく予定。
「上司殿は前髪で隠してはいるがな、後退した生え際を毎朝鏡でみては溜め息をついていてな。鬼になると体がその状態で固定されるからワカメを塗りたくったところで新しく生えたりしないと、何度言っても諦めきれんようで」
そんなのわかんねーじゃん! 鬼の再生力とワカメパワーが化学反応起こしてなんかこういい感じになるかもしれないじゃん! あと気にしてるわけじゃないし禿げてもいないからな!
「今机に積み上がっている書類の山もな、老いて禿げた鼠を鬼化させたものにワカメやら何やらを塗る実験の結果をまとめているところだ。正直もっとためになる仕事をやって欲しいのだが……熱狂的な鬼に知られれば本気で殺しに来るぞ、鬼舞辻様の血を鼠に与えるとはーて」
ほっときゃいいんだよ、そんな個人の価値観に口出ししてくる輩なんて。公私を分けずにプライベートにまで口出ししてくる同僚とかマジいらないじゃん。勤務外まで社訓やらを生真面目に守ってるやついてさ、最初は模範社員的な扱い受けてたけど調子に乗った結果上司にまで煙たがられて、最後はナイジェリアの新支社設立って名目で飛ばされてな。俺が正しい、が口癖だったアホだから当たり前なんだけど、そんな辞令出されても辞めなかったあたり本物だわ。
それにさ、塗るだけじゃなくてさ、ワカメの粘液を細胞一つ一つの核の中に直接突っ込んだらどうなるかとか、俺の血鬼術使えば色々とできることが多いしやりたい実験もいっぱいあるわけ。鬼の特徴や本能を出さない、日光に弱くなるだけの不老不死の薬の開発とか。鬼舞辻さんの血からなんとか作れそうだし、これあれば政府高官とか余裕で買収できるよね。
「暇そうですね、こちらは善逸と逸れてしまって怒りの絶頂なんですが」
暇じゃないよ、ハゲに効く薬の完成は人類の夢だよ。というか、逸れたの? パンクと。なんで。
「なんでってあなたがそれを言いますか! 拉致されたんですよ、そこの角生えた女に! 見てわかりませんかね⁉」
……夏至ちゃん、なんでそんなことしたの?
「上司殿が仰ったではないですか、眷属化の異能を持つ鬼が欲しいと」
それ言ったの昨日じゃん。もう見つけてきたの? 相変わらずフットワーク軽いな。よくやったね。
「上司殿の教えではないですか。『明日やろうは馬鹿野郎』、『寝たがりません勝つまでは』。それにこの程度、上司殿が編み出した社畜の呼吸をもってすれば朝飯前です」
うんうん、素晴らしい奉仕精神だ。そうやって滅私の心をもって社畜としての型に自分を規格化させていくと社畜の呼吸の精度も上がるからね。
「はい!」
誇らしげに胸を張るも、その厚手の和服ではまるでサイズがわからない。早くもっと洋服流行らないかな。なんて残念な時代だ。
「いいから、これ解いてくれませんかね」
まれちーがスタッカートもりもりなキツい口調で訴えてきた。
え〜、でもまれちー怒ってるじゃん。
怒るのはしょうがないけどね、ここは俺に免じて鉾を納めてくれないかな。夏至ちゃんは俺がちゃんと叱っておくから。
「⁉」
なにかね? と気取った風に聴きながら、両肘を机に乗せ、口を隠すように指を組んだ。
「え、いや、これは、上司殿の命令で」
ん〜? 一体いつ僕がまれちーを連れてこいなんて言ったのかね? まれちー、鬼じゃないじゃん? 鬼っぽくなってるけど厳密には違うでしょ?
「い、言われてません。鬼でもないです、が、その、眷属化の」
そうだね。これは君の独断だ。普段から言っているでしょう? ホウレンソウ。報告・連絡・相談。それを怠って現場判断で勝手なことをして。こんなことでは困るよ君ぃ。
「し、しかし」
口答えかね?
「……いえ。相談もせず動いた私の不徳のいたすところです。申し訳ありませんでした」
次から気をつけたまえよ君ぃ。まれちーもね、夏至ちゃんはまだ新人だからさ、あんまり目くじら立てずに広い心で勘弁してやってよ。こうして反省もしてるところだし。ほら夏至ちゃんも、許してくれてありがとうございますってまれちーに。
「あのおじさん、そんな茶番はいいんでさっさと解け」
「おい上司殿、せっかく乗ってやったのに茶番とバレてるではないか。これではいつまでたっても私は社畜の真髄を習得できんぞ」
「早く」
怒ってるじゃん。まれちー超おこじゃん。外してもいいけどさ、何もしないって約束して。その手足で俺に殴ったり蹴ったりするのダメだからね。
「はいわかりました。この手足でおじさんに危害を加えたりしません」
絶対だからね。
約束した上で夏至ちゃんの血の触手に俺の触手を繋いで乗っ取り、まれちーを自由にする。同時にまれちーの背中から生えた節足動物の足みたいなサムシングが俺の眉間に突き刺さり、貫通した。
ちょ、危害を加えないって言ったじゃん、言ったじゃん! ていうかなにこれ!
「手足では加えない、と言いました。いいじゃないですか、どうせ死なないでしょ鬼なんだから」
死ななくても痛いの。ちょ、持ち上げないで、頭蓋骨で体重支えるとか想像を絶するレベルの激痛なんですけど。しかもさらに生えた足で肋骨を一つ一つ外すとか。そうだよ、鬼のからだは肉体の損傷はすぐ修復するけど、脱臼程度は損傷に入らないから修復できずに痛みだけが残るんだよ。藤の山で教えたことちゃんと覚えてるんだねお兄さん嬉しいよ、でもそれを俺の体で試すなんて思ってなかったわ。
つうか夏至ちゃんてめえ笑ってんなや。
身体中の関節をコキコキ外され、タコみたいにぐにゃぐにゃになってる様を夏至ちゃんに思う様笑われてから暫く。ようやくまれちーの病んでる部分が落ち着きを見せたのか、改めてまれちーの現状について教えてもらった。
蜘蛛の毒で眷属になって、そしたら何故か凄く強くなっちゃって。見た目も蜘蛛的な特徴が出たから、まれちーとまれちーを庇ったパンクが鬼殺隊の滅殺対象にされて? 牢に入れられて裁判の結果待ちしてたところで夏至ちゃんに攫われた、と。
……ミスしたら即裁判なの? それ新撰組よりキツくない?
というかまれちー、それ、夏至ちゃんに助けられた感ない?
「……しかし、私が消えたことで裁判中の善逸がどうなっているか」
大丈夫だと思うけどね。まれちーたちと別れてから結構な数の鬼殺隊の人見たけどさ、パンクより強いのってそんなにいなかったし。人手不足がデフォかつやり甲斐系ブラックなとこがある鬼殺隊だもの、パンクを殺すような無駄なことはしないっしょ。
「そう、かもしれませんが、でも」
まあ確認しないと不安か。でもパンクが今どこにいるかわかる?
「えっと、多分蝶屋敷という蟲柱の邸宅かと。詳しい場所は私より夏至さんの方が知っているかと」
「もちろんわかるぞ。あそこからまれちーを攫ってきたのだからな」
あそっか。じゃあ夏至ちゃん、申し訳ないけどまた連れてってあげてよ。
「ヤダ」
「え?」
「絶対ヤだからな。あの時は蟲柱やその継子が那田蜘蛛山の処理やら会議やらであの屋敷にいないと確信を持てたから忍び込んだんだ。あんな穴を開けて拉致を成功させた以上向こうだって警戒するだろうし、そんな危険を犯す義理も義務もないし、ともかくヤダ。行くなら一人で行け。ここから南東に私の足で3時間だ」
「いや、大雑把すぎますよ。しかもあなた足すごい速かったじゃないですか。すごい遠いでしょそれ」
夏至ちゃんはぷいとそっぽ向いて、絶っっ対に行かないという断固とした拒絶の意志を態度で示してきた。まあ夏至ちゃんて口調とか普段イキってる割にヘタレだからな。柱に近づくと考えるだけで、胃に穴が開いて再生してまた穴が開くの無限ループ突入まったなしだろう。
んー、じゃああれだ。眷属化の異能を使って探そう。
「眷属化、ですか」
そう。動物ならなんでもいいんだけどさ、急ぐなら鳥なんかを眷属にして探させよう。
「そんなことができるんですか」
できるんですかって、まれちーに眷属化の毒を入れた蜘蛛だって元は普通の、眷属化した蜘蛛だからね。それと一緒。まあ使いこなせるようになるまで時間かかるかもしれないけど。
「……そんなに待てません。やはり自分で探しに行きます」
それで鬼殺隊と出くわしたらどうするの? その見た目だもの、多分即殺しにかかってくるよ。それだったらさあ、眷属を介して文通しながらここで体を元に戻せばいいじゃん。
「え」
? 何よ。
「戻る、治せるんですか? おじさんが?」
まあ、多分。少なくとも見た目は人間と同じにできると思うよ? 時間かかるけど。そういう感じの研究を鬼化した鼠使ってやってきたわけだし。鬼化戻すよりは全然ちょろい、はず。
そう言うと、まれちーはすとん、と足の力が抜けたように座り込んで、泣き出してしまった。
元下弦の肆の名前ですが、主人公が新たに夏至ちゃんと名付けました。
響凱とか魘夢とかって絶対人間の頃の本名じゃないと思いますが、じゃあ誰が名付けたのか。鬼が自分で決めるのか上司が付けるのか。この作品では鬼は人間の頃の名前を捨て上司に名付けられる、ということにします(累と上限の陸兄妹は例外)。
なお、主人公は自分の名前は鬼になった時に忘れています。名刺はありましたが、その名前欄には『禾几昊翼』と書かれてあって主人公は思い出すのを諦めました(なお実在する苗字と名前、のはずです多分)。