鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第21話 改造

 さてまれちーの体を内側から改造してやろう、心臓を強化して呼吸の効果を三倍にあげてやろう、なんて考えて再びまれちーを簀巻きにしようと血を伸ばしたまさにその時だ。

 

 琵琶の音が聞こえた。

 

 鬼は瞬きを必要としない。その瞬間たまたま目を閉じていたなんてことはありえない。

 俺の視界は片時も塞がれていなかったはずなのに、気づけば俺はあの、捻れ歪んだ城へと移動していた。

 まれちーも夏至ちゃんもいない。俺だけがここに飛ばされ、さらなる琵琶の旋律が響く。続々と城の中に気配が生まれる。

 今のうちにあのクソ上司の呪いを付け直しつつ、社畜の呼吸で精神を自己改造。

 べべん、と一際大きく音が響いたかと思うと、前回同様下弦どもが、今度は俺も一緒に一箇所に集められた……一人足りない気がする。

 誰が足りないのだったか、と首を傾げていると、背後。久々の、芳しい香り。濃厚な血の匂いが俺の鼻を痺れさせた。

 即座に振り返り、一瞬の判断で俺は呼吸を使うことを決断する。

 

 社畜の呼吸 捌ノ型 三跪九叩頭礼

 

 跪き、三度頭を地に叩きつけ、立ち上がる。これを1セットとして3セット。

 遥か海を越えた大陸、古くは清王朝の時代にてとられた、皇帝に対する最敬礼の姿勢である。俺と鬼舞辻様の間には乞食と皇帝以上の差があるが、これ以上の礼の表し方を俺は知らない。

 さらにこの捌ノ型は俺が得た鬼の力をフル活用して実行される。我が血鬼術クリムゾンロードを使った姿勢制御と慣性制御によって生み出される速度はまさに神速、余程の目の持ち主でなければただ一度勢いよく土下座したようにしか映らないし、計九度の叩頭の音は連なり一音にしか聞こえない。また叩頭の威力たるや、城の床にヒビを入れさらに俺の頭を爆散させるほどである。もちろん鬼舞辻様の前で血を撒き散らすなどはしたないにもほどがあるので、叩きつけ砕け散るたびにクリムゾンロードで肉片を回収する徹底ぶりだ。

 捌の型を終え、叩頭の余韻も去り、静寂が城を満たす。

 突然の轟音に他の下弦たちの呆気にとられた空気が感じ取れる。琵琶を引いていたモブ髪女ですらポカンと口を半開きにしてこちらに視線を向けている。

 そんな中で鬼舞辻様はさすがである。気配に淀みや隙が全くない。俺の礼を当然のものとして泰然と受け止めておられる。

 

「平伏せぬ貴様らは何様だ」

 

 鬼舞辻様のお言葉を受けてようやく俺以外の連中が這い蹲った。

 遅い。遅すぎる。こいつらには自分が鬼舞辻様のものであるという意識が足りない。じろじろと上司を眺めるなど愚昧の極み。鬼舞辻様の威光に体がこわばろうとも視線を下げるくらいはできるはずだろう。

 夏至ちゃんがいない今、前回の彼女の失態から学んだのか不用意に口を開こうとする者はいなかった。それでいい。ただ俺たち家畜は造物主のお言葉を一言一句漏らさず賜るべく耳を研ぎ澄ませておくべきだ。それ以外の全ての機能は今この瞬間不要である。

 

「累が殺された」

 

 鬼舞辻様のお声からは皸割れそうな怒りが滲んでいた。

 思い出した。累、とは確か下弦の伍、白髪の子供であった。夏至が言うに鬼舞辻様のお気に入りであったとか。相応の血と異能、特権を与えてたはずで、にもかかわらずそれが格下である人間に殺されたとなれば、それは不快にもなろう。そのお気持ちは俺ごときでは慮るに余りある。

 

「なんなのだ? 何故貴様らはこれ程に惰弱なのだ?」

 

 ああ、鬼舞辻様の苛立ちが声の震えから伝わる。なんておいたわしい、鬼舞辻様。その怒り、我ら下弦をまとめて惨たらしく殺処分しても晴れぬほど深いものでしょう。

 

「上弦は百年以上その顔ぶれに変化はない。対して貴様らはなんだ? 何故強くならない、何故すぐ殺される。何度入れ替わった」

 

 強くなるためのノウハウ、手順が確立されておりませんな。

 

「……手順とはなんだ? 言ってみろ」

 

 おっと、思考を読まれましたか。では僭越ながら私下弦の肆がご質問に答えさせていただきます。

 まず鬼は人間を食いますが、野生の人間を夜中にこそこそ食べ歩く、というのが如何にも効率が悪い。餌の安定供給のため、人間を飼い、養殖すべきです。それもただの人間ではない、希血を集め、希血どうしで掛け合わせ、もっとも鬼にとって栄養価の高い人間を作るべきです。

 そのための資金、場所は、私が研究している薬でいずれ賄えるかと。

 

「ふむ、薬とは?」

 

 不死化薬です。鬼舞辻様の血を元に開発を進めておりますこれは、実現すれば服薬したものに擬似的な、時間制限付きの不死を与えます。無論鬼舞辻様の呪いによる首輪が憑くようにもいたしますし、期限を越えれば失われる不死性であるため、一度使用した者はその金銭が尽きるまで購入し続けることになるでしょう。これを政府高官、警察庁上層部、はては女衒などの人身売買を生業とする人間に売れば、人間牧場の設立はおろか、鬼舞辻様がこの国を裏から牛耳るも可能。国家権力でもって鬼殺隊を撲滅することも不可能ではありません。

 

「貴様、鬼舞辻様の血をそのような」

「黙れ」

 

 ぐしゃり、と。聞くに耐えない音が響いた。

 ついで鳴るのは咀嚼音。巨大な肉食獣が骨ごと獲物を噛み砕き飲み込む音だ。一体どんな生物がこんな音をならすのか平伏している俺にはわからないがしかし、これが鬼舞辻様の御意志によるものであることは疑いようがない。

 

「続けよ」

 

 はい。

 さらには血鬼術の開発が皆おざなりであるように見受けられます。

 人を食らうことにのみ執着した結果、どうにも自身の研鑽に目が行っていない。その点上弦の方々は素晴らしい。あいにく壱、参、伍の方にしかお会いできておりませんが、皆が己を磨くこと、自分の行くべき道を突き進む求道者でありました。あのお三方は昨日より今日、今日より明日、人を喰わずともその修練で強くなり続けます。

 そういった目的意識がどうにも足りない。

 思うにこれは、鬼の皆様には正確な自己分析が必要なのではないかと。

 

「自己分析とは?」

 

 自分が何に向いているのか。自分が所属する組織の中でどのように自分を役立てるか。将来的に自分がどのような仕事をしたいか、そのために今自分に足りないものはなにか、それを手に入れるために必要な努力はなにか。そういった、今と未来の自分を比較し、繋げるものを探すことです。それを、ただ人をたくさん食らって強くなる、では目的として漠然としており熱意も生まれにくいでしょう。

 僭越ながら一つお尋ねしたいことがございます。

 

「なんだ」

 

 我ら鬼、そして鬼舞辻様の目的はなんでございましょうか。また、それを達成するための手段として何が考えられているのでしょうか。

 

「目的は私の邪魔となるものを全て除くこと。つまり日光の克服と鬼殺隊の殲滅。日光の克服には、まだ話していなかったか、青色の彼岸花を材料とした薬を作ること、あるいは鬼を量産して偶発的に日光に耐性を持つ体質を得た鬼が現れるのを待つこと。鬼殺隊については、それこそ貴様らが強さを得て皆殺しにしてくればいい」

 

 部隊を作りましょう。人を集める部隊、鬼殺隊を探す部隊、暗殺する部隊、正面からの殺し合いを得意とする部隊、その彼岸花を探す部隊、人肉を配る兵站部隊、適性の高い人間を見極め鬼へと誘う勧誘部隊、鬼を処罰する人事部隊。今思いつくのはこのあたりですが、つまり、役割を分担し、血鬼術をその役割に特化したものになるよう訓練させるべきです。鬼には皆個性があり、向き不向きがあります。全ての鬼に柱を殺しうる戦闘力を求めるのは労力の浪費となりかねません。

 

「……なるほど、力を削ぐことで反抗のおそれも」

 

 さらには鬼が増えすぎである点も議題としてあげさせていただきます。

 鬼舞辻様や上弦の方々が人間に血を与え鬼を作られますが、そうして鬼となった者のほとんどは理性も持たない下劣な獣と大差ない存在となります。これらを放任して、人を喰らい強くなるのを待つ、というのも一つの考え方でしょうが、これらの多くは鬼殺隊の新人に鬼退治の初級教育として始末され、鬼殺隊員の技術向上に貢献してしまう形になっております。これは鬼殺隊殲滅、と設定された目標の達成を阻害しかねません。鬼の数、特に鬼殺隊と直接相対する戦闘特化の鬼は少数精鋭であるべきです。無用な経験を奴らに積ませる義理もないのです。

 

「ふむ」

 

 要約すれば、鬼と餌の両方の完全な管理が必要です。

 ところで、血の記憶というものを鬼舞辻様はご存知でしょうか。

 

「無論だ。私も血に記憶を刷り込んで、鬼に血の力とともに記憶を与えることがある」

 

 それを鬼の間でも行わせます。各部署で専門家、先鋭化した技術や方法論を、血と共に記憶を交換させることで鬼全体で共有させます。裏方全体の技術向上を労せずに図れますし、戦闘を主任務とする鬼に最も有効です。鬼殺隊に殺される直前に鬼舞辻様の尊き血を記憶ごと回収できれば、その血を他の鬼に与えることで死んだ鬼が蓄積した戦闘経験が継承されます。

 ただこれは、血を分割して配布してしまうと継承できる記憶も断片化されます。これもあって、鬼を部隊に分けて役割分担すべきと考えておりますし、特に戦闘部隊は少数精鋭で行くべきと私が考える理由です。

 

「……………………」

 

 俺のプレゼンがひと段落つくと、鬼舞辻様はしばしのあいだ口を閉ざして黙考した。それを遮るような俺ではない、鬼舞辻様が黙るのなら俺も黙るのだ。

 

「よかろう」

 

 どうやら俺の提案は受け入れられたようだ。安堵の感情が胸を満たす。やはり鬼となってもプレゼンは緊張するのだ。

 

「その部隊分け、貴様がやれ」

 

 ……ん? 

 

「戦闘部隊、か。それは上弦の鬼を任命する。貴様はそれ以外の部隊を担当しろ。下弦の鬼は解体しようと思っていたが、適材適所というのなら、貴様がそれを見極めろ。才を見抜き、育て、分類し、統率し、運用せよ」

 

 ………………………………謹んでお受けいたします。

 

「うむ」

 

 鷹揚に頷き、鬼舞辻様が琵琶の音とともに退室されようとして、

 

「ああそうだ。薬の開発も励めよ」

 

 そう言い残して、ピシャリと閉じられた襖の奥へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして気づけばまたもや瞬間移動である。

 

「あれ、おじさん戻ってきました」

「上司殿、まさか鬼舞辻様に呼ばれていたのか」

 

 あ、二人とも久しぶり。

 

「ど、どうした上司どの。顔色悪いぞ」

 

 んー、まあ色々とさ。

 とりあえず呪い外して、ねえねえ夏至ちゃん聞いて聞いて。今鬼舞辻様と会って来たんだけどね。鬼舞辻様ね、女装してた。

 

「は?」

 

 着物着て髪結って、ぷっ、化粧までしてた! 

 

「え、なんで?」

 

 知らね。趣味じゃないの。しかもね、そんな美女っぽい格好してるくせに声は渋いあの声だから違和感すげーの。超ウケたわ。

 

「く、やめろ、よせ上司殿。あの筋肉ムキムキの鬼舞辻様が女装とか、くっぷふ」

 

 いやー笑えたわ。でも本人の前で笑ったら即死だからさ、耐えるのすっごい頑張ったわ。ここに帰ってようやく笑えるっていうねわはははは。

 

 はーあ。

 笑わなきゃやってらんねーよくそが。




それにしても、社畜が出ると話の進みが唐突に遅くなる謎現象。
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