鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第23話 おこ

 当然のことながら、ネズミを用いた実験が成功したからと言って製品として完成したわけではない。これから多くの人間を相手にした治験をこなし、データを医薬品の審査機関に提出、申請者が審査員と面談・プレゼンし、何重もの審査を経て、ようやく厚生労働省へと提出され認可を取る、という流れになる。そのあたりは一般人が関与できる領域ではない。申請から照会、信頼性、あらゆる面で製薬会社でないとどうにもならないところが多いのだ。こんな田舎の山奥でこっそり作った怪しげな混ぜ物を販売する許可なんて出るわけがない。しかもこの時代厚生労働省じゃないし。というか医薬品の製造販売承認申請が俺のいた時代と同じだったかもわからんし、ネットも人脈もないから調べようがない。製薬会社を一から起業するのも余りにも非現実的である。そのための人材と施設、設備を作るには金が必要で、というか金を作る為に薬を作りたいんだって話で。まあ土地はあるんだけどさ。

 

『だから、私から、というわけだね』

 

 今俺は、製薬会社社長のお宅に潜伏しているパワハラ太郎こと無惨様からの伝言を受け取っている。

 直接面会しているわけではない。まれちーから継承した眷属化の異能の実験も兼ねた、眷属を介した文通のような相互通信だ。

 眷属として選んだ動物は蚊である。

 鬼は血を介して記憶を継承できる。知識や情報、画像情報も込みでだ。蚊を介した血のやりとりによって遠距離間での情報のやりとりを行えるようにしたのだ。できればリアルタイムでテレビ電話的なことができればとは思ったが、まあ無理だった。まあこれでも電話より伝えられる情報量は多いし、何より秘匿性の高さが無惨様的にはポイント高いらしい。

 そんなこと言って、ほんとはいちいち他の鬼と直接会話するのがめんどくさいだけなんじゃねーかなと思ってる。基本コミュ障ぽいし。自分は間違ってない、なんて断言しちゃう人間て絶対頭のネジがどっか外れてるよね。常務のやつはその典型でな。自分は悪くないって結論ありきで話進めるもんだからまあ会話にならねーのな。そんで何かにつけて自分の成功体験を語りだすのな。最後はただの自慢になって話の本筋見失って、つまりそういうことだから、が口癖でな。いやどういうことだよ、つまりってなんだよお前なんの要約もできてねーよ。というかお前結局俺はすごい、しか言ってねーだろっていう。

 

『君の言う通り、今の私の立場からできることは多いだろう。養子としてだけではなく主任研究員としての籍もあって、研究室を一つ与えられているからね。私の名前で特許を取れば大きな金になるだろう、君の育毛剤は』

 

 蚊が腹に貯めて持ってきた血には無惨様の映像記憶が込められていた。この話をしているとき無惨様は言葉の通り研究室でなにか研究をしていたようだ、ちょうど2ミリチューブを遠心機にかけるシーンが脳に映し出される。また、あらゆる場所にばら撒いた蚊たちが吸ってきた血を取り込むことであらゆる場所の人間の記憶を覗き見ることができる。これが探し物や探し人には便利で、これを使ってパンクを探してやろうと思っているのだが、最近筋肉男と一緒にすげえ速さで移動しまくっているからいつまでたってもリアルな現在位置を掴めないのだ。

 蚊の眷属は他にも鬼たちの監視にも使っている。勤務態度が悪い鬼や人間関係を乱すような反社会性行動を取る鬼を特定し、人事部に送って再教育を受けさせたり、あと仕事の達成度に応じて評価点付けたりする、と言った具合だ。

 鬼の立ち位置は部署による縦の繋がりと、階級による横の繋がりとで定義される。どの部署でも階級は色によって決められ、下から黒、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、白の順で偉くなっていき、評価点を貯めることで稀血錠剤や上の階級を買えるようになっている。

 なお、白は無惨様ただ一人、その下の紫に上弦の脳筋連中がいて、俺と夏至は藍、下弦を始めとした部署の長が緑となっており、鬼には自分と同じか下の階級に対する処刑権が与えられている。鬼殺隊のスパイであると発覚したり、無惨様への忠誠が疎かになっている反逆的言動・怠慢・反抗的行為がみられた場合に処刑が許されるのだ。むしろスパイや反逆者を見つけておきながら見逃したならそいつも反逆者である。

 …………………………正直言って、めっちゃ楽しい。このtRPG、学生時代サークルでめっちゃやってたんだよ。それをリアルでできて、しかもGM側で参加できるとかね。張り切るしかないじゃん。毎日ウッキウキだわ。

 ちなみに、無惨様のことを俺は心の中で、皮肉を込めてウルトラヴァイオレット様と呼んでいる。この皮肉の通じる人がいないから口にはしないけど。

 

『確かに、頭髪に悩む者は多いだろう、特に男性は。他に水虫や、指の欠損程度なら修復できる傷薬を作るんだって? うん、どんどんやってくれ、動物実験での基礎データの収集はそちらに任せるよ。どうしても不死化薬を作りたいなら、それは表立った研究所ではなく、裏で作って一部の人間にのみ売るべきだ。そのために必要な人体実験用の人間や資金は上弦の弐、童磨を頼れ。奴は宗教団体の教祖を務めている。必要な物は用意できるだろう』

 

 ん、いや、ごめん。幸福薬っつうか、稀血の良い匂い成分を濃縮して作った錠剤は、そこで作ってんだよね。あそこは人だけは多いから稀血の数もまあ多く集まるわけ。そういうのばっか食ってきたからあのナチュラル畜生な教祖はあれだけ早く強くなれたんだよな。条件が恵まれてるから強くなったのに自然に周り見下してるから誰からも相手にされないんだよな。口開くだけで3番を煽るものな。一回弐と参が会話してるの見たけどもう言葉のドッジボールになってたし、壱なんかは弐をスルーしてて言葉のキャッチアンドリリースみたいな。

 ともかく、教祖には食事を少し我慢してもらって稀血を確保して、宗教団体の方で所有している土地を一つ借りてもう人間牧場できてるんだよ。まあ牧場と言っても、おいしい血を作るために野菜と鉄分多めの食事と適度な運動と、健康的な生活させている。男女の見合いもセッティングして、もう何人か稀血間の交配で妊娠してるし、多分普通に生きてるより幸せな人生送ってんじゃね。

 

『正直、人間を不死にする薬は、擬似的とは言え少し気が乗らないところがあった。鬼が増えることも、人間が死ににくくなり増えていくことも気にくわない。その点、育毛剤や水虫の薬なら別に問題はないね。むしろ私の視界からハゲがいなくなると思えばそちらを積極的に進めていきたいところだ』

 

 それにしてもあれだな、一人きりの実験室で独り言言ってんだよなこれ。一人で真面目な顔してハゲとか言ってんだからウケる。

 記憶の中の無惨様は音を立てて回る遠心機から視線を外して、ピペットをさらに巧みに操作して薬品を混ぜ合わせていく。良いピペット使ってんな。やっぱ一流製薬会社の主任ともなるとピペット一つとってもかける金が違うわ。

 

『鬼の組織化も、かなりの成果を上げているようだね。特に下弦の壱が随分と役に立っているようだ。現実と見紛う夢を見せることで人間の記憶を操り、鬼の本能すら壊し洗脳する。私は今、とても気分が良いよ』

 

 随分とまあお褒めくださることだ。でもそんなものを言葉どおり受け取る奴なんていねーっつの。このキングパワハラ、ぜってーなんか企んでるわ。もう声からしてうさんくせーもん。腹がたつけど、直接会った時はへーこら頭下げないといけないんだよな。こうして蚊通信だと社畜の呼吸使わなくて済むからほんと楽。

 

『どの鬼も私に完璧で完全な忠誠を誓っている。私のおかげで幸福であると謳い、稀血を凝縮させた薬と階級を求めて必死に働いている。以前のような怠慢さは見る影もない。ただ、この鬼たちを統括しているのは君だ』

 

 それが気にくわない、と。

 今までの朗らかさからは考えられない、冷たい声が記憶の中で響いた。

 

『君は私が思っていた以上に有能だった。鬼の組織化も私が考えていたよりずっと早く完了させ、完全に支配下に置き、さらには人間側まで支配しようとしている。そんな君は、これから何をするつもりなのか』

 

 無惨様が数歩ほど歩き、立ち止まった。そこには壁にかけられた鏡があった。無惨様のバストアップが記憶に映し出される。

 無惨様の赤い瞳が、俺を見据えている。

 

『力を手に入れた者はさらなる力を求めるようになる。欲望には限りがない。精神は、状況に慣れる能力があるからだ。どんな劣悪な状況に陥ってもいずれは慣れ、適応する。同じように、どんなに恵まれた環境に至り、自分がこの世で最も幸福だと感じても、その幸福にすら慣れる。慣れれば次は幸福に至った瞬間に得た幸福感を求めるようになる。さらに先に、さらに多く、さらに高みへ』

 

 高み。

 

『鬼たちに刷り込んだような『完璧な幸福』など存在しないとお前は知っている。知っているからこそ、お前は鬼たちを、互いに殺しあうような環境に押し込めた。それはいい。稀血薬を与えながら継承しつつ処刑し合うこの環境は、鬼を強化する場としては非常に効率が良い。以前と比べて、太陽を克服する鬼が生まれる可能性は上がっただろう。私が気にしているのはそこではない』

 

 無惨様の顔に血管がビキリと音を立てて隆起した。

 

『お前は必ず、さらなる幸福を求める。私を喰らい、鬼の頂点を目指そうとするだろう』

 

 無惨様が映る鏡にヒビが入った。破片が一部落ちて、甲高い音を立てて足元でさらに細かい破片となる。同時に俺の体も軋む。正体不明の外力が臓腑を締め付け一部砕かれ、眼窩と口腔から同時に血が噴き出した。吹き出す血をクリムゾンロードで操作し、体内にできた傷口を強引に縫合して繫ぎ止める。

 

『私が、貴様を殺さないのは。その有能さがまだ役に立っていることと。今もなお、太陽を克服する可能性が最も高い鬼が貴様であるからだ』

 

 そうだろう。そうだろうさ。そしてあんたは、俺が太陽を克服したら、上弦を引き連れて俺を捕らえに来るだろう。俺を喰らい、俺が得た日光への耐性を継承し究極生命体に至る為に。

 

『今後は発言に気をつけろ』

 

 最後にそう言い残して、盗聴野郎の記憶は終わった。体の軋みも収まる。

 いきなりのおこである。

 つまり、あれだ。俺と夏至ちゃんの会話とか、一部聞かれてたっぽい。

 もしかしたら今この瞬間俺が見ているこの景色も、あの破廉恥上司は共有しているのかもしれない。

 大分失礼なことを言ってたけど、それでも俺を殺さないのはやはり日光を克服したいからなんだろう。この千年、それだけを考えて生きてきた男だ。多少陰口を言われたくらいで殺すようなことはできないんだろう。それでもだいぶギリギリだったみたいだけど。

 まあ、呪いを外せば前に注射さんのところで見たカイリキー(♀)みたいに殺すことはできないはずだ。五感の共有もこれで遮断できる、はず。

 今までは無惨にバレないよう必要な時以外はあえて付け直していたけど、もういいや、外しっぱなしで。

 くそう。

 あのクソ上司、いつか全身の血を吸い尽くしてやるからな。


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