鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第24話 童磨

 敵対が明確になったパワハラ男爵の下で薬を開発するのは止めることにした。

 あれの名前で特許とったら、結局財源があいつの紐付きになってしまう。協力関係を結べているうちはそれでもよかったんだけどね、一番手間がないし。

 でもそういうわけにはいかなくなった。何が悲しくて俺を食う気満々の破廉恥上司の力を増すような動きをせにゃならんのだ。予想より優秀だからなんて理由でキレるとかほんと、いやほんと、なんなの? いや俺だって陰口言いまくってたし、いつかあいつを無限に使える血液製造装置に改造してやると思ってたけどさ。人を食べるとかほんと最悪だわ。

 というわけで、次善策として上弦の弐こと童磨様のところに琵琶さんの力でやってきた。

 

「やあやあ半年ぶりだね。君の仕事ぶりは俺の耳にも届いているよ」

 

 童磨様は鬼の中でも数少ない、人間との関わりを持つ鬼だ。その人脈の広さは随一で、教祖という地位と相まってその影響力は実はあのクソ上司を上回り、クソ上司が普段からこそこそとやっている研究の費用も彼の信者から集めたお布施だったりする。

 

「それで、今日はどうしたのかな。わざわざ遊びに来てくれるだなんて。あ、これどうぞ。十三の少女からとった子宮の刺身だよ」

 

 ずい、と差し出された八角形の皿には、切り分けられた赤黒い肉が丁寧に盛られていた。その上には赤い粘性のある、ソースのような血液が細い筋状にかけられている。

 

「初潮が来た直後の子宮が一番鮮度が良くて珍味なんだ。どうぞ遠慮なさらず」

 

 いらねー。なんでそんなもん他人に勧めるんだこいつ。

 今腹いっぱいなので結構です、と断ると、童磨様は残念そうに眉尻を下げた。

 

「そっか、じゃあしょうがないな。美味しいのに。勿体無いから俺が頂くよ。君の案で作ってる稀血の濃縮薬もね、悪くはないんだよ、小腹が空いた時なんかに摘める感じで。でもやっぱり俺は肉と骨の食感が欲しいんだよね、そこに女の香りと悲鳴と、苦痛に歪んだ表情なんかが添えてあるととてもいい」

 

 朗らかに言いながら、箸で肉片を摘んではひょいひょいと口に入れていく。上品な箸の使い方だが、口の端から血が垂れてるのはなんなんだ。下手くそか。

 

「稀血を量産する薬なんてないかな。こう、双子や三つ子を産ませる薬。一組の番いから一年に一匹しか産めないなんて家畜として減点だぜ? 一度に生む数が増えれば、血を採るだけでなく肉として出荷する余裕も出てくるだろう?」

 

 そうね。その内開発しますよ。それはそうと、今回お訪ねした要件なのですが。

 

「ん? もう本題に入るのか、もっとゆっくりお話ししようじゃないか。いろんな鬼に遊びにくるよう誘っているのだけれどね、だぁれも来てくれないんだよ」

 

 俺だってできれば会いたくないんだけどな。笑顔が基本胡散臭いし、こっちに興味持ってないの丸わかりなんだよ。ここまで話し甲斐のない存在もそうはいない。興味を持たない、という意味ではあのパワハラマンだって変わらないのに、こいつの会話のし辛さはなんなんだろうな。こいつと会話すること自体が徒労な感ある。

 今回頼みたいのは、こちらで開発した薬の効果の検証をそちらの団体でやっていただきたいというものでして。

 

「ふむ? その薬はどんなものだい?」

 

 俺は鞄から書類を渡し、ざっと説明する。毛生え薬と水虫の治療薬。ネズミでは発毛率97%、人間でも今のところ牧場のを使って試したところ23人全員が塗布したところからの発毛を確認している。この後は疑似的な不死化薬の研究を本格化させるつもりだ。

 

「……いや、ちょっと予想外だよ。毛生え薬? ははは、たしかに禿げ上がってる人もいるからね。そうか、うちから出せば御仏の御威光的なことにしてしまえるし、いいかもしれないな。でもそれだと民間療法のそれと扱いが変わらないだろう? 薬を売るには許可が必要だったと思うんだが。いや詳しいわけじゃないんだけれど」

 

 別に一般に普及させるわけじゃないので。むしろ知る人ぞ知る感じで、一部の上流階級、国の警察権や流通、財政に影響力のあるところだけにこっそり贈呈する形にできれば、と。

 

「なるほど、金で売るだけじゃなくて、多方面から計られた便宜を御布施として受け取り、対して薬を万世極楽教からの贈呈品として差し出す、という取引だね。うちは宗教法人だから税金もかからないし、商取引じゃないから記録も残らないし、うん、いい案だと思うな」

 

 税金とか、鬼のくせに妙なところで人間臭いな。そんなん気にしてる鬼なんて多分俺とあんたの二人だけだぞ。

 

「じゃあ、その薬を人前で使って、効果を大々的に公表すれば良いかな。いや、しかし毛生え薬か。なんとも即物的な効果というか、いやいいんだがね?」

 

 御宅の教義と反するというなら他を当たりますが。

 

「いやいやそれには及ばないよ。それに不死化薬もいずれは作るんだろう? そういった、言ってみれば超常的な効果を持つ薬なんかは製薬会社よりうちみたいな宗教団体から出してしまったほうがむしろ受け入れやすいのさ」

 

 まあね。千切れた腕も生えてきます、なんて効果を持つ薬なんて、どれだけ説明しても嘘つくな、で申請を蹴られるだろうしね。だったら最初からお役所なんか無視して勝手にやればいいんだよな。

 

「それと、実は君に渡したいものがあるんだよ」

 

 話もひと段落し、さて帰ろうかと腰をあげかけたとき、童磨様からそんなことを言われた。なんだ、今度は乳房で作った回鍋肉かなんかか。

 いえ、人肉は結構です。間に合ってます。

 

「いやいや、まあ人肉といえばそうなんだけどね、ほら入っておいで」

 

 ぱんぱん、と童磨様が手を叩くと、俺から見て右側の襖が開き、一人の少女が入ってきた。

 髪は赤い。童磨様の頭頂部と近い、血のような色の髪を肩まで伸ばしている。目も同じく血の色で縦に裂けており、彼女が鬼であることがうかがえる。外見年齢は、まれちーよりさらに低い。

 この子は? 

 

「俺から、というわけでなくてね。実は無惨様から君に渡すように言われたんだ」

 

 ……なんで? 

 

「君、無惨様の『呪い』を自由に外せるんだろ? 君と感覚共有ができないと無惨様は言っていたよ。そこで、君に一人鬼を付けて監視することにしたんだって」

 

 君も無茶するねぇ、と童磨様はケラケラと笑った。

 いや、しかし、なぜその監視役を童磨様に渡してあるのか。

 

「その程度はお見通しってことだろうね」

 

 そう言ってなおもケラケラと笑い続ける。なにわろとんねん殺すぞ。

 

「笑わずにはいられないさ。今の君の滑稽さを見てるとね。君の行動はみんな、みーんな、無惨様の掌の上だ。釈迦の掌で遊ぶ孫悟空だってもう少し抵抗できていただろうね」

 

 パサ、と童磨様は鉄扇を広げ口元を隠した。その裏側からクスクスと小さな笑い声が聞こえる。

 

「おっと、勘違いしないでくれよ。俺は君を応援してるんだぜ? 君の言う通り稀血薬だって人間牧場だって協力してあげてるだろう? 薬の贈呈だって積極的にツテを使って君の求める人脈を広げていくよ。そうやって、個人の武力ではなく社会的な力をつけていく、という方向性は珍しいよね。とても斬新で、新鮮で、刺激的だ。今までにない道を進んだ先で君がどんな最期を迎えるのか、とても興味があるんだよ」

 

 うんうんと童磨は一人頷く。

 

「いつか無惨様を食らおうと無駄な努力を続ける様は見ていてとても面白いんだよ。無駄なことを無駄と知りながら続けて、ある程度の功績、鬼の組織化を成し遂げた。それも結局無惨様にまるっと乗っ取られることになるんだよね」

 

 目の前のナチュラル畜生は、ただ口を開くだけで相手を煽る。心がなく、配慮がない。心がある振りをしてただそれらしく振舞うだけの精神障害者。まともに相手にするだけ損であると、そんなことはわかっている。

 

「そういう意味で、君はとても人間らしいよね。人肉に手をつけなかったこともそうさ。君はまだ、自分が人間であることに拘っている。無駄な足掻きだよね、とっくの昔に、人間としての倫理観なんて崩壊しているのに」

 

 この程度で腹を立てるような俺ではない。今まで、平成の時代にどんな畜生と向き合ってきたと思ってやがる。この程度で煽られるほど俺は幼稚ではない。むしろ相手を憐れむべきだ、百年以上も生きていながらこんなことしか言えないのかと。

 

「子宮の刺身なんて見せられたら、人間なら嘔吐の一つもするもんだよ。でも君は何を思ったのかな? 可哀想? 気持ち悪い? 違うね、君は『不味そう』と思った。そうだろう? あはは、とっくに壊れてるものを、壊れていると知らずに維持しようと頑張るなんて、滑稽と言わずになんと言えばいいのかな」

 

 それで、彼女は? 渡されたあと私はどうすればいいんでしょうか。

 

「おっとそうだった。うん、彼女をね、常に侍らせておけ、とのことだよ。規則は三つ。彼女の視界から外れない、彼女に触れない、彼女に話しかけない。それだけ」

 

 完全に監視カメラ扱いだ。

 わかりました、とだけ言って、俺は席を立った。赤髪の童女も俺の後に付いてくる。その俺の背中に向かって童磨様が声をかける。

 

「薬の件は任せておいてよ。また遊びにおいで、いつでも歓迎するから」

 

 頭を下げ、心の中で思う。二度と来るかばーか。




童磨って本当に気持ち悪いなって書いてて思いました。
こんなのを煽れるカナヲさんまじパない。

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