鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第26話 困惑

 まれちーは激怒した。必ず、かの破廉恥千万の阿呆をボコらねばならぬと決意した。

 そんなノリでまれちーは俺の研究所を飛び出してしまった。向かう先は遊郭だろう、蚊を媒介にして得る情報は数日から数週は遅れるから、今から行ってもまだパンクがいるかは不透明だ。それがわかっているからまれちーはあんなに焦って行っちゃったんだろうけど、琵琶さんに頼めば一瞬なのにね。まあまれちーは琵琶さんと面識ないし思いつけなくてもしょうがない、か? いや、琵琶さんを知らなくても瞬間移動の異能持ちがいるってのは知ってたはずなのにな。まれちー、どんだけ頭に血が上ってるんだか。

 

「いや、それ上司殿のせいだからな」

「……はぁ」

 

 夏至ちゃんの隣で監視ちゃんもその赤い頭を縦に頷かせる。何故か椅子の上に立って、ため息を吐きながらバカを見る目で俺を見下ろしてくる。

 いや、なんで監視ちゃんが会話に入ってんだよ。なんなの? 俺君に話しかけるなって言われてんだけど。

 

「……んー?」

 

 監視ちゃんは耳に手を当てながらこっちに身を乗り出してきて、「え、あんだって?」みたいな、志村がコントでやっていたような煽りムーブかましてきた。

 そうだね、話しかけたらだめだもんね。なんでもねーよ、なんも話しかけてねーよ。

 

「……はっ」

 

 こいつ、鼻で笑いやがった。チキンめ、と言わんばかりの、見下しきった視線をこちらに向けながらだ。むーざんの威を借りて調子に乗ってんなこのガキ。それともこれむーざんの指示なんだろうか。だとしたらあのパワハラ野郎小物過ぎないか。

 もういいや。夏至ちゃん、とりあえずまれちー回収して、そのまま遊郭まで送ってあげて。

 

「遊郭だと? そんなの嫌に決まっているだろう、殺す気か」

 

 殺す、だなんて剣呑な。いきなり何大げさなこと言ってんの、ちょっと距離があるくらいで死にはしないでしょ。

 

「過労死の心配をしているわけではないわ。そうでなくて、遊郭は上弦の陸の縄張りだろうが」

 

 そういやそんなこと言ってたね。妓夫と花魁の兄妹がペアで背番号6やってんだっけ。なに、上弦てそんなに縄張り意識強いの? 猫なの? 

 

「猫好きか。というか、上位の鬼の縄張りに下位の鬼が侵入するなど自殺行為だろうどう考えても。餌の横取りだぞ? 侵入するだけで敵対行動ととられ攻撃を受けることになる」

 

 なにそれメンドクセ。

 

「縄張り意識というか、餌の独占欲というか、そういう感情が上弦の陸は特に強い。奪ったら三倍以上を取り立てられる。体を関節ごとに切り分けてから毒で満たしたぴったりサイズの鉄の箱に個別に封じられて埋められる、なんてことが実際あったしな。他のところに遣いに行くのはいい、だが上弦のところだけは嫌だ。絶対だからな」

 

 ふーん、上弦のところは嫌か。じゃあ今度むーざんとこに送っちゃろ。

 まれちーは、どうかな。むーざんの血が入ってないから、鬼から見たら全然鬼に見えないんだよな。ガチ戦闘モードだと角生えて目増えて蜘蛛足飛び出ての人外丸出しスタイルだけど、普段は匂いも含めて人間そのものだしなぁ。鬼と誤認されることはまずない。

 

「あと先に言っておくが、まれちーを回収して連れ戻すというのもヤだぞ。私今異能を書類系に全振りしてるんだからな、戦闘特化のマジギレまれちーとか話しかけるだけでも命がけではないか。断固拒否だ」

 

 言いながら夏至ちゃんは腰を落とし、熊手にした両手をこちらに向けて威嚇する、断固拒否の構えをとった。なんだよ、連れ戻してから琵琶さんに送ってもらおうと思ってたのに。

 はぁー、つっかえ。

 あれもやだこれもやだって、夏至ちゃんってむしろ何ができるの? 

 

「事務系の仕事を散々やってやってるだろうが! 今も会話しながら予算申請書やっつけつつの判子三つ同時使用だ、見ろ私の机!」

 

 社畜の呼吸 肆ノ型 紫音。

 思考領域を分割させて分割思考し、作業の並列処理を可能にする。

 血の触手が夏至ちゃんの首筋から何本も伸びて、工場の機械アームみたいに書類の山を切り崩している。

 まあ忙しいけどさ、そこに暇そうに突っ立ってる奴がいるじゃん。ちょっと仕事させようぜ。

 

「⁉」

「え、それありなのか? 上司殿の監視だろう、話しかけるな、と言われたと」

 

 監視しながらでも仕事はできるし、話しかけるなって夏至ちゃんが言われたわけじゃないでしょ。どんどんこき使ってよ、むーざんだってそのくらいでごちゃごちゃ言うほど器ちっちゃくないでしょ。だってむーざんって、一番好きなものは『不変』なんだよ? そんなこと言ってる本人がそんなに感情豊かなわけないじゃない。まさかあのむーざん様がそんなに短気で心狭くて癇癪持ちであるはず痛ってえええええええ! 

 

「ど、どうした上司殿⁉︎顔面の穴から噴水みたいに血が出てるぞ!」

「……ぷっ」

 

 くっそ、呪い外すの忘れてたわ。むーざん様の野郎、監視ちゃん越しに聞いてたな、いやわかってたけど。

 床に溢れた血を触手で回収する。

 なるほどね。こうやって、むーざんの意思に反すること言った場合は痛みで警告してくるわけね。じゃあむーざん、監視ちゃんに仕事手伝わせるのは有り?

 

「……」

「……ん? 反応がないのか」

 

 つまり手伝わせてもいいってことでしょ。夏至ちゃんよろしく。

 

「……、………………⁉」

 

 ぶんぶんと顔を振って拒絶の意を示そうとする監視ちゃん。ここに来てからずっと俺と夏至ちゃんの労働環境を目の当たりにしてるからね、それを見ながらぼんやりできる優越感に浸ってたんだろうけどそうはいかねえ、社畜を煽ったらどうなるか教えてやるわ。

 

「うむ、では監視殿、まずは社畜の呼吸を覚えるところから始めよう。コツは五分間息を吸って、五分間吐き続けることだ。そうやって貯めた酸素と血液を脳に供給することで、脳を作る神経の繋がりを把握し自身の精神を操作できるようになる」

 

 ああやって説明しながらも、夏至ちゃんの机の上の作業スピードに変化がない。うん、肆ノ型を完全に使いこなせているな。

 

「……! ……!」

「血の触手は出せるか? 出せない? いかんな、作業効率を上げるためにはこれは必須だぞ。ああやって思考領域の数だけ作業ができるようになるし、脳の神経を直接弄れるし、精密性を上げれば薬の開発にも携われるからな。薬の成分が細胞内で具体的にどのように働いているかを観測器に頼らず直接評価できるからな。いきなりやると取り込む情報量が多すぎて脳みそ破裂するが、まあ鬼だし大丈夫だ。1日ほど白痴状態になるが回復はする。多分」

「……‼︎…………‼」

「まずは資材調達の申請書類やっつけて、下弦の弐に薬入れる瓶のデザインの草案提出催促して、傷薬の研究もしないとな。そろそろ手持ちの『血』が足りなくなってきたから捕獲された雑魚鬼から回収しないといけないし」

 

 狂気を滲ませる夏至ちゃんの笑顔に、監視ちゃんは必死に首を横に振って抵抗する。もちろん夏至ちゃんが貴重な労働力を逃すはずもなく、監視ちゃんは今まで立っていた椅子に無理やり座らされ、その小さな両肩を指の爪が食い込むほど強く握られている。揺れる赤い髪と一緒に両目から輝く涙がこぼれた。

 そんな涙目で俺に助けを求める視線を向けてくるけど、ごめんなー俺監視ちゃんに話しかけちゃダメなんだわーつれーわー助けを無視するのマジつれーわー。

 ざまあ。

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

 見栄と欲の渦巻く夜の街、吉原。

 賑やかで、騒がしくて、そして禍々しい。

 女が体で男を集め、男が金で関心を求める。

 そんな、およそ私とは縁遠い街で、私は善逸の手がかりを探し彷徨っている。

 遊女という職業をバカにするつもりはない。需要があるから供給があるのだから。

 同情だってしない。彼女たちだって自分の人生や生き方に誇りを持っているだろうし、仮に後悔があったところで同情される謂れはないだろう。

 だが。だが、だ。

 なんだって善逸がここに来なければならない? 

 いや、確かに私はそういった方面では全く役に立っていなかった。婚前交渉はどうかと思うし、鬼殺隊として明日をも知れぬ戦いの毎日だったのだ、子供を作ろうなんて考えるほうがおかしい。

 でもだからって、妻である私が大変な時期に行かなくても良くないかな、と私は思うのだ。

 じゃああれか、将来私たちが結婚して、私が妊娠してそういったことができなくなったら、善逸はつわりで苦しむ私を置いて他所の女と遊びに行くのか。

 許せるわけがない。

 夫婦とは助け合いだ。

 自分の都合を押し付けるだけでは崩壊するし、遠慮するだけでは破綻する。

 適度な距離を、適度な触れ合いを、その時その場その状況、互いの体調と精神状態を慮りながら探っていかなければならない。

 今私たちは大きく距離が開いてしまったけれど。それでも私たちの心は繋がっているから。

 そう信じていたのに善逸あの野郎……! 

 イライラしながら歩いていると、なぜか私の周りから人が離れてしまった。目や角が出てしまったのか、いやそういう人外を見た驚きはない。

 まあいい、歩きやすくて結構なことだ。

 怒りに突き動かされて、移動を続けて十日。おじさんが蚊の眷属を用いた情報伝達の経過時間を考えれば2週間といったところか。さすがにそれだけの間遊郭で遊び続けるなんてことはないだろう、とっくにここから出て行っているはずだ。

 それでも手がかりは何か残っているだろう、なにせあの頭の色だ。2週間かそこらでは記憶が薄まることはないはず。

 とりあえず、私は今吉原の中で一番大きい店に来ていた。

 現在の吉原で人気のある花魁といえば鯉夏花魁と蕨姫花魁の二頭。彼女たちがいるときと屋と京極屋が最も大きく、務める人の数も多い。

 というわけで、私はまず京極屋へと来ていた。

 鬼殺隊の制服を着て、それっぽく振る舞えば、だいたいの人は畏怖を抱いて質問に答えてくれる。

 金色の少年が客として来なかったかと。

 草履を並べていたおかっぱ頭の禿に声をかけると、少女は私に待っているように告げ、慌てた様子で奥へと引っ込んでしまった。少し威圧が強かっただろうか。そうは思うも苛立ちが強くてどうにも加減ができない。

 というかなんで待たなきゃならない。一体何を待てというのか。

 地面をつま先で叩きながら、なんとか心を落ち付けようと店側から表通りの賑やかな雑踏を眺めていると、背後から足音が聞こえた。

 誰だよ、と振り返った私の中にあった焦燥は一瞬で霧散した。

 そこには頬に赤い紅を丸く塗り、唇を大雑把に赤く染めた、ヘッッッッッッタクソな化粧をした金髪の人物が立っていたからだ。

 

「…………………………………………」

「…………………………………………」

 

 私たちの再会は、こうして果たされたのだった。

 

 

 

 

 えぇ…………。


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