鬼になった社畜【完結】   作:Una

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アニメでついに善逸が登場、活躍しましたね。
善逸の魅力がこれ以上なく描かれていてファンとして大満足でした。


第28話 醜男

 鬼の血には様々なものが宿る。

 それはいい匂い成分だったり、毒だったり、記憶だったり。それぞれの鬼が独自に習得する血鬼術によって宿るものは変わるが、その容量というか柔軟性というか、まあなんというかどれも医学に喧嘩を売っているようなものばかりだ。

 で、まあ思ったわけだ。

 血の中で毒を作れるなら薬だって作れんじゃね? と。

 

「誰だぁ? てめぇ」

 

 額にぶっとい血管を浮かせて不満をこぼすのは、歪な骨格の男だった。

 肋骨が浮き出て、腹部は脊椎以外の内臓が取り立てられたのではないかというほどに細い。顔には奇妙な痣が不規則に散らばっていて、眠そうな目つきと肌色の青さも相まって死にかけの病人にしか見えない。夜のない街である吉原の、灯が届かない薄暗い路地にゆらりと立つ男の姿は幽鬼さながらだ。

 その瞳に刻まれている文字は上弦、陸。

 改革が行われた鬼集団、新たな名を妄執鬼楽団。その一団における戦闘部隊『上弦』の一翼を担う鬼。

 

「俺達の獲物を奪おうってか? バラして埋めるぞぉお前」

 

 ふた振りの鎌が空を走る。縦横に巡らせた俺の血の繊維が一瞬凝固して鎌の軌道を逸らし、その切っ先は俺の髪を数本切りとばすに留まった。

 別に獲物を奪うとか縄張りを侵すとか、そんな意図は全くない。ただ、ここ吉原に向かったはずのまれちーがこの辺りで消息を絶ったのだ。まれちーが研究所を出たのがもう2週間前。彼女の足取りを探しにここまできたのだ、が。そしたらいきなりこれである。通り魔良くない。

 なんなんですか、なぜいきなり攻撃してくるのですか。

 

「あぁ? 目の前に転がってきたクソを肥溜めに捨てるってだけだ、なぜも何もあるか」

 

 上弦の陸は妹様と常に共にいると聞き及んでいたのですが、今日はお一人ですか? 

 

「あいつは仕事だぁ」

 

 ……なるほど。この兄妹は二人の首を同時に切断しないと殺せないという話だった。妹を人混みに紛れさせて鬼殺隊が手を出せない環境に置きながら、戦闘力特化の醜男が敵に突撃する、と。

 しかもその血には解毒できない毒が入ってて、かすり傷一つで勝ち確、てか。

 なにこれ、強すぎね? 醜男のくせに頭使った作戦立ててて生意気じゃね。

 

「無惨様から指示があってなぁ。今後妹を戦闘に巻き込むの禁止ってなあ。まあ確かにあいつは戦うのに向いてねえからよぉ」

 

 あー、それ多分俺がむーざんに言ったやつだわ。上弦ってどんな鬼? て聞いた時だ。同時に首切らないと死なないのに一緒に行動するの許してるとかバカなの死ぬの? つったらむーざん激おこでな。呪いは外してるからむーざん遠隔攻撃はできないんだけど、代わりに監視ちゃんの眼球から超圧縮された血がウォータージェットの要領で俺の首を切り裂いてな。監視ちゃんもすげぇびっくりしてた。むーざんが操作して目からジェット出させたみたいだけど、なんか監視ちゃん、自分にそんな機能がついてるなんて知らなかったみたい。

 で、今も後ろから俺をガン見してるんだよね。いつでも目ジェット撃てるように。

 あとこっそり俺の影をぐりぐり踏んでるでしょ。影の頭のあたり。なんなの? ガキなの? 

 

「なぁにぼけっとしてんだぁ?」

 

 醜男は独り言のような呟きを拍子にして、ゆらりゆらりと体を左右に泳がせる。両手にぶら下げた赤黒い鎌を不規則に揺らす。鎌と体の動きがバラバラで、先の動きがまるで予測できない。

 狭い路地でははっきり言って俺の血鬼術の独壇場だ。そう思ってここまでこの路地まで醜男を引き込んだのに、逆にここでは前後にしか逃れられない分こちらが不利になってしまう。

 やむをえない。

 やはりここはかつて培った営業スキルを駆使して……! 

 

 クスリ、ウル。イモウト、モウカル。キミ、ツヨクナル。

 

「………………」

「……プッ」

 

 なに笑てんねん監視こら。

 ていうか、醜男さんなんか反応してくれませんか? 体の揺れもぴたりと止めて、死んだ魚じみた目を見開いて首を真横に傾げたままこちらを見ている。なに、女に相手にされないからって男色に目覚めたの? 

 

「…………儲かるのかぁ?」

「……⁉」

 

 まさかのヒットである。

 背後から驚愕の気配が伝わってくる。軽く振り向けば監視ちゃんが口半開きにして目を見開いていた。ちょっと驚きすぎじゃね? なんで天気を気にしてんだよ、槍なんか降らねーよ。人間の頃はエリート営業マンだったってお前に聞こえるように夏至ちゃんと話してたじゃん、なんで聞いてねーの。

 

「薬って、あの最近食ってるあの赤い錠剤かぁ? 稀血で出来ててすげえ腹膨れるやつ。俺はあれでもいいんだけど妹が嫌がってなぁ」

 

 それとは別の薬ですね。人間用のものをいくつか用意してます。さらに、上弦の陸であるあなたの血鬼術を活用して新しい薬を作ることはできないかと考えています。

 

「俺の血鬼術を奪おうってのかぁ?」

 

 いえ、奪うのではなく、あなたの血鬼術を矯正して血の成分調整ができるようにして、毒だけでなく様々な効果を持つ血を生み出せるようにして、それを妹さんを通して人間に売れば金になるのではないか、と。

 

「……矯正たぁ、めんどくせぇなぁ。俺ぁ上弦だぜ? 無惨様直属の戦闘部隊だ。なんでそんなダルいことしなきゃならねぇ、もっと楽に稼げる方法持ってこいよ埋めるぞ」

 

 子供か。そんなわがままな要求、営業マン時代でも言われたことないわ。

 いいじゃんか、どうせ妹の中で暇してたんだろ。寝てばっかじゃなくて少しは仕事しろよ引きこもり。

 

「引きこもりじゃねーよ、あいつを側で見守ってんだよあいつバカだから守ってやんねーとすーぐ泣いちまうんだよ」

 

 うっそ、あのクソ女泣くの? あの癇癪持ちの傲慢女が? 蚊を通して一回見たけど、あそこまで涙の似合わない女ってそうはいないぞ? 

 どうやって泣くの? 女らしくシクシク泣くの? 

 

「いや、ぎゃーんて。お兄いちゃあああんうおぉぉおおああ! て感じだぁ、いいだろ?」

 

 えぇ……百歳越えでそれってどうなんですかね。引くわ。

 

「ばっかそういう頭緩いところが可愛いんだろうがバカだなお前」

 

 バカはお前だよ体の中から妹見守るとかキモい性格が顔に出てるからそんな顔なんじゃんマジキモい。

 

「うるせえ死ね」

 

 腕から風のように生えた血の鎌が俺の首を裂いた。周囲に張ってたクリムゾンロードを巻き込んでだ。

 傷口から血流に毒が混ざる。

 いや、ちょ、痛、まってこれ毒の威力高すぎぃ! しかしクリムゾンロード、血管に入った毒を即効抽出して血の球にしてから後ろにパース。

 

「……⁉」

 

 あ、ごめーん監視ちゃん顔面に当たっちゃったーしゃべんないからそこにいるって忘れてたわー。

 

「……! ……っ…………、あっつ……!」

 

 顔を押さえて畳を転がりながらどったんばったん大騒ぎする監視ちゃん。ごめんなー助けたいけど関わったらメッてむーざんに言われてるんだわー。つうかお前ホントは口きけるのな。

 

「お前、えげつねえな」

 

 何引いてんだよ、いきなり斬りつけてバラして埋めるとか言ったあんたに言われたくないんですけど。

 それに監視ちゃんにはクリムゾンロード与えてるから、頑張れば自力で抽出できるよ。激痛の中でミクロ単位の血を操作して身体中を調べて毒の分子を一つずつ取り除いていけばいつか終わるよ。余裕余裕。

 

「…………⁉︎…………、…………!」

「あー、で? 一体俺に何をさせたいって? 具体的にはなんの薬よ?」

 

 そちらの血鬼術を一部譲渡……うそうそ、そんな血管浮かせて鎌構えないで。そちらでこれらの薬を作って欲しいのと、この遊郭からそれを売って売り上げの一部を譲ってほしいなって話。

 

「あー、なんか思い出した。遊びに来た弐の阿呆が言ってたわ。あれだろぉ、ハゲに効く薬」

 

 あと精力剤もできたよ。不死化薬の廉価版て感じで、塗るか飲むかすると元気いっぱいになる薬。男女共用。遊郭だと需要高いでしょ。こいつらをあんたの妹さんが抱えてる上客に売って欲しいわけ。

 

「あー、まあ売れそうだなぁ。でもなぁ、血鬼術の矯正てのが怠いなぁ」

 

 そこで、俺の血鬼術をそちらに譲渡します。

 

「てめぇのを俺にか?」

 

 さっきもちらっと口にしましたが、俺の血鬼術があれば血中成分を自在に操作できるようになります。毒を生む血鬼術を自分で弄れるようになれば、どんな調合でも自在にできるようになる、かも。

 

「それが『キミ、ツヨクナル』の部分かぁ。確かに、俺の毒ってどうにも即効性が低い気がしてたんだよなぁ、その辺も改良できるようになるかもだし……いいぜぇ、特別にお前はここにくることを許可してやる」

 

 ありがとうございます。それじゃあまずは俺の血鬼術を……と、右手を差し出したところで、遠く西の方角からおかしな声が聞こえた。

 

 ────ぅおおおおぉぉおおぉぉおぉぉぉおお

 

「……あぁ? なんの音だぁ?」

 

 それは風のような、あるいは獣の叫びのような音だった。

 

 ────ゃあああああぁぁぁああぁぁぁああぁぁ

 

 しかもそれはどうやらこちらに近づいてきている。俺や醜男さんだけではない、地面を無様にのたうちまわっていた監視ちゃんも体を起こして声のする方角を睨みつけ、戦闘態勢に入っている。

 

 ────ぅぅうぉにいぃぃいいぃぃぃいぃぃいいちゅあぁぁぁああぁああぁぁん

 

「……あ」

 

 近づいてきたその音が、どうやら女性の声であることがなんとなくわかった。

 というか、醜男さん、今「あ」つったでしょ。うん、俺も気づいた。

 

「おにいいぃぃぃちゃあああああん!!」

 

 路地を挟む建物の屋根をぶっ壊して、女が一人頭から落ちてきた。ついで体が地面に叩きつけられる。

 女は白い髪をしている。その下には気の強そうな吊り目が涙に濡れて光っている。顔立ちはとびきりの美人だとは思うけど、それも涙と鼻水と涎と血糊でぐちゃぐちゃで見るに耐えない。

 というか、むーざんもこいつのこと美人だの美しいだの言うけどさ、性根の捻じ曲がってるところが兄同様もろに顔に出ていて俺的にはノーサンキューだわ。ということを夏至ちゃんに愚痴ったら『向こうだって上司殿はのーさんきゅーだろうさ』との言葉をいただいた。つまりwin−winな関係ってことだな。

 

「お、お、おに、おにぃちゃ、うわあああああん!!」

 

 何より気になるのは、イモートの首が体から離れてることなんだけど。

 なにこれ、イモートだって一応、最弱とはいえ上弦に入ってるんですけど。まさか鬼殺隊の柱とやらが来ている?

 

「どうした? なんで首ちゃんとくっつけねーんだよ、相変わらず頭弱いなぁお前は」

「うぅぅうう、うううう……!」

「……どうしたぁ? なんでそんな震えてんだぁ?」

 

 イモートの様子がおかしい。カチカチと顎を鳴らして、首から下もブルブルと震えている。そのせいで醜男さんが首の断面に乗せた頭部が癒着する前にころりころりと肩から転がり落ちて、何度やっても再生しない。醜男さんもだんだんイラついてきてるのが後ろから見ててもわかる。再生させるより先に事情を聞き出すことを優先した。首を持って視線を合わせて、

 

「何があったぁ?」

「あ、あいつが」

「あいつ?」

「黄色い頭のブサイクなガキが」

 

 おっと、身を隠す準備をしないといかんなこれは。

 

「黄色?」

「寝てるような顔してるのに攻撃全部避けられて、どこに逃げてもすぐ場所がばれて追いかけてきて、い、い、一瞬で首切られて、稀血はどこだって意味わかんないこと言ってて……!」

 

 クリムゾンロードで地面に穴を掘る。一応監視ちゃんも穴の中に蹴り込んで、血で蓋を作って土を被せる。

 がちゃり、と頭上から音がした。

 屋根にあった砕けた瓦が踏まれた音だろう。

 穴の中から片目分の穴をこっそり開けて外を見れば、屋根の上に一人、子供が立っていた。

 子供は女物の和服に身を包み、腰には日本刀を提げて、顔にはヘッタクソな化粧を施している。イモートの言うブサイクなガキという評価はまさに正鵠である。醜男さんとは別ベクトルでブッサイクである。

 本当にブッサイクである。100年の恋も冷めるレベルだ。あんな顔を晒して道を歩くくらいなら顔を焼いてしまったほうがマシなほどである。

 その上、髪の色がパンクでファンキーな黄色なのだ。ただでさえブサイクなのに、天はなんの意図があってあの少年にこれほどの困難を与えたのだろう。あれの妻を名乗ることになる女性がいるとしたら同情を禁じ得ない。

 しかも、なんだ、化粧に失敗したのだろうか。

 その黄色い髪の下には、赤黒い痣のようなものが浮いていた。




鬼滅の刃のガイドブック、まだ手に入れてません。次の更新は来週のテストが終わって、ガイドブックを熟読してからになります。

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