パンク君に言われて知ったけど、俺鬼なんだってさ。
まじか。
時空を越えたおかげでスーパーパワーに覚醒したわけではないらしい。
俺が鬼だっつーなら証拠出せよ証拠! 確たる証拠もなく人を鬼扱いとか人としてどうかと思う。と言ってみたら、水たまりを覗き込めと言われた。目とか、鬼どもと同じ感じに赤くて縦に裂けてるんだって。
まじだった。我が人生最大のまじか、だ。鏡ないから気づかんかったわ。
「というか今まで食事もせず生きてこれた時点でなぜ気づかないんですか」
「しっ、言ってやるなよ。バカだって自覚しちゃうだろ」
え、いつの間に人間辞めてたの? というか、鬼って人間からなるものなの? なのにあいつら共食いとか子供食ったりとかしてんの? まじか〜。ヒくわ〜。
「あなただって血を飲んでるじゃないですか」
それな。
あと、なんか鬼と人間だといろんな違いがでてくるんだって。
具体的には、
・太陽に当たると死ぬ
・基本不死身
・人間の血肉を食う
・血鬼術という異能を持つ者がいる。俺のクリムゾンロードもこれ
……まじか。吸血鬼みたい。
俺が鬼だとわかったところでやることは変わらない。世知辛い。
まれちーちゃんが鬼に好かれる特異体質であることは変わらず、彼女単独ではすーぐ鬼に囲まれて生きたまま八つ裂きにされて均等に配られた後にいただかれることは必定。
「ええええええ、なにその体質!? この子は誘蛾灯かなんかなの!?」
「あ?」
まあそんな感じ。
「は?」
「どうしよう俺どうしようなにそれせっかく仲間ができて死なないで済む可能性出てきたのにそれってひどくない!? おれも八つ裂き? 生きたまま蟹みたいに手足もがれて食べられちゃうの!? あんまりだろそれ!!」
パンク君ががくがく震えだした。風の音にすら反応してキョロキョロと視線を右へ左へと巡らせている。どんだけビビってんだよ。さっきも逃げ回ってたし。それを見てまれちーが舌打ちした。けっこう柄悪いなこの子。
話をまとめると、まれちーちゃんがこの選別を生き残るためには、どうしたって他人の力を借りなければならないのだ。
で、だれの力を借りるかという話。
「おおおおおお、俺が!」
おう、どうした少年。いきなり大声出して。うんこか?
「おおお、俺がこの子をまま、守る。鬼が何匹ここ、来ようと、俺はたたた戦ってやるぜ」
おー、すげえな男の子。さっきまですげえ元気に弱音吐いてたのに。かみかみだけど。
よし、じゃあ俺も力を貸そうか。
「え、いいんですか」
「でででもあんた、鬼じゃんか」
鬼じゃんかと言われてもね。それ知ったのついさっきだし。それまで俺自分のこと人間だと思ってたし。山にいる他の鬼どもと違って人を食ったことも殺したこともないし。
だからあまり鬼だ鬼だと言われてもね。まだ心は人間のままだと思うし、鬼になったんだから鬼らしくしろと言われても正直あれだ、困る。人の心なんていきなり変えたりできないんだよ。
人の心を変えるには環境を変えないと。
毎日怒鳴り散らされて、人格否定されて、自己否定を羅列するだけの反省文を書かされて。週休半日かつ1日の睡眠時間は終電に1時間乗って家に着いてから始発が出るまでの四時間。寝不足とストレスで脳は萎縮し、思考能力を極限まで削られ今の状況がおかしいと気づく能力も奪われ。そんな生活を三ヶ月も送ればそりゃ心なんて変わるだろうけどさ。
「それって洗脳……」
今思い返せば、いつも俺を怒鳴りつけてた課長。あいつの言うことっておかしかったよな。ああ言えばこう言うというか、それ俺がどう答えようと怒鳴るのは変わらねーというか、ただの難癖だったよな。それがわかる程度には、この山で生活したおかげで精神が回復した。
「じゃあ俺死なない? 守ってくれる? ねえ俺を守ってくれる?」
はいはい守る守る。いや、自信をもって守れると言えるほど戦い慣れてるわけじゃないけど。
でもまあ、対価があればすげえやる気でるよ。
まれちーを助ける対価として、ちょっとだけ彼女から血抜きさせてもらった。
クリムゾンロードの触手をほっそくした奴を手首の血管にちょこっと突き刺して、その先端からいい匂い成分だけを濾し取る。多分痛みは感じなかったはずだ。太さなんて注射針の百分の一くらいだもの。
うん、やっぱりまれちーちゃんの匂いの原因は鬼の中にあるいい匂い成分とほとんど変わらないみたい。その量というか、濃度は鬼とは比べものにならないけど。
というより、まれちーちゃんの血中のいい匂い成分はどうやら細胞には入っていかないらしい。ずっと血中にあるし、ちょっと調べてみたけど尿中にも排出されない。普通に臭い。だから血中に濃縮されるんだな。
なんだよ。尿の臭いを嗅いだくらいで変な顔すんなよ。いいか、大なり小なり、人体から排泄されたものでその人の健康状態を測ることが……ちがう、大なりって別に俺はうんこもいけるんだぜという話じゃない。ちょっと、おい。おいって。
人としての何かを失いながら、3日が過ぎた。
あれ以来微妙に二人との間に距離がある。
まあ、いくら人を食べたことがないとはいえ鬼だものね! 鬼殺隊を目指す二人とは相容れない関係だよね! しゃーないしゃーない!
くそが。
「……あ」
背後にまれちーちゃんがいた。
つうか今の独り言聞かれてた。違うんだ、今のくそが、は別にうんこがという意味ではないから。
「はい、わかってます。大丈夫です、わかってますから。おじさんがどんな人でも、偏見の目で見たりしませんから」
じゃあなんでジリジリと後退してんのさ。
あとパンクもブルブル震えながらまれちーの前に出てくるなよ。まるで俺からまれちーを庇ってるように見えるだろ。傷つくからやめろよぉ……。
いや、二人の仲が良くなれば、とは思ってたよ? 年も近いし、明日も知れない戦いに身を投じることになるんだから。でもね、俺を相手に結束されるとね、会社にいた頃思い出しちゃうからね? 痴漢冤罪で捕まって、それ自体は相手の女が痴漢捏造の常習犯だったから俺は無罪放免だったんだけどね? でも会社の女どもはみんな俺をゴミを見る目で見てきてね。冤罪だっつってんのにそんなの関係ねーと。セクハラで有名な常務もここぞとばかりに俺を叩いて女の味方面しやがってね。この世全てのセクハラはみんな俺が原因だと言わんばかりで、俺が消えれば世界からセクハラは無くなり平和が訪れるのだ、みたいな。魔王か俺は。
それにしても、今までにない大漁だった。
まれちーを吊るすだけで鬼どもが勝手にやってくるのだ。入れ食いである。今まであくせく森の中を探し回っていたのがバカみたいだ。
鬼が現れなくなったら移動して、まれちー吊るして、やってきた鬼を血抜きして、移動して。そんなサイクルを繰り返した結果、まあこの山の鬼は一掃できたんじゃないかな。
「吊るす必要無かったですよね!? そうですよね!?」
「絶対あれ、おっさんの趣味だよな。いろいろこじらせすぎだろ」
おっさんじゃねえ、お兄さんと呼びなさい。まれちーはお兄ちゃんでもいいぞ。
吊るす必要はあったよ。俺のクリムゾンロードの耐久向上のためというか。気づいてた? 始めのころと比べて触手の太さ十分の一になってたの。
「くっそどうでもいいです!」
「ちょっと、クソとか言ってやるなよおっさん傷ついちゃうだろ」
パンクてめえ。
あ、ちなみにまれちーもパンクも頑張って鬼を殺してた。吊るしっぱなしというわけじゃなかったし、これは選別の試験なんだから、ずっと他人に助けてもらうわけにはいかないとまれちーちゃんが言ったのだ。それに流されるようにパンクも「おおお俺もやる」と噛みながら言った。
二人とも真面目すぎぃ。
いいか、真面目なのは美徳だけどそれも過ぎるとダメになるのも早いからな。上司の言うことは話半分のさらに半分くらいに聞いとけ。あいつら結局難癖付けたいだけだから。上下関係を明確にするためにとりあえず罵倒して指示に従わせたいだけだから。そのためにわざと曖昧な指示を出してな。曖昧な指示を完璧に実行なんてできるはずないじゃん、絶対難癖つけられる。でも真面目な人はそれを真剣に受け止めちゃうからね。真剣に、最善の方法は何か、を考えているうちはまだ良いのよ。これが、叱られないようにするにはどうするか、と考えるようになっちゃうとね、もうね、精神崩壊の第一歩だから。何をどうしたって罵倒されて人格否定されるまでがワンセットなんだから。考えるだけ無駄無駄。
という話をすると、パンクがなるほどそうだったのか、みたいな顔をした。
パンクはあれだな。見た目パンクだしすぐ悲鳴あげるしびびって戦いたがらないけど、根は真面目なんだな。
そうだぞ、死なない程度にやってればお給料もらえるんだから。仕事をするために生きてるんじゃない、生きるために仕事をするのでもない。余暇を充実させる金銭を手に入れるために仕事があるんだ。仕事のため、なんて論外だけど、生きるために仕事をする人間も結局仕事以外の人生がなくなるからね。生活と仕事の二つしかない人生とか、お前何がしたいのって感じでしょ。選択肢増やしていかんと。
「……むぅ」
不満そうだねまれちー。
「だって、鬼殺隊は千年鬼と戦い続けてきた組織です。先人たちの血と汗と、多くの犠牲があって今の鬼殺隊があるんです。それを軽んじるような考え方はどうかと思います」
まあいいんじゃね、そういう考え方も。ただ、入る前からその会社なり組織なりに理想を持っていると、だいたい現実とのギャップで苦しむよ。きっとどこかで折り合いというか、妥協しなきゃいけない部分がある。できなかったら心を病む。命かけるような仕事ならなおさら、いずれなんでこんなことに命賭けてんだろって思うようになる。その、鬼殺隊? 千年続いたってのはすごいけど、絶対どっか腐敗してるから。組織の一番上が二回変われば必ず腐り始めるから。これどんな組織でも一緒。