鬼になった社畜【完結】   作:Una

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アニメ完結しましたね(遅)

そして最終話では拙作で夏至と名前を改めた下弦の肆こと零余子さんが満を辞して登場しました。
声のついた零余子さんが思っていたよりずっと可愛くて私は大満足でした。

加えて劇場版。楽しみでなりません。


第33話 逃走

 場は騒然としていた。

 数十人の人だかりが、輪を作って数人の男女を取り囲んでいるのだ。囲いを作るのは皆黒い制服と帽子を身につけた警官で、殺気とも言える気配を放っている。

 

「警部、人質が!」

「年端もいかない少女がオカマに羽交い締めにされています!」

「ぬう、なんと卑劣な! やはり人品は外見に出るということか」

「そこのオカマ、人質に手を出すと罪が重なるだけだぞ! もう逃げられないのだ、大人しく人質を解放してお縄につけ!」

 

 言いたい放題だ。

 罵詈雑言の集中砲火が善逸へと向けられている。

 まああんなブサイクな化粧してたらそれも当然か。化粧したの俺だけど。

 

「なんなの⁉︎なんで俺ばっかりそんなひどいこと言われるの⁉︎こっちのおっさんにもなんか言ってやれよ不公平だろ!」

「……おい、オカマがなんか言ってるぞ」

「……オカマのくせに国家権力相手に口答えとか生意気だな」

「……あんなムキムキで刃物持った大男に喧嘩売ったらあとで仕返しされるかもしれないだろ何言ってんだあのオカマ」

「小声でも聞こえてるぞ! なんか久々に耳の良さのせいで傷ついたよ!」

 

 ばかばかしくなってきた。

 やはりというか、一般人がどれだけイキったところで高が知れている。普段俺たちがどんな怪物どもを相手に殺し合いをしているのかという話だ。

 

「だいたいこの娘は人質じゃなくて俺のよ、よよ、嫁なの!」

「嘘を吐くな、お前のようなブサイクにそんな器量のいい娘さんが嫁にくるか!」

「どもるくらいなら初めから嘘など吐くなブサイク!」

「おい善逸」

「ブサイクブサイクって、お前らだって大して違わないじゃん! どんぐりの背比べじゃん!」

「いえ、さすがに善逸の方がブサイクですよ」

「まれちー⁉」

「大丈夫ですよ、どれだけブサイクになっても私はあなたを愛してますから」

「おいって」

「な、なんですか宇髄さん」

 

 少し大きめの声で善逸に呼びかけると、ようやくアホが反応した。耳いいくせに上司の呼びかけを聞き逃すってどういうことだよ、警官相手の口喧嘩にムキになりすぎだろ。

 

「派手に逃げるぞ」

 

 善逸にしか聞こえない声を、口もろくに開かずに並べる。

 

「閃光玉を派手に爆発させる。警官どもの目を眩ませるから、その隙に飛べ。西にある建物の屋根だ。飛べるな?」

「余裕です」

「え、何がですか?」

「目を閉じてろ」

 

 善逸ほどの聴力を持たないまれちーとやらが会話について行けずに混乱している。しかし普通の声で説明する時間はないし、警官にも聞かれてしまう。

 

「いくぞ……三、二、一」

 

 閃光が瞬く。突然の光と爆音の直撃を受け、周囲の警官たちは一斉に、悲鳴をあげて身を屈めた。

 俺と善逸は腕で目元を覆い、閃光の炸裂と同時に飛んだ。二人とも、視界がなくとも何も困らない。跳躍し、音もなく屋根の上に着地して即座に駆ける。背後から善逸の足音が辛うじて聞こえる。元忍である俺ほどではないが、善逸も隠密として通用するだけの音の消し方が身についてきた。

 逃げてる間も俺を警戒しているしな。

 俺が善逸の嫁に斬りかかっても、これでは容易く回避されるだろう。

 まったく、無駄に実力つけやがって。まあ神である俺の継子なのだからそれも当然か。

 そんなことを考えていたら、善逸に横抱きに抱えられていたまれちーとやらが、その身を捻って善逸の腕から抜けて大きく跳ねた。

 

「な」

 

 思わず声が漏れる。急制動をかけて振り返り刀に手を伸ばすが、すでに善逸が腰の柄に手をかけていた。それを見て俺は手を止める。壱ノ型の態勢に入っている善逸にとって、俺の今いる立ち位置はすでに殺傷圏内だ。

 まれちーはとっくに屋根から飛び降り、俺の視界の影を這うように移動して、すでに俺の耳ではその足音も聞こえない距離まで移動している。

 

「てめ」

「右から新手の警官が来てます」

 

 それだけ言って、善逸はまた走り出す。

 数刻ほど走って、警戒態勢に入って捜索網を広げていた警官を完全に撒いた頃にはすでに空は白ずんでいた。近場にあった、吉原に来る時にも利用した藤の家に腰を落ち着ける。ここであれば存分に身をひそめることができるだろう。

 

「さて」

「なんすか」

 

 壁を感じる受け答え。無表情で、あんたにお話するようなことは何もありません、という態度だ。

 ため息が漏れた。

 

「……警察は撒いたんだし、とりあえずテメーは化粧落としてこい。目に毒だ、そのままの意味で」

「毒殺されろ」

「残念、忍の俺に毒は効かねえ」

 

 すぱあん、と襖を開け、足音も荒く廊下を渡っていく。中庭にある井戸まで往復、化粧を落としきるまで十分はかかるだろう。

 

「出てこい」

 

 天井を見上げて声をかければ、黒く空いた隙間からするりと女が顔を出した。

 先ほど別れた、善逸の妻だ。

 

「よくお気づきになりましたね。心臓だって止めて、善逸も気づいていなかったのに」

「あいつは耳はいいが少しそれに頼りすぎだな。一流の忍であるこの宇髄様は五感全てを使って周囲を探る。それに加えて、あとは経験だな」

「経験ですか」

「ああ」

 

 出されてあった湯呑みを口に運ぶ。

 

「お前みたいな女が、自分からあの男のそばを離れるわけねえからな」

「……知ったようなことを言われると腹がたちますね。私を理解していいのは善逸だけです」

「忍として多くの女から情報を聞き出してきた俺からするとな、お前ってお前自身が思ってるほど複雑な内面してないぞ。会って数日の男にも母性本能擽られるだけで惚れそうだ」

 

 駄目男にはまりそう、とは流石に口にはしないでおく。

 黙りこくったまれちーに言葉を繋げる。

 

「で、ついて来たのは善逸のためでいいのか?」

「……ええそうですよ。せっかく再会できたのに離れるわけないでしょう」

「善逸は知ってるのか? お前が追って来てるって」

「いえ、伝えないつもりです。善逸はすぐ顔に出ますから、鬼を連れて任務を遂行する、となるといろいろと不自由が出てしまいます。だから私は気づかれないよう音を消してこっそりと支えるつもりです」

 

 まあ手紙を書いてこっそり机に置いたりはしますが。そんなことを寂しそうに宣う。

 

「……そうかよ」

「まあそれも、あなたに見つかってしまった以上無理ですけどね」

 

 では、と言って天井裏に顔を引っ込めようとするまれちーに、

 

「待て」

 

 と、つい声をかけてしまった。

 

「何か?」

 

 言葉に迷う。

 というか、何故俺は呼び止めた。

 任務を遂行するなら、そもそもこいつと会話をすること自体意味がない。既に日は昇っている。夜闇の中ならいざ知らず、昼の間であるなら確実に勝てる。最悪この建物を破壊すればこいつは逃げ場もなく日光に焼かれることになる。

 そんなことはこいつだって承知しているはずだ。

 それにも関わらず、こいつはここにいる。

 それを見て、命を賭けたギリギリの状態に自分を追い込んで、そうまでしてやることが善逸を支えるためだと。

 

「……あー、くそ」

 

 ばりばりと頭をかく。

 弟を思い出す。二つ年下の、親父と同じ思考回路を植え付けられたあいつを。

 自分を含む全ての命は任務達成のための駒にすぎない。悩むことは弱さの証。そんな価値観の下で動き続ける忍という名のなにか。

 あんな、機械仕掛けの人形のような無機質な存在に、なりたくなかった。なりたくなかったから俺は嫁たちを連れて里を抜け、鬼殺隊に入った。

 自分の意思で力を振るいたい。人を殺すのではなく救いたい。そう願ったから。

 

「善逸を頼む」

「……は?」

「あいつは技術はあるのに、どうにも精神面が追いついていない。洗脳して鬼切機械に変えることはできるっちゃあできるがな、それはしたくねえ。自分の意思で刀を振ってほしい」

 

 正座に座り直し、まれちーに向かって、頭が畳に付くくらいに下げた。

 

「もう俺があいつに教えられることは何もない。上弦を斬ったんだ、あいつは既に一人前、どころか柱として認められるのに十分すぎる働きをした。もうこれ以上俺が善逸についてやることはできないし、ついていたところで精神的な支えになることはできない」

 

 つうか男同士で心の支えとか、継子とはいえさすがにごめんだわ。

 半ば呆然とした声でまれちーが、

 

「……つまり?」

「だから、善逸を頼む。あいつを支えてやってくれ。あの才が、精神的な欠陥のせいで無様に死ぬのなんか見たくねえし、早々死なれたら指導した宇髄様は何をやってたんだって話になるだろ」

 

 たのむ、と最後にもう一度言って、俺はさらに深く頭を下げた。

 数秒、沈黙の時間が続く。俺の言葉を聞いて何を思ったか、まれちーはそのまま音もなく天井裏に逃げ込むように潜みながら、

 

「別に、そんなことあなたに頼まれるまでもありませんし」

 

 と言った。




最新刊読んだ感想

➡︎兄弟子クソすぎかよ

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