鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第35話 孤立

 ガタガタと揺れる馬車の振動の中で、童磨がにこにこと語りかけてくる。

 俺が罪悪感を持っているのか、と。

 ……。

 …………? 

 この畜生はドヤ顔で何を言ってるんだろうか。

 

「うーん。しらばっくれてるのか、自覚がないのかな」

 

 いや……ざいあくかんってどういう意味? 

 

「そこからかあ」

 

 いや待って、聞いたことある。というかド忘れしただけだから。もうちょっとで出てくるから。区間はわかるんだけど『ざいあ』の部分がちょっと耳慣れない感じ。宗教用語? 

 

「ん、いや」

 

 教祖だからってさ、専門用語使ってマウント取ってくるのなんなの。そんなんだから無惨様にあいつはあんまり好きじゃないとか会話が微妙にめんどくさいとか言われんだよ。

 

「え、なにそれ。嘘だぁ」

 

 上弦の陸の兄貴なんか童磨さんのことアホ呼ばわりしてたからね。あ、伍の半魚人がさ、売り物の壺を勝手に持って帰るのやめて欲しいってこないだ言ってたよ。

 

「勝手って、あれ? 貰っていくよーって声かけてたんだけど」

 

 いやあの壺って無惨の貿易会社で扱う売り物だから貰っちゃだめでしょ。しかもそれに女の首とか脚とか生けてたりしてるしょ? そのこと教えてあげたら魚人さん、それもまたよしって言ってたけどあれ結構傷ついてたからね。

 

「えぇ? いやいや、よしって言ってくれたんだから褒めてくれたんじゃないの?」

 

 こいつホント言葉の裏読めねーな。

 社交辞令も理解できないんじゃ日本人としてやっていけないぞ。

 日本語ではな、褒め言葉は褒め言葉じゃねーから。『元気そうだね』は『声でけーよお前』、『最近調子良いね』は『上司へのゴマスリうぜえ』、『いい天気ですね』は『頭が脂でテカってんだよハゲ』って意味だから。日本人は控えめでお淑やかな民族だから、相手の教養を試す意味でも直接わかるように批判しねーの。そういう会話の機微を読み取れない奴から窓際に追いやられていくんだよ。

 

「ホント? え、なにそれ怖い。そんな難しいこと今まで考えたことなかったよ?」

 

 そりゃあなたキョウソサマですやん、周りの信者は気を使ってたに決まってんでしょ。なに、もしかして自分とこの信者は笑顔だからみんな幸せだとでも思った? 残念でしたーそれ七割は愛想笑いで残りの三割苦笑いですー。多分あなた、信者の間では無惨様並のパワハラ上司扱いされてるよ? 

 

「……なんて酷いことを言うんだ。君って随分意地が悪かったんだね。仲良くなれたと思っていたのに」

 

 あーそれ気のせいですよ。仲の良いはずの鬼と会話している時もさ、なんだか話がつながっていない感じあったりしません? それ、あなたの言葉を除外して繋げればちゃんと会話が成り立ってますからね。

 

「……」

 

 あ、ちなみにこれは童磨さんのことを思って教えてあげてるんですからね? 周囲に嗤われているのに気づいていない人って見てて痛々しいですし、なんだかかわいそうじゃないですか。息臭い人にはちゃんと息臭いから口閉じてって教えてあげるべきでしょう、お互いのために。それと一緒です。あ、馬車ここまでで結構です、ここからは走っていきますので。

 

「んー、そうかい。じゃあこの辺でお別れだね。なるべく早く無惨様に喰われてね」

 

 そんな捨て台詞を後ろから投げかけられつつ、俺は監視ちゃんの簀巻を振り回しながら、林の中へと身を翻した。

 まだ俺の研究所までは距離があるけど、ナチュ畜と同じ空気を吸っているのがいい加減限界だったのだ。

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 

「奇妙だ」

 

 煉獄さんが、常にない硬い声で呟いた。

 視線を上げればその眉間には皺が寄っている。普段から特に意味もなく笑う彼にしては珍しく、固い表情で鎹烏から受け取った文を見つめていた。雰囲気の落差に隣に座って息を整えている伊之助も濡れた体を焚き火で乾かしながら首を傾げている。

 

「どうしましたか?」

「鬼がいない」

 

 端的な言葉。鬼がいない。それは、いいことではないか? 

 心肺能力を上げるために、俺と伊之助は煉獄さんの指導のもと山奥に籠もっていた。ひたすらに走り、深い川に頭まで浸かって水の抵抗の大きい棍棒でもって組手を行う。川底にある岩を足の指で掴みながら、水の抵抗の中で動き回る修行。これによって俺たちは心肺能力だけではなく、全身の筋も同時に鍛えられている。

 ただ、寒い。下手すると心臓が鍛える前に止まる。伊之助はガクガクと全身を震わせながら、

 

「そそ、それがなん、なん、何だよ?」

「伊之助、言葉が悪いぞ」

「少な過ぎるのだ」

 

 煉獄さんは文を睨み、何かを思考することに労力を割いている。

 

「少な過ぎる、というと」

「うむ、いや、今他の隊員達の仕事ぶりについてまとめられたものを届けてもらったのだがな。それを見るにここ数ヶ月で鬼の討伐数が極端に減っている」

「そりゃあ鬼どもを倒しすぎて全滅寸前ってことじゃねえのか?」

「否」

 

 煉獄さんは伊之助の言葉を頑として否定する。

 

「鬼は減らない。鬼舞辻無惨が生きており、やつの血がばら撒かれ続ける限り、鬼は増え続けるし民が害され続ける。鬼舞辻無惨を殺すまで我々鬼殺隊の任務が終わることはない」

「……では、なぜ?」

「わからん。鬼が人を食わずにいられる道理など、それこそ竈門妹のような例外くらいだ。鬼の全てがそのような例外に至ったはずもなし。にも関わらず鬼は減っている。藤襲山での最終選抜、今年は行われないそうだ」

「な、なぜですか⁉」

「鬼が山に一体もいないからだ。山から忽然と消え、新たに捕獲することも未だできていない。ただ七日間山で野宿するだけになるから、と今御館様は頭を抱えているそうだ」

 

 加えて、と煉獄さんが文から顔を上げた。

 

「鬼殺隊員が逮捕されることが増えているらしい」

「た、逮捕? ですか?」

「刀を持つことを咎められ、国家転覆を狙う過激派として取り調べを受けるのだと」

「なっ」

 

 確かに、鬼殺隊は政府の公認を受けていない。故に警官のように真剣を所持する権利なんて存在しないわけで、つまり日輪刀を持ち歩くことを見咎められることは当然といえば当然のことであるのだが、それだけで国家転覆を狙うとまで言われる筋合いはないではないか。

 

「今週になってからは刀どころか隊服を見て職務質問された、という報告が3件。藤の家紋の家に押し入りで強制捜査を受けたという報告が8件。捕まったとしても今のところは御館様が手を回して釈放させているそうだが、それだって今までの貸しの対価としてであったり金銭を渡してだったりだ。産屋敷家やあまね様のご実家、藤の家紋の家らの資金も有限。いずれは尽きる」

 

 鬼殺隊員や隠、刀鍛冶の方などを養うにも金がかかる。言い方は悪いが、鬼殺隊の任務をいくら遂行しようとも、それが金を生むことはない。

 

「しかも特高まで出てきているとなると」

「とっこう?」

「特別高等警察。言ってみれば過激な警察組織だ。逮捕した容疑者を拷問死させたこともあると聞く」

 

 拷問? 逮捕するのはわかる、しかし裁判を受ける前に拷問で痛めつけて殺すなんて、そんなことが許されるのか。

 

「その残虐性もさることながら、より脅威なのはその情報収集能力」

「と、言いますと」

「特高の能力を表す言葉にこんなものがある。『銭湯の会話すらやつらには筒抜け』」

 

 つまり、特高の監視の目はそれだけ広く、どこにでもある、ということだ。

 鬼殺隊員の周囲の気配を探る能力は常人を上回る。一般人の監視の目に気づかない者はいないはずだ。

 それでも、今後鬼殺隊の活動に大きな制限がかかることは間違いない。

 

「今までは鬼も、鬼殺隊も、その存在を秘匿されてきた。故に警察や特高が我々について調査することもなかった。しかし我らの存在が政府の人間に知られた以上、ややもすれば我々は、警察組織とも争うことになるかもしれない」

 

 なぜ、と思う。

 なぜ今になってそんなことになるのか、と。

 民を守るために剣を振るう鬼殺隊が、その民から排斥されつつあるという現実。その原因となる、政府や警察が鬼殺隊の存在を知るに至った経緯が気になって仕方がない。ただ刀を持つ不審人物がいる、という情報が広まっているだけなら、藤の家紋の家まで摘発されることにはならないはずだ。

 唐突に心細さが心胆を寒からしめる。今の自分たちの鬼殺の任務を支えているあらゆる方達を取り上げられ、犯罪者として手配される。

 社会から孤立していく恐怖。

 家族を失ったときと同種の、自身が立つ地面が崩れていく感覚。

 

「覚悟を決めろ。動くぞ。事態が、大きく」

 

 煉獄さんの呟きは虚空に溶けて消える。

 それは、予感とは呼べないほどに大きな確かさを伴う、確信だった。




原作が佳境すぎてちょっと様子見してます。
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