鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第37話 死声

 十人の男女が砂利の上に跪いている。筋骨隆々な大男から小柄な女性まで様々だが、いずれもその腰に日本刀を提げており、その佇まいから尋常ではない武を秘めていることが窺える。

 彼らが見据える先には、女性に支えられて座る、顔の上半分が焼け爛れたように引き攣れた青年がいる。

 柱合会議。

 緊急で招集された今回の会議における議題は二つ。

 一つは、上弦の陸討伐の報告。

 

「よくやったね、善逸」

「は、は、はははい!」

 

 言葉を賜り、恐縮と柱達からの視線への怯えからごりごりとその黄色い頭を地面に擦り付ける。

 音柱たる宇髄天元の継子、我妻善逸が単独で成し遂げた偉業に、以前は彼の切腹を望んだ柱の面々もその評価を翻さざるを得ない、それほどの偉業。

 お館様は善逸を称え、労い、何か望みがあるなら自分に伝えるよう告げ、

 

「善逸に聞きたいことがあるんだ」

「は、はい!?」

「上弦の陸との戦いの中で、独特な紋様の痣が額に発現した、と報告があがっているんだ」

「痣、ですか?」

 

 善逸は首を捻る。自分の額など戦闘中に見ることなどできるはずもない。

 

「できればその痣が出る条件を明らかにしたいのだけれど」

「じょ、条件と言われても……まれちーが拐われて、街中を駆け回ってやっと鬼を見つけて追い回して、て感じで」

 

 うんうんと唸りながら絞り出すように、

 

「女の鬼を見つけた時に、怒りで目の前が真っ赤になって……体温が異常に高くなって、自分の心の臓がすごい速く動くようになった時、だと、思います。そうなった時に体がふわって軽くなって動きも速く、周りもよく見えるようになって……」

「体温と脈拍、ですか」

 

 胡蝶が呟く。

 

「ではこれからはその二つを目安に、痣を発現させることが私たちの急務となりますね」

「ただね、当時の記録によると。痣を発現した剣士は皆例外なく……」

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 お館様の言葉にど汚いデスボイスじみた高音を吐き出しながら発狂した善逸を宇髄天元が拳で鎮圧させたところで、柱合会議はもう一つの議題に入る。それこそが今回の本題である。

 

「刀鍛冶の里が制圧された」

 

 ざわり、と柱の面々が騒めく。

 

「鍛冶を営む彼らが皆、捕まってしまった」

 

 鬼に、ではない。

 あろうことか、守るべき人間たちの手によって、だ。

 刀鍛冶の里に武装した警官隊が群れを為して襲撃、警備に付けていた鬼殺隊員も一緒に捕まってしまったという。

 鬼殺隊の関係者がこれだけの数、同時に捕縛されたのはこれが初めてのことだ。

 一体どこから情報が漏れたのか。

 

「何者かが、警察に情報を売ったのだろうが……その経路がわからない」

 

 こういったことを避けるため隊員にも場所を教えず、里も定期的に移動させてきたのだ。

 彼らは、鬼殺隊の中核とも言える存在なのだから、考えうる最大の注意を払ってその秘匿に力を注いでいたというのに。

 

「裏切り者という可能性は考えられない。恐らく、なんらかの血鬼術だろう」

「それは、鬼と人間が手を組んだ、と考えておられるのですか?」

 

 悲鳴嶼が問い掛ければ、お館様は重々しく頷いた。その表情が歪んでいた。柔らかい、陽だまりが如き笑みを浮かべるお館様の表情が、常にはない苦悩の焦燥に満ちている。

 

「子供たちも多くが捕まってしまった。鬼が出たと報せを聞いて駆けつければそこには警官が群れを為して待ち構えていた、ということが何度かあった。おかげで、鬼狩りの任務に従事できる人員がすでに六割を切った」

 

 極め付けは、上弦が出た、という情報があったことだ。

 それを聞き、産屋敷耀哉は焦ってしまった。上弦の陸を討伐したという情報を得た直後であることも焦りに拍車をかけ、多くの鬼殺隊員を向わせてしまった。それが人間を使った鬼舞辻無惨の狡猾な罠であった。銃を、風柱の弟が持つ銃身の長い散弾銃を構えた警官に囲まれ、逃げようがなかったのだ。彼らを率いていた2名の柱を含めた数名を除いて。

 

「言い訳しようもなく……面目次第もございません」

 

 時透と甘露寺が頭を下げる。二人の眼力だからこそ察知できたことだが、その場にいた警官隊が身を包んでいた衣服は、鬼殺隊が採用している生地と同じものだった。すなわち耐刃・耐衝撃性能に優れたもので、しかも警官たちはそれを何重にも重ね着して、頭部には戦国武将もかくやというような兜で頭を保護し、かつ顔を隠していた。

 銃弾での同士討ちは期待できず、一方的に銃弾の標的にされる状態。そこに一発の威嚇射撃と降伏勧告。混乱する隊員の隙間を縫ってその場を脱出できたのは柱を始めとした上級の隊員だけで、その場で別れた者達がどうなっているのかは産屋敷家の情報網を駆使してもわからなかった。

 隊員も、日輪刀も、藤の家紋を経由した様々な物資も含め、そのほとんどが人間の手によって取り上げられていく。

 まるで真綿で締め付けるように、鬼殺隊の動きが制限されていく。

 上弦の陸を倒した、歴史的快挙を成したというのに。

 今こそ鬼に対して攻勢に出るべき兆しが見えているというのに、あろうことか守護すべき人間がそれを阻むのだ。

 胡蝶しのぶが若干顔を青ざめさせて、

 

「もしや、この屋敷の場所も知られているのでは?」

「可能性はあるね。だけどそれより、鬼殺隊の弱体化の方が深刻で重大だ。政府となんとか交渉してはみるが、それまで僕の体が保つかどうか……」

「お館様……」

 

 胡蝶はいたわしげな目でお館様を見るが、彼らに出来ることは何もない。集まっている面々は柱であり、鬼殺隊にとってなくてはならない人材ではあるのだが、彼らに最も求められるのは剣の腕であり鬼を殺す技術である。その鬼すら姿を見かけなくなった今、何もできぬまま追い詰められることへの焦燥が心を焦がす。

 

「備える必要がある。鬼が人を裏で操ろうとも、守るべき人が皆鬼殺隊に牙を剥こうとも悪鬼滅殺の使命は揺るがない。そうだね?」

 

 はっ、と柱の面々が声を揃えて頷いた。

 

「それとね、しのぶ」

「はい」

 

 産屋敷耀哉は、異質の柱、鬼を殺す毒の製作者に、ある人物との共同研究を持ちかけた。

 絶句する胡蝶も、他の柱も、産屋敷耀哉本人すら、彼の首筋から離れる蚊に気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────

 

 

 

 

 

 

 という会話をやってたみたいよ。

 

「……相変わらず有能な男だな貴様は。忌々しい」

 

 忌々しいてあんた。

 

「人間を使う策は想像以上に上手く進んでいるようだ。蚊を用いて鬼狩りどもの居場所を把握するよう言っておいたが、そちらは?」

 

 残ってる鬼殺隊員はもう九割方見つけてるよ。もちろん産屋敷の屋敷も。産屋敷屋敷ってなんか言いづらいね。

 

「そうか。順調だな。このままでいけば産屋敷と鬼狩りどもを一網打尽にする時は近いな」

 

 スルーされて寂しい。夏至ちゃんいたら突っ込んでくれるのに。

 俺がいるここは無限城。ぐちゃぐちゃに混ぜられた和風の建物の一角に置かれた二畳の畳に子供サイズのショタむーざんは腰を下ろし、俺はその正面に教師に説教される学生のように突っ立っていた。

 隣には前髪琵琶女さんがうつ伏せにぶっ倒れていた。蚊の群れを日本中に送ったり戻したりでべんべんべんべん琵琶を弾き続けていた結果がこれである。やっぱ血鬼術て使ってるとなんかMP的なサムシングを消費するくさい。

 

「鳴女、起きろ。仕事の時間だ」

「……………………………………………………………………はい」

 

 のったりと体を起こした彼女はめきめきむちぃ、と右腕からトレードマークの琵琶を取り出した。

 姿勢を整え、琵琶を構える。一拍を置いて、彼女の演奏が開始された。

 それは超高速の速弾き。

 鬼の身体能力や反射神経、鬼の身体から作り出された琵琶の性能などを盛りに盛ったその奏法は全盛期のイングヴェイ・マルムスティーンのギターソロを彷彿とさせる。指が分裂しているかのように踊り狂って弦を弾く回数は一秒間におよそ300回超、18000bpmという頭おかしいテンポだ。人外にもほどがある。リズムをとる上下運動が加速してデスメタルのヘドバンみたいなことになっている。それをこんな長々とした頭髪を乗っけた頭でやるものだから髪がぶん回されてひどいことになっているのも人外具合に拍車をかける。

 そうして弦が一度弾かれるたびに極小の、親指の爪ほどの大きさの襖窓が開き、閉じ、消滅する。つまり1秒の間に小さな襖が300個、彼女を全周囲から取り囲むように出たり消えたりを繰り返している。無論この一度の開閉で一匹の蚊が通過している。琵琶さんはこうやって、日々蚊を用いた情報収集兼鬼間の情報伝達の中継機として活躍してくれているのである。

 

「オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」

 

 で、興が乗るとこうしてデスボイスで歌い出すのだ。あの寡黙で会話も最小限に抑えたがる琵琶さんがヘドバンしながらドぎつい低音で歌う様は、その、なんだ、正直ヒく。

 

「なんだヒくとは、貴様のところで教育を受けさせた結果こうなったのだろうが」

 

 でも有能でしょ。

 

「まぁいい。この調子で『イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙イ゙エッ』直に情報が集ま『ヴヴヴヴヴヴヴオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙』その時が鬼狩りの最期『イエ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙』…………………………」

 

 うるさ。

 

「では鬼狩りの全員が把握できたら知らせろ」

 

 そう言ってショタむーざんは立ち上がり、目の前に開いた扉から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 そして、3日後。

 鬼殺隊の残存勢力全ての所在を把握し尽くした鬼舞辻無惨が、産屋敷耀哉の下へと向かった。




痣の設定についてはコミック派の方を配慮してぼかしました。

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