ともあれ選別である。
まれちーの、あの最初に会った時の、俺がいなかったら間違いなく死んでたレベルの醜態は、いきなり大量の鬼に追い回されてテンパってたかららしい。良い匂いだからね、仕方ないね。
さすがに最初から複数の鬼を相手にするのは無理があるので、最初は俺がとっ捕まえた鬼の弱そうなやつ、つまりいい匂い成分が少ないやつね、そういうのから順に面と向かって戦わせてみたら、けっこういいとこまで戦えてた。なんかめっちゃ脚速かったし。速いというより早い? 流水みたいに滑らかに走って、構えたと思ったら風が逆巻くような音がして、一瞬ですぱーんだった。イ・ア・イ・ギ・リ、みたいな。
「水の呼吸 一の型 水面斬り」
静かに技名を呟いて、鬼の首を一刀両断。
やだかっこいい。侍ポニテをなびかせて戦う感じが超イカす。今度やり方教えて。
つうかまれちー強いじゃん。
パンク君も何気に頑張った。こっちの方はまれちーちゃんより斬撃の速度というか、キレが悪かったけど。速いは速いんだけどなんだろう、緊張しすぎて動きがめっちゃ硬い。ガチガチ。
俺が会社にいたころの、朝礼で五分スピーチを抜き打ちでやらされた時を思い出す。社長とか専務とか、俺が噛んだり話を考えようと言葉が詰まるたびに舌打ちしたりため息ついたり。そういうプレッシャーがさらに焦りと硬さを生むという悪循環。今になって考えると、徹底的に自己批判させて自信を喪失させ、考える能力を剥ぎ取ることが目的だったんだろうな。自分はなにやってもダメだ、何やってもうまくいかない、という意識を擦り込んでおけば、自分で考えて行動することがトラウマになるからね。自分のダメなところ、悪いところを繰り返し繰り返し、口頭だったり反省文だったりでいろんな言葉で説明させてたからね。そのくせじゃあどうすればいいのってところはノータッチだからね。思考力奪っといてそりゃねーだろ。
パンク君はそんな経験があるのだろうか。この年ですでに社畜根性が染み付いているとか、ちょっと親近感湧いちゃうよお兄さん。
それにしても、二人ともあまりにも一太刀で鬼を殺していくから聞いてみた。
なしてあんな簡単に鬼を殺せるの? て。あいつら再生力ハンパないでしょ、ただ殴るだけだと全然死なないよ、俺は詳しいんだ。だからこそ色々実験が捗ったけど。
「日輪刀のおかげです。あの、実験て?」
「おい聞くなよ、明らかに不穏な空気だろ。聞いたら絶対後悔するって。なんであんたちょくちょくそうやって自分から藪を突くの?」
まれちー達選別受験者が持ってる刀は特殊で、これで首を切れば不死身に近い鬼も殺せるんだって。まじか。
せっかくだから俺も五本くらい拾っていくことにした。刀だし、売ればそこそこの金にはなるでしょ。一本は自分で使う。この短いやつなんて俺でも使いやすそう。
二人にすごい微妙な顔をされた。
なんだよ、持ち主は食われちゃってるし、持ち主不在の刀を再利用するだけだよ。
この選別って何年かに一度やってるんでしょ? そのたびに何十本も刀がこうして捨てられるんでしょ? じゃあむしろ拾わないと。山にゴミを捨ててはいけない。いいね?
「……」
「……」
なんか言えよ。
そんなこんなであっという間に最後の夜となった。
ぼちぼち下山である。
まれちーとパンクはこの後、鬼殺隊として働くことになる。
パンクもだいぶ緊張しなくなったけど、やっぱり不安だなあ。
いいか、契約書にはちゃんと目を通せよ。人事課の言うことなんか当てにするなよ。残業がありませんって、それ残業としてカウントしてないってことだからな、残業代ゼロってことだから。夜に会社まで行ってみろ、説明会で人当たりの良いこと言ってる会社ほど深夜まで煌煌と灯りがついてっから。休みの日は清掃ボランティアで地域に貢献とか、それ奴隷扱いされてるだけだからな。
ぽかんとされた。
不安すぎる。絶対この子たち将来騙されるよ。
え、パンクはもう騙されまくった後? なにそれ。いやいや君まだ十五、六でしょ。騙されたつってもせいぜい肥溜めに落とされたとかそんなんでしょ。
「あのね。好きになった女にね、こう、振り向いて欲しくて貢いでたらね。一緒に逃げようって約束までしてたから借金とかもしてたのね、どうせ踏み倒すし。そしたらその女、その金で別の男と高飛びしちゃってね。俺の部屋の家財とか全部売られちゃってたし、箪笥の奥に隠してた財布とか貯金壺も一緒に持ち出されててさ」
うわきっつ。
「そんなんされたら俺、一文無しで借金しか残らないじゃない。飯だって食えないし、逃げる当てもないからすぐ借金取りに捕まったしね。どころか、その女個人の借金まで俺が返す感じになっててさ。まあその女にね、証文を借金取りに売られてたわけだけど。あとは人買いに売られて、鉱山か漁船に売られて死ぬまで奴隷……てところで拾ってくれたじいちゃんが育手でね、死んだ方がマシってくらいの修行が始まったんだけどその時俺十歳」
まれちーもドン引きしてるんですが。
それ、鉱山の方がよかったんじゃないの? だってこのままだと君ほぼ間違いなく死ぬじゃん、二十歳なる前に生きたまま食われて死ぬじゃん。
「なんでそういうこと言うの!? 俺だってわかってんだよこれ無理だって! だって俺才能無いもん正直この最終選別で死ぬつもりだったよ! もしなんかの間違いで、偶然! たまたま! これを生き延びたとしてもね!? どうせすぐ死ぬじゃないどうしようもないじゃないこんなのおお!」
ブリッジしながら元気いっぱいに弱音を叫んで、ぴたり、一瞬の間が空いた。逆さまに俺を見て、あ、と何かに気づいたらしい。カサカサと裏返しの蜘蛛みたいに迫ってきた。
「お願いします助けてください! 助けて! 頼むよ助けてくれよおじさん! いやああああ! 死ぬの、いやあああああ!」
ちょ、すがりつくなよ涙と鼻水と涎と手垢が繁殖して服が黄色くなるだろ。
「言い方ぁ!」
いや、でも俺はまれちーについていくつもりだし。
「え、そうなんですか?」
君の血って美味しいしね。正直逃すつもりはあまりないかな。
それにウィンウィン、お互い得する関係じゃない? まれちーの鬼狩りを手伝いながら、俺はその鬼の血と、まれちーの血を少し分けてもらう。
何よりもね、これが一番の理由だけど、君らが悪い大人に騙されないようにね。
「え、でも」
いいのいいの、気にしないで。やっぱり子供が犠牲になるのって気分悪いしね。
「……いや、え?」
まれちーの視線が俺の腰にある五本の刀に向けられている。
会話する時は相手の目を見ようね。
「あ、はい」
か、勘違いしないでよね。君が心配だから付いて行くだけで、君の血が目当てなわけじゃないんだからね!
「俺は!? ねえ俺は!? 」
君の血はいらないです。
「血の話じゃねーよ! お前俺をここで見捨てたらこれ子供を見殺しにするのと変わらないぞ! 人を食ったことないって、見殺しにしてたら結局一緒だからな! 二人とももれなく人殺しだぞわかってんの、ねえわかってんの!?」
「あ、あの、おじさん」
何さまれちー。あー、同情しちゃった?
「えっと、はい。騙された話もそうですけど、ここまでくると哀れ過ぎて」
まれちーも将来男に騙されそうだよね。母性本能くすぐるダメ男を養って「この人には私がいないとダメなんだ」とかって満足感に浸ってそう。でもそれ、男からは十中八九都合のいい飯女としか思われてないからね。
「なんでしょう、飯女という単語の意味はわからないけどものすごく心に効く……!」
まれちーは結構情の深い女だしね。パンク君を今ここで振り払ったところで別のダメ男を養う羽目になるでしょ。
「じゃあ俺で良くない!? 養って、ねえ養って!! お願い結婚して!」
「け、結婚って……!?」
なんで赤面してんの? 多分日本有史以来最低の求婚だと思うけど。どんだけチョロいのまれちー。史上最チョロ。
つうかパンク、お前こないだ「おおおおお俺がまま守るんだな、おにぎりがすすす好きなんだな」って言ってたじゃんか。あの気概はどこ行ったん。え、言ってない? なに、あれは嘘だった? おにぎりは知らない? もう言ってる意味わかんね。
でも、まあ。どうせダメ男を養うことが避けられないなら、まだパンク君で妥協しとくのが良いと思うよ。
「はあ。と、ところで、ついていくと言いましても、おじさんはどうやって外に出るんですか? 藤の花が咲いているんですよ?」
藤? あ、この匂いってあのずっと咲いてる藤が原因なんだ? 臭いよね。臭くない? 人にはなんともないの? あ、そっか……。
なんか予想外のタイミングでダメージきた。
うん、そうだね。この臭いの元には近づけないわ。でも山道を降りてく必要はないでしょ。
「と言いますと?」
掘る。
「え?」
山の外まで地面を掘ってく。地下に道を作るの。クリムゾンロードを突き刺して地中で枝を八方に分岐させれば土も脆くなるし。このくっさい臭いも地面の下ならいけるでしょ。
「……まあ、そうでしょうけど。あれ、これやばいんじゃ」
「やばいけど、俺らじゃ止められねえよこれ」
というわけでレッツゴー。あ、まれちーは適当に行っていいよ。滝野山だっけ、修行場所。後で追いつくから。
あ、掘りながら思い出した。
まれちーたちと頑張って山の鬼は大分片付けたつもりだったけど。
あの手がいっぱい付いてたデカい鬼、結局捕まえられなかったな。
つうかパンクと会った時以来見なかったんだけど、誰かに殺されたんだろうか。