鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第41話 天狗

 ……。

 ……………………やっべ。

 

「おい、どうするんだ」

 

 い、いやまだ大丈夫。全然問題無い。

 

「問題ないわけあるか。薬を打たれた鬼殺隊、柱以外ほとんど死んだぞ」

 

 そうなのだ。

 目論見通り鬼殺隊の面々には痣が発現した。上弦と戦っている柱達も身体能力を向上させ、少しずつ押し返し始めている。

 その一方で、アドレナリンをぶっ込んだ副作用だろうか、眷属の蚊に注入された途端、平隊員達がみんな揃って左胸を押さえて膝から崩れ落ちた。

 あーあ、なんて顔でジト目で睨まれる。

 いや夏至ちゃん、バカ言っちゃいけない。死んだわけじゃないから、心臓止まっただけだから。だからその目やめーや。

 

「……同じことだろう?」

 

 は? 全っ然違うし。鬼ってそういうところあるよね、人間を過小評価しているっていうかナチュラルに見下してる感ある。そういうところって言動に出てるからね、知らず知らずのうちに周りの人から距離置かれるようになるからね。

 

「距離置かれるほど他者の関わりがないなこんな環境では。で? 死んでなければどうするんだ?」

 

 もう一度アドレナリン射てば拍動も再開するでしょ。ほらもっかい襖開けて。心臓動くようになるまで何度でもぶち込んでやるぜ。組織の存続がかかってる修羅場で寝こけるなんて社畜の風上にも置けねーっていう。

 働け、もっと働け……。

 

「いや、まあ開けろというなら開けるが。どうなっても知らんぞ」

 

 とりあえず気付けに使えそうなものを適当に盛り込んで蚊を媒介に注入してもらう。すると寝ていた連中がビクンビクンと体をえび反りにして痙攣を始めた。

 やっべ。

 

「おい、とどめか? とどめを刺したのか? その片棒を担いだのか私は? ん?」

 

 い、いや事故だから。不幸な事故。つくづく不幸な事故でした。返す返すも残念でなりません。

 

「あ、動いた……立ち上がったぞ!」

 

 ほら見ろほーら見ろ。ちゃんと痣出してみんな生きてるじゃん。とどめだ事故だと人の判断を無根拠に批判しちゃってさ。凡人の根拠なき偏見こそ文明の発展を阻害するのだと肝に銘じたまえよきみぃ。

 

「投与した薬剤のチョイスだって根拠ないヤマ勘だっただろうが」

 

 これだから物事の表面しか見れない凡人は。いいかい、例えばかの有名なパブロ・ピカソは晩年に、十秒程度で描いたスケッチ一枚に数千万の値段を付けたんだ。それに納得がいかない記者が言うわけだ、十秒で描いた落書きがそんな価値があるわけないだろうと。ピカソそれに答えて曰く、私はこのスケッチを描くのに数十年かかったのだ、とね。

 

「で?」

 

 かっこいいよね。

 

「また意味のない戯言を並べる。ピカソとか知らんし……で? そういうお前は天才なのか?」

 

 あ、見て見て夏至ちゃん、鬼殺隊が動き出したよ、一部が戦闘を再開してる。

 しかもあそこにいるのって犬並み嗅覚少年じゃない? 女医さんのところで作った人間化薬、ちゃんと妹さんに届いただろうか。

 その妹さんのために戦う犬並み少年も、他の鬼殺隊員と同様額に痣ができて、今までとは比べ物にならない動きで戦っている。

 と言ってもほとんど意味ないんだよな。

 彼が今戦っているのは、上弦の肆。

 現在の戦況として、生き残ってる人間が250人、うち鬼殺隊が52人。

 上弦の壱と戦闘しているのが柱3人、参と戦闘しているのは柱2人。

 残った戦闘員は半分が無限城全体を散らばって鬼やむーざんを探して走り回り、残った百人ほどを上弦の肆が受け持っている。

 上弦の肆はだだっ広い、体育館のような広さの部屋に陣取っていた。板張りの床に柱、正面には木造の、四大王の像が並べられている。

 上弦の肆こと半天狗は、弱点である本体を隠して攻撃性の高い分裂体に対象を殺害させるという、実に悪辣な戦術で戦う。分裂体達は日輪刀で首を斬られても死なず、斬られることを恐れずに高威力かつ広範囲の攻撃を仕掛けてくるのだ。

 ほら今も激おこカムチャッカさんの錫杖から放出される落雷連打で警官が十人死んだ。隣の部屋では槍の人の連続突きでまた十人、団扇の人の一振りで十人がひしゃげ、空飛ぶやつは少し離れたところで人を攫っては深い縦穴部分に放り投げてて、その底は数十人分の人肉でミートソースが出来上がっていた。人が固まってるところには超高音の衝撃波をぶっ放して鼓膜をまとめてぶち破って戦闘不能に陥れた。で、巣に餌を運ぶようにまとめて縦穴に放り込んでいた。

 無双すぎる。

 見る間に人が死んでいっているんですけど。

 制圧戦において適性高すぎませんかね。

 というか、半天狗の本体を無限城で見つけるとか無理ゲーすぎるんですが。

 と思っていたら、猪の頭部を持った異形の剣士が、高いところからこっそり戦闘を覗き見ていた本体ことチビ天狗のいる方向をビシッと指差した。すげえ、どうなってんだ。

 そこから鬼殺隊は二手に、本体を追う側と、分身体を足止めする側に分かれた。

 逃げるチビ天狗、追う猪。

 痣のできた犬鼻君は空飛び丸の翼を切り落として、団扇の人の両腕を切り離した後、髪がキューティクル抜群でさらさらな隊員に声をかけられた。

 

「竈門!」

「村田さん!」

「お前もその鼻で奴の位置がわかるだろ! 追え!」

「む、村田さんは?」

 

 キューティクル隊員村田はニヒルに笑って、

 

「こいつらを足止めしてやるさ。なんか俺、今すごい体が軽いし、なんでもできそうな気がするんだ。行け!」

 

 他の隊員達にも後押しされ、犬鼻少年は後ろ髪を引かれながらも、それを振り切って駆け出す。村田の言う通りその嗅覚でチビ天狗の位置を正確に把握しているのだろう、すぐに猪頭に追いついて一緒に走り出した。

 チビ天狗が細いところに逃げ込んでも、なんだあの猪すげえな、肩の関節外してウネウネ入り込んで追っていく。犬鼻君も匂いを頼りに迂回してチビ天狗を追い回す。

 その間も鬼殺隊の指揮をとる村田の下、倒れた空飛び丸を数人がかりで床に縫い止めたりと頑張ってる。

 その傍らで激おこカムチャッカを他の上位の階級の隊員と足止めしている。誰が気づいたのか、空飛び丸から切った翼で錫杖を包んで雷撃を封殺している。

 頑張ってる。

 すげえ頑張ってる。

 頑張れ頑張れム・ラ・タ、負けるな負けるなム・ラ・タ。

 よし、頑張ってるムラタさんに免じて、手の空いてる隊員とか警官を合流させてあげよう。夏至ちゃんよろしく。

 

「まあいいが。大丈夫か?」

 

 いけるいける。むしろ御祝儀的な? 頑張る人は応援すべきじゃんね。あ、手が空いててもパンクはお疲れだからそれ以外の隊員と警官ね。

 その辺を走り回っていた連中の足元に襖を出して、分身体のいる部屋や、入りきらない分はその周りの部屋に落としてやる。近くの隊員がすぐに状況を説明し、やるべきことを理解した彼らは即座に戦線に参加する。

 襖越しに応援していると、激おこカムチャッカがマジギレボルケイノして仲間の分身体たちを共食い、融合してショタジジイ天狗が召喚された。

 

「え、子供?」

 

 村田が一瞬の驚愕で動きを止めた。そんなことをいちいち寛恕しないショタジジィは、エネルよろしく背中に生えた和太鼓をデデンと叩いて木製の竜、というか八岐大蛇的なサムシングを召喚。

 

「血鬼術 無間業樹」

 

 うねる木龍が広い部屋を蹂躙する。

 その場にいた鬼殺隊及び警官隊のほとんどを一瞬で踏み潰した。

 村田ああああああああ! 

 

「……ごめんなさい、遅くなってしまって」

 

 現れたのは、桜餅みたいな髪をした、痴女のような隊員だった。現代のコスプレイヤーでもここまで露出はしない。この時代にあんな服を作ったやつは一体何を考えているんだろう。時代を先取りしすぎである。

 

「……甘露寺、気に病むな」

 

 その隣には桜餅よりも小柄な、顔の下半分を包帯で覆った中二病患者な縦縞が寄り添っていた。

 二人は両腕に一人ずつ、計四人の隊員を抱えて木龍の蹂躙範囲から逃れていた。桜餅の右肩に村田がいた。やったな村田。だが、それ以外の隊員は全て踏み潰されていた。板張りの床全体が血に染まっている。あたりに散らばる、三桁越えの遺体に桜餅は痛ましそうにうつむくが、すぐに顔を上げてショタジジイを睨みつけた。

 その目には涙と怒りが、首元には花弁のような痣が浮かんでいる。

 桜餅は肩に担いだ隊員を下ろし、

 

「許さない……」

「極悪人めが、そこを退け」

「絶対に、許さないんだから……!」

 

 鞭のような刀を突きつけ、ショタジジイに引導を渡すべく動き出す。柔らかい体を駆使して不規則に木龍をかわし、その鞭のような日輪刀を振りかぶった。

 それとほぼ同時に、

 

「獣の呼吸 陸ノ牙 乱杭咬み!」

 

 そんな叫びがここまで聞こえた。チビ天狗をグルグル追い回して戻ってきたのだろう。見れば、猪頭が振るう二本の刀が、チェーンソーのようにその細い首を切り裂きながら交差し、ガタガタの切り傷を作りながら刎ね飛ばした。

 本体が斬られ、ショタジジイももちろん崩壊する。

 

「ゲハハハハ! 上弦をぶっ殺してやったぜ!」

 

 猪頭の勝鬨が上がる。

 怒りに任せて目の前の鬼を斬ろうとしていた桜餅は、振りかぶった体勢のままフリーズしてしまった。

 ドンマイ。


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