鬼になった社畜【完結】   作:Una

42 / 50
第42話 闘気

 上弦の参は殺戮の限りを尽くしていた。

 柱数人を相手にしながら、戦闘に割って入れず周囲に立ち尽くす警官隊は、鬼の攻撃の流れ弾というか、流れ斬撃や流れ拳撃で何の意味もなく死んでいく。散弾銃を構えた警官隊も、ばら撒く銃弾がまるで当たらない。挙句どちらも無数の弾丸を全て銃口に向けて、素手で受け流す始末だ。

 何の技術もなく。立ち止まり、銃口を向けて、引き金を引く。

 それは確かに速度という点では刀よりは上であろうが、早さで比べればあまりに遅い。

 特に上弦の参である鬼、猗窩座においては引き金を引く瞬間の微弱な闘気の上昇まで感知して自動で避ける、あるいは受け流してしまうため、相性でいえば警官隊にとって彼は最悪と言ってよかった。

 常人では理解できない鬼の化け物ぶりを目の当たりにして、湯浅と呼ばれる男、今回の鬼討伐作戦の全権指揮官である彼は股間を濡らしながらへたり込んでいた。

 ありえない。

 なんだあの化け物は。

 あの男は言っていた。この特殊な鉄で作られた銃弾で首を吹き飛ばせば鬼なんてワンパンっすよ、と。

 それは事実なのだろう、しかし、しかしだ。

 鬼という物がここまで規格外だなんて聞いていなかった。散弾を避けるだと? 素手で弾くだと? 拳の一振りで、ハエを払うような何気ない、視線も向けずに振るわれるそれで人体を破壊するだと? 

 なんだそれは、こんな存在があっていいはずがない。

 今回の作戦の成就をもって大日本帝国はさらなる飛躍を遂げるはずだったのだ。

 アジア全土を欧米の支配から脱却させ、欧米諸国と肩を並べる大帝国になる。自分はその帝国の中枢を担う職に就くだろうと、そう夢想していたのだ。

 そうだ。

 諦めてはならない。

 自分はこんなところで失脚するわけにはいかない。

 心を奮い立たせ、抜けた腰を煩わしく思いながら、湯浅は腰に挿していた散弾銃を抜いた。

 柱と呼ばれる日本刀の使い手との戦いで、縞模様の鬼はこちらに注意が向いていない。

 今なら殺せる。

 膝を台座に、湯浅は狙いを定める。

 引き金に指をかけ、機会を待つ。

 縞模様の、猗窩座と名乗った鬼は、数人の剣士との戦闘で高速で動き回っている。一瞬でいい、誰か足止めをしてくれ。

 そこで、黒髪の緑色の衣を羽織っている男が、猗窩座の拳撃の嵐を真っ向から受けてたった。その周囲はまるで凪いだ海のように静かで、暴風の如き鬼の乱打を音もなく捌き続けている。

 今しかない。

 

「よせ!」

 

 その判断が指に伝わって、反射のように引き金を引いた。

 次の瞬間、跳ね返された銃弾で湯浅は顔全体に銃創を負って死んだ。

 

 

 

 

 

「これで邪魔者は全て消えたな」

 

 修羅が笑う。

 両手にこびりついた血を見せつけるように舐め取りながら。

 見渡せば、すでに人影は残っていなかった。あるのは死屍累々、砕け折られた血みどろの死体だけであった。

 拳と散弾の暴虐の中生き残ったのは、鬼殺隊の柱である煉獄と冨岡、そして後から合流した音柱、宇髄天元の三人だけだ。

 

「守れなかったか……!」

「守る? おかしなことを言うなお前は」

 

 猗窩座は辺りを見渡し、自分が築いた屍山血河を示すように両腕を浅く広げた。

 

「これらは全て、自分の意思で戦うことを選んだんだろう? 死んだのはその結果だ。弱者が身の程を弁えなかった罰だ。罰を受けることを防げなかったと他者が嘆くは傲慢だろう」

「君の言っていることがまるで理解できない」

 

 炎柱たる煉獄が屹然と言い放つ。

 鬼が直接弱き人間に襲いかかるのならばそれを防ぐべく動くことはできた。しかしこの場にいたのは自分たち柱以外全員が銃を装備した警官隊だった。

 彼らとは連携もできず、上弦の参の圧倒的な強さと鬼気に恐慌状態に陥った彼らは棒立ちかむやみやたらに引き金を引きまくるかのどちらかで、その弾丸を全て跳ね返されて死んでいったのだ。柱という肩書きも彼らには何の意味も無く、撃つのを止めろと叫びはしたがそれが聞き入れられることはなく、散弾を止めることもできない以上流れ弾や上弦の鬼がこちらに跳ね返してくる銃弾の嵐を捌き続けるだけで精一杯だった。

 散弾の集中砲火をほぼ無傷で凌ぎ地獄を作り上げた鬼が、親しげに話しかける。

 

「素晴らしい闘気だ。三人とも。見ただけで瞭然だ。柱だな? お前たち」

「俺をこいつらと一緒にするな」

 

 冨岡が言う。こいつはまたそんなことを、と宇髄は呆れる。

 その強気な言葉(に聞こえるだけだけで本当はこの二人のような立派な柱とは違いますと言いたいだけなんだけど喋るのが嫌いなのでこんな言葉しか語彙の中にない)に猗窩座は嬉しげに笑みを深めた。

 

「お前たちの名を教えてくれ」

「俺は煉獄きょ……」

「鬼に名乗る名は……」

「俺は祭りの神だ!」

 

 静寂が降り立った。

 三人が同時に口を開いたせいで、煉獄と冨岡は他の者に発言を譲ってしまい最後まで言い切れなかった。周りを無視して自分を神と言い切った宇髄はさすがである。とはいえ三人の声が混ざってしまい鬼の聴覚をしても何を言っているのか聞き取れなかった。

 まあいい、と猗窩座は気を取り直して、

 

「鬼になる気はないか。鬼となれば永遠に鍛錬を続けられる、人間を超えられる」

 

 対し柱達は、

 

「なるわけがない!」

「口を開くな」

「常識で考えろよ口臭えよお前」

 

 ボコボコに言い負かされ、ピキリと血管を額に浮かべた猗窩座は、四股を踏むように地に脚を叩きつけた。

 

 ──術式展開 破壊殺 羅針

 

「ならば死ね」

「テメエが死ね、お洒落紋紋野郎!」

 

 猗窩座が飛び込み拳を振るう。

 宇髄が二刀でもってそれを受ける。

 左右に展開した冨岡と煉獄刀を振るうが、それを猗窩座はすり抜けるように回避した。

 微かに皮膚を切りつけられるが数秒とかからず回復する。

 

 ──破壊殺 乱式

 

 乱れる拳。警官隊との戦いにて十七人を一瞬で鏖殺した絶技。その一発一発が磁力で吸い寄せられるように三人それぞれの急所へと迫る。

 この攻撃に一番戸惑ったのは宇髄だ。

 この瞬間、猗窩座の律動が変化したのだ。

 どんな者でも決まった律動が存在するはずなのに、この鬼は攻撃ごとに異なる律動でもって拳脚を振るう。それは警官隊との戦いでもそうだった。まして銃弾をかわす時など、その直前までの動き、重心、律動からはありえない挙動で身に迫る銃弾を回避していた。

 宇髄は思う。

 善逸に修行をつけていてよかった、と。

 目では無く耳で攻撃を認識している者の挙動を自分は善逸から学んだ。

 周囲の音に頼るため、眼球という正面にしかついていないものに頼るよりも広角度を知覚できるが、弱点だって当然ある。複数のものが同時に迫ると、それらが放つ音が干渉しあって正確な位置情報を掴めなくなるのだ。

 善逸は、散弾銃の弾丸を聴覚だけで捌くことはできない。

 しかしこの鬼は、背後から放たれる散弾も認識し、目も向けないまま弾き飛ばした。

 つまりこいつは、聴覚で周囲を認識しているわけではない。

 視覚でも聴覚でもないなら、何だ。

 

 

 

「素晴らしいぞお前達、その練り上げられた闘気!」

 

 ──破壊殺 重式 鬼芯八重芯

 

 乱式よりは範囲が狭い、しかしその分集中された拳の群が三人に迫る。柱達はそれを剣でいなすもその重圧を化かしきれず、肩や脇の肉を削られた。

 

 

 

 極限の戦闘の中で記憶を辿れば、この鬼は全ての銃弾を防いだわけではない。

 二度、弾丸をその身に受けていた。

 いずれも背後からの銃撃であったが、幾度も背後からの不意打ちを完全に捌いていたはずなのに食らうものがある。その違いは何か。

 一つは、銃弾を受け吹き飛んだ者に押されての暴発。

 もう一つは、鬼の後ろ回し蹴りで頭部を爆散させられた男が、その直後に放った銃弾。

 首を飛ばされて、神経を刺激されて起こる痙攣で引き金が引かれたのだ。

 

「なぜ鬼にならない! 俺には理解できない、なぜ誰も俺の誘いに頷かない!」

「お前が嫌われているからだ」

「テメエがそれを言うのか冨岡ぁ!」

「何を言う宇髄! 少なくとも俺はこの鬼が嫌いだぞ!」

 

 ──破壊殺 砕式 万葉閃柳 

 

 馬より速く駆け出しながらの大振りの拳の一撃が床に突き刺さる。拳一つで地を砕くそれは、雷でも落ちたのかという爆音と衝撃をあたりに撒き散らす。

 形あるものは刀で捌くこともできようが、純粋な衝撃波はどうしようもない。一番近くにいて「心外!」と宇髄の言葉にショックを受けていた冨岡がその衝撃をまともにくらい、内臓に平等に痛みを覚えた。肋も何本かひび割れる。その隙を突くように猗窩座が体勢も低く冨岡の懐に飛び込む。

 

 ──破壊殺 脚式 飛雄星千輪

 

 その脚は打ち上げ花火のように冨岡の胸部に迫る。踵が寸分の狂いもなく、砕式によって冨岡が帯びた胸骨のヒビを強襲したが、それより先に冨岡の波紋突きが猗窩座の首を狙う。猗窩座は身を捻ることでそれを回避するも蹴撃が乱れ、冨岡の耳をかすめるに留まる。

 

 ──炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天

 

 打ち上げた蹴りの勢いのまま宙に浮いた猗窩座を捉えるべく放たれた煉獄の斬撃が、猗窩座の首を半分ほど裂くことに成功する。しかし猗窩座は羽が生えているかのように空中で姿勢を変えて回避した。

 

 

 

 宇髄は思考する。

 今の冨岡の突きも、煉獄の切り上げも。どちらも猗窩座の攻撃に対して先の先や対の先を捉える見事な律動で放たれたものだ。純粋な剣士ではない自分では放つことができない洗練された剣撃。それをまるで意識することもなくかわしたのはさすが数百年を修練に当てた修羅であると称賛できるものであるが、しかし、それよりもだ。

 そもそもあの鬼は、攻撃を認識していないのではないか。

 認識しているから防御ができる、と考えていたしそれが常識である、が。

 攻撃に転じていた猗窩座の意識の隙を縫って放たれた二つの斬撃を回避したのは、その回避に意識を用いていないからではないか。

 つまり、奴の防御行動は自動で行っているのではないか。

 攻撃があれだけ精密に人間の急所を狙えるのも、各攻撃ごとに律動が変化するのも、自分の意識でもって攻撃を放っているわけではないからだ。

 

 

 

「すごいぞお前たち、さらに闘気が練り上げられた! その負傷、体力も尽きかけた身でその精神力!」

 

 ──破壊殺 脚式 流閃群光

 ──炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり

 ──水の呼吸 拾壱ノ型 凪

 ──音の呼吸 肆ノ型 響斬無間

 

 鬼が連続して放つ蹴りを捌くも、人体の構造上脚は腕の三倍の筋力を持つ。それが鬼の脚ともなれば常軌を逸した破壊力を発揮し、しかもそれがほぼ同時に十八に分かれて三人を襲った。致命傷は避けるものの、その威力全てを回避するには三人とも至らず、たたらを踏んで大きな隙を作ってしまう。

 

 

 

 

 思考が巡る。

 羅針盤。

 自動。

 磁力。

 修羅。

 

 

 ──闘気。

 

 

 

「鬼にならぬなら死んでくれ、耐えられない! 強さを衰えさせぬまま、一瞬の花火のように生き恥を晒さず散ってくれ! 若く強いまま!」

 

 ──破壊殺 終式 青銀乱残光

 

 それはまさに終わりを齎す全方位への滅殺体術。それはまさに火薬の炸裂に似た広範囲攻撃。猗窩座を中心にばら撒かれる破壊の拳が、自分たちのいる部屋全体に破壊をばらまいた。ほぼ同時に放つ百発強の乱れ打ち、これが通常の家屋であれば一瞬で倒壊は免れなかったはずで、それに近距離で巻き込まれれば間違いなく死に至る。

 

「二人、か。生き残るとは大したものだ」

 

 躱しきれず、煉獄と冨岡が跪く。口惜しげに猗窩座を睨みつけるが、その視線すら嬉しそうに鬼は受け止める。

 

「一人は死んだか。確かに剣士としては一番才能が無かった。どうだ、お前たちまでこのまま死ぬことはないだろう?」

 

 猗窩座がそう判断したのは、宇髄の闘気が消えていたからだ。

 生物であれば皆闘気を纏っている。それが消えるのは死んだ時のみ。そう誤解していたから。

 また、剣士として格下と判断した宇髄が忍として生まれ育てられた存在であると気づかなかったから。

 そもそも猗窩座が生まれた江戸の時代、すでに忍の技術など途絶えていたと考えられていたため、今ここに忍が現れるなど想像だにしていなかったから。

 だから。

 音もなく背後から近づき、気配を完全に絶ったまま人を殺す技術を幼年期より叩き込まれた宇髄天元の手によって、猗窩座の首は見事に刎ねられた。

 

 

 どさり、と落ちた鬼の首が崩れる。

 それから時間にして五秒。

 体の崩壊が始まらない、いつまでも仁王立ちのままだ。

 まさか……三人の脳裏に恐ろしい予感が過ぎる。

 無惨が頭を潰して死なないように、上弦の鬼もまた──

 三人の柱が焦りを覚えた数瞬後、首のない鬼が動きだした。

 柱たちが刀をとる。

 鬼が片足を上げ、勢いよく振り下ろす。

 術式展開の動作だ。解けた血鬼術を再展開し、闘気の羅針を起動させようとして、

 

 地を踏みつけようとした左足が、その勢いのまま砕けた。

 

 鬼はそのまま床へと倒れ伏す。板張りの床に爪を立てるも、同時に指が自壊した。崩壊は全身へと波及し、数百年を生きた上弦の参はものの数秒で塵となって消滅した。

 誰ともなく、張り詰めていた息が漏れた。

 そこでやっと、柱の三人は警戒を解いたのだった。




上弦の壱との戦いは原作どおりということで飛ばします。
単行本派の方は、上弦の壱の過去エピソードなどもぜひ原作で読んでください、すげえです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。