鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第44話 排出

 むーざんが走り回っている。

 ありもしない餌を探して同じ道をぐるぐる駆ける姿はさしずめキモいハムスター。

 琵琶さん経由で無限城をいい感じにくねらせて、同じ道を走っていると気づかせないのは俺の手腕によるところが大きい。

 あれだな。

 いままで散々マウントとってくれやがったクソ上司を、こうやって掌の上で弄びながら飲む酒のうまいことうまいこと超うまいこと。

 もちろんこの酒には、今まで稀血牧場で丹精込めて育てた、搾りたての稀血と抗凝固薬をいい感じにブレンドした高級稀血酒だ。稀血の濃度も普段配給に回している稀血薬とは雲泥の差。

 とはいえ俺は口から嚥下するのではなく、触手から吸い取る形で摂取している。

 人の血とか肉を口に入れるとか、いやー無理っす。

 

「……その割に、随分と簡単に人間を殺せるものだな」

 

 そんなことを宣うのは、血やいい匂い成分を限界ギリギリまで吸われた夏至ちゃんである。簀巻き姿で床にうつ伏せのままだ。

 え? なんのこと? 俺がいつ人間を殺したんだよ、言いがかりはやめてくれよ。

 

「本気で言っているのか。警察の連中は貴様があの湯浅とかいう男を焚きつけて、無限城に送り込ませたのだろうが」

 

 わかってない、わかってないよ夏至ちゃんは。

 

「なにがだ」

 

 いいかい? 人生っていうのは選択の連続なんだ。自分の人生の岐路に立った時、他者に相談するのもいいだろう、いろんな資料を調べ、情報を集めるのも結構だ。立ち止まり、大いに悩むべき時もある。でもね、最後に頼れるのは自分だけだし、選択の瞬間は自分以外を頼るべきではない。その選択の責任は結局はその人本人に帰結するんだよ。

 共食いの本能を植え付けられた鬼だけじゃない。人間だって、孤独で寂しい生き物なんだ。

 

「ほざけ」

 

 なに、どしたん刺々して。更年期か。

 

「鬼に更年期などあるか。貴様の言は詐欺師の責任転嫁だろうが。というか、あんなに人肉が転がっていたのだ、少しくらい分けてくれてもよかっただろう独り占めしおって」

 

 あ、そこ? いやでも、これからを考えると分ける余裕はないっていうか。

 

「信賞必罰が組織の基本だと言っていたではないか。私頑張ったじゃん、すごい頑張ったじゃん、結構長い間! それなのに特に褒賞も給与もなく……」

 

 そうか、辛かったね。そうやって溜めこむのは鬼といえども精神的によくない。これからはそう言う愚痴を言える相手を用意しておいてあげるからね。はい解決。

 まあそうやって、部下の悩みを解決しつつ、人間化薬の分解で減ってしまったむーざんの体力をさらに削っていると、さすがに違和感に気付いたのか。むーざんが立ち止まった。

 

『……鳴女』

 

 琵琶さんが呼ばれたのでまた本人の振りをして返事。

 

『はい』

『貴様、なにをしている?』

 

 おっと激おこ。

 

『柱を二人ほど始末したところでございます』

『私は、人間どものいる場所に案内しろ、と命じたはずだ。気のせいか先から同じ場所を』

『やつら、あまりにも足が速く。今もかなりの速度で無惨様から遠ざかっております。その速さはまさにゴキブリチックで超キモい。さあ急ぎましょう。はよ』

『貴様、鳴女ではないな⁉』

 

 なぜバレたし。声真似は完璧だったはず。

 

「当たり前だ……」

 

 一緒に聞いていた夏至ちゃんが呆れた声で呟く。床にうつ伏せのくせにまだそんなことを。腹が立ったので夏至ちゃんの背中に腰掛けて無惨通信を行う。

 

『貴様……やはり貴様か。いつか来るだろうと思っていたが、このタイミングでか。忌々しい。珠世とも繋がっていたな? 蚊を用いて連絡をとっていたか』

『あ、同じとこグルグル走り回ってた頭無惨先輩様おっすおっす』

 

 うっわ顔中に血管ビッキビキでくそきめぇ。

 

『……鳴女はどうした』

『彼女は俺の横で寝てるよ』

『?』

 

 あ、通じてない。これだから千年物の未経験は。ビンテージかよ。

 

『貴様、何が目的だ? 私を取り込むことか』

『そのつもりでいたんだけどね。なんか相手するのも面倒かなって。無惨様はこれから永遠にこの城の中で走り続ける、なんてのもありかなあと。楽しそうだし』

 

 言いながら琵琶さんを弄って無限城の構造を変えていく。

 むーざんは今長い廊下に立っている。左右への曲がり角も何一つないただの廊下だ。

 その床の部分だけがゆっくりと動き出す。

 イメージとしてはロードランナー。床が進む先には巨大な吹き抜けの縦穴だ。その底は暗く、鬼の目でも見通せない。それに気付いたむーざんは肉の鞭を使って天井に張り付いた。

 小賢しい。

 同時に天井も、壁も起動させ、縦穴に向かって高速で走らせる。廊下の中にあるもの全てを押し流す排水溝のように無惨を縦穴へと送る。

 

「くっ」

 

 肉の鞭を振り回して廊下全体を破壊する。しかし破壊された残骸はすぐ後方へと押し流され、むーざんの足元には真新しい床が流れてきてその足を掬う。そのままビタンとコケてまた縦穴へと流れるように近づいていく。

 いや、まじでハムスターみたいだなこいつ。

 

「こ、の……!」

 

 すぐ立ち上がって再び走り出す。あ、走りながら琵琶さんの制御権を奪いにきた。え、ちょっと待って奪う力強いって。

 ていうかそれと同時に無限城の形も軋むように変化していく。建物全体が悲鳴をあげて、生き残った鬼殺隊の面々も周囲を警戒しだす。

 しまったな。このままだと琵琶さんの血鬼術がそのままむーざんに奪われる。

 琵琶さんて多分歴代の鬼の中で一番むーざんと一緒にいた時間が長いんだろう。そのせいか、鬼としての存在の根本的な部分までがっつりむーざんに支配されてるから、五感をいじることはできてもむーざんとの繋がりを完全に断つということができない。

 

「お、おい上司殿? 今これなにが起こっているんだ?」

 

 ケツの下から夏至ちゃんが不安そうに声をかけてきた。

 ちょっと今むーざんに琵琶さんの支配権を奪われかけてんだわ。

 

「な、それはダメではないか? 無惨様のことだ、裏切り者となった上司殿をねちっこく追いかけ回すぞざまあ」

 

 なに嬉しそうにしてんの。むーざん的には夏至ちゃんだって裏切り者枠じゃん。なんで自分はセーフだと思うのか。

 

「は、はあ⁉︎何を馬鹿な、え、なんで?」

 

 なんでってことあるか。ずっと一緒だったじゃん今更無関係ですって誰が信じるの。むーざんの呪いまで自分で外してるくせにさ。

 

「……よし、頑張って無惨を殺そうな! 何をすればいい? 上司殿の椅子係か?」

 

 いやいいよ、俺のせいで夏至ちゃんまで命狙われるなんて胸が痛むし。一人でなんとかするから夏至ちゃんは逃げてくれ。俺に任せて行くんだ、決して後ろを振り返るなよ。そして自分なりの幸せを見つけるんだ。君と過ごした時間、悪くなかったぜ。

 

「何を仰る、私が仕えるべきはあなただけだ上司殿。わかってるぞ? 二手に分かれて追手を私に擦り付けようというのだろう? 痛むような良心だってないくせにふふふ絶対逃がさん」

 

 ばれてーら。

 でもその変わり身の早さとか、全力で媚びる表情嫌いじゃないよ。

 あー、じゃあ一緒に琵琶さんの支配を維持しよう。触手出すだけの力は残してるでしょ。

 

「よっしゃわかった。まかせろ無惨の支配などいくらでも弾いてくれるわ!」

 

 夏至ちゃんは簀巻き椅子のまま文句も言わずに、腰の横にピシッと揃えている両手の指先から血の触手を琵琶さんへと伸ばした。

 二人でグチグチと脳を弄る。

 琵琶さんの鼻や一つしかない眼窩からドプッドプッと間欠的に血が溢れてるけどまあドンマイ。

 しかし、二人がかりでもむーざんの支配に逆らうのはちょっとキツい。というか無理くさい。

 

「上司殿上司殿、これ無理じゃないか?」

 

 無理だね。

 このままでは俺は生き残った柱連中と一緒に無限城内で圧縮されちゃうか、むーざん以外の全員が無限城の外に排出されるかの二択。琵琶さんの異能を奪われることがすなわちむーざんの逃亡を許すということだ。

 俺のむーざんへの下克上の成就は、この綱引きにかかっているのに。

 それがここまで敗色濃厚だと……しょうがない。

 全員を外に出してから、むーざんに異能を奪われる前に琵琶さんを収穫しよう。

 むーざんの足元の床を不規則に加減速させてむーざんの集中を乱す。

 あ、またこけてやんの。

 まあ鬼になって膂力が上がったところで、運動神経とか平衡感覚が上がるわけでもないしね。

 つうかむーざんの走るフォームって、高校のとき同じクラスだったヒョロガリオタクの長田君そっくりでなんかバタバタした走り方なんだよな。速さがあるからバレにくいけど。

 

ねえねえ夏至ちゃん、何か一言感想頂戴。

 

『か、感想か? やだー千年も生きててまだ運動神経無惨なのー? ぷーくすくす』

『殺す……!』

『え、まさか聞かれて……⁉︎』

 

 むーざんがコケ、夏至ちゃんの煽りに気をとられたその隙に、琵琶さんの異能を全開にして、無限城の中にいる全員を地上に排出させた。

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