鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第45話 地上

 城が鳴動する。

 まるで苦痛に身を捩る蛇のように、内部構造が目まぐるしく変化していく。

 目的は鬼殺隊の分断か、あるいは圧殺か轢殺か。

 城が揺れ、ひび割れ、まさか城全体が崩壊するのか。そうなれば自分たちは生き埋めになるのではないか。そう炭治郎は思う。

 

「な、なんだこりゃあ! 建物全体がビリビリしてんぞ!」

「落ち着いて伊之助君!」

 

 伊之助もその肌感覚で危機を察知しているのだろう、あたりをキョロキョロと見渡している。それを宥めようと甘露寺が声をかけた。

 そんな不安と恐怖に身を竦めながらも刀を構えていた炭治郎は、いきなりの浮遊感を覚えた。

 思わずといった形で一瞬目を閉じてしまい、鬼の巣窟で視界を閉ざす無様さに自身を叱咤し目を見開けば、そこは今までいた無限城の内装とはまるで違う、洋風の色が濃い大通りだった。通りの左右にはレンガ造りの壁が並び、空は未だ暗い。

 市街地だ。

 なぜこんなところに。

 混乱する炭治郎は、南の方角から剣戟の甲高い音を響いているのを聞き取った。

 同時に、悍しいまでに濃厚な、重油のような異臭。

 

「あっちか!」

 

 その悍ましさに竦み上がった自分をよそに、伊之助がその場にいる誰よりも早く駆け出す。

 それを追って、蛇柱たる伊黒と、恋柱の甘露寺が走り、ほぼ同時に炭治郎も向かった。

 視線の先に、黒い点が見える。

 遠く、何が起こっているのか初めはわからなかったが、近づくにつれ何が起きているのかがわかってきた。

 異形と化した鬼舞辻無惨の周りを、黄色い髪の剣士が稲妻のように動き回って足止めしていた。

 

「善逸!」

 

 呼びかけるも無論返事はない。

 無惨の、野太い鞭と背中から生えた触手を振り回す猛攻に、己の全神経を聴覚に回しているのだ、口を開く余裕などあるわけもない。

 そんな二者の間に、一つの人影が割り込んだ。

 黒髪の男だ。

 服は無限城にいた警官たちと同じものであるが、なぜかその男は日輪刀を握っていた。善逸と同じく刀身は黄色で、他に特徴を言うなら随分と目つきの悪い男だった。

 その男が、無惨を背後から襲いかかった。

 

「俺を見下すんじゃねえ!」

 

 彼からは怒りの匂いが強く嗅ぎとれた。

 その感情は、何故か無惨ではなく善逸に向けられている。無惨の絶え間ない攻撃を捌く善逸への怒りと嫉妬だ。

 その善逸の作った隙を狙って飛び込んだ男の斬撃は、みごとに無惨のうなじへと吸い込まれ、そのまま首を切り裂いた。

 が。

 

「なっ⁉」

 

 男が振るった日輪刀は、そのまま無惨の首を素通りした。

 まるで幻覚でも見ているかのような現象。

 

「違う! 切れた先から修復されているんだ!」

 

 伊黒が叫ぶ。黒髪の男が刀を振ったところで、無惨にはなんの痛痒も与えていない。それで勝負が決まると確信していた男は、無惨とあまりに近い間合の中で、絶望的な隙を晒してしまった。

 

「獪岳っ」

 

 善逸が叫ぶ。その声は焦りに彩られ、しかし二人は無惨を挟んで反対側に位置していた。無惨の振るう触手と鞭を大きく迂回する以外に獪岳と呼んだ男を助ける手段はなく、無惨の鞭によって右腕を切断された。

 

「獪岳うう! くそっ」

 

 ようやく獪岳の下にたどり着いた善逸は、血に塗れた獪岳を抱えて離脱する。

 かなりの距離を稼いだはずだった。

 しかしその背後に無惨が迫る。自身の膂力にものを言わせた速度で瞬きの合間に接近し、牙の組み込まれた腕を振り下ろす。

 

「善逸!」

 

 炭治郎の声に振り返るも、その時にはすでに無惨の腕が間近に迫る。その様を善逸は半ば呆然とした顔で見つめていた。

 その凶腕が、善逸の髪に掠めて地面に打ち付ける。

 炭治郎も、その横にいる柱の二人も、善逸の挙動を追えなかった。かろうじて無惨だけが、座り込んだ状態から一瞬で真横に飛んで行った金髪頭を視線で追った。

 左。

 そこには、女がいた。

 女は、鬼殺隊の隊服を着ていた。黒髪を真後ろに束ねたその立ち姿は、目付きの鋭さも相まって侍のような印象を見るものに与える。いつの間に縛られたのか、全身グルグル巻きにされた善逸と獪岳を肩に担いでいる。

 一見鬼殺隊の一員に見えるも、しかしその眼球がおかしかった。

 赤一色なのだ。

 否、よくよく見ればその眼窩に詰まっているのは、一つの眼球ではなく昆虫の複眼だった。複眼の一つ一つに微細な色の違いがあり、その全てが無惨を睨みつけていた。

 その眉間に彫られている皺は、彼女の怒りを如実に表している。炭治郎はその嗅覚でもって、少女から先の獪岳より遥かに熱いドロドロとした怒りを感じ取った。

 その強すぎる怒りの感情の奥にあるこの匂いには覚えがある。

 

「まれちー、さん?」

「竈門。まれちー、とは以前話題になっていた隊士か」

「え、この音まれちー⁉︎ちょ、待って仰向けで担がれてると腰が! 腰がぁ!」

 

 善逸はまれちーの肩でブリッジ決められていて、どれだけ首を捻っても彼女の尻しか見えない体勢だ。

 

「ちょっと、まれちー獪岳が死にかけてんだけど! 縄、縄ほどいて!」

「大丈夫ですよ、私の糸でもう腕は、止血、してますから!」

 

 ぎゃあああ、と善逸の悲鳴があがる。無惨がまれちーに襲い掛かったのだ。十を優に超える数の触手が、柱でもなければ目で追えない速度で。上下左右、八方から背後まで、あらゆる方向から迫る。

 まれちーはその触手の動き全てを視界に捉えていた。人間にはあり得ぬ脚力と体幹で触手を躱していく。全てをかすり傷一つ負わずに回避していくも、すべてをなぎ払う無惨の腕が振るわれる。触手でまれちーの跳躍を阻害してのその一撃は、無惨からすれば実に忌々しい彼女の回避行動を無にする必殺の一撃。人の身では到底受け切れないそれを、しかしまれちーは受け止めた。

 轟音が響く。同時に巻き上がる土と瓦礫に、少女たちが

 

「ま、まれちーさん⁉」

 

 炭治郎が悲鳴じみた声を出した。無惨の腕によって舞い上がった土埃に隠された少女達の姿が、風とともに現れてくる。

 土埃の下から出てきたのは、巨大な蜘蛛だ。ぱっと見では蜘蛛のシルエットである。だが、埃が完全に晴れていけば、その悍ましさに怖気が走った。

 それは、蜘蛛と少女を混ぜ合わせたかのような異形。先まであった端正な少女の顔の額から、禍々しい蜘蛛の頭部が生えている。胴体は黒い鎧じみた外骨格で包まれ、その表面を赤く明滅する地割れのような線が走っている。その外側から伸びる十六本ある脚は、蜘蛛と人間の脚が半々であった。

 その脚を七本使って、無惨の豪腕に耐えたのだ。

 

「なんだ、貴様は。なんと醜い姿か」

「ありがとうございます、私にとって醜いは褒め言葉です死ね」

 

 蜘蛛の脚が振るわれる。鋼材を吊すフックよりも太い鉤爪が無惨の体をズタズタに引き裂く。切れ味鋭い日本刀よりも僅かに治癒が遅い。その一瞬すら無惨にとっては苛立ちの対象である。無惨は両腕を振るい、叩きつける。

 

「行くぞ、甘露寺、竈門、……猪。あの蜘蛛を助ける」

 

 伊黒が声をあげ、その蛇腹状の刀で斬りつける。その切っ先は無惨の背中から生えている触手だ。少しでもあの蜘蛛への攻め手を緩めようとその場にいる全員が斬りかかる。怪獣大決戦の様相を呈するその戦いに直接介入することはできない。

 そのおかげか少しずつ蜘蛛が優勢になりつつある。

 そう炭治郎の目には映っていた。

 このままいけば……と期待と希望がよぎったその時、

 

 

 

 ガヒュ

 

 

 

 炭治郎は、おかしな音を耳にした。

 それと同時に自分の体が何かに引きつけられる感触。

 そのせいで、避けたはずの触手に、何故か体の一部を抉られていた。

 一番の重傷はまれちーだ。

 脚の右半分八本と、胴体の右側を大きく抉られていた。

 残った脚では重心を支えられず、ガシャリと大きな音を立てて地に崩れ落ちた。

 

「私は今、とても空腹なのだ」

 

 無惨は言う。声になんの感情も込めず、熟練の屠殺業者がごとき目でまれちーを見下ろしている。こちらには視線も向けない。なんの障害にもならないという無関心さがそこにあった。

 

「あの男のせいでなんら補給できなかったのだ。貴様らだけでは到底足りぬが、それでも喰わぬよりはましだ」

 

 炭治郎は混乱する。

 何があった? どんな攻撃だったのか。わからない。その威力をまれちーに集中させていたためそれ以外の四人は軽傷ではある。しかし何をされたかわからないまま斬りかかれば犬死にする可能性が高い。それでも。

 無惨の手がまれちーに迫る。まだ動いている、体の半分を抉られてもまだ生きている。動け。負傷は左肩の肉を抉られただけだ。今動かないとまれちーが死ぬ。

 動け! 

 炭治郎が立ち上がる。

 同時に、まれちーの残骸ともいえる巨大な体の影から黄色い影が飛び出した。

 

 ──雷の呼吸 漆ノ型 火雷神

 

 油断していた無惨はその一撃で体を袈裟懸けに大きく欠損する。二人が交差し、着地した善逸に向かって即座に振り返った無惨が触手を振り回す。

 同時に聞こえるあの異音。

 

 ガヒュ

 ガヒュ

 ガヒュ

 

 地が削れる。たまたまそこに立っていた電柱が半ばで削られ崩れ落ちる。

 異音とともに巻き起こる破壊の嵐の中、瞳を閉じた善逸は、最小限の動きでそれらを全て回避した。

 

「風だ」

 

 善逸はその場にいる鬼殺隊員に伝えるべく口を開く。

 

「触手や腕についている口から、空気を吸ってるんだ」

 

 ギチギチと、血が滴るほど強く、過剰な握力で日輪刀の柄を握りしめながら、善逸は唇を噛みしめながら値千金の情報を告げた。

 それは、まれちーが自身と引き換えに引き出した情報だった。

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