鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第47話 収穫

 日の出まであと五十分。

 無惨は余裕をもって鬼殺隊の相手をしていた。

 自身の血を注入したのだ。例え柱であったとしても二分もかからず動きに精彩を欠き、五分もあれば動けなくなる。

 未だ動き続けるのはこいつらが異常者だからだ。

 日の出までは余裕がある。

 今まで散々自分を煩わせてきた鬼殺隊の全滅する様を見て、今後心穏やかに暮らすための一助としてやろう。鬼殺隊の滅殺という長年の悲願、その達成の瞬間なのだから。

 

「いつまでも足掻くな。煩わしい」

 

 最後の悪足掻きにうんざりと、早くくたばれと思いながら一分経ち、二分経ち。

 与える血が足りないのかと攻撃が当たるたびに追加で血を加え。

 五分が経ったところで違和感を覚え、烏が日の出まで残りあと四十分だと叫ぶことでようやく無惨はその異常事態を確信した。

 

「……何故だ」

 

 鬼殺隊の者どもに、まるで疲弊が見られない。

 こいつらが柱だからか、それとも痣を発現させたからか。

 

「なぜ貴様らさっさと死なない?」

「何言ってやがる、テメェが死ぬまでド派手に元気いっぱいだわ!」

 

 原因を探ろうと剣士たちの体に目を凝らしながら、桃色の髪をした女にまた一撃を加えた。

 女が倒れる。

 傷自体は脇の骨を削った程度だが、本来ならその場で体の膨張が起こり灰となって崩壊する量の血を叩き込んだ。

 今度こそ死ね。

 しかし、あろうことか。そのすぐ傍の地面から生えてきた、径1センチほどの血色の触手が女の踵に突き刺さったのだ。

 何が起こっているのかすぐに分かった。

 

「貴様かああああ!」

 

 無惨は絶叫した。

 姿が見えないからと油断した。無限城の底で潰れているものだと思っていたのだ。死にはしなくとも奴の血鬼術で脱出などできるはずがない、と。

 ガヒュ、と右腕から音を立てて、苛立ちまじりに血の触手目掛けて圧縮した空気を放つ。

 桃色髪の女は蝶の髪飾りをつけた女に庇われたが、生えていた血の触手は空気弾によって地面ごと抉り砕かれた。

 

「どこを狙っている!」

 

 竈門炭治郎が叫び、日の呼吸でもって斬りかかる。しかしそんなもの、今更大した興味を引くものでもない。かつていたあの剣士に比べれば、こんなもの児戯にも等しい。

 そんなことより今気にするべきは。

 

「あの男め……」

 

 道理で、まるで柱どもに弱る気配が無いわけだ。

 視線を巡らす。柱たちとの戦闘を行いながらだから注視するほどの余裕はないが、他に何本の触手をあの男は地上に伸ばしているのか。

 一つ二つ、と数えるのも馬鹿らしい。数センチだけ頭を出した触手の先端が、ざっと見渡しただけで百はくだらない。通りの端まで小さな赤い触手の先が見えている。

 これらを使って、鬼殺隊に注入した血を取り除いていたのか。

 くらり、と無惨は自分の視界が揺らぐのを感じた。

 珠世に投与された人間化薬の分解で力を使いすぎた……だけではない。確かにそれ以降血肉の補充をしていないし、柱どもを手早く殺すために自分の血を外に出しすぎた。

 しかしどれも些細な問題でしかないはずだ。この程度で、この自分が立ちくらみなど。

 

 待て、と。

 

 無惨ははたと気づく。

 あの男の触手。数百、否、自分のいるこの大通り全体に触手が首を出すよう分岐させている。

 それらが、攻撃を受けた柱から猛毒の血を取り除き、また傷口の縫合もしている。出血の多い者にはどうやら輸血もしているようだ。

 だが、その作業を行うのに、これほど触手を分岐させる必要はない。

 なんだ、何を狙っている。あの男の狙いはなんだ。

 そもそも、なぜ自分はここにいる連中をさっさと殺しきれない。先も思ったとおり、こいつらの剣技など児戯だ。この程度の剣士が束になってかかってきたところで、こうまで拘ってしまう理由など本来ない。

 間違いなく、あの男が何かをしている。

 眼球を改造し、顕微鏡のように水晶体を直列につなげる。解像度を上げ、焦点距離を調整し、頭を出す血の触手の先端を注視する。

 

「霧、だと」

 

 そこからは、粒子が舞っていた。

 触手の先を少しずつ切断し、生じる細かな、通常の眼球では認識すらできないほど細かな断片を、大気中に浮遊させているのだ。

 それらは風に乗って拡散し、大通り全体に充満していた。そうとも知らず自分は空気を取り込むことで柱たちの肉体を削ろうと躍起になっていた。

 あの男が無意味にこんなことをするはずがない。

 今も地面から吹き出る粒子には一体何が含まれているのか。

 体内を精査する。そうしている間も金髪の剣士が振るう赫刀が煩わしい。しかももはや、吸息による攻撃は使えない。吸えない以上、呼息による空気の圧縮も撃てなくなった。

 

「──攻撃の手が緩んできた! かかれ!」

 

 盲目の大男が叫ぶ。うるさい。今私はそれどころではない。

 胴体に大きな口を作り、衝撃波を放つ。威力こそ低いが、人間の筋を麻痺させる効果のある雷撃だ。

 

 ──恋の呼吸 参ノ型 恋猫しぐれ

 

 近づく柱を纏めて潰そうと放った雷撃は、桃髪の女が振るう鞭のような刀で全て斬り捨てられた。

 

「よくやった甘露寺!」

 

 ──炎の呼吸 玖ノ型 煉獄

 

 炎の呼吸の使い手が、雷撃を放った胴体を孔にそって袈裟斬りにした。

 無意識だろうが、柱の中で最も強く赫刀の発現に成功している剣士の一撃だ。

 金髪の剣士にはない人間離れした膂力で、煉獄が握る赫刀は突進の勢いのままに無惨の体を貫き、その背後三メートルの位置にあったレンガ壁へと串刺しにした。

 ここで、ようやく無惨は自分の体内で起こっていた変化を知る。

 

 空気中に漂う血の霧には、珠世が作った人間化薬が含まれていた。

 

 柱たちの体を抉るために、無惨は地上に出てからずっと、大量の空気を吸い続けていた。

 

「日ノ出マデ、アト三十分ンン──!」

 

 その時間はおよそ一時間。

 その間に吸収してしまった人間化薬の量は、珠世によって投与された量のおよそ十七倍。

 柱どもを殺せなかったのも当然だ。自分が人間に近づいているからだ。

 刻一刻と、自分は弱体化している。

 それを自覚すると同時に、無惨は血を吐いた。

 何が。

 動揺を隠せない無惨の脳裏に、殺したはずの女の声が響く。

 

『彼が上手くやってくれたようですね』

『珠世……!』

 

 珠世が笑う。蟻を踏みつぶす子供のような嗜虐的な笑みで、無惨の頬を撫でた。

 それは、あまりにも冷たい指で。

 

『私があなたに加えた薬は、人間化薬だけではありません。貴方が弱った所に、あなたに加えたもう一つの薬、細胞破壊薬の効果が発揮する』

 

 さぁ、と珠世が耳元で囁く。愉悦に染まった声色で。

 

『死がついにお前を迎えにきたぞ』

 

 珠世の指の冷たさは、無惨に暗い死を想起させた。

 

「女狐め……!」

 

 自分を壁に縫い付ける煉獄を殺そうと腕を振るうも、その全てを剣士に妨害される。自分が守られると信じて疑わないのか、煉獄は自身に残る全ての力を込めて日輪刀を握りしめる。

 

「おおおおおおおおお!」

 

 煉獄の雄叫びに合わせて、日輪刀が赫く染まる。無惨の吐血も量を増す。自身の弱体化を自覚し、無惨はこの場を見切った。

 ここで鬼殺隊を全滅させることはできない、と。

 業腹ではあるが、これ以上拘っても何の意味もない。

 そう決めた無惨は早かった。

 

『クスクス』

 

 笑い声が聞こえる。

 黙れ。逃げる私を笑うか。

 こんな異常者どもをまともに相手する方が馬鹿げているのだ。

 馬鹿馬鹿しさを覚えながら、細胞に仕込む引き金を、引いた。

 

『フフ、アハハ』

 

 奥の手が起動する。

 四肢が先端から膨張する。

 弱体化している今では大きなダメージを負うことになるだろうが、構わない。潜伏し、また鬼を増やしていつか皆殺しにしてやる。

 膨張が全身へと波及し、細胞間の接着を限界まで張り詰めさせ、臨界点を超え、弾けた。

 

 

 無惨の肉体は、千八百超の肉片に分裂し、柱たちの日輪刀をすり抜けて、八方へと飛び散っていった。


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