鬼になった社畜【完結】   作:Una

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第6話 店主の言うこと

 俺にも赤血球を増やせるのか?

 いや高山トレーニングで、ということじゃなくて。

 俺の鬼としての異能(超能力じゃなかった、死にたい)つまりは血鬼術であるところのクリムゾンロードは精密な血液操作と血中成分の選別が可能だ。最近ではそこそこ頑丈なロープとしても利用できる。成人男性二人分の体重を耐えるくらいには頑丈だ。

 赤血球を増やした状態で体内の血液循環速度を上げれば、筋肉への酸素供給効率が上昇するだろう。

 血液凝固も赤血球が関わるわけだし、赤血球やら血小板やらを自在に増やすことができればもしかしたら血で刀を作ることができるかも。

 また俺の時代が来たかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 血小板と凝固因子とカルシウムで固めたら血の刀ができたりしないかな、と思ったけど、あれ無理だわ。

 感触が硬くなるどころかゴムみたいなんだけど。

 思ってたんと違う。

 でも止血に関してはかなりいい感じに技量が上がった感がある。

 こう、道に倒れてたカラスの傷口からクリムゾンロードの触手を伸ばして、カラスの体内の血小板なりを集めて傷口に当てると、通常よりだいぶ止血が早くなる。

 んー、地味!

 なんだろう、お山にも何匹か異能が使える鬼がいたけど、もうちょいかっこいい能力だった気がする。分身するやつとか、影の中に潜むやつとか、あとあれだ、他の鬼から集めたいい匂い成分を注いでやったやつは血の鞭を振り回して周りの樹木ばっさばっさ伐採していたからね。破壊力って意味ではこいつがナンバーワンだった。まあどいつもこいつもパンクの居合で瞬殺だったけど。

 パンクなあ。あんなすげえ居合斬りができるんだからもっと自信持てばいいのにな。壱の型以外できない落ちこぼれ、て考えてるし、多分師匠やら兄弟子やら、周囲からもそんなこと言われ続けてたんだろうけど。あいつの、雷の呼吸? の型の概要教えてもらったけど、あの居合以外の技って結局どれも牽制じゃん。弐から陸の型で牽制して隙を作って壱の型の必中を狙う、みたいな。修行で壱の型も八回連続で出せるようになったし。あれ使って林の中にわらわらいた鬼二十匹くらいまとめて首飛ばしてたからね。

 それを見てたまれちーちゃんがちょっと頬を赤くしてときめいて……あれかあ。

 ……うん。

 でもまあ確かに、あれしか使えないなら牽制もなく突っ込むだけになるから諸刃の剣なところはある。パンクの耳とか俺の鼻みたいに、めっさ目の良い鬼がいたらカウンター食らう可能性大だ。だったら、牽制は他の人に任せればいいんだよ。タンク役が受け止めたところを後衛が高火力で薙ぎ払う。そういう意味ではまれちーちゃんとパンクって相性がいい気がするんだよな。水の呼吸の真髄は柔軟な受け、とか言ってたし。柔らかく受け止めて撹乱させたところをパンクがスパーン。

 まあ素人考えだけど。

 

 

 

 

 桧原山をぐるっと見て回ったところ、頂上付近に一軒のそこそこ大きい小屋があった。モダンな佇まいですげえ惹かれる。こういう民宿でキャンプ的なノリで一泊したい。超バーベキューしたい。ただし一人でな。ウェーイなノリを持ち込む奴らがいるとどうしたってカーストの低い人間が雑用任されることになるし。底辺だからってお前らの奴隷じゃねーつうの。かと言って、じゃあ俺と同じランクの奴らでキャンプやればいいのかというと、まーあ楽しくない。一っ言も喋らず焼けた肉に箸伸ばして食うだけ。ローテーションで火を仰ぐ役と肉載せる役を回してな。ただの作業じゃんって。みんな体力ねーから山頂まで移動するだけで気力も使い果たして口開く余裕もないのな。だったらせめてチェーンの居酒屋行った方がまだマシだったわくそが。帰り道では企画した同期が微妙に疎外されてたしな。

 キャンプは一人。これ鉄則。

 でだ。

 多分これがパンクの育手が住んでる修行場だと思うんだけど、人の気配がまるでしない。

 

「動くな」

 

 今人の気配しないって言ったばっかなんですけど。

 首に刀が触れてる。ちょっと切っ先が肌に刺さってる。

 これやばいってマジで。

 

「鬼……か? 貴様」

 

 違います。

 

「その気配、人間ではあるまい。しかし鬼と断じるにはあまりにも……」

 

 あまりにも、なんだよ。鬼じゃないって言ってるでしょ人の話聞けよ老害おらあ。

 

「ろうがい、が何かは分からんが侮蔑的な意味が込められてるのはわかった」

 

 しまった、テンパって対応を間違えた。

 ここは俺がかつて人間だった頃に培った営業トークスキルで警戒をほぐし、刀を引いてもらうことを優先すべきだった。

 すみません、今のちょっと待ったしていいですか。

 

「待ったて何がじゃ」

 

 あれ、お爺さん将棋とかしない人ですか? 俺の地元では待ったは三回まで有りなんですよ。

 

「そんな邪道認められるか戯けが」

 

 は? そうやって古いものに執着して新しいものを小馬鹿にしてるから発展がねーんだよ。つうか俺の地元ディスってんの? 町内の将棋大会では公式ルールで認められてたんだからな。他にも運営に課金すれば一度に二回連続で手を進められるとか手駒を無差別に一つ追加できる手駒ガチャルールとか、ソシャゲの波に取り残されないようにいろんなルールを追加していってな。子供大会はまだいいよ、大会全体で課金額は一万までって天井決められてたから。二回戦まででいくら使って残りがいくら、てことまで公表されてるからそこもまた駆け引き要素で面白かったんだけどさ。シニア大会とかすげーぞ、制限なしの無差別ルールにしたら年金投入したり定期預金崩したり、終いには審判の買収まで始まってな。金の使い道のない寂しい老人のきったねえガチファイトが展開されてさ。

 まあ、最後はその課金された金がみんな運営の総取りってことに不満を覚えた棋士たちからクレーム入ってな。棋士の誇りと将棋の新しい可能性を模索するための大会だったのに、結局大人たちの薄汚い金銭絡みのいざこざで大会は四回で廃止されてな。ほんと大人って汚いなって子供心に思ったわ。

 

「……その運営が一番金に汚いじゃろうが」

 

 はああ? 失礼なこと言わないでくれます? 俺は純粋に将棋の未来を案じてたの。金儲けのために課金要素を加えたわけじゃないの。

 

「お主が運営側か」

 

 ため息つかれた。解せぬ。

 でもまあそれはデカすぎる隙だぜおじいちゃん。

 

 俺はクリムゾンロードを解除した。

 その途端、おじいちゃんの足元が崩れ、一瞬で地面の中に消えていった。

 

 足の裏から伸ばしたクリムゾンロードの触手でおじいちゃんの足元の地面を掘り返していたのだ。網目状にした触手でおじいちゃんの体重を支えつつ、その下に5メートルの空洞を作っておいたのだ。会話しながら。

 この状態でクリムゾンロードを解除すれば足場を失ったおじいちゃんはこの通り、何もできずに穴を落ちるハメになる。

 大脱出さながらの穴掘りの経験がこんなところで生きるとは。

 人生どんな経験が役に立つかわからんな。

 

 

 

 つうか、あのおじいちゃん、あの状態で俺の首半分切り裂いたんですけど。

 パンクのお師匠強すぎぃ。

 今度パンクに責任とってもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 桧原山から逃げる道中、町にぶつかった。

 そこそこ賑わっている。人だかりで溢れている。彼らの服や町並みはどれも、やはりというか大正ロマネスクな懐かしさを思わせる。

 この時代に来てから初めてこう、町! て感じの町に来たけど、やっぱ時代を感じるね。

 女の人みんなすごい眉毛太いのな。

 とりあえず、服が欲しい。

 どこかに服屋でもないか、とキョロキョロしてると、周りの雰囲気がおかしい。

 なぜか俺を遠巻きにする。

 なんだ、いじめか?

 それとも俺が鬼だとバレたか?

 いや、そんなまさか。俺の外見はどこからどう見てもナイスな営業マンだ。多少土で汚れていても、スーツを着る俺は紛れもなくイケメン営業マンのはずだ。スーツを着ている時はいつでもお前はうちの社員だからな、と教育されたのだ。

 だからぜったい鬼とはバレてない。

 じゃあなんだってんだ、この視線は。

 ちょっとイライラしつつも町を歩いていると、『屋質』と看板を出している店を見つけた……ああ質屋か。

 ここなら服もあるだろう。

 刀を売って金にもできるし、一石二鳥だ。

 服屋からこっそり借りるということも考えていたけど、まあ無断で借りるより断って物々交換の方が相手を気遣えてる感じするしな。

 というわけで質屋に入ってみると、雑多に商品が並ぶ店内の奥におっさんが一人そろばんを弾いていた。

 

「へいらっしゃい何用、で……」

 

 なるべく高く刀を売りたいしな、ここでもやはり俺の営業スキルを活かすべきだろう。

 コレ、カタナ。オヤジ、カネ、ダス。オレ、ウレシイ。

 

 

 官憲を呼ばれた。

 

 

 店主のおっさんは転げるように店の奥へと向かって、奥に服が置いてあるのかな、と期待して待ってる俺を置いて裏口から外に飛び出て、強盗だと大声で叫んだのだ。しかもあっという間に5、6人の官憲に出入り口を囲まれてな。仕事早スギィ!

 二度も官憲の世話になるのは御免である。

 というわけで逃げの一手だ。

 クリムゾンロードをスッパイダーマァンよろしく高い天井を走る梁に巻きつけ、凝固因子を混ぜてゴム的性質を付与。収縮力を発揮させてそのまま上方へと体を撃ち出し天井をぶち破った。

 

 

 屋根から屋根へと飛び移って、かろうじて官憲の魔の手を振り切ることに成功する。

 というか、なぜ官憲を呼ばれたのか。

 確かにスーツは穴を掘る過程で木の根や尖った岩に擦れまくってボロボロだし、その上に土と泥で元の色もわかんないし、店主に見せるために刀を鞘から抜いたりしたけど、それがどうして強盗扱いなのか。

 中学の頃を思い出すな。クラスの給食費が無くなったのが俺のせいにされてな。金にがめついお前以外にいねーよ、とか言われたけど、金にがめついとかどこ情報? それどこ情報よ? 運動会でトトカルチョの胴元やったことか? それとも委員長ちゃんのラインの代行を有料でやってることか? おい男子ども、お前ら委員長ちゃんとラインしてるつもりで相手は全部俺だからな。告白紛いのポエム送ってきたやつ二、三人いるけどそんなんで女子に好かれると思うなよ。そう言ってやったらもう給食費のことなんかみんなの頭から消えてな。委員長ちゃんの人気が地に落ちたけど、給食費パクったのも委員長ちゃんだし。その罪を俺に着せようとしてな。

 冤罪を被せるなんて人として一番やっちゃいけないことだと思う。

 あの店主め、どうしてくれようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の夜、こっそり質屋に天井から忍び込んだ俺は、金を数えてた店主にクリムゾンロードを打ち込んで血を抜き、貧血を起こして気絶させた。散らばる金。崩れる台帳の束。それらに俺は目もくれず、店にあった着物数着と日除け用の編笠、ついでに目や牙を隠すために火男のお面を頂いた。

 もちろん代わりに刀を四本置いてきた。

 対価を払わないと泥棒になっちゃうからね。


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