鬼になった社畜【完結】   作:Una

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イラスト描いていただいたり、ハーメルンの機能について教えてくださったり、本当ありがとうございました。
一字下げなんて便利な機能があったんですね。ずっと気持ち悪かった部分を修正できました。


第7話 にゃー

 この時代に来てからずっと着ていたスーツを脱ぎ捨て、天井からのダイナミック飛び込み営業で購入した着物に着替える。

 俺の体より少しサイズが大きかったので、裾を地面に引きずる限界ギリギリの長さになるよう、残しておいた短刀で切って調節した。袖なんかは指の先がわずかに出る程の長さだけど、ちょっとあざとい萌えキャラっぽい。これで仮面までつけたら謎の美少女転入生キャラとして売っていけるのではなかろうか。ねーわ。

 これに編笠を被って、俺は今完全に日光を克服した。カーズも真っ青である。今思えばなぜ柱の男ってあんなに露出度高かったんだろう。

 そんなどうでもいいこと考えながら、改めて街を巡り歩く。

 今度は比較的周囲の視線も気にならない。よくよく考えたらあれだ、スーツを着た営業マンとかこの時代にいねーもんな。だから目立ってたのか。俺くらいになるとスーツ着てるだけでカリスマ営業マンとしてのカリスマがビチビチ漏れちゃうからな。

 緩くてすまんな。

 でもこうして完全防備で固めた以上、外にカリスマが溢れることはないだろう。

 これで俺も官憲の魔の手に怯えずに街を見て回ることができるってものだ。

 まれちーやパンクの手がかり、何か見つかればいいんだけど。

 まあすぐ見つかるっしょ。なにせあの黄色い頭だ。こうして見渡しても、あんな頭おかしい頭している人は見当たらない。すれ違っただけでも強く記憶に残るだろう。

 雷に撃たれて黄色くなったとかよくわからんジョーク言ってたけど、あれなんだったんだ。まれちーですら曖昧な苦笑いだった。

 

 

 

 

 

 街を歩いていて気づいたけど、ここって浅草なんだってさ。

 タイムスリップする前に一度来たことあったけど、やっぱり百年も前と比べると全然違う。

 なんだか本物って感じがする。雑多な雰囲気と発展途上の活気が実に肌に馴染む。

 現代で行った時はなぁ、観光客がほとんど外人だらけでな。それを相手にしたアコギであざとい商売が横行しててな。商売魂が逞しいといえばそうなんだけどさ。

 現代との光景の違いに若干センチメンタルな気分に浸っていると、ふと俺の鼻がある匂いを認識した。

 血の臭いだ。

 俺の鼻は、血の臭いに関してだけ犬どころでない嗅覚を発揮する。

 まれちーのような芳しいものではない。鬼がもついい匂い成分でもない。普通の人間の、しかも大量の血。これが一人の人間から出ているのだとすれば間違いなく致命傷。

 臭いを辿って暗い路地の中へと入っていくと、おかしな光景が目の前に広がった。

 高級な住宅が並ぶ界隈に、まるでそぐわない血の海。

 その中に沈んでいる禿頭の男は、全身の骨が砕けたかのようにおかしな姿勢で横たわっている。

 その横には長髪の男が目、鼻、口、耳と、顔中の穴から血を垂れ流して絶命している。

 さらに奥には、女物らしい華やかな柄の着物が落ちていた。それを着ていたはずの中身はどこにも見当たらない。

 謎である。女は裸になって逃げたのだろうか。街の中を?

 うーん、わからん。

 とりあえず撒き散らされた血をクリムゾンロードで回収した。着物に染み込んでいた血もシミすら残さず吸い上げる。

 そしたら、男二人の死体から血液どころか体液を全て取り込んでしまった。からっからのミイラみたいになってしまった。

 いっけね。吸引力強すぎた。

 このままここにこんなの残しておいたら官憲の皆様のお手を煩わせることになってしまう。こんな犯人不在の怪奇事件に人員を割かせるなんて少し心苦しいので、クリムゾンロードで穴掘って埋めてしまう。

 なんとなく両手を合わせて、ご冥福をお祈りする。

 あなた方が残してくれた着物と財布、無駄にはしません。

 

 

 

 男性二人を埋葬し終え、辺りに気を向ける。もしかしたらこれをやらかした下手人がまだ近くにいるかもしれないからだ。

 まったく、人の命を粗末にして。もったいないったら。

 すると、今までに嗅いだことがないくらい濃い香りが俺の鼻を刺激した。

 いい匂い成分だ。

 いい匂い成分を溜め込んだ鬼が近くにいる。

 それも匂いの感じから複数人。

 クリムゾンロードのロープで建物の屋根へと飛び移り、匂いの元へと走る。

 ほぼ一直線に向かった先は、郊外にある小綺麗な洋館だった。田舎だったら資料館として残されてそうな雰囲気がある。

 ただその壁はぼっこぼこの穴だらけだった。

 穴から中を覗き込む。

 庭では女の子が二人で蹴鞠で遊んでいた。

 片方は竹輪をボールギャグのように咥えた美少女で、もう片方はおかっぱ頭でしかも腕が三対六本生えている。

 個性強すぎね。カイリキー(♀)かな。

 うわなんだあれ、鞠を蹴り返そうとした竹輪ちゃんの脚がちぎれたんですけど。あのカイリキー(♀)絶対Aブッパだわ。性格いじっぱり。

 しかも足がちぎれて倒れた少女に追い打ちのサッカーボールキック。え、鞠を地面に落としたら蹴り一発、とかそんなルール?

 蹴鞠ってこんなバイオレンスな競技だったのか。平安貴族すげえな。よかった俺大正時代にタイムスリップして。これが平安時代にスリップしてたら3日と持たずに蹴鞠の餌食だったわ。

 

 近くにいた美人さんが足なし少女に駆け寄って注射を打った。ドーピングか何かだろうか。間違いないわ。一瞬で足が生えて、こんどはボレーで蹴鞠の蹴り合いが続く。リフティングじみた山なりのパスなんて一つもない、全球殺意増し増しのストレートである。

 平安貴族すげえ。

 手に汗握りながら蹴鞠対決を観戦していると、さっきの注射器お姉さんが何事かをおかっぱ少女に語りかけた。彼女は審判的ななにかなのだろうか。

 と思ったら、なんの前触れもなくカイリキーが死んだ。

 三対では足りなかったのか、さらに腹と口から腕を生やしてのダイナミック自殺である。

 えー……なぁにそれぇ。

 興ざめである。

 たぶんカイリキーが反則をしたペナルティーで退場、ということなのだろうが、何もこの世から退場させなくてもいいだろう。

 注射器お姉さんまじ怖え。

 というか、こんなやべー遊びが鬼の間では流行っているんだろうか。

 関わりたくないけど、もしかして鬼になったからには強制参加だったりするんだろうか。

 前にいた会社でもレクリエーションと称して日曜の朝から野球場に集合させられたことがあったな。部長が甲子園出場経験ありだとかで、あいつのゴリ押しで野球をやらされる羽目になって。みんなビール飲みながら適当にやりたいのに一人だけマジになってな。ピッチャーやったら130のストレート投げてきてな。あの年でそのスピードは確かにすげぇけど草野球でやることじゃねーだろ。しかも打たれたら機嫌悪くなるし。バッティングではセーフティバントから三盗にホームスチールをスライディングで決めて、膝捻って靭帯ちぎれてな。一人でマジになって一人で怪我してりゃ世話ねーわ。

 

「誰だ、そこにいるのは!」

 

 鬼になっても縦社会の接待業務に従事しなければならないのかとげんなりしていると、建物の敷地の奥から姿を現した黒服の少年に見咎められた。

 なぜか少年は匍匐前進である。

 なにそれ、流行ってるの?

 

「あ、あなたは、刀鍛冶の?」

 

 俺を地べたから見上げてきた少年は、俺の顔につけた面を見てそう言った。

 なんだか見覚えのある顔だ。

 刀鍛冶? なんのことかわからないけど、とりあえずイエスと言っておこう。馬鹿正直に鬼だと名乗る必要も、

 

「あれ、でも匂いが……鬼?」

 

 思い出した。

 匂いって、この子、穴掘って藤の山から脱出した時にあったあの少年だ。

 なんでこんなところにいるんだって。牙も目も隠したこの格好なら鬼だってバレるはずはなかったのに。やばい逃げるか? でも注射器お姉さんの隣にいる七三分けの少年がめっちゃこっち見てる。逃げる隙はなさそうだ。いやもしかしたら俺に一目惚れして見つめてるだけの可能性が微レ存。ねーわ。

 

「炭治郎さん、そこの人物は、鬼なのですか? それも、お知り合いで?」

「鬼、のはずです。でも嫌な臭いはしない。珠世さんや愈史郎さんと同じように、恐らく今まで人を食べずに生きてきた鬼なんだと思います。あと、知り合いでは恐らくなくて、ただ知人と同じ服装をしていたので驚いたんです」

「そうです、か……一体どうやって」

 

 匂いでそこまでわかるものなのか。

 犬並みか。

 というか、俺の話をしているはずなのに俺置いてけぼりなんですけど。

 なんだか暇なので、足の裏から地面に潜り込ませたクリムゾンロードを庭に散らばっているカイリキーの肉片に伸ばし、いい匂い成分を抽出する。うん、やっぱりあの山にいたどれよりもいい匂い成分が濃い。

 

「もし、そこの方」

 

 へあ? あ、すみません。今ちょっと舌鼓を打っていたもので。

 

「はあ……? よくわかりませんが、あなたも一先ず家に入りませんか?」

「珠世様! なりません、こんな顔を隠した正体不明の不審者を家に上げるなど! ましてやこいつ、鬼であると言うではないですか!」

「しかし彼は人を食したことはないと。なぜそのようなことができるのか、その手段を知れれば私の研究に役立つ可能性があります」

 

ぐぬぬ、と七三君が唸る。

 

「加えて、じきに夜も明けます。他の快楽に耽る鬼ならいざ知らず、善良かつ本能に抗う彼をこのまま放置することは……『人道』にもとるでしょう」

 

 東の空を見上げれば、確かに空が白ずんで今にも朝日が登ろうとしている気配がする。

 では、申し訳ありませんがお言葉に甘えます。

 どうぞお気遣いなく。そろそろベッドで寝るのが恋しくなってた頃なんだ。

 

 

 

 

 案内された地下室には、一匹の猫がいた。利発そうな顔をしておる。ちちち、と指を猫じゃらしのように振っても猫はにゃーと一言鳴いて地下から出て行ってしまった。

 地下室にある座敷牢には山でよく見た獣のような鬼が一匹閉じ込められており、牢の外には女性が一人毛布に包まって眠っていた。看守かな。

 洋館は診療所としての機能が備えられ、注射さんは医者としてここで働いているらしい。

 しかも患者から血を買って飲んでいるんだとか。

 でもなんで人間の血なんか飲むんですか?

 

「え、は?」

 

 注射さんだけじゃない、竹輪ちゃんを除いた3人がみな俺を理解不能の謎生物を観る目で見てきた。

 今なんかへんなこと言っただろうか。俺また何かやっちゃいました?

 

「嘘をついて、いない? この人は本当に、人を食べるどころか血を飲むことすら必要と感じていない……!」

 

 いや、そりゃそうでしょ。だれが好き好んで人間の血なんて飲みたがるの。

 

「炭治郎さん、彼は本当に鬼なのですか?」

「は、はい。それは間違いないです。そして嘘もついていない」

「そう、ですか……」

 

 注射さんの説明によれば、鬼は皆人間を餌と見る人食欲求が植え付けられるのだと。

 しかしそれを嫌った注射さんは、自分の体を改造し、少量の血だけで用が足りるようにしたのだ。しかもその血は貧しい患者さんから少量ずつ、輸血用と称して買っているのだとか。

 頭いいなこの人。

 自分を改造とか、ちょっと心惹かれるワードだ。

 

「私は今まで多くの鬼を見てきました。しかし、私を含め、人食欲求を全く持たずに生存できる鬼というものを私は見たことがありません。もしかしたらあなたの体は、私の研究に役立つかもしれません」

 

 だから、と言って注射さんは頭を下げた。

 

「どうか、あなたの血を採らせていただけませんか」

 

 その研究は、鬼を人に戻すための研究なんだと。

 犬並み少年の妹も鬼にされてしまい、それを治す方法を探しているのだとか。そのために鬼殺隊に入ったのだと。

 いいね、感動した。

 採血するくらいなら全然いいよ。


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