鬼になった社畜【完結】   作:Una

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投稿遅れました。テストとレポートが終わり今日からまた執筆再開です。先週と同じく書き溜めなしで毎日投稿を目指します、気合いで。


第9話 渡航

 ほぼ一ヶ月ぶりの休日のことだった。

 ようやくとれた休みというだけあってテンションアゲアゲだった俺はその日、溜まっていた所用を全て済ませてしまおうと朝から外出していた。

 住民票を移したり、郵便局に住所変更したり。百均に行って掃除用具を揃えないとと思っていたし。

 しかしそんな俺の思惑はすぐにご破算になった。

 商店街の片隅、人の往来がそこそこあるはずなのに、俺が目に止めたその路地だけは、まるで誰にも認識されていないかのように人の気配がなかった。

 本当なら俺は、周りの流れに逆らわず自分の要件を済ませることに集中するべきだった。だけど、その日は本当に久しぶりの休日でしかもよく晴れた秋空で、いらない好奇心を発揮させてしまった。

 その静かな路地に、入った。

 そこはどこか薄暗くて、でもゴミが散らばっていたりといった不潔な感じはしなかった。どころかアーケードと同様にレンガ調のタイルで舗装されていて、両壁を為す商店の洋風な佇まいと相まって、まるで異世界への渡航するためのゲートかのような錯覚を俺に与えた。それが人通りの少なさとの間に不快な不調和音を俺の耳元でかき鳴らした。なぜこのような綺麗な路地を誰も使わないのか、その理由が徐々に俺の前に姿を現した。

 路地は緩やかなカーブを描いており、歩を進めるに連れて道の先がどうなっているのかが明らかになる。

 その先にいるのは、商店街にはあまりにも不釣り合いなリムジンだった。しかもどピンクである。ギラギラと輝く縦も横もでかい車体が、日本車仕様の道をほぼ完全に塞いでいた。俺のような痩せ型の人間が横になればかろうじて通れるか、程度の隙間だ。この婉曲した狭い路地をよくぞここまで通ってきたと感嘆するほどその車体は長い。ハザードが点いてるあたり何かトラブルだろうか。

 バカじゃねーの、というのが正直な感想だった。

 ここで俺はさらにアホな好奇心をもたげさせ、横をすり抜けるついでにどんなアホがこんな車でかつこんなところで立ち往生させてるのか見てやろうと思ったのだ。

 日本人的に右手を手刀の形にして行先をスパスパ切りながらスミマセーンスミマセーンと通っていく。体を横にしたカニ歩きで、後部座席を覆うスモーク入った窓に目を凝らした。その窓が開いた。

 中から顔を出したのは、自分の会社の会長だった。

 そんな、会長が、ああ! 窓に! 窓に! それではSAN値チェックです。1D10/1D100でどうぞ。いやどうぞじゃねーよ、そりゃたしかに会長のヒゲあたりは宇宙的恐怖の象徴を彷彿とさせるけれども。

 それからは酷い展開だった。もしかしたら自分のことなど覚えていないのではないか、という望みは会長の「おお君かね」という言葉で即否定された。名前は覚えていないくせに顔だけは押さえられていたことに絶望しつつ、さりとて目があってこうして超至近距離で声をかけられてしまった以上当初予定していたように素通りするわけにもいかず。一人で暇そうだね、どうだねこれから食事でも。言いながらほぼ強制で車の中に引きずりこまれ。そこで気づいたが会長はポロシャツを着ていた。

 運転手さんが修理を終わらせるまでの2時間、俺は広いとはいえ車内で髭の中年と二人きりでひたすら興味のない話題について相槌を打つ羽目になった。いや他人の前で政治と野球と宗教の話はやめろと、ああ! 髭が! 髭が!

 ようやく車が動き出してどこにいくかと思えばゴルフの打ちっぱなしだった。食事はどうした。俺はその横で会長のフォームについて忌憚なく感想を言って良い、と。俺知ってるぞ、そう言われて素直に言ったらお前絶対あとあとネチネチ言ってくるやつじゃんそれ。だから必死によいしょしてたのに会長はいかにもつまんねーみたいな雰囲気醸し出してな。私はイエスマンなど求めていないんだよちみー、みたいな。じゃあ言ったるわお前まず腰が前後に揺れすぎなんだよ、回転の軸を作るんだからそんなにふらふらさせるなよ、プロのフォームは体幹がしっかりしてるから安定するんだよそんなメタボな体型で思いついたようにたまーにクラブ握るだけのやつがフォームについてとか意識高いこと言ってんじゃねーまず筋トレしろ筋トレ、といったことをふんわりオブラートに包んで言ったら、まあ機嫌を損ねてな。そんでムキになって力任せにドライバー振り回してまた球が曲がって不機嫌になって、の悪循環。しかも会長のポロシャツの脇の部分が徐々に汗で黄色く染まって宇宙的恐怖を醸し出すお髭を揺らす風とともに酸っぱい臭いが、ああ! ワキガ! ワキガ!

 そうやってSAN値ごりごり削られながらも飯のためと頑張って耐えて、2時ごろになってようやく連れていかれた店は海鮮系でな。タコとかイカとか。

 結局俺の休日は会長の接待で終わってな。もちろん用事なんて何一つ片付ける前に役所も郵便局も閉まってな。

 それ以来、100面ダイスを何度振っても一桁の数字しか出なくなってな。なのにクトゥルフプレイすると毎回間違いなくSAN値チェック失敗するしな。俺のSAN値低すぎぃ。

 

 

 

 何故こんなことを思い出してしまったのか。

 それは半分現実逃避入っているが、残りの半分は間違いなく、俺の社畜としての本能が想起させたのだ。

 社畜の本能が俺に告げるのだ。

 森の奥から浮き出るように現れ、今目の前にいるのは貴様の上司だと。はるか格上の存在であり、これに逆らえばまた仕事を押し付けられて会社に2週間は泊まり込む羽目になると。取引先の無茶振りを安請け合いした営業のしわ寄せを俺一人にあえて集中させる鬼采配。パワハラ上司の典型である。パワハラが服を着て歩いているような、パワハラの語源が目の前の男であると言っても過言ではないレベルのパワハラ、存在そのものがパワハラ。自分の思いつきで部下が過労死しようとなんとも思わないサイコパスを合併症状としたパワハラのハイエンド。かのクトゥルフ会長ですら裸足で逃げ出すパワハラ。

 

「随分君は騒がしいね」

 

 パワハラ青年が言った。

 え、今俺声なんか出してないけれど。

 

「よくわからない言葉を使うね。社畜だのパワハラだのクトゥルフだの、どういう意味かな」

 

 …………。

 じんわりと汗が背中を伝うのを感じた。

 同時に俺の中でペルソナパーソナリティを起動。社畜の基本技能である、自分のパーソナルなメンタル部分を改変、ストレス耐性と信頼性の向上。あー久しぶりだわこの感覚。会長の車に乗せられた時もやったよなこれ。

 というか心を読むとかそれアニメだと最強じゃないですかやだー。ウィークポイントとしてはセクシャルなこと考えて赤面させるとかあるよねただし相手が美少女キャラに限る。

 

「また訳のわからないことを。だけど、君の考えている通り、私が君よりはるか格上の存在であることは事実だ。君たち鬼を作ってきたのが私だ、その起源は私なのだ。鬼の中にはそれに気づかず、自分の力に酔って私に攻撃してくるような者もいるからね。初対面でそれに気づける君はその点見所がある」

 

 随分と機嫌が良さそうだ。その理由はわからないが、この方に喜んでいただけるのならそれだけで嬉しくなる。

 青年は笑みを深めて言う。

 

「私は今有力な力を持つ鬼を探している。私を脅かす存在を排除できる力を」

 

 私にそれができると?

 

「そうでなければ君に声をかけたりしない」

 

 おお、これはヘッドハンティングだ。俺の実力が評価されて、より良い待遇を提示しての引き抜き。前の会社ではついぞそういった話はなかった、というか、その手の話題が社員にいかないように情報が締め出されていたというか、取引先にも圧力がかけられていたというか。お陰で転職活動がさっぱりうまくいかないとぼやいていた先輩がいたな。同業他社はどこも先輩を受け入れることに躊躇して、かといって先輩の年齢だと全くの別ジャンルというのは冒険が過ぎる、というか今まで血尿出しながら築いてきたキャリアを全て捨て去るのは人としてどうしても踏み切れないのだと。その気持ちわかる〜と返したらお前に何がわかんだよ! てマジギレされたけど。たかが二徹くらいで余裕失いすぎでしょウケる。

 しかし、私のどこをそこまで評価していただけたのでしょうか。

 

「君の成長性だよ。もし君がこのまま成長していくのなら、もしかしたら太陽を克服できるかもしれない」

 

 太陽を?

 

「太陽の克服は私の最優先事項だ。この千年、それだけを目的として鬼を増やしてきた。それでも未だ一人も太陽を克服できた者はいないけれど、もしかしたら君がそうなるかもしれない」

 

 なるほど、わかりやすい。

 会社を選ぶとき、経営方針や社是というものは実は馬鹿にならない。そのコミュニティが何を優先して動くのか、優先順位は何か。それを理解した上で共感する人間を集めないとその会社はいずれ方向性を見失う。就活生は表面的な言葉を捉えて「御社の経営理念に共感して〜」なんて言うけれど、共感以前に理解できるほどの経験を積んでないだろ、というのが面接担当の正直な気持ちだ。何回か面接やってみたけど、まあみんな同じことを言うのな。経営理念を理解できるだけの経験を積んできたことをアピールしてくれないと、こっちから突っ込めば突っ込むほどボロを出していくからな彼らは。その辺りをしっかり関連させて自己PRできる学生は、まあ大体高学歴なわけだけど。

 そんなわけで、この上司の理念は理解できた。

 太陽の克服。

 そのために鬼を増やし、ようやく現れた私という存在の成長を促したい。

 であるならば、私は自身の成長を最優先にして、自分を強化し、太陽の克服を目指します。そのためには何を犠牲にすることも躊躇いませんし、私自身、日光に当たれない、こんな格好をしないと昼間外に出られないという今の体に強い不満を抱いていました。その点であなた様の理念に強く共感しています。私の血鬼術は必ずあなた様の理念に役立つと私は確信しています。

 そう言うと青年はさらに笑みを深めた。

 

「じゃあ、少し私に付き合ってもらおうかな」

 

 はい。どちらへ?

 

「来ればわかる」

 

 俺たちが会話しているのは、暗い森の中である。人の気配などするはずないし、まして楽器の音がするはずもない、こんな時間にこんな場所で楽器を弾くような奴がいたらそれは鬼より異常に違いない。にもかかわらず。

 

 森の中で琵琶の音が響いた。




なお、社畜が太陽を克服したら上司に捕食される模様。

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