瑠奈が川神院にやって来た翌日、千李達は学園へと向かった。瑠奈も愚図る事はせず、千李達を笑顔で送り出した。
少し歩いたところで十夜が千李に疑問を投げかけた。
「千姉、瑠奈って武術できんの?」
「ん? いや、まだまだ武術なんて出来ないわよ。素質はあると思うけどね、まぁ武術をやるかどうかはあの子次第かしらね」
「ふーん……。じゃああの眼帯は?」
「アレは確か瑠奈は生まれながらに気が強かったらしくて、今も無意識のうちに垂れ流しになってるみたいなのよ。んで、それをずっとそのまんまにしとくとあの子の身体に負担がかかるってんで、ああいうのを付けたんだって」
……まぁ龍眼のことは言わないけど。
千李は昨日の夜、鉄心と共に見た瑠奈の眼帯の下に隠された瞳を見た。そこにあったのは金色の瞳だった。本来日本人の目というのは虹彩の部分は殆どの人物が濃い茶色をしているだろう。しかし、瑠奈の虹彩は茶色ではなく、金色だったのだ。そして、瞳孔の部分は丸い形をしておらず、猫のように細長い。
鉄心が言うには瑠奈の瞳は『龍眼』といわれるものらしく、伊達家の何代かに一度受け継がれる特殊な瞳らしい。かの伊達政宗もこの瞳を持っていたとされているとのことだ。また『龍眼』は一つの武器を極める力を持っているとされている。
「まぁ体力はあの歳の子にしてはある方だけれど、武術の方じゃアンタにも勝てないわよ」
千李が言うと十夜は納得したような安堵したような表情を浮かべたが、千李は彼の頭をポンポンと軽く叩き、
「アンタが武術をするかはどうかはアンタ自身が決めることだからよく考えなさいな」
と、十夜に聞こえるくらいの小声でささやいた。十夜もまたそれに頷いて返す。その後、四人は大和たちと合流し、いつものように風間ファミリー全員集合での登校となった。
昼休み、千李は大和達がいる2-Fに向かっていた。既に昼食は終えているが、特にやることもなく暇なのだ。しかし、その途中千李はある人物と遭遇した。
「あら、あずみ。そんなとこで何やってんの?」
「鬼神……か、英雄様がお手洗いに行ってるんでな。流石に中までついてくわけにもいかねぇからここにいんだよ」
鬱陶しげに千李に答えるのはメイド服の女性。名を忍足あずみといい、あの九鬼財閥長男である九鬼英雄のメイドである。普段は可愛らしい声であるのだが、英雄の姿が見えないときはこのように若干口調が粗暴となり、声自体も少し低くなる。
「メイドも大変よねぇ」
「別にあたいは大変じゃねぇよ。つーかこれぐらい九鬼のメイドじゃなくてもできるっつの」
「そりゃそうね。んじゃまお仕事の邪魔しちゃ悪いから私はこれで」
千李は手をヒラヒラと振りながらあずみに告げ、その場を後にした。
2-Fに到着した千李は教室をぐるりと見回した後、教室の一角にいた一子たちに声をかけた。
「一子、お邪魔していいかしら?」
「うん、でもどうしたの?」
「んー? ちょっと暇だったから顔出してみただけ。あとはクリスがうまくやれてるか見に来たって感じかな」
いいながらクリスの方を見やると、クリスは自信満々げに笑みを浮かべながら、
「大丈夫だぞ千李先輩。自分は皆と仲良くやれている」
「みたいね」
小さく笑った千李はそれに頷いた後もう一度辺りを見回した。
「そういえば京、大和たちの姿が見えないけれど、学食でも行った?」
「十夜と約束があるって出て行った」
「ふーん。あぁそういえば朝なにやら話してたわね」
「多分バイトのあてでも見つかったんじゃない? 千姉様も探してくれてるぽかったけど見つかったの?」
「ん、まぁその辺はね。だけど多分大和の方が先にバイト先に連絡入れたんじゃないかしら」
肩を竦めながらいう千李に対し、京と一子、クリスは首をかしげた。
千李は昼休みが終わるまで2-Fにおり、女子トークに花を咲かせた。
千李が2ーFを訪れる10分ほど前。十夜は大和達と食堂で昼食をとっていた。
「で、大和。バイト先って?」
「ちょっと待ってろ。……あったあった、ここ」
いいながら大和が出した紙には『宇佐美代行センター』と書かれており、他にはその住所などが書かれていた。
「宇佐美代行センター……あれ? 宇佐美?」
「お前も授業受けたことあるだろ? 人間学の宇佐美先生がやってる何でも屋みたいなものらしいぞ」
「ヒゲ先生こんなこともやってるのか……。ありがと、大和」
「ああ。たぶん千李姉さんのあてって言うのもここだと思うぞ。先生とはなしてるの見たから、後で言っといた方がいい」
「了解、それにしても……何でも屋か……できるかな」
腕を組みながら難しい表情をする十夜だが、大和は昼食を食べながら、
「まぁ何とかなるだろ。そこまで大変なこと先生もさせないだろうし。あぁあとちゃんと履歴書書いてけよ」
と、大和がそこまで言ったところで隣で漫画の話をしていた卓也と岳人が話しに混ざってきた。
「お、十夜のバイト先決まったのか?」
「いやまだ完全には決まってないけどとりあえずは候補が一個出たって感じかな」
「これを気に人見知りも解消できるといいね十夜」
「うん。とりあえずは大和が見つけてくれたわけだからがんばってみるよ」
若干苦笑いながらも頷く十夜に対し、大和は何かを思い至ったように手を叩き昼食を食べ終えた翔一に問うた。
「なぁキャップ。キャップ的にはバイトする上でのコツとかあるのか?」
「コツぅ? そうだな……うーん、やることにもよるけどよ……まぁとりあえず言われたことを真面目にこなしてりゃあいいんじゃね?」
昼食にがっつきながら言う翔一の意見を聞き、場の全員が「おー」と声を漏らした。実際のところ今の翔一の発言は、複数のバイトを掛け持ちしているからこそ言える言葉であるのだろう。
「っと、そろそろ昼休み終わるな。ちゃっちゃと食って教室戻ろうぜ」
大和が時計を見ながら言うと、皆もそれに気付き、食べ終わっていなかった者は一気にそれをかき込んだ。
放課後、多くの生徒が家路につく中千李は大和と共に宇佐美巨人の下に訪れていた。先ほども上がったかこの宇佐美巨人という人物は川神学園の人間学の授業を担当している。はたから見るとただの冴えない中年オヤジだが侮るなかれ、こう見えてこの男人生経験豊富であり、かなりの器の持ち主でもある。しかし生徒間の人気もいいほうではあるのだが、その外見からついたあだ名はヒゲ。因みに大和と同じクラスの源忠勝の養父でもある。
「そんで? おじさんに話ってなによ」
「うん、この前話した十夜の件でさ。十夜もやる気になったみたいってのを伝えようと思ってさ」
「あぁ成程ね。しかし別にいちいち報告なんざしなくてもよかったぞ?」
「いや流石にお願いしたんだからその辺はきっちりしないとさ」
「その辺は律儀だねぇ直江は。それで川神長女は何で来たの?」
巨人は大和の隣に立つ千李に目を向ける。すると千李は頭を軽くかきながら巨人に告げた。
「私はまぁあれよ、弟がお世話になるからその挨拶みたいな感じかな」
「こっちも挨拶なわけね。まったく妙なところで律儀だねお前らは。安心しな、いきなり無理な仕事はさせないよ。普段のアイツ見ててもわかるけど、結構人間関係については悩んでそうだもんなアイツ」
肩を竦めながら言う巨人に二人は少し驚いたような表情をした。それが可笑しかったのか巨人は微笑を浮かべながら、
「そんなに驚くことでもないぞ。俺の授業受けてればわかると思うけど結構話し合いみたいなのも多いだろ直江。あれで大体わかっちゃうんだよな、現にアイツは俺の授業で一度も発言したことないからねぇ」
「あぁ……」
「え? 宇佐美先生の授業ってそうだっけ?」
「そうだよ川神長女、お前はどの授業も大体爆睡してるから覚えてないだろうけどな。つか麻呂の授業も寝てんだろ? あのキンキン声の中よく寝られるもんだね」
「アイツの授業の時は耳栓して寝てるからモーマンタイ」
「用意周到なこって……っと話が脱線したけどまぁあれだよ、アイツの不得意な分野は大体わかってるから特に心配しなさんなってこと。んじゃそろそろ帰りな、下校時刻もそろそろだし」
巨人は壁にかけられている時計を見やりながら二人に告げた。二人もそれを見ると互いに頷き合いそれぞれ巨人に別れを告げた。二人が帰るのを見送った巨人はヤレヤレと眉間に手を添え、
「ああみえて心配性なんだねぇ川神長女は。おぉっとそろそろ俺も仕事終わりにしないと小島先生をお誘いできない」
巨人も残った仕事に取り掛かるため職員室へと戻っていった。
一応補足しておくが、その後巨人は梅子に食事のお誘いをしたらしいが見事に撃沈したらしい。
巨人との話を終えた二人は並んで帰路についていたが、そこで大和が千李に問う。
「千李姉さんは湘南に何しに行ったわけ?」
「んーとね、本当はこの髪紐の新調だけだったんだけど。おまけと言ったらいのかなんと言ったらいいのかわからないけど、孤児の娘を私の子として引き取ることとなってね」
「ふーん。孤児の子を引き取ったんだ……って、えぇ!? 孤児を引き取ったぁ!? それって千李姉さんに子供ができたってこと!?」
「そうそう大正解。もうその子がカワイイのなんのって」
大和の驚愕の声も千李は軽く聞き流し、瑠奈のことを思い浮かべながら笑顔を浮かべる。一方大和はいまだ驚きが隠せないのか口があんぐりと開いてしまっている。しかし、いつまでもそのままではいられないと思ったのか軽く咳払いをして再び千李に聞いた。
「そ、それでその子どんな子なの?」
「どんな子って……まぁいたって普通の子よ。あーでも私や百代みたいに気があるかな。まだ使い方も何もわかってない状態だけど」
「それって将来武術をやることになればかなりの使い手になるってこと?」
「でしょうね。だけどそれを決めるのはあの子自身。私がどうこう言う権利はないわ。やりたくもないことを強制的にやらせるなんてただの傲慢でしょ?」
優しい笑みを漏らしながら言う千李に大和は一瞬ドキッとするものの、すぐにそれを振り払った。
「にしても十夜に何でも屋ってできるかしらねぇ。……さっきはああ言ってみたけどだんだん心配になってきたわ」
「大丈夫だと思うよ? 先生も無理はさせないって言ってたし。何かあればゲンさんだっているわけだし」
「そうねぇ、まっ気にしすぎって感じかしらね」
肩を竦ませながら千李は笑う。大和も苦笑を浮かべ、二人は家路を歩いていった。
ちょうどその頃、川神院では十夜と瑠奈が遊んでいた。
理由は単純明快であり千李はなにやら残ってやることがあるとのことで、千李が十夜に瑠奈の事を頼むといわれたのだ。
「にしても……確かに千姉が言ったとおり瑠奈体力あるなぁ」
現在瑠奈と鬼ごっこをしている最中だが、開始して数十分経つと言うのに瑠奈はそこまで疲れた様子を見せていない。
しかも時折鬼である十夜のほうを振り返っては、
「十夜おにーちゃんおそーい!」
などと屈託のない笑顔で言ってくるのだ。走りながらしゃべるというのはそれなりに体力を消費するのだが、それでも瑠奈は少し汗をかいているだけなのだから恐れ入る。
十夜はそれに苦笑いを浮かべながら瑠奈を追いかける。しかし、勿論十夜は本気ではなく子供である瑠奈をたてる為に手加減をしているのだ。
すると瑠奈が何かを思い至ったのか今度は十夜に向かって駆けて来た。
「どうした? どこか痛くなったか?」
「ううん。ねぇ十夜おにーちゃんはお母さんやモモおねーちゃん、一子おねーちゃんみたいに戦ったりするの?」
「……」
その問いに十夜は少し胸が痛むような感覚が走ったのを感じた。幼さから来る屈託のない疑問。どうして? なぜ? と言うことがあれば小さい子はそれをすぐに人に聞いてしまう。今回はその事が十夜のあまり思い出したくない過去と被ってしまったのだ。
しかし、十夜は一度大きく深呼吸をすると瑠奈を見据えながら告げた。
「……そうだな、俺はさ瑠奈。子供の頃は千姉や姉貴みたいに武術をやっていたんだ。けどな……小学生の時ちょっと自分の力に酔っちゃってさ。……姉貴……モモおねーちゃんに負けたんだ。以来、どうにも武術をしようとは思えなくなっちゃったんだよ」
少し気恥ずかしそうに頬を掻きながら言う十夜だが、瑠奈はそれをじっと見つめていた。
「だからって言うかなんつーかわからないけどさ。もしお前が千姉みたいに武術をやるんなら、俺みたいに自分の力を過信しないほうがいい。俺みたいになっちゃうかもしれないからな」
と、そこまで十夜が言ったところで門のほうから千李と鍛錬に出ていた百代と一子が戻ってきた。
「……ホラ、お母さん来たぞ」
十夜が指を指して言うと瑠奈は振り向き、門の方へと駆けて行った。その途中彼女は十夜を見やりつつ、彼に礼を言った。
「十夜おにーちゃん! 教えてくれてありがとう!!」
彼はそれに軽く頷くと、大きく溜息をついた。そして夕日に染まる空を仰ぎ見ながら誰にも聞こえない声で呟いた。
「……微妙に心労が来た……」
最後に十夜はもう一度溜息をつくと、千李たちの下へ歩いていった。
夜、千李と瑠奈は一緒にお風呂に入っていた。すると瑠奈は千李と向かい合うと彼女に力強く告げる。
「お母さん。私、武術がやってみたい」
その宣言に千李は一瞬目を丸くしたが、すぐにそれを理解したのか小さく頷くと瑠奈の頭を撫でながら言った。
「わかったわ、だけど武術をやるには相応の覚悟が必要だけど大丈夫?」
「うん!」
瑠奈のしっかりとした返事を聞いた千李はもう一度彼女の頭をなでる。瑠奈もまたそれに笑顔で答えた。
その後二人はお風呂から上がり寝間着に着替えた後部屋に戻って布団に潜り眠りについた。
千李たちが眠った後、十夜もまた布団に潜りながらボーっと天井を見つめていた。
「……瑠奈にはあんな偉そうなこと言ったけど……どうにもなぁ……。なんかすぐにでも瑠奈に抜かれそうな気がしてならない……」
悶々とした感情を声に出しながら十夜は布団を目深に被り無理やりに眠りに入った。