かつてイタリア半島南西部に位置し、ティレニア海に面しているカンパニア州を拠点とする組織犯罪活動をするマフィア組織をカモッラといった。カンパニア州の首都は、イタリア第3位の人口を擁する都市ナポリで、近年観光客に人気のアマルフィもカンパニア州にある。イタリアのカンパニア州を拠点とする特定の影響力を持つ組織犯罪活動をするマフィア組織だった。
ヤクザ、マフィア、ギャング、黒社会と呼び名は違えども、世界各国に存在する暴力組織。時に公権力と激しく対峙しながらも、彼ら闇勢力は国家と常に密接な関係を築いてきた。
いつしかカモッラはシチリアマフィアにくら替えしたパッショーネなるギャングに統合されていった。かつての収入源は主に武器・麻薬取引、違法カジノ、誘拐、偽金作りなどで年間1000億ドルの資金が動いていた。麻薬取引は欧州市場の8割を占め、資金洗浄での調達額は年間720億ドルに達し、伊GDPの3%に相当し、総売り上げは530億ユーロ(約7兆円)、ドイツ銀行とマクドナルドの総売り上げの合計を上回る額だったという。
だが2000年頃からこの5年間にかけてイタリアの闇社会ではどうやら内部紛争がおきたことを俺は肌で感じていた。
ジョルノが復学したという話を聞かないまま、オレは後期中学校を卒業した。気づけばもう5年がたち、27にして卒業である。まったくもって笑えない話だ、最後まで誰にも気づかれなかったんだからカモッラの影響力は怖すぎる。
卒業式を終えた瞬間からオレは髭を生やし、毛を染め、服の趣味を変えた。人相が変わるよう務めてきた。そのおかげか周りが見て見ぬふりをしてくれるからかはしらないが、今のところ町中でチャオ!とかつてのクラスメイトたちに声をかけられるつたいう悲劇に見舞われたことはない。
この5年間はいつも急ぐように生きてきた。時間もそれに合わせるように早く通りすぎて、気がつくと心だけがおいてきぼりをくってしまった。
まさに毎日が綱渡りだった。時間を忘れるほど過酷な時代だったといえる。
ジョルノの監視が目的だったんだからさっさと解放してくれたら良かったのに散々な目にあってしまったものだ。
身動きも出来ぬほどスケジュールがつまっていたのはあとにも先にもあの時だけである。
話を戻そう。カモッラの支配下にある格安アパートに暮らしながら彼らの斡旋で剣道を教える小さな道場主だった俺は、パッショーネが牛耳るようになった途端門下生が激増したのだ。
なにかが起こっているのは感じていた。まず路地から浮浪者が消えた。公衆トイレに溢れていた注射針が消えた。麻薬ほしさに犯罪を起こす連中はいなくなり、治安が少しマシになり、更生施設がばんばんたってパンク寸前になった。そこから出たら刑務所みたいに働きながら衣食住を保証されるみたいな産業革命以後の社会保障が確立するまでの日々が出来上がるのを俺はみていた。なにせ更生施設の一環として剣道を教えてくれと言われたからだ。
行政からの依頼だったがパッショーネの息がかかっているのは暗黙の了解だった。
まあパッショーネに限らずマフィアなりギャングなりは単に違法となる犯罪ビジネスに手を染めているだけではなく、広大なオリーブ畑を所有し、不動産業、サービス業をはじめ、多種多様の業種をコントロールし自分たちの傘下に置いている。ギャンブル、人身売買、偽造、恐喝などからも主な収入を得ているのだ。どういう風な吹き回しで麻薬から手を引いたのかはわからないが、今のパッショーネは麻薬には手をつけない方針らしい。
それでも年間1670億ドル(約21兆円)もの稼ぎを得たと風の噂で聞いているから世も末だ。
密約でも結んだのかヨーロッパ中に下部組織が置かれ、重要なネットワークの拠点となっている。なんで俺がこんなに詳しいのかと言うと門下生が増えたせいで道場をでかくしたいと行政の連中に申し出たらヨーロッパのあちこちに道場ができたからだ。あきらかに場違いなほど一等地な場所ばかりであり、隠れ蓑なんだろうなと俺は思ったわけだ。
たぶんスイスの道場の入っているでかいビルの最上階ではマネーロンダリングを行い、密輸経由や潜伏先としてもスイスを利用している事務所があるはずだ。パッショーネは活動を世界中に広げ、密輸を手掛けるなどして得た巨額の資産を動かし、経済に多大な損害を与えているという想像を俺はせざるを得ないのだ。
地元から世界中に組員を送り出し、事実上、イタリア以外の地域を手中に収めた。パッショーネはほかのマフィア組織の組員と違い、新しい土地で金を稼ぐ以外にも、組織を同時に作り上げている。これは戦略的にコントロールされる下部組織だ。
パッショーネは人目に付かずにひっそりと活動する能力があり、イタリア政府に対し争いをしかけたことは一度もない。また、ほかのマフィアは反マフィア勢を護衛もろとも暗殺したことがあったが、パッショーネはそのような無差別殺人をしたこともない。また、大物政治家を殺害したこともない。
パッショーネが勢力を拡大できたのは今の社会構造やメディアにも責任がある。彼らの活動に目をつぶってきたからだ。こうした背景の中、パッショーネは資産を増やし、グローバル化の波に乗って新しいチャンスをつかむことができた。資金をいつでも自由に動かせるということは、犯罪のレベルだけでなく、金融分野でも勢いを増している。それでも空中分解しないのは、パッショーネの強みにある。
組織のアイデンティティをなんらかの方法で強め、固く結びつき、組員に帰属意識を持たせることで、組織の周りに沈黙の壁を築いた。同時に、企業家としての能力があるやつが上層部にいる。中流階級の市民をうまく利用して、グローバル化によるビジネスチャンスを最大限に活用している。
スイスやヨーロッパ諸国はパッショーネにマネーロンダリングだけでなく密輸の経由地としても使われているわけだが、特にスイスはほかのヨーロッパ諸国と違い、銀行制度以外にも問題が一つある。イタリアのロンバルディアと国境を接していることだ。パッショーネはこの地域を支配下に置いている。
ここでは、圧力がかかっている企業は、組織を起訴するどころか、何が起きたかすらも話そうとしない。スイスやヨーロッパ諸国では長年、マフィアの金が自分の国に入ってきても、国の経済全体にまでは影響がないと考えていたが、実際は違う。マフィアはその国での影響力を強め、経済、企業、金融の関係をあいまいなものへと変える。
パッショーネはマフィアによる暴力事件が起こすほどそこまで浅はかではない。今、組織の巨額資金を使って最大に攻撃しているのは、「経済の透明性」だ。
なにせスイスやヨーロッパ諸国は反マフィア体制の統一化に真剣に取り組み、犯罪組織の資産を押収できるような効果的措置を導入すべきだと主張している勢力があるからだ。それを主導しているのがスピードワゴン財団だから、パッショーネは経済戦争をしているんだろうなと俺は思っている。
そうでもなけりゃ、ヨーロッパ選手権でチャンピオンに輝いたうちの門下生が世界大会に出るためには俺を退任させろなんて圧力を開催国であるアメリカが水面下で掛けてくるわけがないのである。
そうかと思えばスピードワゴン財団のある部門が莫大な金額をアメリカの不動産王にわたしていたなんてスキャンダルが飛んできたり。スピードワゴン財団のある幹部がパッショーネに資金提供や後ろ盾になろうと発言したという暴露が出てきて有耶無耶になったり。とにかく連日連夜えらいことになっていた。
今やヨーロッパ中に剣道の道場がある地位となったオレは、さすがにパッショーネの息がかかった最下層地域の格安アパートに住むのはおすすめしないと行政にいわれた。事実上の隠れ蓑としての価値の上昇と引き換えの古巣とのお別れである。
餞別がわりに郵便が届いた。封を開けてみればここのところ日本に一度も帰らないまま何故か更新され続けているパスポートとビザ、そして運転免許証が郵便受けに入っていた。あとは新しい住居の地図と鍵。いたれりつくせりすぎてあとが怖いが今更首元までどっぷりつかってしまっているオレのような人間がたくさんいるからパッショーネは安泰なんだろうなと何となく思った。
「おっと、忘れるとこだった」
オレは水やりのためにギリギリまで玄関に飾りっぱなしにしていた鉢植えを手にした。
「今日も綺麗に咲いてるなあ、お前。枯れないってことは、どっかで元気にしてんだろうなあ、ジョルノのやつ」
5年前のあの日、渡された百日草の鉢植えは今日も元気に咲いている。
「何をこいつに変えたのか気にならないっていえば嘘になるけど......無理矢理枯らしたらえらいことになるしなあ」
ゴールド・エクスペリエンスとジョルノが名付けた超能力により生成された動植物は傷つけられると傷つけたやつに全くおなじ痛みを味合わせる。やつが能力を把握するための実験体として散々な目にあったことを思い出してしまったオレは身震いした。ジョルノに言わせれば時々思考を放棄して思いつきの考え無しになるらしいオレがうっかり花や葉っぱをちぎったら人体の該当箇所が吹き飛ぶわけだ。勘弁してくれ、遠回しに自殺はしたくない。
ぶるりと体をふるわせたオレは百日草を運ぶためにわざわざ買ったバスケットを抱えて慎重に歩き出す。すぐ前には長い長い高級車が止まっていて、マネージャーがまだかまだかと待っているはずだ。ドアをあけると運転手がチャオと笑った。
「......んなわけないか」
ギャングになって5年たつジョルノがタクシー運転手なんて下っ端のアルバイトをまだしている訳がない。涙目のルカみたいにアルバイトの元締めあたりをしているだろうから高級車の運転手をしている訳がないのだ。
ドアが開いた。
「なにかと思ったら玄関にずっと飾ってあるやつですね、それ。そんなに大事なんですか?」
マネージャーの言葉にオレはうなずいた。
「こいつはダチの元気にしてるっていう手紙みたいなもんなんだ」
「あら、毎年送ってきてたんですか。知らなかった。なかなかのラブロマンスですね。ご予定は?」
「ねえよ、結婚はもう懲り懲りだ」
そういや百日草は一年しか咲かない花なのかと当たり前のことを思い出したオレは、マネージャーが恋愛話に持っていきたい雰囲気を感じて辟易する。
「ちょうどいいわ。今日の日本のテレビ番組の取材の時に話してみたらどうです?ウケそう」
「やめてくれ。コーチよりヨーロッパチャンピオンの方が取材されたがってるじゃねーか」