それで例え死んだとしても   作:くま

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京楽 市丸 107年前

魂魄消失事件から二年。

隊長格が七人、副鬼道長も消えるという前代未聞の事件の影響は戸魄界に色濃く残っていた。

被害が大きかった十二番隊は、未だに完全復旧の目処が立っていない。

 

八番隊も副隊長、矢胴丸リサを失った。

話かけやすい態度、聡明ながら面倒見が良く、多くの隊員から愛された副隊長だった。

その席は空白のままだ。

 

それでも八番隊が立ち直れたのは、その穴を埋めようと奔走した新人──早乙女七席の存在が大きい。

貯まりつつあった執務室の書類仕事を一心に請け負い、空いた時間には病体に鞭を打つかの如く訓練を続ける。

そして隊に蔓延る暗い雰囲気を払拭しようと、笑顔を作る姿は隊員達の目を惹いた。

前副隊長の代わりに、子供に本の読み聞かせをする姿なども目撃されている。

 

──病弱な身の新人に、これ以上無理をさせるわけにはいかない。

その気持ちが全員に波及することで、八番隊は立ち直っていったのだ。

 

 

 

 

「ひまりちゃん、今日も精が出るねぇ」

 

「──京楽隊長……っ!おはようございます」

 

白打の練習をしていたひまりの手が止まる。

息を整えるよりも先に頭を下げるのがこの少女らしい。

……はだけた服すらも直さずに。

咄嗟に京楽は目を背ける。

 

「あーえっと、今日は白打の練習かい」

 

「はい。鬼道は霊力がなくなったら使えないので」

 

そうは言いつつも納得いかない表情から読み取るに、白打は上手くないらしい。

真央霊術院時代は鬼道が得意だったと聞いた。

子供の頃から霊力を使っていたらしく、彼女にしてみれば一番の武器に違いない。

いつも霊圧を隠しているが、実際は身に余るほど持って居るはずだ。

にも関わらず霊力がなくなった時を想定した訓練をする辺り、やはり彼女はズレているのだろう。

向上心があるというべきなんだろうか。

 

「で、隊長はなんでここに?」

 

「なんでって、副隊長要請だよお。何度もしてるじゃない」

 

「……何度も拒否してるじゃないですか」

 

「でも八番隊には入ってくれたよ」

 

 

副隊長を失い気丈に振る舞う京楽を慰めたのが、当時学院の六回生だったひまりだった。

度々団子屋で出会い、何でもない話で笑いあった。

自分が隊長だから、学生が胡麻を摺っているだけだとしても、落ち込んでいる自分を気遣ってくれるのは嬉しかった。

そして

 

『──もう死神になる気はないですよ。適当に就職するつもり』

 

寂しげな笑顔で、寂しそうに目を伏せて彼女はそう言った。

治ることのない病気を抱えているから、入っても隊に迷惑をかけるだけだと。

その言葉を聞いた日から、京楽によるひまりへの口説き(ラブコール)は始まったのだ。

 

 

「隊長からの入隊要望を4回も断るなんてキミくらいだよ」

 

やれやれ、と肩をすくめる。

 

「最初から副隊長なんて、誰でも嫌がりますよ」

 

ひまりが京楽に批難がましい視線を送る。

 

「だから七席にしたじゃないか」

 

一年だけのつもりだったんだけどね、と呟く京楽は飄々としたままだ。

いなくなった人の影を追い続けるわけにはいかない。

隊長は割りきることも仕事だ、そう励ましてくれたのも彼女だった。

だからこそ、彼女が副隊長として欲しい。

彼女だって副隊長就任を嫌で拒否をしているわけではないし、何か切っ掛けがあれば頷いてくれそうなのだ。

だからこそ切り札を切る。

 

「──それに、副隊長になれば、キミの病気を卯ノ花さんに看てもらえるかもしれないよ?」

 

「っ──!!」

 

病気の詳しい内容までは京楽は知らない。

だが、その効果は覿面だった。

柔らかかったひまりの表情が一瞬だけ強ばり、同時に考え事を始める。

彼女は決して生を諦めているわけではない。

1%でも生き残れる可能性が上がるなら、飛びついてくると確信していた。

 

たっぷり時間をかけて逡巡した後に、ひまりが口を開く。

……その口端から血が漏れる、喀血してるのだ。

彼女が大きな決断する時、体調が悪くなることを京楽は知っていた。

 

「私は、──こんな風に体が弱いです」

 

「知ってるよ。大丈夫、浮竹もだよ」

 

「矢胴丸副隊長のように皆に慕われるようなタイプじゃないですよ」

 

「キミは十分慕われてるとも」

 

自己肯定感が低い彼女だが、少なくても八番隊で君を嫌がる人はいない。

むしろこれからキミと関わる人は、皆きっとキミを好きになるだろう。

 

「……伊勢七緒が立派になるまでの代理。それくらいなら務めてみせましょう」

 

「ああ、十分だよ。ありがとね」

 

もう一度、ひまりが痰が絡んだ咳と共に血を吐き出す。

だが、その瞳には何かの決意が浮かんでいた。

何かを呟くが京楽には聞き取れない。

でもきっと何か、決意宣言でもしたのだろう。

 

「原作……変えてやったぞ……っ!ざまーみろ」

 

もう一度血を吐いた後、彼女は不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギン、君は彼女のことを知っていたんじゃないかな?」

 

「──やだなぁ藍染隊長、ボクのこと疑ってはる?」

 

その細めた目、薄い笑いからは何も窺いしれない。

しかし藍染には、ギンと早乙女ひまりが知り合いである、という半ば確信に近いものを抱いていた。

 

「今に至るまで、六十二地区『花枯』から真央霊術院に入ったのは君と彼女の二人しかいない。君が死神になると決めたのは、前年に入学した彼女という前例があったからじゃないか?」

 

他にも、彼女が休学する直前に帰郷した記録が残っている。

この日はギンも帰郷していたはずだ。

 

「……覚えてないなぁ。もしかしたら挨拶くらいは交わしたかも知らへんよ」

 

忘れてたら堪忍な、と言うがその顔色は変わらない。

 

「別に怒ってないさ。むしろ興味深い存在を残してくれたことに感謝してるとも」

 

──ただ、その興味の対象である彼女は、事あるごとに体調を崩して床に臥せている。

病気のはずがない、調べたが異常(・・)なほどに彼女は正常だった。

一般的に霊圧に変化が起きると、それは鎖結と魄睡に異常が現れる。

しかし、藍染ですら異常を見つけることは出来なかった。

つまりこれは何者かが恣意的ではなく、痕を残さないように計画的に彼女の霊圧を奪い続けているのだ。

一体どんな術か呪いか、これを解き明かせれば尸魂界を落とすのが更に容易くなるはずだ。

藍染は本気で解毒法を考えていた。

そこに邪な思いはない。

 

黙っていたギンが、はっと思い出したかのように口を開いた。

 

「そういえばひまりちゃん、ゲンサクっての人へ恨み節吐いてはったなぁ」

 

あれは盗み聞きでもわかるほど、明確な怒りを持っていたなぁ。

ギンの表情からは何も窺い知れない。

 

「!――じゃあギン、一緒に彼女の身元でも調べ直そうか」

 

何か分かるかもしれないよ、と藍染は歩幅を大きくして外へと歩いていく。

対するギンははいはい、と覇気のない声で藍染の後ろについた。

 

 

 

 

「……あの子も、難儀な人に目をつけられたもんやね」

 

記憶にあるのは、自分の袖を掴む少女だ。

死を覚悟して藍染の元へ着くと決意した夜の事だ。

 

『それ以上藍染に関わると、君は死ぬよ』

 

『……は?』

 

その時は、聞き間違えたかと思ったほどだ。

肩で息をするその姿から、少女の方がよっぽど死にそうに見えた。

そんな縋るように止めてくれた少女を無視したのも自分だ。

だからこそ、自分の身を案じてくれた早乙女ひまりを、できるだけ藍染から遠ざけてやりたかった。

しかし、その願いは通じなさそうだった。

 

「困ったもんやなぁ」

 

 

もう市丸ギンにできるのは、彼女の呪いが解けるのを祈ることだけだった。

 


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