「それで、どこに手紙があるとか分かってんのか?」
「わからない!」
「しらみつぶしか……」
場所がわかんなきゃ、部屋を全て探索する他無い。
まずは適当にエレベーターを呼ぶ。
「シナモン、好きなの?」
「あ?……あぁ、これ食うと落ち着くんだ」
齧っていたチュロスを娘さんがじっと見つめてきた。
仕事前はいつもシナモンのチュロスを食べていた。
別にやばい薬とかの別称じゃなくて、単純に好きだから。
これを食べると『よし、仕事しよう』ってモードにはいる。
やってきたエレベーターに乗ったら監視カメラがない事を確認、天井の蓋をペコッと外して普段人目につかないところに潜入。
娘さん、軽いんだな。
あとはダクトを見つけて潜入を……うわっとと!?
エレベーターが動き出す。
ボタンは押していない……他の階がボタンを押したのか!
下に流れていく景色を見て冷や汗を流す。
もしも最上階だった場合、すり潰されてもおかしくない。
娘さんを抱えてタイミングを図る。
上からパイプが流れてきた。アレに捕まろう。
3……2……1……。
「飛ぶぞっ!!」
「ぴっ!?」
小脇に抱えて思い切りジャンプ。パイプを掴んだその勢いでダクトに足をかけた。
「ほら小娘。付いてきてるんだから少しは手伝ってくれ」
「は、はい!」
娘さんをダクトの上に下ろして腰の工具を渡す。
俺はパイプに捕まったままダクトを足で抑え、娘に指示を出す。
「そう、その十字の棒を……そうだ。そこに挿して回して……。四隅全部外す」
「はずした!」
「よし入れ。んで少し奥に入ってろよ……」
娘さんが乗り込んだダクトから『わあ煙い!』という声が響いて来たのを確認して俺もダクトに滑り込む。
ズボンの裾についた埃。
……まずいな、ダクトから潜入したことがバレてしまう。
まあ、見つからなければ良い話か。
「俺はダクトから降りるが、お前はそのままダクトを進め」
「えっ……一緒じゃないの……?」
「一緒にいて何が出来る。ほら、これを首にかけておけ。マッピングが出来る分まだ利用出来る」
不安そうな顔をする小娘にペンダント型マッピング装置を渡す。
間取りを送信するだけの装置だが……向こうの
ダクトの金具を外しつつ、左手を差し出す。
「……?」
「ぜったい死ぬな。指切りだ」
「……!ゆびきりげんまん、うそついたら……」
小さな手が俺の小指に絡みつく。
そして歌のフレーズが終わった瞬間。
「勇気出せよ」
俺は、ダクトの網を蹴った。
俺がいるのは……調理室か?
都合がいい、ここから幾分か調達させてもらおう。
しばらくの工程を通って、完全武装。
千円じゃ刃物が買えないからここでナイフを調達できたのはありがたかった。
別に人を刺し殺すわけじゃない。
ドアの隙間に捻じ込めばそのドアは開かなくなるし、ロープだって切れる。
買ったものは証拠隠滅のために捨ててしまう。
だからこそ、刃物は現地調達。
横開きになっているらしい扉を開いた瞬間。
「……あ?」
見張りと目があった。
「っっっっし、しんにゅ……ぐえ」
「っつあー、焦ったあぁぁぁ……!」
しょっぱなから見張りに見つかるとか。
やっぱりこの仕事で最後と思っている手前、気が緩んでいるのかもしれない。
気絶させた見張りを調理室につっこみ、外側から鍵をかける。
針金30本セット。
ホームセンターで1000円以内の道具を買って、それで依頼を遂行するのが俺のスタイル。
束ねて厚みを作って鍵の形に合わせ、鍵をガチャリ。
……取り出すのに苦労したが、メリットの方が多い。……と信じたい。
ふとポケットに振動を覚え、携帯を開く。
『依頼人捕まったぞ』
……あのバカ!
◇
わたしはいすに縛られている。
ほんものの悪い人。
「結構イイもん持ってんじゃねえか?このペンダントとかよ」
お父様からもったらペンダント。
「かえして!」
「返すもんか。……へっ、こんないいもん持ってんなら……強請れるな」
お父様は肩を痛めているのでゆさぶったら痛くなってしまう。
それだけはふせがないと。
「いにに……!!」
「ガキにロープが切れるかよ。電話番号とか知ってっか」
「言わない!」
「……んだと?」
悪い人が椅子をけりあげる。
目に写る景色がぐるりと回り、背中から床にぶつかった。
「聞こえなかったなぁ。……知ってんだろ、電話番号。教えろよ」
「………………」
「ガキャア!!」
だまっていると、悪い人はバットを持ってきた。
殴るつもりだ。
「オラァ!」
「んっ!!」
横に体を回転させて、椅子ごと転がる。
避けれた。
「なに避けてんだオラァ!」
「ッ!」
「なっ!?」
後ろを向くとお尻に衝撃がやってきた。
首だけ振り向くと、悪い人のバットを椅子が受け止めていた。
何回も振り下ろさせるソレを、避ける、避ける、避ける───。
それでも、わたしには限界があった。
「あっ!!」
「へへ……手こずらせやがって……」
足を踏み外して横倒しになってしまった。
足は痛いし……もう一度立ち上がるなんて出来ないよ。
『ぜったい死ぬな』
小指を見る。
ゆびきりしたんだ。
大丈夫、痛くない。
振りかぶられる鈍色のそれを、わたしはただ呆然と……。
「……?」
止まった。
わたしの目の前で、バットは止まった。
糸みたいなのがついてる。
天井からだ……と思うが早いか。
「ッゲッフゥ!?」
たくさんの煙が、視界を埋めた。
真っ白い煙の中で、悪い人の悲鳴が聞こえた。
「ボス!大丈夫ですか!」
「なんだこれ!?煙いぞ!」
「小麦粉だ!銃は使うな爆発するぞ!」
後ろからドタドタと音がする。
身を縮こませていると、わたしの腕を縛っていたロープが切れた。
そのままひょいと持ち上げられる。
シナモンシュガーの匂い。おじさんだ。
煙から脱出した。
おじさんの顔がよく見える。
「……!」
「安心してる暇はねえぞ。ほら、これを持て」
これは……クラッカー?ホームセンターで買ってたやつ……。
おじさんはわたしを抱えている右手に、これもやっぱりホームセンターで買った百円のエアガンを持っていた。
「さんにーいちで紐を引っ張れ。いくぞ……」
後ろを振り返る。
追っての人が見えた。
「3」
紐に手をかける。
「2」
悪い人の子分も銃をこちらに構えた。
おじさんもエアガンを顔の横に持ってくる。
「1」
おじさんは振り返ってエアガンを子分に向けた。
すかさずクラッカーを鳴らすとぱぁんと破裂音が鳴り、おじさんの手の動きも相まってなんだかほんものの銃みたい。
「ッ!!」
「誰だ、誰が撃たれた!」
「……あれ?」
「「「誰も撃たれてない!?」」」
そうこうしているうちにわたしたちは逃げ出していた。
……すごい。
「ぼーっとすんな、お前抱えてる分俺は遅い。一袋二つのクラッカーだから次弾を渡しとくぞ」
「……うん!」
家では何もさせてもらえない。
わたしは勉強するだけで良いらしい。
料理は使用人の人がやってしまうし、そうじもメイドがしちゃう。
……こんなふうに、誰かに頼られるのって初めて。
便利屋って、すごい。
「さーてと、びっくりどっきり千円マジック、もう少し続くぜ」
「……?」
「お前も噛め。そして捨てろ」
差し出されたのはガム。
……ガム?
よく見ると、横からくちゅくちゅと音が聞こえる。
……すごいたくさん食べてる……。
「はい、捨てまーす」
「お行儀悪い」
「そーいう作戦なんだよ」
辺り一面に散らされた食べかけガム。
それにならってガムを地面に吐き捨てると、おじさんは水を取り出した。
「ガムは噛んだ状態で冷やすと少し固まるんだよな」
ガムに水がかけられる。……あっ、追手きちゃった……。
クラッカーの用意をしていると、おじさんは不敵に笑って走り出した。
まるで、心配いらないと言うように。
「んだこれガムか?」
「んなもん障害にならねえ……おわあ!?」
「あっちょ、意外とくっつくぞコレ!新しい靴買ったばっかなのに!」
遠くからそんな声が聞こえてきた。
「少し固まったガムはそのままだと固くてくっつかないんだが、思い切り踏むとなかなか取れねえ。噛んだ直後みたいに簡単にブチブチちぎれるわけじゃないから、余計タチが悪いんだ」
「……!」
「バナナの皮もベタだがちゃんと効果あるぞ。踏む確率は少ないがクリーンヒットすればすってんころりん。あいつは石鹸より滑るからな」
バナナは滑るって、本当なんだ。
「あとは水。革靴は濡れた金属の上を歩くと……」
遠くで「どっわあ!?」と声。
「よく滑る。雨の日のマンホールなんかの被害者は少なくないはずだ」
廊下を抜けた。ロビー。おじさんは誰もいないロビーのカウンターで何か操作をすると、ふつうに自動ドアから出た。
そして自動ドアの前で止まる。
「いいの?逃げなくて」
「まあ見てろって。あと10秒だからよ」
……………………。10秒経った。何も起こらない。
悪い人がきちゃった!自動ドアに走ってくる。
悪い人が自動ドアの前に立つ。開かないで、開かないで……!!
………………あれ?
恐る恐る目を開けると、自動ドアは開いていなかった。
悪い人が必死に開けようとしてるけど、ビクともしない。
「……なんで?」
「最近のマンションやビルの自動ドアは内側につっかえ棒がある。これは深夜、誰もいない時間帯にドロボウが手動でドアを開けて侵入しないためだ。そして、つっかえ棒は電動だ。その装置は大体ロビーカウンターにあってな。スイッチ切ればお手軽、絶対に開かない扉の完成だ」
……よくわからないけど、凄い。
おじさんはドアの向こうの悪い人におしりぺんぺんをする。
煽られた悪い人は顔を真っ赤にするけど、いっこうにドアは開かない。
「下っ端ごときが自動ドアの仕組みを理解してるワケねえだろ」
心底楽しそうにほくそ笑むおじさんをみて、わたしは思った。
おてがみ、どうしよう……?
◇
「ほら依頼人様、これであってるか」
途中で普通にあったわ。
未開封の封筒だからわからんけど、国家の書類にしか使わない技術が使われていたのでこれだとすぐにわかった。
娘さんは封筒を開くと中身を確認して頷く。
「これ!ありがとう!」
「依頼料はいただいた。俺はそれでいい」
金庫室にあったんだよな、それ。
お陰で衣服や鞄の中身が紙でパンパンだ。
あのとき抱えてるから遅いなんて言ったが、実際のところこれが原因だ。
依頼料と合わせて……ウハウハである。
まだ便利屋続けてもいいかもな……。
「ところでそれ。何が書いてあるんだ?」
「え?」
「国家の秘密か?0点のテストか?」
「違うの!……じゃあ見せてあげる」
渡された紙を読む。
拙い字で、こう書かれていた。
『おとおさんいつもありがとら。だいすきだよ』
……は?
『ありがとら』の『ら』は『う』と書いたつもりなのか?
「……なんだ、これは」
「もっとちっちゃいころにおとうさんに渡した手紙!」
「……マジか」
これ一枚のために、俺は命をかけたのか?
………………。
「やっぱ便利屋はロクなこと起きねえ!俺は便利屋をやめるぞ、ゾゾォ───ッ!!」
もうにどとかきたくないです。まる。