モルゲンレーテ社の社屋でキーボードを叩きつつ、キラはある事を考えていた。それは端末の画面に映し出されている、オーブ連合首長国のMS、MBF-M1・M1アストレイの事だ。一言で言ってしまえば……。
(弱い。)
そう、弱いのである。原型機であるP0アストレイからの再設計において、オプション交換機能の省略、装甲箇所の縮小はまだいい。だが可動域の縮小は失敗だ。センサー機能のダウングレードは言語道断。
同数ならばザフトのZGMF-1017・ジンは当然として、GAT-X105・ストライクを原型機として大西洋連邦が用意しつつあると間諜が掴んできた、地球連合のMSであるGAT01・ストライクダガーをも圧倒できる機体。……ではあるのだが、戦いは数だ。
最低限相手に通じるレベルの能力であれば、そして相手を圧倒できる数を揃える事ができれば、戦いは勝利できる。そして今や仮想敵である大西洋連邦は、それができるのだ。1体1では圧倒できるストライクダガーも、こちらの1機に対し相手が3機揃えてくれば、相手を1機すら削る事もできずにM1アストレイが敗北する。
(オーブはMS数を揃える事が困難だ。特にパイロット調達の面で。国を護るには、邪道だけどもっと単機あたりの性能を高めなければならない。1機で、せめてストライクダガー3機と相打ちに持って行ける性能が欲しかった……。)
苦悩と共に溜息を吐き出し、キラはコーヒーを飲む。不味かった。
(僕たちを表に出す事は、しばらくできないと言われた……。それは当然だよね……。)
キラ、トール、ミリアリア、サイ、カズイの5人は、大西洋連邦の追及を逃れるために、オーブ政府にかくまわれる事になった。しかし、オーブ国内ですら大っぴらに大手を振って歩き回る事はできない。週1度の家族との面会が、彼らにとってわずかな慰めになっていた。家族たちは口を揃えて、ヘリオポリスのカレッジなんかにやらなければ良かったと言う。
(だけど、いまさら仕方のない事なんだよね。
さて……仕事に戻るか。)
オーブ政府は、彼らをかくまっているだけではなく、彼ら……ことにキラに対し、仕事の依頼をしてきた。彼らを保護した際の聞き取り調査で、キラがGAT-105・ストライクのOSを土壇場で改修、戦闘に勝利した事を知った政府担当者は、大枚の報酬と引き換えに、オーブ国産MS1号の、M1アストレイに使われる、ナチュラル用OSの構築を依頼してきたのである。
(できる限り……。できる限り、OSの機能を高く……。だけどプログラムとしては軽く……。そのギリギリのラインを見極めないと……。OSで、機体の能力を余さず発揮しきれれば……。
ストライクダガーのOSは、結局はコーディネーターである僕用に構築したストライク用OSが元になってると推測される。それを一般のナチュラルが操縦するなんて、無茶もいいところだ。あのショーンさんみたいな人なら、ナチュラルでも操縦できるだろうけどさ。
いや、それよりも。ストライクダガーは、OSの未熟さもあってナチュラルのパイロットでは、せいぜいが移動砲台でしか無いだろう。ならば、こちらが完璧なOSでもってM1アストレイの機能を、パイロットが完全に使いこなせれば……。1回は戦場で勝てるだろうさ。そう、1回は……。)
1回の会戦で勝利したところで、もし鹵獲されたM1のOSを解析でもされたならば、そしてそれをストライクダガーに組み込まれでもしたなら、OS面での優位はあっと言う間に崩れ去るだろう。だが少なくとも、1回は勝てるのだ。
(その1回の勝利で国がなんとか、相手との交渉に持ち込むことができれば……。また軍備を再度整える時間が稼げるだろうさ。……血を吐きながら続ける、悲しいマラソンだけどね。
……さて、そろそろ時間だな。ジュリさん、アサギさん、マユラさんはもう来てるかな。僕のM1はOSそのままでいいけど、みんなの機体は最新版に書き換えなきゃ。)
キラは更に、M1アストレイのOS構築だけでなく、そのテストパイロット兼、パイロットの教官職までも引き受けている。MSの実機に乗って、敵機を撃破した経験というのは、貴重なのだ。それ故、彼はこれからM1アストレイに乗り、テストパイロットに志願したトール、ミリアリアたちと組んで、正規のテストパイロットであるジュリ・ウー・ニェン、アサギ・コードウェル、マユラ・ラバッツらとの模擬戦に挑まねばならないのだ。
トールは、シミュレーターの中で仮想空間のM1アストレイを駆って、同じく仮想空間内のジンを次々に撃墜していた。だが、彼は苛立っていた。
(乗るたびに思うけど、嘘だろコレ。ヘリオポリスで見たジンの動きはこんなもんじゃなかった!!これで練習してやがんのか?駄目だろ、オーブの兵士ェ……。)
彼は何度も、シミュレーターでの敵機を強くするべきだと進言していた。その進言は退けられもしなかったが、受け入れられもしなかったのである。
(コレに慣れちまったら、実戦でポコポコ死ぬんじゃね?いや、偉そうに考えてるけど、俺も初心者マーク付きなんだけどよ……。)
初心者マーク付きだ、と彼は考えているものの、実のところ初陣は済ませているに等しい。彼、ミリアリア、そしてキラの3人は、殖装者……ガイバーとして、連合のメビウスと一戦交え、全機撃墜で勝利していたのだ。そして彼は、自分が人殺しになった事を重々理解している。
(ミリィを……守らなきゃ。アイツ、一人でこっそり泣いてやがった。人殺しになっちまった、って……。表では、自分が選んだことだからって、ケロッとしたフリ、してやがったけど。まあ、俺やキラもキツい思いしたけどよ……。俺が、アイツを、護らないと。
いや、いざ危ない目に遭いそうになったら、ガイバー……って叫べば、殖装しちまえば、身体は守られる。でも、心は……ミリィの心は、俺が護ってやらなきゃ。)
シミュレーター画面に突然、「Here comes a new challenger.」の文字が表示される。そしてミリアリアの声がシミュレーターの筐体内に響いた。
『CPU戦してても、逆に腕が低いレベルで固まっちゃうだけでしょ?対戦でやりましょ。』
「お、おう!んじゃあ、やるか!」
『行くわよ!』
画面内にミリアリア機のM1アストレイが表示される。トールのM1アストレイは、ミリアリア機に猛然と襲いかかった。
ミリアリアは、仮想空間内のM1アストレイを操縦しつつ思う。
(愛国心が無いわけじゃあ、無いのよね、みんな。)
自分、トール、キラ、サイ、カズイはオーブにかくまわれた。そして特にキラはその才能に対する、大きな、それは大きな依頼を受けている。このオーブ連合首長国自体の命運を左右しかねない仕事を与えられたのだ。それに比べ、他の自分たち4人は、結局はただの学生に過ぎない。
(だからただボーっと生きて、週1で面会に来る家族と会って、そうやって暮らしてもいいんだけど……。国のために何かしたいって気持ちが、皆に無いわけじゃないのよね。)
オーブ政府からの依頼を既に受けているキラはともかくとして、残りの4人も何か国のために仕事がしたい、と志願した。そして彼らは軍属として扱われる事となる。
(でも、本音を言えば国のためだけじゃあ無いって言うか……。と言うよりも、仲間たちのため、なのよね。トールなんか、メビウスを撃墜した直後ははしゃいで見せてたけど……。その後でこっそりトイレで吐いてたし。うなされてたし……人を殺したって。キラも元気にみせてたけど、そう見せてただけだし。
キラにも、誰かいればね。ごめんね、キラ。わたしはトールだけで精一杯なの。ほんとに、キラに良い人誰かいないかしら。)
そう無駄な考えをしながら、ミリアリアはいつの間にか、トールのM1アストレイを撃墜していた。
「あ。」
『うわあああぁぁぁ!?』
少なくとも、人型機動兵器に対する適応力は、トールよりミリアリアの方が上であるらしかった。
モルゲンレーテ社の無駄に広い敷地内にある森林を、キラ、トール、ミリアリアの乗るM1アストレイが隊列を組んで進軍する。サイは戦術オペレーターとして、後方の建物から彼らに指示を与えていた。
「こちら0-0。0-1、0-2、0-3、レーダーには敵影なし。されどニュートロン・ジャマーによるノイズが多くて、細かくはわからない。注意して進むんだ。」
『こちら0-1、了解。0-2、0-3、新しいOSのバージョンは、どんな調子?』
『こちら0-2。俺には前のバージョンの方がしっくり来るな。いや、新人にはこっちの方が絶対いいと思う。だけど俺程度に慣れた奴には、補助が多すぎてウザいって言うか……。いや、せっかく作ってくれたのに、悪い。』
『こちら0-3。わたしも同感。ねえ、キラ?パイロットを補助する機能を、段階的にカットできない?』
『こちら0-1。できなくも無いけれど……。このOSの売りである、ソフトの軽さがね。チップに焼いて、パイロットの慣れのレベル毎に交換する様にするかなあ。
あ、来たよ。散開。』
『『了解!』』
自分よりもキラの方が先に気付き、指示を飛ばしている。自分のやる事は、地形情報などの送信ぐらいしか無い。そんな若干の劣等感に苛まれつつ、サイは周辺地形情報を各機に送る。
(僕にできる事は多くない。でも、まったく無いわけでもない。パイロットたちは視野が狭くなりがちだ。だから……。)
ふとサイは気付く。敵機3機の動きが、ミリアリア機をキラ機、トール機から引き離そうとしているのだ。サイは急ぎ、周辺地形をネット検索で調査する。
「そうか、敵の狙いは……。
こちら0-0!0-3、注意するんだ!敵機は君を沼地、脆弱地盤の地形へ誘っているぞ!」
『了解!ありがとう、0-0!それじゃあ作戦に引っ掛かったフリをして……。』
『こちら0-1、0-3は引っ掛かったフリをしなくてもいい。この訓練は、一気に確実に勝敗をつける事が目的じゃない。互いに色々考えて実行し、実力を磨き合うのが基本だからね。
0-3は初期位置に戻って。敵には、また何か考えてもらおう。それまでは戦法は正攻法、正面から削り合うよ。』
『はーい。』
隣席に座っていたオーブ国軍の中尉が、にやりと笑って称賛の言葉をくれる。
「やる様になったな。」
「は、はい!……気付いてたんですか?」
「本職だからな。お前さんの成長のために、黙ってるのも自分の任務の内だ。……だが、本当によく気付いた。頑張ったな。」
「はいっ!」
サイは高揚感を感じる。今までの彼は、挫折を知らなかったと言っていい。人生は順風満帆だった。それがいきなり蹴躓いた。本当なら、倒れたまま二度と立ち上がれなくなり得る。志願したのだって、半ばやけになっての事だ。仲間の事を考えていなかったわけではない。その気持ちが大きかったのだって、本当だ。
だがこれまでの人生で、今褒められたほどに充実感があっただろうか。実は無かったとは言えない。しかしそれが、これほどまでに心に響いたかと言うと、否だ。彼は今まで、できてあたりまえの課題を、できてあたりまえにこなして生きて来た。頑張った事はあったが、「一生懸命に」頑張った事は無かった。
今日、彼は本当に必死で「一生懸命に」頑張って、その結果として成功したのだ。心に響くのは当たり前だろう。
(……僕にも、できる事があるんだ。こんな嬉しいことはない……。)
サイは何か忘れている様な気持ちに捕らわれたが、今は仕事中、訓練中だ。気を張って、サイは引き続き戦術情報を精査していった。彼の中で、フレイ・アルスターの面影は、彼が気付かない内に、遠い、それこそ遠い物になっていた。
格納庫に、M1アストレイが帰って来る。カズイは整備班の一員として、それを出迎えた。
「ジュリさん、アサギさん、マユラさん、お帰りなさい。」
「ただいま。あー、悔しいったらありゃしないわ。」
「あの教官役のコーディネーターの子だけならともかく……。2番機、3番機の子にまで追い抜かれちゃったものね。」
「OSが新しくなって、すっごく使い易くなって、これなら!って思ってたんだけどねー。」
カズイは思う。そら意味ねーだろ、って。OSが新しくなったのは、トールとミリアリアも同じ。しかも作っているのは、あっちの隊長で教官のキラだ。
……カズイはトールとミリアリアが、OSの補助がウザいと思うほどに腕を上げているのを知らない。
「あ、と、ところでそのキラたちはどうなりました?」
「まだバッテリーに余裕があるから、もう少しランニングしてくるって言ってたわ。」
「こっちはバッテリー空に近いのに。」
「よっぽど上手く、節約してたのね。追い抜かれただけじゃなく、どんどん技量でも先を突っ走ってるわね。」
その言葉に、カズイは同調を覚える。あの時……大気圏突入直前でメビウスに襲われたとき、サイと自分は怖気づいて諦めてしまった。だがキラ、トール、ミリアリアの3人は諦めなかった。そして強殖装甲を殖装し、ガイバーとやらになってメビウスの編隊を消し飛ばした。聞くところによると、アレは一時的に脱ぐ事は可能だが、一生アレからは逃れられないらしい。
それ以来、ガイバー組と普通人組の間には、何かしら壁の様な物ができた。向こうでは気にしていない様だったが、カズイとサイはメビウス相手に諦めてしまった負い目もあり、ついつい彼らと自分を比べ、卑下する事が多くなっていた。
そして自分で意識しているかどうかは分からないが、そんな壁を叩き壊そうと努力を始めたのがサイであり、壁の存在を受け入れてしまったのが自分だ、とカズイは思った。だからこそ、乗り遅れたら大変的な感覚で皆に続いて志願した際に、提示された様々な働き場の内から、整備班を選んだのだ。
仲間たちから、ある程度の適切な距離感を保て、なおかつ仲間のため働いていると自分を騙せる位置だと信じて。
果たして、仕事は忙しかった。通常の修理、整備の他に、模擬戦で得られたデータをまとめて本部に送信したり、あるいはM1が動いて、そのために機体に出た様々なハードウェア的なトラブルなどもまとめ、これも本部に送信したりしている。ひいこら言いながら、だがカズイは比較的充実した時間を送っていた。……仲間達への劣等感や罪悪感に蓋をして。
直径2mはある巨大な強化ガラスのシリンダー……調整槽から、培養液が抜かれる。ごぼごぼと響く音が聞こえる。ごほごほとせき込みながら、肺から培養液を吐き出したレイ・ザ・バレルは、放られたバスローブを受け取って着込んだ。
「ごほっ……。これには慣れそうにありませんね……。」
「何、慣れてもらわねば困る。お前も、そのうちに獣化兵になるのだからな。調整や再調整、作戦で重度の損傷を被った場合の修復など、何度でも調整槽に浸かる事になる。
いや、獣化兵どころでは無いな。少なくともその身体の素質と、今まで受けて来た訓練により、サマエルへの忠誠度合いさえ心理チェックで確認できさえすれば、超獣化兵は間違いあるまいて。」
そう言ったのは、ドクター・ホレイシオ・ベサント……。秘密結社クロノスの誇るマッド・サイエンティストだ。少なくとも、レイの認識ではそうだった。
レイは隣の調整槽を見遣る。そこには若々しい青年が、調整措置を受けるためにその中へと封じられていた。……ラウ・ル・クルーゼである。レイがここシラー島のクロノス本部基地に到着したのは、ラウの調整措置が始まる直前であった。そのためラウとは少ししか話す事ができなかったが、ラウはまるで生まれ変わったかの様に、憑き物が落ちたかの様に、今まで漂っていた暗い想念が綺麗さっぱり消え去っていた。
無論、彼自身やレイを生み出した者たちに対する怒りが消え去ったわけではない。いや、怨念や妄執として人類全てに向けられていた物が消え去った分だけ、その怒りは鋭さと力を増している様に、レイには感じられた。
「ラウは……どの様な存在に調整されるのですか?」
「ふふ、聞いてくれるかね。直接的な戦闘能力は、獣神将の中ではさほどでも無い。平均以下だ。
だがその持ち味は、単純な戦闘能力では無い。元々持っていた空間認識力と精神感応に磨きをかけ、更にそれと獣神将が必ず持っている獣化兵への精神支配力の相乗効果で、極めて広範囲の領域を知覚し認識し、その中にいる全獣化兵に対して的確な命令を下す事ができる。
つまりは、指揮官機能を超、超、超、超、ちょーーー強化されている、と言う事だな。」
ドクター・ベサントは、人差し指を振りながら続ける。
「そして目玉は、機械との親和性だな。無論その様に特に設計もしくは改造された機械に限るのだが……。水上艦でも航宙艦でも、自動車でも飛行機でも、MAでもMSでも、その制御コンピューターと自身の神経組織を直結する事で、その機体の性能を120%発揮する事ができる。
そう、だな。たとえば地球連合軍のメビウスとザフトのジンでは、キルレシオ5対1でジンが有利だ。そうだな?だがな。ラウが制御系を特別に改造されたメビウスに乗り、ジンには最高レベルのコーディネーターが乗ったと仮定して……。そのキルレシオは10対1でラウのメビウス有利だ。」
「メビウスが!?」
「おうよ。ましてや奴自身専用として最初から建造開始されているMSに乗せようものならば……。単体としての獣神将では我が主サマエルを除けば最強の力を持つ、獣神将アルーミック……。それに下手をすると匹敵しかねん。そして奴は、外付けの機体が強く改良されて行くに従い、どんどん強くなるぞー。アルーミックの奴も努力と根性で鍛錬し、その持てる力をどんどん増強しているのだがな。しかし機体の進歩の速度には追いつけまい。
ま、アルーミックには最後の切り札があるから、それに勝つのは難しいが、な。」
レイはいつの間にか、ドクター・ベサントの説明に引き込まれていた。そして誇らしい気持ちになった。ラウがその様な超存在へと進化するのだ!他でもない、自分の信頼し慕う、このラウ・ル・クルーゼが!!
「……ところでドクター・ベサント。」
「む?なにかな?」
「ラウは獣神将になるのですか?」
「……誰か、お前に言っておかなんだか?」
ちょっと空気が白けたが、クルーゼの調整は慎重に、しかし丁寧に進んで行ったのである。
キラたち5人組、プラスしてクルーゼとレイの日常です。
キラは一番忙しく、トール、ミリアリアは訓練に余念がない。
サイは必死に今、立ち上がろうとしており、カズイは居心地がいい場所を見つけてそこに閉じこもろうとしています。
クルーゼは大金星。生体の検査の結果、天才的な素養が認められたため、獣神将確定!
最後にレイですが、治療はあっさりと終わりました。