孤独な歌、孤高の姫 作:斬鉄剣
歓声のやまぬ暗がりの大きな部屋。
観客のサイリウムとステージに伸びるライトだけがこの小さな世界を照らしだし、そのステージに立つのは一人の少女。
先程までは数人のバンドとして、様々なグループが演奏をし観客を湧かせていた。
しかし今立っている少女は一人。
MCもなければバックバンドもいないたった独り。
まるでこの世界にはこの少女しかいないのでは、そんな感覚すら覚える。
ステージの少女が息を吸う音をマイクが拾い、小さなライブハウスが静寂に包まれる。
その瞬間だった。
息を吐き出す音が、スピーカーを通して全体へと響く。
観客が流れる少女の歌声に圧巻される。
会場の誰もがその声に魅了され、誰もが賞賛を示していた。
けれど俺には、
───孤独な少女の悲痛な叫びにしか聞こえなかった。
少女の出番が終えた頃には観客達も退出しており、残るはスタッフと俺だけだった。
「キミ、ここはもう閉まるから出てくれるかな?」
「あ、はい。すみません」
スタッフの仕事の邪魔になるつもりもないし、ここに残る理由もない。言われた通りに出口へと向かう。
このまま進めば一般出口へと繋がっているが、心にへばりつくこの不思議な感覚が出口とは違う方向へと足を動かす。
テレパシーというか本能というか、理由はわからないがそこに行かなければならない、そんな感覚に突き動かされる。
気づけばそこは関係者専用の入口の前だった。あたりはしんとしていて人の気配も感じられない。何よりどうしてここに来たのか自分でもわかってない。
さてどうしたものかと悩んでいるとすぐ側のドアが開いた。マズいと思い、逃げようとするとそこには怪訝な表情の少女が。
「あなたどこかのバンドの人?」
「いや、道に迷ってここに来ただけなんだけど」
「そう。出口ならこっちよ」
促されるまま少女と共に会場を後にする。
ある程度歩いていると少女から「そう言えば」と質問される。
「あなた会場の観客としていたなら私の出番は見てくれていたのかしら?」
「ああもちろん」
「それなら私の歌声はどうだったか、感想を聞いてもいいかしら?」
少女は真っ直ぐにこちらを見つめ、僕の答えを待つ。
綺麗に整った顔立ちに、俺との身長差から来る自然な上目遣い。黄金のように眩しい瞳は、先程のライブの影響からだろうか、僅かに潤んでおり美しい姿に思わず見蕩れてしまう。
「どうかしたのかしら」
少女の声で我に返る。
気づいたら少女から睨まれていた。それはそうだ、誰でもいきなり見つめられればそう思うだろう。
「あーごめんごめん。ライブの感想だっけ?」
「ええ、あなたにはどんな風に感じか聞かせてちょうだい」
「それは感じたままに伝えればいいってことかな?」
「それで構わないわ」
「了解。それじゃあまずは……」
つい数分前、俺が感じたことを思い出す。
歌声、息遣い、視線、観客へのサービス。
思い当たる節を整理し、言葉に変換した上で少女へ返答する。
「歌声に関しては特に言うことはないかな。あまりにも凄くて言葉が出なかったくらいだし。そもそも歌だけに集中してて、観客も圧巻されてたし、他のバンドみたいなサービスがなくても今のままで充分活躍出来ると思う」
「それはありがとう。だけど私は褒めてもらうためにこうしてあなたに聞いてるわけではないの。なにか改善すべきところがあるならそこを教えて欲しいわ」
少女は真剣な眼差しを崩さずに、ただ自分の技術向上の為に弱点を克服しようとしている。
並大抵の人間にはそう簡単に出来ることじゃない。
「なら俺が気になったポイントがあるんだけど」
「ええ」
「──君はどうして、そんなに遠くを見つめているんだ? 俺には、孤高の歌姫が独りの苦しさを嘆いてるように感じてしまった」
「……!」
少女なら受けとめるものだと思っていたが言ってから気づく、これは踏み込んではいけないことなのだと。
鋭い目つきはさらに鋭利な物に変わり、俺を今にでも刺し殺すのではないかと思う程になっていた。
「そんなこと言われるのは初めてだったわ。でも私はひとりで歌ってきた。だから孤独なのは当たり前だと思うけれど」
「たしかにそうとも言える。でも俺から見た君の姿は何かを探すように、暗闇の中でもがいてるように聞こえたんだ。それは上手い下手の話じゃなくて……」
段々と自分の語気が強くなっていく。
更には自分の言葉が分からなくなり、息が切れると同時に冷静さを取り戻す。
ハッとして顔を上げれば少女は微笑んでこちらを見ていた。
「あなた、変わってるわ。こんな必死に話す人はあなたが初めてよ。いい意見をありがとう」
「え? 俺、普通に勢いのままに君に言っていた気がするんだけど」
「そうね。でも話を聞こうとしたのは私なのだから。それに、真剣に話す相手にこちらが水を差すなんて出来ないわ」
では先程までの目つきはなんだったのか。
思い切って聞いてみるしかない。
「それじゃ、さっきのあの目はどんな意味が? 正直目付きだけで命がなくなると思ったくらいだったからさ」
「あ、あれはあなたがいきなり失礼なことを言ったから、もしかして揶揄いか何かかと思ってつい……」
真っ赤になって否定する少女を見てどこか安心する。
「けど、そうね。確かに他人にあまり触れられたくない部分でもあるわ。けどあなたの姿を見て少し気持ちに余裕をもてたと言ったところかしら」
そういうと少女はくるりと振り向き、長い髪を靡かせ歩き始める。俺もそれについて行く。なんか緊張がとけた気がしてどっと疲れが押し寄せてくる。
「それじゃ私はこの辺で。今日は来てくれてありがとう」
うちからそうも離れてない分かれ道で少女はお礼を述べてくる。
「俺こそいいステージを見させてもらったよ。これからも見に行くかな」
「そうね、今の私からどう変わっていくのかあなたに見てもらわないと行けなくなったのだからそうしてちょうだい」
面と面向かってそんなこと言われるとなんかむず痒い感覚だ。とはいえ二度とくるなと言われなくて心底安心している。
「必ず行くさ。それじゃ」
俺も別れの挨拶を交わす。
自宅の方へ歩き始めると後ろから「そういえば」と言い始めた少女。
「私、あなたの名前を聞いてなかったわ。私は湊友希那。あなたは?」
なんと少女自ら名乗ってきた。いきなりの事で驚きを隠せないが名乗られた以上名乗るのが筋だろう。
俺も彼女に覚えてもらいたいと心のどこかで思っているのかもしれない。
「俺は秋山奏汰。よろしく」
「奏汰ね、よろしく。私は友希那でいいわ」
お互い名前を確認し、やることを終えた友希那は再び帰路につこうとしていた。
俺もそうしようと思っていたが、気づいたら口は動いていて。
「友希那! あの、連絡先交換してもらってもいいかな? ライブの日時とか聞きたいしさ……」
出会って間もない相手に連絡先交換を迫ってしまった。しかも理由はあまりにも弱く、勢いよく放った言葉も最後の方は小さくなっていた。
流石に馴れ馴れしいかと思い、断られると思っていた。だが友希那は驚きはしていたものの、すぐにスマホを取り出し画面を俺に向けてきた。
「これで登録できるかしら?」
「あっ……ちょっと待って」
慌てながらスマホを取り出し、友希那の連絡先を登録する。
家族とクラス以外で初めての女子との連絡先交換があまりにも新鮮で、つい笑みがこぼれそうになる。
「できた。ありがとう」
「それじゃ、私はいくわ。また今度」
「うん、また今度」
友希那はこちらを一瞥し、帰路へとつく。
俺もここにいる理由はなくなり、家へと向かう。その足取りは普段より少し早く、浮かれてるんだと分かったのは家の手前でつまづいて転びかけた時だった。
日課を済ませ、放置していたスマホを開く。
連絡先をタップし、新しく追加された相手を選ぶ。
「湊友希那か」
なんてメッセージを送ったらいいのか、そもそも送ってもいいのか分からないが挨拶は大事だと自分に言い聞かせ、簡単にメッセージを送る。
『改めてよろしく。次のライブ楽しみにしてる』
送信を押し、画面を閉じるとそのままベッドへと倒れ込む。
孤高の歌姫とまさかお近づきになれるなんて昨日までの俺に言っても信じてもらえないだろう。
なんせ俺自身がまだ信じられていないから。
「まさかあの姫様とこんなことになるとは……人生何あるか分からないなぁ、うおっ!?」
独り言を呟いているとスマホに一件のメッセージ。俺に送ってくる相手は一人しかない。ロックを解除して通知を確認する。
こんなにワクワクしながらアプリを起動するのは何時ぶりだろうか。
『こちらこそよろしく。最高の音楽を届けるわ』
友希那からの返信を確認してようやくこれが夢でないことを自覚した。息を吐けば安心と同時に眠気に襲われる。これだけいろんなことがあれば眠くなるのも仕方がない。
今日あったことを振り返ってるうちに俺は夢の中へと落ちていった。
これが俺と孤高の歌姫、湊友希那との出会いの始まりだった。