卑劣様IN宮藤芳佳   作:古古兄(旧:フルフルニー)

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リハビリ兼ねて投稿。


第一話

蝉も煩い夏の暑い昼下がり。

扶桑国の女学生である宮藤芳佳は窮地に立たされていた。

 

事の発端は木の枝から降りられなくなった猫を見つけた事だった。

怯えたように体を丸めたその猫は今にも落ちそうであり、

見かねた宮藤が枝に縋るその猫を助けようとしたのだった。

 

「芳佳ちゃん、危ないよ」

 

身を案じる友人の声に大丈夫、と軽い声で返すが視線は猫から放さない。

今、この猫を助けることができるのは自分だけなのだから。

 

―――もう少し。もう少しであの猫を助けることが出来る。そうしたら……あれ?

 

宮藤はそこでふと思い返す。

このまま進めば猫を捕まえることが出来る。それはいい。

 

―――ど、どうやって降りるか考えてなかった!

 

今自分がいるのは木の枝の上。高さは学校の2階程はあるだろう。

猫を抱えると当然片手は使えない。

つまり上ることはできたが降りることが出来ないのだ。

 

とりあえずは猫を助けてから考えようと思考を放棄し、

ゆっくりと恐る恐る枝を伝い、ついに宮藤は猫を抱きかかえることに成功した。

 

ほっと一息を吐いたのも束の間の事だった。

猫と宮藤の重さに耐えかねた枝は悲鳴をあげて中ほどから真っ二つにへし折れたのだ。

浮遊感と合わせ頭が下となって落ちていく。

 

「ひゃあ!」

 

「芳佳ちゃん!?」

 

友人の悲鳴じみた呼び声が聞こえるが、重力に逆らう術は無い。

猫を庇おうと体を丸め、迫りくる地面に目を瞑り―――

 

 

「粗忽者。無事降りるまでが目的だろうに。お前は助けた猫を、自らの体で押しつぶすつもりか」

 

 

低く、呆れるような声が自分<<宮藤芳佳>>の口から洩れる。

宙に浮く体と右手に、何時もの違和感を右手に感じた。

恐る恐る顔を上げれば、両手で猫を抱えていた筈の自分の片腕は、確りと幹を掴んでいた。

 

「ふぇ?」

 

呆けた、声帯から気の抜けた音が口から漏れた。

それは確かに己の腕だったが、自分の意思ではない。

となれば誰か。宮藤には心当たりがあった。

 

感謝を述べるべく、その人物の名を口にする。

 

「あ、ありがとうございます、扉間さん」

 

内から響く声に宮藤が礼を述べる。

その声にやれやれと宮藤芳佳……否、千手扉間は内心溜息をつくのだった。

 

 

口口―――――――――――――――口口

 

 

宮藤家は小さな診療所を営む家系であるが、代々治癒の魔法を持つ魔女の一族である。

 

宮藤芳佳も例に漏れず、幼いながらも豊富な魔力から家族の手伝いをこなしている。

ウィッチであると言うことを除けば勉学に励みながらも将来診療所を継ぐことを

夢見るごく普通の学生である。

 

だが、そんな宮藤芳香にはある秘密があった。

 

『だから言っただろう、大人を呼ぶべきだと。

 運動音痴の貴様が猿<<マシラ>>の真似事など無理があるのだ』

 

下校の帰り道。スイカの荷を運ぶ友人の祖父が動かす荷車に揺られながら

宮藤は直接頭に響いてくる小言を前に体を丸めていた。

 

「ま、猿って……それに大人なら扉間さんが―――」

 

『ワシを勘定に数えるな、馬鹿者。文字通り手も足もないんだぞ』

 

「それはそうですけど、それじゃ先生たちに迷惑が―――」

 

『自らを危険にさらしている時点で既に教師たちは迷惑を被っているという事実に気がつけ。

 ワシが大人を呼べといったのは大人に全てを任せろという意味ではない。

 責任ある者たちに判断を仰げという意味だ。

 どの道お前に何かあれば、責任を取るのは彼ら教師たちだぞ』

 

「あ、あうう……」

 

思いつく限り反論を試みるが、その悉くを論破されればぐうの音も出ない。

事実、猫の救出劇の後に教師に呼ばれ、職員室でたっぷりと灸をすえられている。

相次ぐ指摘についには返す言葉がなくなり、宮藤は己の非を認める他なくなった。

 

「すみませんでした……」

 

『ワシに謝ったところで意味がなかろう。次はもう少し己の立場と状況を考慮してから行動するのだな』

 

しゅん、と非を詫びても扉間の小言は止まらない。

耳を塞いで逃れようにもそれは己の中から聞こえる為、逃げることもできない。

 

扉間と呼ばれる者はこの場にはいない。宮藤芳佳にのみ、その声が聞こえる。

宮藤芳佳が持つもう一つの魂。

それが千手扉間という存在だった。

 

今ではない何処か。忍と呼ばれた戦闘集団が殺し合いをしていた世に千手扉間は生を受けた。

魔法とは違う超常的な力を用いる忍の中でも強力だった千手という一族は、

志を同じくする他の一族と共に里を作り上げた。

扉間はその里の二代目里長として名を連ねるほどの男だった。

 

扉間は死後、他の忍が『卑劣な術』と忌諱する穢土転生の術により未来の世界に呼び戻され、

紆余曲折を経て忍界大戦と呼ばれた戦争を終わらせることに尽力した。

そして今生きている者達に後の世を託し、自身は浄土へと還る……はずだった。

 

しかし其れは叶わず、何故か宮藤芳香という少女の体に住み着く幽霊として彼は再び穢土にいた。

それも忍はおらず、代わりにウィッチと呼ばれる少女たちがいる世界に。

 

宮藤が扉間の存在に気がついたのは何時だったかは覚えていない。

物心つく頃には既にいたのだから、生まれた時からずっと一緒だったのだろう。

そんな奇妙な同居生活が、今の今までずっと続いている。

 

『お前の後先考えない猪突猛進振りは今に始まったことではないからその性格については

 最早何も言わぬが、傍で見ているワシの身にもなれ。

 今回の件、下手をすれば死んでいたのだぞ』

 

「そ、そうですよね。そうなったら扉間さんも一緒に死んじゃいますし」

 

『元々死んでいるワシの心配など必要ない。

 前に言っただろう。ワシは既に死人であり、お前に取り憑いている亡霊にすぎん。

 お前の体はお前の物であり、お前の人生もお前の物だ。

 口は出すが強制はせん』

 

「……勝手に体を動かした癖に」

 

『何か言ったか』

 

「いーえ。何も言ってませーん」

 

つん、とあさっての方向を向いて拗ねる宮藤に内心溜息を漏らす扉間だった。

数多くの忍を輩出してきた扉間であったが、戦争とは無縁の少女を育てるのはこれが初めてである。

 

蝶よ花よと育てるのは兄のほうが得意そうだなと考えたのも一瞬。

兄の孫娘の有様を思い出した扉間はそうでもないかと早々に否定するのだった。

 

「でも、ありがとう扉間さん」

 

ふいに、宮藤が表情を綻ばせて扉間に礼を言った。

 

『何がだ』

 

「私の事、心配してくれたんでしょう?」

 

『……』

 

皮肉に回る毒舌も、野花のような礼には弱い。

はにかみながら、嬉しそうに笑う宮藤に扉間は黙るしかなかった。

 

千手扉間は現実主義な性格である。

正しい事を是とし、夢物語は決して口にしない。

だが同時に、理想を求める事を否とすることは決してしなかった。

 

里の初代長であった扉間の兄は理想主義の気質があり、

現実主義である扉間とは幾度となく衝突していた。

だが、その考えを甘いと言いつつも扉間は兄自身の有り方を決して否定しなかった。

それは理想なくしては現実を正しく見ることはできないという考えと、

扉間自身がどこかでその理想を望んでいたからなのだろう。

 

宮藤は知っている。

だからこそ猫を助けようとする行動自体を否定はせず、私に任せ、

そして失敗して落ちる所を救ってくれたのだと。

自分が行うのではなく、私がやりたい事を見守ってくれたのだと。

 

そんな不器用な優しさに、宮藤はいつも助けられてきた。

自分の中に住むこの無愛想な住人は、

いつだって自分のことを心から心配し、声をかけてくれる。

それが宮藤はとてもうれしかったのだ。

 

宮藤芳佳に父はいない。彼女が6歳の時に家を出て、そして10歳の時に亡くなっている。

誕生日に父の凶報が届いた時、信じられずに布団の中で膝を抱えて宮藤は泣いた。

泣いて、泣いて、泣き叫んで。嗚咽で押しつぶされそうになった自分。

そんな自分を慰めるでもなく、扉間は言った。

 

―――泣くのは良いだろう。叫ぶのもいいだろう。

     その慟哭はお前の悲しみを薄れさせてくれるのだからな。

     しかし思い出せ。お前の父はお前にいつも何と言っていた。

 

厳しくも諭すように、自分の声は自分に向けて発せられていた。

その力を 多くの人を守るために。いつも父が自分に言っていた言葉。

 

だから宮藤は行動する。誰かを助ける為に。自分に出来ることを精一杯する為に。

 

『そしてその結果があの短絡的な救助活動か』

 

「だって……助けたかったんだもん」

 

『であればもう少し頭と体を鍛えるべきだな。

 お前の場合、行動にどちらも能力が追いついておらん』

 

「……扉間さん。遠まわしに私のこと馬鹿って言ってません?」

 

『やっと気がついたか、この馬鹿者』

 

「ちょ、直接言ったー! もー!」

 

父がいなくても寂しくない、といえば嘘になる。

だが自分は孤独ではないのだ。祖母がいて、母がいて、友人がいて。

そしていつも背中を押してくれる、厳しくも頼もしく、とても優しいもう一人の自分がいるのだから。

ふと気がつけば、隣で座る少女が自分の奇行を見てクスクスと笑っていた。

 

「あ……ごめんね、みっちゃん。話し込んじゃって」

 

「ううん。扉間さんにお説教されてたんでしょう? 本当に仲が良いよね2人とも」

 

「当然だよ。生まれた時からずっといっしょだもん」

 

誇るように胸を張る芳佳を見て、自慢の黒髪を風に揺らしながら

一層笑みを深くして少女は笑った。

 

共に荷駄に乗る少女の名は山川美千子。

扉間の存在を知っている只一人の人物である。

 

「調度良い美千子、お主からも言ってやれ。

 こう何度も無鉄砲に付き合わされてはお前も気苦労が耐えんだろう」

 

「へ? ……んー、私は心配してなかったよ?

 芳佳ちゃんには扉間さんがついてるの知ってるもん」

 

「お前もか……」

 

宮藤の口を借りて美千子に助力を要請するも、既に敵に回っていた。

美千子が己の存在を知ってから一年程でしかない筈だが、なぜこうも己の事を全面的に信頼しているのだろうか。扉間は不思議で仕方がなかった。

 

「扉間さんだって芳佳ちゃんが危なかったら助けるつもりだったんでしょう?

 止めるつもりなら猫を助け出す前に力尽くで止めてたもの」

 

「そもそもワシがやれば片手間で済むからな。

 尤も、こやつはワシの話を聞く前に木登りを始めおったが」

 

「え、扉間さんも助けようとしていたの? じゃあ私への説教って必要なかったんじゃ……」

 

「ワシがあの猫を助けようと考えたことと、お前が無鉄砲な行動に出たことは説教に関係が無い」

 

「み、みっちゃん助けてー! 扉間さんがいじめるの!」

 

「ダメだよ芳佳ちゃん。それにお説教を止めちゃったら私が扉間さんに怒られちゃうもの」

 

「止めてくれても良いんだよ? ……『ちなみにこやつの行動は止まらぬと分かっていたからこそ今説教をしているのだがな』 ……もう、扉間さん。私が話している途中にしゃべるとみっちゃんが混乱しちゃうよ」

 

視覚が無ければ本当に二人が会話しているように見えるだろうが、

同じ人物が口調を変えて話すその様は傍から見れば奇妙極まる光景だ。

 

事実運転をしている美千子の祖父は宮藤の事を変人認定している。

それでも荷台に乗せたり美千子との交友関係に口を挟まないのは

ひとえに宮藤の人徳なのだろう。

 

「大丈夫だよ。どっちが表に出てきているのかすぐ判るよ」

 

「すごいやみっちゃん! 何で何で?」

 

「2人とも言葉遣いが違うし、口調も違うから。

 それと……んー……ナイショ」

 

唇に人差し指を当てて微笑む美千子の艶やかさに宮藤は赤面し、扉間は黙り込むのであった。

その仕草は少し大人びたように見え、宮藤は自分が子供のように思えてしまう。

気恥ずかしくなった宮藤は目を背け、視線を移した先に見えるものがあった。

 

軍艦である。

 

砂利道を走る荷駄は小山の中腹を走っている為、大海原が一望できる。

海岸には扶桑海軍の基地があり、一隻の軍艦が停泊していた。

 

軍事基地が存在するこの地ではそう珍しいものでもない。

ただ、宮藤は軍艦があまり好きではなかった。

なぜなら父がいなくなった理由が戦争だからであり、

父を乗せて旅立ったのもまた軍艦だからである。

 

「戦争か……嫌だなあ」

 

吐露するように漏らした宮藤の言葉に扉間は何も返さない。

宮藤を通して巨大な軍艦……空母赤城を見ながら扉間は目を細めた。

港を歩く扶桑の軍人達はどこか慌しく、張り詰めた空気が漂っている。

出航が近いのだろう。

 

『何時の世も、戦いか』

 

世を愁う兄の口癖。

出港準備を進める彼らに戦いが近いことを、扉間は明確に感じていた。

 

 




堀内さんの声が脳内再生されたのならば幸いです。


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