コッソリ投稿
軍人たるもの常在戦場の心構えを忘れるな、とは同僚であるゲルトルート・バルクホルン大尉の言である。
501統合戦闘航空団の基地は前線であるのだから当然ではあるのだが、軍人となって数日程度の宮藤なので、まだまだ心は一般市民の意識から抜け出せていない。
一に訓練、二に訓練、三四以降は言わずもがな。
午前の基礎訓練を終え、午後は滑走路上から沖合に設置された漂流する的に当てる狙撃訓練だ。
「うーん、当たらない……リネットさんみたいに上手くいかないなぁ」
逸れた弾丸は的へ掠りもせずに水面に消えていく。
銃口を降ろして隣を見れば、匍匐姿勢で照準を覗き込むリネットがいた。
呼吸を止め、数秒。重い爆発音と共に放たれた弾丸は、的の中央を見事に撃ち抜いていた。
その光景を目にした宮藤は感嘆の吐息を漏らす。百発百中の腕前は昨日見たばかりだが、驚きは未だ尽きないでいる。
「扉間さん、何かアドバイスない?」
『そうだな……ワシはライフルを直に見るのは初めてだから助言できることはあまり無い。
精々ターゲットの距離に加えて風の向きと重力を計算に入れろと言うところか。銃の特性や気温など、細かく挙げれば切りが無い』
「え、狙撃に気温が関係するの?」
『忘れろ。小難しい事は素人であるお前が覚えるには早すぎる。まず銃を構える、照準を合わせる、引き金を引く一連の動きを身体に覚えさせるのだ。今回の訓練はそれが主な目的だろうからな』
「う、うん……」
『なに、時間が経てば自ずと理解出来る。足りないのは経験だ。こればかりは数をこなすしかあるまい。まずは焦らぬ事だ。良いな?』
「うん!」
頷きは二度。一度目は落胆と戸惑い。二度目は喜びの感情が見て取れる。
その光景を見ていたリネットは小さく笑みを浮かべる。扉間の存在を知るリネットは宮藤の表情から扉間に助言を貰っているのだろうと直ぐに気が付いたのだ。
「リネットさん、どうしました?」
「ううん、何でもないですよ。もう一人の宮藤さんとお話していたんですか?」
「はい。私の銃弾、全然的に当たらなくて……」
「焦らなくていいんですよ。銃を構えて、引き金を引いて撃つ事。まずはそこから覚えていきましょう」
「あ、すごいリネットさん! 扉間さんと同じこと言ってます!」
お互いの顔を見て笑いあう少女が二人。漂う硝煙の匂いと手に持った銃器を除けば、それは年相応な女学生達の会話風景だった。
―――昨日の一件が功を成したのだろう。今日はリネットが宮藤に話しかける事が多い。
元々内気なリネットは他人と話したがらない性分ではあるが、姉妹が多い家柄である。
本来の面倒見が良い面が宮藤にも向けられるようになり、同じ気質の宮藤と意気投合することに時間は掛からなかった。
「偉そうに言ってる私もまだまだ未熟なんですよ。実戦の事を考えると上手く行く気がしなくて……」
「よし、困った時の扉間さん、出番だよ?」
「ワシは知恵袋か何かか?」
思わず口に出す二代目火影がそこにいたが、宮藤は答えの代返と言わんばかりに身体の操作を扉間に預ける。
おい、という扉間の抗議にどこ吹く風。行動を始めた宮藤を止める事は大体無理だと長年の付き合いで悟る扉間であった。
『みっちゃんに続いて漸くできた二人目の友達なんだよ扉間さん? せっかくなんだから仲良くしないと』
「孫の世代の友人を持った覚えはないのだが……ふむ」
宮藤の雰囲気が変わりリネットは扉間が表に出たことを察する。
唇に指の関節を乗せて思案をする扉間は、ライフルの扱いに『助言はできない』と結論付けた。
元々扉間は生前の世界・時代で銃を使う機会は訪れなかった男だ。
何せチャクラという魔法に似た超常現象を発生させる力があるのだ。火薬で鉛玉を飛ばすより余程強力である。
中には術で地形どころか地図を書き換える程に強力な術者もいたほどなのだから。
さらにいえば、ライフルの扱いについてはリネットの方が確実に上だ。
固有魔法が射撃弾道の安定という補助を抜いてもその腕前は確かなものだからだ。
ならばリネットに掛ける言葉は何か。
「……そうだな、戦術面での助言はできるだろう」
「戦術面?」
こてん、と首を傾げる可愛らしい動作に宮藤は赤面するが相槌を打つ扉間は動じない。
「リネットの武器は芳佳が持つ銃より遥かに強力だ。射程も長い。欠点としては単発式のため弾を込めるのに時間を要してしまうことだろうな」
扉間の言葉はリネットへの確認に合わせて宮藤に違いによる利点・欠点の説明を兼ねていた。
内側で相槌を打つ宮藤に理解をしたと判断し、扉間は言葉を続ける。
「ならばネウロイの攻撃が届かない場所から狙うのが良いだろう。ネウロイに見つかっていないのならば尚良い」
「でも私たちが戦うネウロイって基本的に空だよね扉間さん? 昨日の座学でも言ってたし」
声に出して宮藤は扉間に確認する。リネットとの会話に齟齬が発生しない為だ。
互いに思念会話をしていた事が元で『みっちゃん』こと山川美千子が会話中に混乱が生まれた過去から既に学んでいる。
「芳佳の言う通り、ストライカーユニットで飛行している戦闘状態では隠密とは殆ど無縁だ。となると獲物から近づいてくるのを待つ狩人ではなく、獲物を追い込む猟師のような戦い方が主となるだろう」
「と言いますと?」
「例えばだ」
扉間は徐に石を地面に置く。数は三つで、それぞれを線で結ぶと三角形になる。
そして一つ目の石を二つ目の石が追いかけるように動かした。
「ストライカーユニットでの空戦では追撃・迎撃の形は違えど基本的には一方が相手を追いかけ、一方は逃げる構図が主となる。ならばそれを逆手にとり、進行方向を仲間に固定してもらい止めを狙う。扶桑で犬を用いた猟師をお前も見たことがあるだろう? 基本的にはあれと変わらん」
扉間は三つ目の石を人差し指で弾き、二つ目の石に当てる。
「交戦状態となっても敵の虚を突く事はできる。ならばリネット、お前が仲間を指揮し囮役を任せるのも―――」
扉間がリネットを見ると、眼を見開きながら唇を波打たせた少女がそこにはいた。
仲間を指揮する、という言葉がプレッシャーになったのだろう。扉間の助言を聞くリネットはガチガチに固まっていた。
「……人見知りにはちと難しい注文だったか」
「す、すみません。私なんかが指図して不快に思われたらどうしようかと考えたらと頭の中がいっぱいいっぱいになってしまって……」
「お前は周りの評価を意識しすぎだな。一の失敗から百を学べ。そして失敗を恐れるのならば周りを頼れ。お前の一歩は『そこ』からよ」
顔を椿色に染めて俯くリネットに扉間は吐息を一つ。
あがり症なのは頂けないが、その力量は申し分ないのだ。
自己評価の低さも正しく育てればやがて自信に変わるだろう。
―――だが、ここは最前線。そんな時間も許されない。
「……え?」
けたたましい音が、あたりに鳴り響きリネットは顔を上げた。
それは宮藤が空母赤城の上で一度だけ聞いたことがある音だ。
しかし、忘れられるはずもない。緊急事態を宣言するサイレンの音。
即ち――――
「……ネウロイ!?」
悲鳴にも似たリネットの声。
宮藤は息を吞む。そして扉間は眼を細め、遠く欧州の空を睨みつけていた。
口口―――――――――――――――口口
サイレンから数分足らず。作戦室には501統合戦闘航空団のウィッチ達が揃っていた。
席の前に立つミーナは壁に掛けられた地図を指し棒で示す。そこはガリアとブリタニアの中間の海上。
「観測班よりネウロイ進行が確認されました。場所はグリット東1・1・4。ガリアから一直線に此方に向かってきているわ」
「狙いは此処……直接基地狙いか?」
坂本の問いにミーナは頭を振る。
互いに親友の間柄だが、軍属としては部隊指令と戦闘隊長だ。
そこに妥協や遠慮は伺えない。
「首都ロンドンの可能性も捨て切れないわ。いずれにしても迎撃に出る必要があります。
ここはブリタニアの最前線基地にして欧州最後の砦です。突破されることは首都空襲を許す事になります」
席に座るウィッチ達を見回しながらミーナは言う。それは全員に再認識を促している。
恐らく新人配属となった宮藤に向けた意味合いが強いのだろう。
自分が戦争の真っ只中にいるのだという事を、宮藤は改めて実感する。
「出撃は坂本少佐、バルクホルン大尉、ハルトマン中尉、ペリーヌさん、シャーリーさん、ルッキーニさん。
他メンバーは私と基地待機とします。坂本少佐、あとはお願いしても良いかしら?」
「任せろ。……では皆、直ぐに出撃だ! 詳細については戦闘空域までに追って伝える!」
了解、という言葉と共に出撃メンバーが席を立つ。
張り詰めた空気が薄れていくのを感じた宮藤はほう、と肺に溜まった空気を吐き出した。
「緊張したぁ……」
『まあ、お前の出撃は無いだろう。出撃までの流れが学べたと思っておけ』
「で、でも私だって戦えるよ?」
『馬鹿者。まだ訓練中の半人前が前線に出ようとするな。空母での戦いが異例なのだ』
むー、と唸り声を上げる宮藤だったが、納得できる部分が扉間の言葉にあった為それ以上の反論は出なかった。
基本的に扉間のいう事は正論である為、宮藤が従わない事はあまり無い。
『本来なら数ヶ月は訓練に費やすところだろうが、何分戦時だ。あと数週間も行えば否が応でも前線よ。今のうちに学べるだけ学んでおけ』
「はぁーい……」
両手を机に投げ出し顎まで乗せる姿は猫のよう。
ふと目を横に向ければ、少し顔色が悪いリネットが目に映った。
「リネットさんも緊張してるね、扉間さん」
『ああ。だが あ奴の場合はお前より度合いは高いだろうがな』
「……それって私が能天気ってこと?」
『違う。忘れたか、リネットの生まれはどこなのか』
「どこって……あ」
扉間の問いで、リネットの生まれがここブリタニアだという事を思い出した。
海を隔てた欧州ではガリア、カールスラントと多くの国がネウロイによって甚大な被害を出している。
もしこの基地が抜かれたのなら次はブリタニアが同じ事になってしまうのだ。
―――そっか。リネットさんは自信がないのは失敗したら、負けたら故郷が襲われちゃうからなんだ。
それは一体どれほどのプレッシャーなのだろう。
海を隔てた扶桑は主戦場である欧州から遠く離れている。
自身に命の危険はあるが、扶桑にネウロイの傷跡は未だ無い。
『あ奴も必死なのだ。国からの期待を一身に受けて世界各国のウィッチと共に戦場に出る。
奴自身の性格もお前同様、本来は戦い向きではない。料理をしていた方が余程似合うだろう』
芳香は青ざめた顔をしているリネットを見た。
食事を作るリネットは楽しそうに見えた。
今日も訓練の間にリネットと話した内容も家族や故郷の事といった、他愛のないことだった。
そんな小さなことでも笑いあえる時間を、芳香は快く思っていたのだ。
―――やっぱり、戦争って嫌だな……
気分が落ちてくると、周りの音が大きく聞こえる。
それは時計の針が動く音と、固い紙が重なる音だ。
音の方を見れば、長い髪の少女が札を混ぜながら何度も並べ直していた。
何をしているのだろう、と宮藤は彼女が挨拶で名乗った名前を思い出す。
エイラ・イルマタル・ユーティライネン。
スオムス出身のウィッチで、階級は少尉。
タロットカードによる占いを行っているのだが、扶桑の文化以外は疎い芳香にとって
それはお札による厄除けのように見える。
だが宮藤が気になったのは、エイラの表情が少し険しく見えたことだった。
『しかし自覚があったのだな』
それは軽く、いつかの下校時に友人と一緒にいるときのような声色だった。
扉間が何時もの雰囲気に戻ったことに少し安堵を覚えつつ、宮藤は尋ねた。
「自覚って、何が?」
『いや何、まさかお前から能天気という自己評価の言葉が出てくるとは思わなかったぞ』
「……ぐぬぬ」
扉間の言葉に苦虫を噛み潰したような表情で顔をそむける。
しまった、藪蛇だった。失言に後悔しても時はすでに遅しである。
「いつも扉間さんが私の事馬鹿にしているから、今回もそう言ったと思ったんだもん」
『ワシは事実しか言わん。……だが、国を背負うなどと大それた考えは捨てておけ。
扶桑のウィッチならば美緒を始め大勢いる。お前はその中の新米一人でしかない。
己が心に決めたことを果たすことのみを目標とせよ』
「決めたこと?」
『己だけに出来る事を。お前の口癖だろうが』
「……あまり口に出した覚えはないんだけどなぁ」
にへら、と頬が緩む。
どうしてこの人は、幼かった自分の決意表明を今の今まで覚えていてくれるのだろう。
『大義を掲げたところで大抵は上手くいかないものだ。芳佳には分不相応などと貶めるつもりもない。
だが……お前のことだ、何もかも背負いすぎて圧し潰されるのは目に見えている。
そういった大きな事は今の大人達に考えさせれば良いのだ』
思い出すのはかつての部下。
戦争が無ければもっと良い人生を送れたであろう次代の里長。
後を任せられる男だった。しかし、後を任せるには心苦しい役だった。
宮藤に大きな物を背負わせまいとする扉間の姿勢は、思えば嘗ての男を想ってなのかもしれない。
「ん……大丈夫。解ってるよ扉間さん」
強大な魔力、稀有な治癒魔法。他の人々が英雄視しようとも宮藤の自己評価は変わらない。
身体に居候がいる事以外は、何処にでもいる田舎診療所の一人娘。
そんな自分の人生を、宮藤は劣等を抱くどころか誇りに思っている。
優しく抱いてくれる母がいる。
笑いながら撫でてくれる祖母がいる。
……誰かの為に立ち上がれる父がいた。
そして何より、自分を支えてくれる己がいる。
まだ十四年程度だが、一体どこに不満があるのだろう。
自分には勿体ないくらいの人生だ。
『そうか、ならば良い』
「うん。だからこれからもよろしくね、扉間さん」
『ならばもう少し自重という言葉を身に着けろ。お前の行動は危なっかしくて見ていられん』
「えへへ」
『……芳佳よ。何故そこで笑いが出るのだ』
小言に対し笑みを浮かべる宮藤に、扉間は目を細めて睨む。
自分の返答の意味に、恐らく扉間は気づいていないのだろう。
本当に助けが必要な時はいつでも手伝おうと、あの二代目火影が言っていることに。
宮藤がその思いに感謝していると遠くから足音が近づいてくる。
それは早足をこえて駆け足に近く、急いでいることは明白だ。
「エイラさん、いるっ?」
慌ただしく作戦室に入ってきたのは部屋を出ていった基地司令であるミーナだった。
その表情は険しく、ただ事ではない事態が起きたことは宮藤でも理解できた。
思わず姿勢を正して注視する。
「いるぞ中佐。占いの結果が良くなかったからな、待ってたぞ」
「ありがとう。……サーニャさんは飛べそう?」
「無理だな。夜間哨戒で魔力を使い果たしてる。今は部屋で寝てるぞ」
人差し指を交差してエイラは答える。
そう、と相槌をうつミーナの顔は苦しく、重く、そして短く事態を部下たちに告げた。
「坂本少佐から連絡がありました。敵ネウロイは囮よ。突破した小型の本体が基地に向かって北進中です」
背中に刃物を突きつけられたような寒気が、宮藤を襲った。
原作との相違点:芳香ちゃん(まだ訓練兵なので)飛ぶつもりがない【悲報】
あとムリダナは絶対言わせるべきだと思った