|つ【第十一話】
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「と、扉間さん。大丈夫だよ……ね?」
『……』
険しい表情で方針について協議を始めた二人に対し不安を隠せない宮藤が問う。
しかし扉間の無言が、状況が悪化の一途をたどっていることを表していた。
リネットの方を見ると同じように宮藤を見ていた為、目が合う。同じく不安の色が見て取れた。
『芳佳よ、前言を撤回する』
普段軽口を叩き合うもう一人の自分が、いつもより重苦しい声で言葉を話す。
それは否が応でも事態が芳しくないことを宮藤に伝えていた。
『戦う覚悟だけはしておくのだ』
それは赤城でネウロイが出現したときと同じ感覚が襲うには十分な言葉だった。
あの現実主義の扉間が言うからには間違いないのだろう。
気を紛らわせるために窓から空を見上げれば、雲一つない綺麗な青空が広がっていた。
その先で戦う坂本や仲間たちに思いを馳せる。何故みんな戦う事が出来るのだろうか。
空母赤城での戦いは数ヶ月程度とはいえ生活を共にした軍人たちに傷ついて欲しくないが為の必死の行動だった。
しかし、この押しつぶされそうな心境からか、ふと思ってしまうのだ。
皆戦う事が怖くないのかと。
自分には扉間がいる。
絶対的な安心感を与えてくれる、信頼できる人間が。
けど、そんな自分が特殊なのだと宮藤は理解している。
たとえ家族がいる人でも、状況によって一人になることはある。
その不安感を、恐らく自分は一生味わうことは無いのだろう。
そんな自分でも、赤城での戦いは不安で圧し潰されそうだったのだ。
だからこそ、第501統合戦闘航空団の皆は怖くないのかと宮藤は思う。
先ほどの忠告を最後に扉間は一言も発していない。
宮藤もまた扉間に声を掛けない。それは事態が深刻であることを理解しているからだ。
そんな不安な気持ちを和らげるように暖かい感覚が宮藤の右手を包んだ。
「リネットさん……」
「大丈夫、宮藤さん。大丈夫だから……」
それはリネットの両手だった。
言い聞かせるように微笑みながら握られたリネットの両手は、小さく震えていた。
リネットも怖いのだ。怖いのを我慢してまで自分を励ましてくれているのだ。
そうか、と宮藤の心にストンと落ちるものがあった。
誰もが怖いのだ。自分のように怖いのだ。
それでも戦うのは、きっと何か守りたいものがあるからなのだろう。
―――そうだ、私だけじゃないんだ。しっかりするんだ宮藤芳佳。怖いのは私だけじゃないんだから。
奮い立つために自分に言い聞かせる。しかし、やはり恐怖は拭えない。怖いものは怖いのだ。
死ぬかもしれないという可能性は捨てきれない。
そう考えると足がすくんで動けなくなる。あまりの臆病さに下唇をかみしめて涙を堪えた。
未だ震えるとリネットの両手。そして包まれる自分の右手。
『任せよ、芳佳』
―――それを、力強い己の左手が覆った。
ぱちくり、と瞬きを二回。
それは自分の左手にしては雄々しく、しかし普段からよく知る感触だった。
後ろを振り返るが、やはり姿は見えない。
返事の主は己の中にいるのだ、目に映るはずはなく……しかし、その顔はきっと頼もしい笑みを浮かべている自信が宮藤にはあった。
「お願いしても、いいの?」
『おかしな事を聞く奴よ。己が身体なのだからと軍艦でワシをこき使った小娘が、今更何を遠慮するのだ』
恐る恐る問う声に、おどける様に返す声が自身の内から聞こえる。
先ほどまでの重苦しさは無く、普段通りの声色だ。しかし長い付き合いから宮藤は朧げに理解できた。
きっと、自分の不安を紛らわせるために普段通りに努めてくれているのだと。
「………」
『戦いに身を置くと決めたならば泣き言を言うなと叱りつけてやるところだが、今回は例外よ。ここが戦場となる可能性があるならば流石に素人二人を放り出す訳にもいくまい』
泣きそうになるのを堪え、涙ぐむ瞳を袖で拭う。
恐怖からではなく、嬉しさからだ。
『芳佳よ。先程も言ったが戦う覚悟だけはしておくのだ。この程度の危険は戦場ならばよくあること。ならばまずはこの緊張に慣れよ。慣れれば心は張り詰めるだろうが狼狽えることはなくなる。そして考えるのだ。己がするべきことは何かを。良いな?』
「はい、……はいっ」
小さく、しかしはっきりと返事をする。
厳しい言葉だが頼もしい助言だった。
戦うと決めたのは自分。私だけにできることを。
「宮藤さん。……その、扉間さん?」
覗き込むようにリネットが問う。
そこには幾ばくかの安堵の感情が伺える。
リネットも扉間に対して信頼を持っているのだ。
「ん…任せろだって」
ごしごしと涙を拭って笑みを返す。もう、涙は流れなかった。
口口―――――――――――――――口口
「案ずるなリネットよ。お前にも手伝ってもらう」
「ふぇ?」
待って、それは聞いてないよ扉間さんという宮藤の抗議は敢え無く却下されるのだった。
口口―――――――――――――――口口
「出られるのは私と……ミーナ中佐だけか」
一通りの状況をミーナから聞いたエイラは宮藤とリネットを横目に呟いた。
その言葉は正しい。既に主力部隊は抜かれているのだ。新人二人を抱えて戦えるような状況ではない。
国家の軍事組織に所属し、階級を与えられることにより個人は軍人と見なされる。
その認識でいえば、宮藤芳佳は間違いなく軍人なのだろう。
だが当の本人は己が軍人であるという意識は無い。
軍に属したといっても戦争嫌いの宮藤だ。
意識は戦う軍人ではなく、戦いから逃れるべき市民である。
ネウロイ襲来の報に対してミーナとエイラが責任感を、しかし宮藤は恐怖の感情に襲われるのはある種当然のことだった。
たとえ戦場を経験したとしてもたった一度、しかもぶっつけ本番の実戦だ。
先ほど見た宮藤の怯える表情から、彼女が戦える状態ではないと判断したミーナは正しい。
そしてリネットも同様だった。
リネットに待機命令を出したのは宮藤を守ることに加えて
非常事態からの緊張感で満足に戦える状態ではないとミーナは考えていた。
「仕方がありません。私とエイラさんだけで出撃します。
リネットさん、宮藤さんは引き続き待機。
……場合によっては避難も考えられます。連絡には十分に注意してください」
坂本からの通信から十分程度。
迎え撃つには十分な時間はある。
幸い自分もエイラも固有魔法は感知タイプである為、見逃すこともないだろう。
「ヴィルケ中佐」
宮藤が口を開く。
おそらく自分も出撃すると言うつもりなのだろうが、許可はできない。
新人を抱えて戦うには状況が悪すぎる。
宮藤の第501統合戦闘航空団としての初陣は、このような緊急事態ではなくもっと飛行訓練を積んだ後、坂本かゲルトルート・バルクホルン大尉のどちらかにロッテを組ませるべきとミーナは考えていた。
「ごめんなさい宮藤さん。あまり時間がないの。言いたいことはネウロイを倒してから―――」
「ネウロイの狙いは我々との交戦を極力避けた上での基地破壊、もしくは後方市街の破壊活動が目的と思われます」
―――だからこそ、その言葉には思考に一瞬の空白を生むほどの衝撃をミーナは受けるのだった。
足を止めるには十分な内容である。ミーナは宮藤へ振り返った。
「……宮藤さん?」
「おそらく501の皆さんが到着するまでは進行速度をあえて他ネウロイと同程度にしていたのでしょう。そして501部隊到着後、外装を囮に最高速度で先発の皆さんを振り切ったのだと思われます。おそらく追撃は難しいでしょう」
淡々と話す言葉には感情の一切が乗っていなかった。
極めて冷静、理性的な内容が少女の口から発せられる。
それは軍属1ヵ月も経っていない新人が話すものではなく、まるで何十年も戦争に身を置く経験豊富な老兵を彷彿とさせる。
そして宮藤の推測は正しい。
今回のネウロイは複数体に分裂した後、コアが見つからないことに疑問を覚えた坂本が無線でミーナに伝えた推測と一致している。
だからこそ、ミーナは疑問だった。
「待って宮藤さん。501部隊が突破はされましたが追撃を開始しています。
私とエイラさんが出撃することで挟み撃ちにすることも可能です。
それに先ほど私は敵ネウロイが速度に特化したネウロイとは伝えていません。……何故そう思ったのかしら?」
そう、宮藤は敵が速度特化の個体だということを言い当てた。
ミーナは『戦闘中のネウロイは囮であり、突破した本体が基地に向かって北進中』としか伝えていない。
だというのに宮藤は敵の特徴、目的をほぼ正確に推測していた。
「シャーロット・イェーガー中尉が突破されているからです」
その答えは文字通り疑問を切り捨てるような断言であった。
目を見開き、ミーナは息を飲む。
「空母で移動している間に今までのネウロイに対する戦闘資料は読ませていただきました。
その兵装は多種多様であるものの、一元特化した個体は必ず他の機能を犠牲にしています。
恐らく外装を囮として切り離し、火力・装甲を極限まで減らした速度特化の個体なのでしょう。
でなければイェーガー中尉程の速度に特化したウィッチが追いつけない筈がありません」
魔力保有量は目の当たりにしたから理解できる。
身体能力も坂本美緒という仲間からの情報だから信じられる。
しかし、この推察には目の当たりにしても信じがたいものだった。
―――戦闘資料と先ほどの私の発言だけで推測したというの?
……ううん、そうじゃない。この子、欧州に来るまでにネウロイや仲間のウィッチについて事前に調べていたんだわ。
『宮藤芳佳』ならばそんなことはしない。
彼女にとって戦うことなど二の次でであり、軍人達の役に立てることは炊事洗濯だと考えている。
どれほど魔力量が高くても宮藤は戦争嫌いの子供なのだ。
だからこそ空母赤城で料理や掃除をする宮藤の姿は共に乗船した軍人たちにとって快く映っていた。
しかし。しかしである。
『宮藤芳佳』はそうであっても、『もう一人の宮藤』は百戦錬磨の英雄である。
この男が。千手扉間が。二代目火影と呼ばれた現実主義者の塊が敵や共に戦う仲間について調べないはずがない。
「ヴィルケ中佐の仰る通り、私やビショップ軍曹はストライカーユニットでの飛行に不慣れです。仮に出撃したとしても迎撃に失敗し抜かれた場合に追いつける可能性はゼロでしょう」
「……ええ、その通りよ」
状況と自身の能力を良く理解している、とミーナは内心で舌を巻く。
どれほど状況分析に優れていてもまだ未熟な新人だ。
飛行訓練でも満足に銃を狙えないのならば足手まといになる。
「単刀直入に申し上げます。『次点対策』として基地滑走路先端からの狙撃を、私は提案します」
「―――っ」
その作戦に、息を吞んだ。
反射的に却下の言葉を口に出しそうになり、指を唇に当てて思案する。
それはミーナにとって十分考慮に値する作戦だったからだ。
高速で飛行するネウロイにピンポイントでコアを狙撃する。
ベテランウィッチであっても可能な人間は片手で数える程度だ。
しかし、リネットは。
リネット・ビショップ軍曹の狙撃の腕は、基地部隊の追随を許さない。
基地部隊だけではない。全世界のウィッチでも確実に指折りの狙撃手だ。
それをミーナは知っている。
宮藤が立案した作戦の利点に行きつく事に、そう時間は掛からなかった。
「リネットさんのストライカーユニットへの魔法コントロールを全て狙撃に向ける。そういうことね、宮藤さん」
「はい」
肯定は短く、しかしはっきり聞こえる声だった。
「ご存知の通り、ビショップ軍曹の固有魔法は射撃弾道安定です。私や軍曹はまだ安定した飛行ができない。ならばいっそ、飛ばないという選択肢があります」
基地上から空中を飛ぶネウロイの狙撃など前代未聞である。
狙撃が可能だという事はネウロイが基地の目前にいるという事なのだ。
しかし、自分たちが突破された場合は既にネウロイは基地目前に迫っているということ。
説明を聞いたミーナの判断は早かった。
「許可します」
おい、とエイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉が抗議の声を上げる。
だがミーナの意志は変わらない。エイラに目を合わせた。
「私たちが突破された場合、最終的な戦力は彼女たちと疲労しているサーニャさんだけです。
そのことを考慮すれば宮藤さんの案は最終的な対抗策としてこの上なく有効です。リネットさんの狙撃の腕前はあなたも知っているでしょう。
……待機の他に彼女たちへの有効な命令があるならば聞きます、少尉」
返答は無言。それがエイラの答えだった。
エイラもその作戦が効率的であることは理解している。しかし思うのだ。もし自分たちが対処できなかった場合は彼女たちに任せるということ。ならば、それも失敗したときに彼女たちはどうなるのだろう。ストライカーユニットを履かない人間が、ネウロイから逃げ切れるとは思えない。ならば彼女たちはどうなってしまうのだろう。
「私たちが突破されたら彼女たちが頼みなのはどちらも同じ。ならば確率が高い方を選びましょう。リネットさん、聞いていたわね」
「は、はい!」
「宮藤さんの作戦を採用します。リネットさんは滑走路先端で狙撃準備のまま待機を」
「中佐、サーニャ・リトヴャク中尉は如何しますか」
「……出撃待機状態とします。夜間哨戒で疲弊している状態で戦わせたくはありませんが、万が一を考慮します。リネットさん、すみませんがサーニャさんに伝えてください」
「りょ、了解です! 即時準備にとりかかります!」
「お願いします。宮藤さんはストライカーユニットを装着後にリネットさんの護衛を。貴女のシールドは私たちの誰よりも強いの。守ってあげてね」
「了解しました」
ミーナの指揮に各自が慌ただしく部屋を後にする。
ふと宮藤を見ると、並走するリネットと共に不安げな表情を浮かべている。
先ほどまでの作戦立案を行っていたウィッチにはとても見えない。
不思議な子。
心で吐露した所感に頭を振り、ミーナは意識を戦いに戻す。
彼女の案を実行させるわけにはいかないのだ。それはあの新人二人を危険な目に遭わせてしまうということなのだから。
ミーナが宮藤芳佳という少女の正体に行き着くのは、まだまだ遠い。