卑劣様も芳香ちゃんも出ないので挿話となります。
広く、厳かな雰囲気の中でミーナは資料を読む男たちをじっと見つめていた。
部屋の中にはミーナを含めて四人。初老の男が二人と妙齢の女性が一人だ。
この中で佐官階級であるミーナが一番低いという状況を見れば、他の三人がいかに高い地位に就いているかは言わずもがなである。
資料を一通り読み終えた男はため息を着き、資料を机に放り投げた。
「失態だな」
その言葉にミーナは何も言わない。
怯えも狼狽えもなく、目を伏せてその言葉を甘んじて受け止めていた。
「敵戦力を見誤り主力部隊を突破され、増援として駆けつけるも迎撃に失敗。最後は訓練兵がかろうじて撃破……これが世界有数のウィッチ達が集まった成果かね」
「返す言葉もありません。お叱り、処罰は甘んじて受け入れます」
今回の戦闘では危うくブリタニア首都への侵攻を許す直前まで行ったのだ。
外ならぬミーナ自身が今回の一件を重く受け止めていた。責任感が強いミーナである。前線指揮に後方の人間が口を挟むことに難色を示すが、逆に作戦行動に失敗があればそれは指揮官たる自分の責任である。そう考えているからこそどのような処罰が下ろうとも当然であると考えているのだ。
「中佐、君は……」
「まあ待ちたまえ大将。若い者を頭ごなしに怒るものではないよ」
その重苦しい声を咎めたのは、正反対の明るい声。喉の振動が少し残るその声は処罰の場では不釣り合いな、紳士的な声だ。
言葉を止められた大将、トレヴァー・マロニーは横に座る恰幅の良い男に対し反論する。
「頭ごなしとは異なことを仰いますな、閣下。中佐は私の指摘に異を唱えておりません」
「異を唱えないから自分の言葉を全て相手が肯定していると断ずるのは、涙ぐむ子供に親が叱りつけるのと同じだよ、大将。少しは中佐の行動についても考慮してやらんとな」
読み終えた資料は後ろに佇む女性に渡し、組んだ両手を顎に当てる。
その表情は柔和な紳士そのものだが、ミーナは呼吸を落ち着かせて沙汰を待つ。先ほど受けたマロニーの叱責以上の緊張だ。
目の前の人物が、ただの男ではないことをミーナは十分理解していた。
ブリタニア首相、チャーチル。政治家のトップであるが、元は海軍大臣と軍を率いたこともある傑物である。
「まず、私から言葉を送ろう。『見事な指揮だ中佐。よくやってくれた』」
その言葉にマロニーだけでなく、ミーナまでもが眉をひそめて訝しむ。
当然だろう。この場はミーナの処遇について話す場であったはずだ。まかり間違っても賞賛を受ける場ではない。
「お言葉ですが首相閣下。私は采配を誤り、危うく貴国の防衛に重大な懸念を生むところでした。マロニー大将閣下の叱責は御尤もです」
「いいや、違う」
先ほどまでの優しい声色はなかった。
チャーチルは笑みは絶やしてはいないが、その目には有無を言わさぬ圧力がある。
「君は超高速の敵と交戦し、現戦力では対処が難しいと判断した。そして狙撃に対する固有魔法を持つが未だ空戦が満足に出来ないリネット・ビショップ軍曹に対し、あえて地上からの狙撃を命じるという英断を下したのだ。そして彼女は見事ネウロイを撃破した。初撃破という大成果を挙げて、な」
チャーチルの言葉はミーナが纏めた報告内容から脚色、誇張は一切していない。
ただありのままの結果を口に出しているだけだというのにマロニーの叱責とはまるで逆に聞こえてしまう。物は言いようとは良く言ったものだ。
「改めて言わせてもらう。見事な指揮だ中佐、良くやってくれた」
拍手まで送り出したチャーチルに対し、成程とミーナは納得した。
そう、納得だ。チャーチルが言いたいのは納得しろということだ。
現状、世界有数のウィッチを集めた501統合戦闘航空団は世界各国からウィッチが集まればネウロイに対抗できる一種のモデルケースだ。
その最終的な許可を出したのは外ならぬチャーチルである。その航空団を罰せられる事はチャーチルの政治的な弱みに繋がる。だから罰するなど以ての外なのだろうとミーナはとらえていた。
チラリと横目で目配せするチャーチルに、マロニーはため息を付いた。
マロニーとしては不服である。元々ウィッチという存在に良い感情を持っていない彼である。……だが、だからと言って今501統合戦闘航空団をブリタニア防衛から外すのはまずい。感情では排除したいが戦略面でそれが不可能だということはマロニーも十分承知している。
これを機にあわよくば501を……とも思っていたが、首相と政治的に敵対することは今はまずい。
「……ミーナ中佐。今回の失態はともすればブリタニア国民への不安を煽ることに繋がりかねない。しかし最終的には君の部下が損害を出さずにネウロイを撃破した。部隊の成果は上官の成果でもある。この結果を以て君への処罰は不問とする」
「は。寛大な処置、有難うございますマロニー大将」
「下がってよろしい。ブリタニアの守りは君の双肩に掛かっている。引き続き君の……いや、501の奮闘を期待する」
「は! 失礼します」
敬礼をし、踵を返して退出するミーナは軍人のお手本と言えるだろう。
胸を張って何一つ陰りを見せることもなく退出した軍人に、マロニーは柄にもなく部下たちに見習わせたいと思うほどだ。
「……よろしかったのですか、首相」
「何がだね?」
だがそれも一瞬の事。直ぐに一軍を預かる大将としてマロニーはチャーチルに問いを投げかける。理解をしているというのにあえて聞き返すチャーチルの心情を、マロニーは分からない。元々『三枚舌のチャーチル』とまで呼ばれた弁舌の天才だ。そう簡単に彼の心中を伺い知ることをマロニーは出来ないだろう。
「中佐の件です。最終的には防げたものの、罰則なしというのは些か……」
「ああ、構わんよ。今回、中佐はとても良いニュースを届けてくれたからね」
「ニュース?」
訝しむマロニーに対し、悪戯が成功した子供のようにチャーチルは笑う。
好みの葉巻に火をつけて、一息入れ、ああ、と相槌を着いた。
「忘れたのかね我がブリタニアの軍人、トレヴァー・マロニー大将。リネット・ビショップ軍曹はどこの国のウィッチかね?」
「……成程、そういうことですか」
自分が所属する国、そして今回活躍したウィッチ。
ここまで言われれば政治面に疎いマロニーでも理解できた。
今回の戦いで活躍したのは誰かと言われれば、リネットである。もう少し大枠で言えばブリタニアの新米ウィッチが名だたる世界のエース・ウィッチが集う501戦闘航空団の中で一番の目覚ましい活躍をしてみせた。
つまり、この話題はブリタニアにとって新聞紙がトップを飾る程の話題なのだ。
「真実を覆い隠すのではなく、事実を好意的に公表する。貴方の得意分野ですな」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。部下の評価は上司の評価……だろう大将?」
言葉尻を捕らえて良く言う、とマロニーは内心で笑う。
501統合戦闘航空団の司令官はミーナだが、その上官はマロニーである。
つまり自分の評価を上げる好機に態々下げる必要があるのかとチャーチルは言っているのだ。
だが、外ならぬ501統合戦闘航空団の活躍は結成を許可したチャーチルの手柄にもなる。
暗にチャーチルは「俺の評価を下げるな」と言っているのだとマロニーは『勘違い』をした。
「では私も此処で失礼します。首相閣下は如何されますか」
「ああ、一本くらい吸わせてくれたまえ。最近は何かと忙しくて一息つくこともままらないからね」
「左様ですか。それは、私はここで」
ああ、と手をひらひらさせながらマロニーを見送る。
敬礼をした後、マロニーも会議室を出て行った。
深呼吸をするように葉巻を味わうチャーチルは背もたれに体を預けながら一息をつく。
「…………」
そして徐に葉巻を灰皿に置き、秘書と共に小走りで会議室の大きな扉から顔を覗かせる。
妙齢の女性と年配の男がそろって顔だけ廊下に顔を出す光景は奇怪この上なかった。
「行った?」
「行ったみたいですね」
マロニーが廊下からも見えなくなったことを確認した二人は顔を引っ込める。
部屋に戻り椅子に腰かけるチャーチルに先ほどまでの政治家としての顔はない。
親しい者にのみ向ける、柔和な老人がそこにはいた。
「ああもう、無理を通してでも来て正解だったよ。あのまま行けば折角の混成部隊が解散になりかねなかった」
「いくらウィッチ嫌いのマロニー大将でも流石にそこまでは……」
「しない、と君は言い切れるかね?」
「……申し訳ございません、閣下」
「その言葉は相手に対し迷惑をかけた時に使うべきだね。今じゃあないよ」
苦労を掛けるね、と労うチャーチルに小さく首を垂れる。
秘書である女性は元々チャーチルの軍人時代の部下だ。ミーナのように事務仕事に長け、政治面にも精通していることからウィッチとしての軍属を終えても尚チャーチルに付き従っている。
それはチャーチル本来の性格を秘書が好ましいと思っているからに他ならず、素のチャーチルを知る数少ない人物である。
「あんの石頭め……カールスラント軍人の処罰だと? それこそ国際問題に発展するわ馬鹿が!」
「閣下、声が大きすぎます」
火を消した葉巻を地面に叩きつけて憤る姿を、秘書が咎める。
……そう、チャーチルがミーナをかばった理由。
それは己の評価の為などではない。他国との摩擦が生まれることを懸念した、政治家として至極真っ当な理由からである。
カールスラントという大国はネウロイの占領下にある。そしてその国民の殆どがブリタニアに避難している。この状況で国の希望であるウィッチを、しかもエース・ウィッチとして名高いミーナを罰するとどうなるか。
「もし中佐を罷免したことがカールスラントの避難民に知られてみろ。どのように暴発するかわかったもんじゃない! ウィッチ嫌いなのは構わんが己の感情で国際社会に波風立てようとするんじゃあない!」
ここでポイントとなるのはミーナの作戦行動が失敗だったか否かではない。
カールスラントの軍人を他国であるブリタニア軍部が裁くという事にある。
だからこそ、チャーチルは『国内・国際での自国評価の向上』という名目でミーナの罰則免除をマロニーに納得させることにしたのだ。
「ああもう、ウィッチを守ればマロニーが暴走するかもしれんし、マロニーに賛同すれば国家間の問題に発展しかねないし……」
「その辺を舌先三寸でどちらも納得させるあたり、お見事です閣下」
「それ褒めてる?」
「はい。心の底から」
実際、チャーチルのバランサーとしての能力は見事なものである。
マロニーも大将として配下の軍人達に慕われている男だ。下手に反感を招いてはそれこそ軍の一部まるごと反ウィッチになりかねない。
各国の虎の子ともいえるウィッチ部隊を、モデルケースというガワで包んで自国の防衛に配置するという図式を現実に落としこむことが出来たのはチャーチルの手腕があってこそだろう。
なおチャーチル自身は「やらなきゃ国が滅ぶ」という未来予想からこの多国籍ウィッチ部隊の創設に即刻許可を出している。
優雅にサインをするその姿と慌てふためく内心が、必死に水辺を泳ぐ白鳥の如き姿だったと後日秘書は語っている。
チャーチルの政治家としての本領は三枚舌ではなく、三枚舌を用いる為のバランス感覚にこそあるのだ。
「疲れた……首相辞めたいねぇ」
「辞めないでください。割と冗談抜きで国が滅びます」
「分かっているさ、それこそ冗談だよ」
チャーチルは再び資料に目を通す。
事の顛末だけではなく高速型ネウロイに対してのミーナの見解が記載されており、そこには弁明の一切が記述されていない。チャーチルは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「中佐も責任感が強すぎるな……わざわざ『部下の進言で事無きを得た』などと言わなくても自分の発言ということにしておけばマロニーの奴も納得しただろうに」
「その性格も考慮して彼女を基地司令としたのでしょう、閣下?」
「まあ、ね」
政治家として狡猾な面こそあるものの、チャーチルがミーナ個人に対し含むところはない。むしろ若いながら上官として良く動けていると感謝状を贈りたい気分だ。
そして、この作戦を思いついたウィッチにも。
資料の最後には一枚の経歴書とともに、少女の写真が送付されていた。
それは彼の有名なストライカーユニットを制作した偉大な博士の一人娘。
「宮藤軍曹か。……方向性は違っても天才の子供は天才ということかな。
一度会って話をしてみたいものだ」
ミーナ「自分の評価を落とすなということね。強かな人だわ」
マロニー「自国の評価を下げるなということか。狸爺め」
しゅしょう「(おなか痛い)」
ひしょちゃん「(首相の狼狽で飯が美味い)」