く く
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図 調子
「トゥルーデ、ちょっといいかしら?」
朝食を終え、そそくさと自室へ戻ろうとするバルクホルンを止めたのは基地司令でもあるミーナだった。
二人は同じカールスラント出身であり、ベルリン脱出から共に戦い抜いてきた旧知の仲でもある。
「ミーナか。どうした、何か用か?」
「最近元気が無いみたいだけど……大丈夫? 訓練に人一倍 力を入れている貴女にしては朝食の取った量も少ないみたいだけど」
「ああ、その事か……気にしすぎだ。今日はちょっと食欲が湧かなくてな。まあ昼夜には気分も落ち着くさ。気にするほどじゃ無い」
ならいいのだけれど、と。
早々に話を切り上げるバルクホルンを訝しげに見送る。
―――やっぱり宮藤さんを妹に重ねているのね。
バルクホルンには妹がいる。
明るく元気な少女であり、軍人気質なバルクホルンと性格は違うがとても仲の良い姉妹だった。
そんな彼女は現在ロンドンの病院で昏々と眠り続けている。
カールスラントの首都、ベルリンを脱出する際に負った怪我が原因だ。
その怪我の理由がバルクホルンが撃破したネウロイの破片によるもの、という事実がバルクホルンの心を追い詰めてしまっている。
良くも悪くも純粋な性格であるバルクホルンだ。
規律正しい軍人という面こそあるが、その精神はひどく脆い。
だからこそ、宮藤が妹と重なって見えてしまうと平静を保っていられなくなる。
そうは見せまいと振舞ってはいるが、旧知の仲であるミーナやエーリカ・ハルトマンからすれば宮藤への接し方を見ていれば直ぐに気が付く。
指を顎に当て、一つの案がミーナに浮かぶ。
それは可能性に過ぎない。しかし、可能性はある。
「……時期としても悪くないわね」
そろそろ定期報告の時期だ。ロンドンに向かう理由としても都合が良い。
考えを纏めたミーナは踵を返し、目的の少女の下へと向かうのだった。
口口―――――――――――――――口口
訓練や座学といった軍人としての時間外。
宮藤のルーチンワークは基本的に炊事・洗濯・掃除である。
元々娯楽に乏しい田舎の診療所が生家の宮藤だ。生活に必要な行動は祖母と母から学んでいる。
そのため趣味が生活に直結している宮藤にとってそれらは何の苦にもならないのだ。
いつものようにバケツとモップを持ち出し廊下の清掃を行っていた宮藤は現在……
「もう我慢できませんわ!」
ペリーヌ・クロステルマン中尉にキレられていた。
両の眉が引っ付かんばかりに眉間に皺をよせ、歯ぎしりをしながら宮藤に詰め寄る。
積もり積もった怒りが噴火したペリーヌの口から生まれる罵詈雑言は収まる気配がない。
「紅茶は音を立てて飲むわ腐った豆は食事に出すわ少佐をさん付けで呼ぶわ……挙句にこの始末! 貴女わたくしに何か恨みでもありますの!?」
ペリーヌは自分の頭に乗る物体を指さした。
そこには水分補給をしっかり行ったモップが、ペリーヌの頭の上で休息を取っている。
「そんな……私そんなつもりじゃ……」
『詫びを入れながらモップを相手の頭に叩きつけておいて弁明できる立場ではないと思うがな』
扉間さん黙って、とペリーヌに聞こえないよう呟く。
呆れる様に吐息を一つ吐く扉間はペリーヌの言い分に私怨が混じっていることは認めるが、宮藤にも非がある事を知っている。何せ四六時中一緒なのだから客観的に状況が見えるのだ。
「……さては扉間さん、後ろからペリーヌさんが来ているの知ってて黙ってたでしょ?」
『ああ。周囲の足音くらい気を配っておけ』
「ちょっと宮藤さん!聞いてますの!?」
ぶぅ、と下げた頭で頬を膨らます宮藤だった。
きっと扉間さんは「周囲に気を配らないお前が悪い」とでも思っているのだろう、と宮藤は考える。
そこは流石に扉間との付き合いが長い宮藤だ。大正解である。
が、いかに気配察知に長けた扉間もまさか肩に背負ったモップを後続の人間の頭に叩きつけることは予想できなかった。
その後詫びの言葉と共に頭を下げながら再度モップを叩きつける行為を目にすれば開いた口も塞がらないというものだ。
ぐぬぬ、とペリーヌの罵倒を甘んじて受ける宮藤。
悪いのは自分だし仕方がない、と半ば反省しながらため息を一つ吐くのだった。
「とにかく! わたくしは貴女の事を絶対、ぜえっっったいに認めませんからっ。戦場ではいつ命を失うかわからないのです、とっとと田舎にお帰りなさいな!」
ふん、と踵を返したペリーヌは肩を怒らせながら去っていった。
角を曲がり見えなくなったことを確認し、宮藤は吐息を一つ吐く。
「はあ…怒られちゃった」
『仕方が無かろう。今のは全面的にお前が悪い。今回ばかりは言いがかりという訳ではなかろう?』
「それは……そうですけど」
『まあ、お前の立ち位置が奴の心情を悪くしている箇所はあるから仕方がないという面もあるがな』
「私の立ち位置?」
ああ、と扉間は相槌を打つ。続く言葉は短い間ながら観察した、ペリーヌ・クロステルマンという人物の考察だ。
『美緒の肝煎りとして紹介されたお主が余程気にくわないのだろう。一ヵ月も経てば部隊の者たちが互いにどのような感情を持っているのか自ずと解る。
嫌がらせなどではなく、文化の違いや礼儀作法といった所でしかお前を非難をしない所をみるとあの娘、根が真面目なのだろうよ』
ペリーヌ・クロステルマンという人物を、そう扉間は分析した。
その推測は正しい。本来のペリーヌは子供好きであり面倒見が良く、坂本の推薦ウィッチという第一印象さえ無ければ宮藤の事を好意的に受け止めていただろう。
それが一気にマイナスに振り切れる程、坂本美緒という人間に傾倒しているだけで。
事実、宮藤の力量を目の当たりにしたペリーヌは自身の訓練量を増やしている。
他者への負けん気を自身の成長に繋げられる人間は長じて伸びやすい。
一ヵ月も生活を共にしていれば、出会い頭の歯ぎしりも納得がいく扉間であった。
あの贔屓の理解には苦しむが、それとして悪い娘ではないというのが扉間の総括だ。
『あの娘の罵倒の中にお前の実力を疑う言葉はあったか?』
「え? ……そういえば無かったよね?」
『お前の力量は奴も認めてはいるのだ。だが心情がそれを許容できない。結果、あのような表現になってしまう。難儀な事よ』
あのシールドバッシュを目にすれば宮藤の実力を認めないウィッチはいないだろう。
高火力故に大多数のネウロイには効果的であり、コア破壊に至らなければ周囲のウィッチが止めを刺す事が可能。宮藤のシールドバッシュから止めを刺したウィッチの中にペリーヌも含まれる。ならばその実力をペリーヌが疑うはずが無い。
「でもペリーヌさん、何もあそこまで怒らなくても良いと思うんだけど……」
不満げにつぶやく宮藤に、扉間は珍しく引きつった目で睨みつけた。即ち、こいつ正気かと。
『……芳佳よ、一つ教えてやる。詫びながら相手の頭にモップを叩きつけるという行為はな、世間一般的に”煽る”と言うのだ』
それも二度。あそこまでやられて憤りを感じないのならもはや聖人君子の類である。
はうあ、という少女らしからぬ悲鳴が宮藤から漏れた。
「宮藤さん」
思いは違えど、互いに頭を抱えた祖父と孫に第三者の声がかけられる。
振り返ればそこには自身の上長であるミーナが柔和な笑みを浮かべて立っていた。
「ミーナ中佐、お疲れ様です」
「お疲れ様、宮藤さん。ここの生活には慣れた?」
「はいっ。皆さんとってもいい人で、リーネちゃんともお友達になれましたし」
『先ほどまで叱られていたがな』
扉間さん黙って、と再び聞こえないように呟く宮藤。
実際聞こえていないのだろう。ミーナは話を続ける。
「そう、良かった。今日の訓練は中止よ。ちょっと私に付いてきて貰ってもいいかしら」
「?」
首をかしげる宮藤にミーナは微笑みながら手招きをする。
それは宮藤にとって長い一日の始まりの合図となるのであった。
友人「何で君マロニーとロマニー間違えるん?」
(´・ω・`)「ゼルダの伝説のとある作品にロマニー牧場ってのがあってだな」
友人「アブダクションされるのかマロニー……」