卑劣様IN宮藤芳佳   作:古古兄(旧:フルフルニー)

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もうちっとだけストックはあるんじゃ。


第三話

扶桑は比較的強力なウィッチが輩出される国として知られており、坂本もその例に漏れず

数多くの戦いを生き抜いてきたベテランにしてトップエースの一人である。

 

そんな彼女が遠くブリタニア連邦から母国扶桑に戻っていたのは、スカウトの為である。

欧州では今でも人類による抵抗が行われているが、それでも戦況は芳しくない。

その為にまだ表に出てきていないウィッチを探し出し、軍に迎え入れることが坂本が帰国した理由である。

そして非軍人のウィッチを調査し、白羽の矢が立ったのが宮藤芳佳だった。

 

嘗て世話になった宮藤博士の一人娘。

どのような人物か期待していたが、第一印象は快い娘だった。

気立てが良く優しく、自らの危険を顧みず猫を救う少女。

加えて先ほど見せたあの身体能力。

情報にあった治癒能力と併せれば間違いなく強力な味方になるだろう。

きっと良い戦友になれる。

 

そんな期待を胸に秘め、坂本は宮藤に説得しようと宮藤診療所に訪れたのだが―――。

 

「…………」

 

今現在。真っ二つにされたスイカを茶菓子代わりに出された坂本は、

共に訪れた部下の土方と目を合わせていた。

 

半分。半分である。

4分割や8分割ならまだ分からないこともない。

それが半分。どうみても自分の胃袋のサイズ以上である。

 

――― 土方。これは新手のぶぶ漬けだろうか。

 

――― いえ、量が量なので長居しても良いと言う遠まわしな表現…かもしれません。

 

坂本と土方の付き合いは長い。

故に互いに目を合わせればなんとなく言いたいことも分かるのだ。

困惑しながらもスプーンですくい口に運ぶ。

シャク、という音とともに口の中に甘い果汁が広がる。

良く熟れたスイカだ。味も文句なしに美味い。

 

「あ、お代わりありますので遠慮しなくても良いですからね」

 

まだ出すのか。

台所から覗かせる宮藤の天真爛漫な笑顔には裏があるようで、2人は固まる。

やはり後をつけていたのがばれていて、怒っているのだろうか。

内心冷や汗をかきながら宮藤の内心を窺うのであった。

 

宮藤の内心は、半分正解で半分誤りであった。

扉間のおかげで2人が自分を見ていたことは知っていたが、

2人に対して何ら憤りを感じているわけではない。

 

この状況を作ったのは美千子の祖父である。

 

危うく自分のせいで孫娘が怪我を負いかけた事に対し助けてくれた礼と

危ない目に会わせてしまったという謝罪の為、畑で取れたスイカを分けてくれたのだ。

それ自体はありがたい事なのだが、問題は量だった。

 

その数、箱3つ。大の大人が両手で抱える量のスイカが入った箱、3箱である。

狭い台所に積まれたスイカの山に、宮藤とその母、祖母は苦い笑みを浮かべるしかなかった。

 

スイカは嫌いではない。嫌いではないのだが……。

 

―――この量はちょっと多すぎかなあ。

 

お裾分けは有り難いけれど、何事も限度と言う物はあるのだ。

如何した物かと思案していたところに坂本と土方が現れたのだ。

 

『人数は2人だ。先の軍関係かも知れぬな』

 

などと、どういう仕組みか人数まで分かる同居人(肉体的な意味で)。

昔から扉間はこういった、見えない所にいる生き物の気配を探るのが上手い…というより、

この同居人は最早見えているとしか思えない。

仕組みは不明だが、扉間が来客の人数を間違ったことは一度も無いのである。

 

「せっかくですしコレ出しちゃいましょう。ここは豪勢に一人半分」

 

それは新手の嫌がらせではなかろうか。

扉間は時折この思い切りの良い宿主の行動に困惑するも

どの道このままでは腐りかねないスイカの山にまあいいかと自分を納得させる。

 

そして現在に至るのであった。

 

当たり障りの無い世間話をした後。

スイカを半分ほど食べ終えたところで坂本は来宅理由を宮藤に切り出した。

 

「私を軍に、ですか?」

 

「ああ。お前が学校から自宅へ帰るときに後を付けさせてもらった」

 

この人達だったのか。と、宮藤は納得する。

軍人関係という扉間の見解は当たっていたのだ。

 

「お前も知っての通り、欧州では現在ネウロイとの交戦状態にある。

既に奴らによって滅ぼされた国もあり、今も窮地にある。

だが、お前の力があれば欧州の戦況を変えられるんだ」

 

期待と確信、そして決意を秘めた瞳だった。

宮藤に力を借りても、自分自身もネウロイ打破に

全力を注ぐと挑む戦士の顔だった。

 

その顔が、少し眩しく見える。

前を向き、何かを成そうとする人というのは

こんなにも綺麗なのかと。

 

力になってあげたいと思う。

今も欧州では傷ついている人がいる。

医者の卵である自分にも、何かができるはずなのだ。

 

……それでも。

 

「……ごめんなさい。私は軍人にはなりたくありません」

 

それでも、宮藤の答えは決まっていた。

申し訳なさそうに、そして迷うように宮藤は答えたのだった。

 

 

その日の夜。

庭に住み着いた鈴虫の音が、やけに心臓に響く。

寝間着と布団を擦らせながら寝返りを打ち、

宮藤は昼間の事を思い出していた。

 

ーーー私たちは暫くは此処を離れるつもりはない。

気が変わったらいつでも来て欲しい。

 

快い人だった。

無理強いをしない坂本も、言葉少ないながらも

一礼をして共に帰っていった土方も。

 

笑顔が綺麗な人だった。

出来る事なら力になってあげたいと思う。

 

だが。

それでも、戦争は嫌いなのだ。

父を奪っていった戦争は、宮藤にとって嫌悪すべき悪なのだ。

 

「…何も言わないんだね、扉間さん」

 

『言っただろう。お前の人生だ。お前がそう決めたのならばワシは反対せん』

 

坂本たちに断りを入れる際、扉間は一言も言葉を発さなかった。

聞けば答えてくれただろう。しかし、宮藤が何か決断をするときに

扉間が言葉を挟むことは一度も無かった。

 

「…扉間さん。扉間さんって戦争をした事あるの?」

 

『……ある』

 

びくり、と宮藤の体が揺れた。

自我が芽生える前から共に過ごした扉間に

宮藤は少なくない衝撃を受けていた。

 

「扉間さんは……その、どうして戦争をしていたの?」

 

『世が荒れていたから、としか言えん。

降り掛かる火の粉は払わねばならん。己の身を守るにはな』

 

つん、と鼻の奥が滲みる。

扉間には否定して欲しかったのだ。

戦争なんかしたことがないと。

自分は戦争なんてものは知らないと。

身近に理解者が居ないと知って泣きたくなってきた。

 

『……そういえばお前は昼間に言っていたな』

 

「何が?」

 

『帰宅時に見えた軍艦だ。芳佳よ。お前はあれを見て

呟いていたぞ。戦争は嫌だと』

 

「……そうだよ。戦争なんて嫌だもん」

 

もう放っておいて欲しかった。

早く寝て忘れてしまいたかった。

 

 

『―――同感だ。戦争などというものは好んで行うものではない。

あれはな芳佳。人が最も嫌悪すべき事なのだ』

 

 

けれども、その言葉は先程以上に衝撃を受ける事で。

目を見開いて思わず後ろを振り返ってしまう。

そこに扉間が見えないとわかっていても、

振り返らずにはいられなかった。

 

なぜならば。

怒る声、呆れる声、楽しげな声は聴いたことがある。

だが、扉間の悲しみを帯びた声を芳佳は初めて耳にしたからだ。

 

『少し、ワシの昔話をしよう』

 

思えば、扉間が自分の過去を話すのは初めての事だった。

昔を懐かしむように、扉間は語り出した。

 

『ワシには兄弟がいた。千手という一族の出でな、

ウィッチのような力を持った一族だった』

 

「扉間さん、兄弟がいたの?」

 

『ああ。弟が数人と兄が一人、ワシは次男坊よ。

能天気さで言えば兄者はお前といい勝負だ』

 

「それはなんというか……」

 

苦労してそうだなあ、と宮藤は思った。

扉間か、それとも兄者殿か。どちらがとはあえて言わないでおく。

 

『実力に差異はあれど、兄弟は皆ワシのように力を持っていた。

力を持つ者が活躍する場というのはどうしても決まってくる。

……本当に、酷い時代だった』

 

吐露したその言葉が、扉間の世界を表していた。

 

『生きるには酷な世だった。

千手という一族に生まれ、人と殺しあうことが当たり前の世の中だった。

戦争中に弟たちが皆死に、終戦を迎えることができた兄弟は兄者とワシだけだった』

 

語る姿は見えずとも、それは疲れ果てた老人の独白のよう。

…いや、事実戦争というものに疲れているのだろう。

千手扉間が生き死にの2択を迫られた時間は

一生の中であまりにも長すぎた。

 

『戦争が終わっても次の戦争だ。

兄者も次の戦争で死に、ワシも戦時に命を落とした。

分かるな、芳佳。戦争は誰かを失う。失ってしまうのだ』

 

熱が篭る言葉に宮藤はコクリと頷いた。

理解できるからだ。他ならぬ戦争で父を失った自分には。

 

「扉間さんは、どうして戦えたの?」

 

『……戦争に己の意思は関係ない。自分が戦おうとも戦わなかろうとも仲間が死ぬ。

なら「俺」は戦って里を、兄者を、慕う仲間を俺が助けると決めたんだ』

 

リン、と鈴虫が鳴く。

普段冷静な扉間からは見ることができない、

静かな森のような心。その影に隠れた火の熱量。

千手扉間という人物の内を、宮藤は確かに見た。

 

『力を持つ者には多かれ少なかれ責任が生まれる。

 ウィッチとて同じなのだ芳佳よ。

 厄介なのはな、この責任というものは背負うにせよ逃げるにせよ、

 どちらかを選択するときはやってくるのだ。必ず、な』

 

それは力持つ者の使命と言い換えてもいい。

扉間は語る。力を持つことがイコール幸福であることとは限らないと。

 

『先に言った通りお前の人生だ。好きにせよ。

 だが忘れるな。己の信念を。戦争に立ち向かうにせよ逃げるにせよ、

 ”そこ”を忘れなければどちらをとってもお前は間違えないだろうよ』

 

話は終わりだ、と。その夜、扉間が言葉を発することはなかった。

扉間も睡眠をとる。肉体が無い彼がどのように休息するのかは分からないが

きっと幽霊も眠ることが必要なのだろう。

 

まるで突き放すようなそっけない言葉。

聞く者によっては、それは宮藤が戦場に向かおうが向わなかろうが

一切興味が無いと言っているように解釈するだろう。

 

―――ありがとう。扉間さん。

 

だが宮藤は間違わない。

扉間の言いたかった事。それは昔、父を見た最後の光景。

この気持ちさえ忘れなければ、私はきっと前に進める。

 

その夜、宮藤は父の夢を見た。

似合わないスーツを着込んで困ったように宮藤の頭を撫でていた。

父との別れの日の再現だった。

 

だが全く同じではない。

宮藤の背の丈。流さない涙。

そして別れの言葉ではない。

 

「行ってきます。お父さん」

 

父の手が離れる。その顔は微笑んでいた。

父に背を向けて走り出す。そこに診療所はなく光の道。

 

―――さあ。私にできる事を叶えに行こう。

 

 

口口―――――――――――――――――口口

 

 

宮藤家の朝は早い。

診療所の準備に加え、三人分の朝食を用意する為だ。

 

台所で大根を切る母の横で、宮藤は米を研いでいた。

何年も続けてきた何時もの光景だ。

そう思うと、今から切り出す話題も緊張する。

蛇口から流れる水で張り付いた米を流しながら、呼吸を1つ整える。

 

「お母さん、私ね、戦争は嫌なんだ」

 

母の包丁を持つ手が止まった。

 

「お父さんがいなくなったのも戦争のせいだもん。

戦争がなければお父さんとずっと一緒だった。

入学式で私の姿をお父さんに見てもらいたかった」

 

宮藤は視線を落としたまま自分の気持ちを母に吐露する。

それは、父が居なくなってから久しく伝えることのなかった己の気持ちだった。

 

「お父さんは出て行った。

それはお父さんしかできないことがあるから。

とても悲しかった。お父さんがいなくなったお家は寂しかった。

あの時はそう思ってた……ううん、今でもそう思ってる」

 

でも、と。

父が居なくなった時とは違う思いが芽生えている事。

それは母に始めて伝える、今の己の素直な気持ち。

 

「今は少しお父さんの気持ちが分かるの。

お父さんだってきっと行きたくなかったと思う。

けど、お父さんしかできないことがあるって分かったから行ったんだ。

……私は力がある。戦う力じゃない。誰かを助ける力が」

 

宮藤の持つ癒しの力。この力は傷ついた人を癒すことができる。

死に行く人を救うことができるのだ。

 

「だから私は―――」

 

「行きたいのでしょう? 欧州に」

 

顔を上げる。母は微笑んでいた。

困ったように、しかし誇るように。

菩薩の笑みのようだと扉間は思った。

宮藤の心を、母は正しく理解していた。

 

「やっぱりあの人の子ね。自分が出来る事が分かると

 ダメと言っても聞かないんだから」

 

困ったように、しかし嬉しそうに宮藤を撫でる手は慈愛に満ちていた。

夫は荒事を好まない優しい男だった。

彼の研究も時代が違えばもっと人の為になる仕事だったのだろう。

世界情勢はそれを良しとはしなかったのだ。

 

だが、それでも夫のあり方は変わらなかった。

欧州が危険と知りつつ向かったのも自分が行える事を成す為だった。

誰かのために。自分だけが出来ることを。

 

同じく欧州へ向かおうとする娘は名前も知らない誰かの為に向かうのだろう。

この夫に似た優しい娘は、今も欧州で苦しむ誰かの為になりたいと考えている。

戦地に赴く意思は悲しいが、それでも亡き夫の意思が宿る娘を誇らしく思う。

 

「……いい、の?」

 

悪いことをして怒られることを恐れる子供のように、宮藤は母に尋ねる。

微笑みを浮かべた母は、懐から一枚の封筒を取り出し、宮藤に渡した。

封筒を裏返し、差出人の名前に目を見開く。

そこには父の名前が記載されていた。

 

「これ、お父さんからの!?」

 

「今朝郵便で届いたの。これを見たら貴女が欧州へ行くかもしれないと

思っていたけど、手紙がなくても貴女は決めてしまったから

隠していてもしょうがないわ」

 

母は宮藤を抱き寄せた。

暖かく、甘い匂いが鼻腔を擽る。宮藤が大好きな、尊敬する母の匂いだ。

台所の奥に祖母がいた。困ったように笑っていた。

厳しくも優しい大好きな祖母の顔だった。

 

「約束して。必ず帰って来るって。私はあの人に続けてあなたまで失いたくないわ」

 

「……うん。絶対、絶対無事に帰ってくるよ、お母さん」

 

目を閉じ、母の背中に手を回して抱きつく。

母に抱きつくのは何時以来だろう。

父が出かけた夜、子守唄を歌う母の腕で眠ったのを覚えている。

泣き疲れて眠る自分を優しく包んでくれた腕だ。

 

少し、名残惜しく感じる。

だけど、いつまでも甘えているわけにはいかない。

 

―――子供は、親の背中を見て飛び立つ者なのだから。

 

 


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